AWC 嘘と疑似感情とココチヨイコト(13/25) らいと・ひる


        
#5473/5495 長編
★タイトル (NKG     )  01/08/15  23:07  (179)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(13/25) らいと・ひる
★内容
◆石崎 藍


「へぇー、ピッチ(PHS)買ったんだ」
 10日ぶりに商店街で茜に会った。この前のような沈んだ雰囲気ではないので、話
しかけやすかった。
「前から欲しかったんだよ」
 彼女は得意げに言う。
「でもさ、ピッチなんて買うものじゃないと思うけど。あれって、もらうものでしょ」
 いまや携帯電話やPHSは過当競争が激しいため、企業は加入者獲得のため本体を
タダ同然としてばらまいている傾向にある。道を歩けばなんらかのキャンペーンを行
っている現状で、わざわざ買うという行為自体馬鹿らしく思えてくる。
「それじゃあ、自分の欲しい機種を選べないじゃん。いいんだよ、おこづかい前借り
して買ったんだから」
 たしかに機種を選べないのは欠点かもしれないが、機能にそれほど差があるのだろ
うか?
「しかもドラ*もんとは」
 茜の手にしているPHSは、ドラ*もんのキャラクターを象って作られていた。ま
あ、彼女みたいなキャラクター好きにはそういうのがたまらないのかもしれないのか
な。などと納得してみる。
「ドラ*ホンっていうんだよ。かわいいでしょ」
 まるで幼い子供がおもちゃを自慢するような感じ。
「昔っから、そういうの好きだよね、茜って」
「いいじゃない。あ、そうそう、これピッチの番号。なんかあったらかけてもいいよ」
 ブルー系統で統一された、これまたキャラクターの描かれてあるメモを差し出され
た。そんな茜の姿を見て、いつもの彼女らしからぬ雰囲気を感じ取る。
「あんたそんなに寂しいの?」
「なんで?」
 茜はおどけたように聞き返してきた。
「コミュニケーションツールに頼らなければならないほど、あんた寂しいってわけじ
ゃないでしょ」
「別に頼ろうとはしてないよ。ただ、いざって時に役に立つかもしれないじゃん」
 一瞬、目を反らしたように感じた。
「茜、なんか変な事考えてない?」
 直感的に彼女の様子に嫌な予感を覚える。もっとも予感なんてものは的中した試し
はないので、私の気のせいであることは確かなのだが、どうもすっきりしない気分だ
った。
「えー? どうして」
 あの子の表情は無理に明るい気がする。引っかかっているのはそこなんだけど、こ
れ以上の詮索はあの子への干渉でしかない。茜には茜のやり方がある。
「ま、いいけどさ」
 ほんとは、少しだけ気づいていた。彼女の行動がおかしくなり始めたのは、部活の
仲間が入院してからだ。
 そういえば、その生徒の名前ってなんだっけ? 前に茜に聞かされた覚えがある。
 レイナ。
 そう、タチバナレイナ、というらしい。
 レイナ……?
 でも、私はその名を最近別の人間から聞いた記憶もある。その記憶はなぜかプロテ
クトがかかっていて、今は引き出せない。
 誰がその名を口にしたのだろう?



■寺脇 偲


 夢を見る。
 男と女が互いに求めあい、絡み合い、交接する姿。
 ついさっきまで普通に会話し、知的な意見を交わしあっていた者同士とは思えない。
 それはまるで、獣の交尾。お互いが誰であるか、そんな事はどうでもいいようだ。
ただひたすら快楽を求め続けている。
 それはまるで、組み込まれたシステムが反応しているかのよう。
 思考でさえ脳の中の化学物質の反応であるというのに、交尾に関してはさらに原始
的なシステムが働いているのだから。
 人間は他のすべてのものを支配化においているようで、実のところもっと単純なシ
ステムに支配されている。
 誰もそれに気づかない。いや、気づくことを恐れるというプログラムをされている
だけか。
 快楽を求め、快楽に溺れ、そして快楽に支配されていく。
 ボクはそんな無能な生き物ではない。
 ボクは……。
『おまえなんか生まれなければよかった』
 都合の悪いことは全部、周りのせいにしていた母親。
 快楽だけがあの人を支配していた。
 ボクを邪魔扱いしていたようだが、本当に邪魔だったのはあの人自身。
『だから、わたしを殺したの?』
 当然だ。不必要なものは切り捨てる。それは、あなたから教わったことだ。


**


 部屋に鳴り響く電話の呼び出し音。
 ボクはこの音があまり好きではない。一方的なコミュニケーションを求められるよ
うな感じがするからだ。
「はい、寺脇です」
『例の件についてだ』
 電話の向こうからは中年男性のしわがれた声が聞こえる。直接電話をしてくること
は滅多にないし、一度も会ったことはないが、その声の主が誰であるかはすぐわかる。
「ああ、弥勒<みろく>さんですか。例の件というと、うちの学校の女の子の事です
か?」
 たぶん、弥勒という名前も偽名ではあると思うが、会話の都合上、ボクはその名を
呼ばせてもらっていた。
『そうだ。いろいろとおまえの周りを嗅ぎ回っているということだったな』
「ええ。でも、まだクスリの事を調べ回ってると決まったわけではないですよ」
『すでに彼女はクスリの事に気づいている』
 一瞬、どきりとする。やはり彼女のアレは演技だったのか。
「しかし、よくご存じで」
『情報提供者は他にもいるからな。とにかく、危険だ。この落とし前はおまえの手で
つけろ』
「落とし前と言うと」
 ボクはわざととぼけてみる。
『わかってるだろ。彼女の口を封じろ。手段はおまえに任す』
「ボクに彼女を殺せと」
『どうするかはおまえが決めるんだ。最終的に外部に漏れないようにできればそれで
いい』
「わかりました。善処します」
『歯切れの悪い言葉だ。おまえなら人一人殺すのに躊躇することもないだろうと思っ
たのだがな』
「犯罪を犯すのは気が進みません。なにせ、受験生ですから」
 ちょっと冗談ぽく笑ってみる。
『そうか、だったらうまくやるんだな。一週間以内に処理できない場合は、おまえが
消えることになる』
「わかりました。期待しててください」
 ボクがそう答えたところで、ぷつんと電話が切られる。
 いつも勝手な人だ。だから、電話は嫌いなんだ。
 ボクは机に座ると引き出しからバタフライナイフと取り出す。右手で回転させて刃
の部分を出す。
 それを凶器にしようかどうか、一瞬だけ迷う。だが、答えは簡単だ。ナイフで殺し
たところで証拠が残るだけだ。やるとしたら、クスリ漬けが妥当だろう。壊してしま
えば、殺すよりは証拠は残りにくい。
 イスを回転させて、ドアの部分に掛けてあるダーツの的に目を向けると、ボクはそ
のナイフを中心を狙って投げる。
 ナイフは見事命中。それを見て満足してボクは立ち上がった。



◇井伊倉 茜


「はい、究極の選択」
 久しぶりに一緒に帰る事になった佳枝が昇降口あたりで急にそう言い出す。
「え? なんじゃいそれは」
 わたしはなんのことかと、素っ頓狂な声を出す。
「駅前のアリエスのプチケーキ無料券と6つ先の妙名寺駅にあるカサンドラのミルク
レープの試食券」
「なに? タダ券あるんだ?」
 もう一人、一緒に帰るはずの美咲は状況を把握したらしい。
「マジマジ?」
 甘いものと聞いてわたしは少し興奮気味。
「ただし、有効期限は本日まで」
 佳枝は得意げに言う。……っておい、もっと早く言わないといかんでしょ。
「なるほど、だから究極の選択ね」
 美咲は妙に納得している。
「そ、そんな、美咲ってば冷静に。だいたい佳枝もなんで、そんなオトクな券がある
ことを今日まで黙ってるわけ?」
「つーか、忘れてた」
「やっぱしね」
 美咲はやはり冷静。
「だからさ、どうする?」
 佳枝はちょっと苦笑い。
「そりゃ、両方行くに決まっ」
 ぺしっと美咲におでこをはたかれる。
「はい、茜ちゃん、問題です。店に入って私らがお茶すると、いったいどれくらい時
間が経つでしょう?」
「ソッコーで食べれば五分で」
 ぺしっともう一回ハタかれる。
「ああ、これだから欲望にとらわれた生物は悲しいよね。私ら人間なんだから、効率
よく選択するっていう判断ができないのかね、キミは」
「そうそう、茜って食い意地張ってるよね」
「あうぅ、佳枝にまで言われたくない。だいたい無料券、ど忘れしてたのが悪いんじ
ゃない」
「そんなこといったってしょうがないじゃん。だいたい、おごるのあたしなんだから、
文句は言わないでよ」
 と、なんだか佳枝は偉そう。たしかにおごってもらうんだけどさ、なんか納得行か
ない。
「まあまあ、佳枝も茜も落ち着いて。そーだな、ここは茜が人間らしく、究極の選択
をすればいいんだよ。私らは茜に従うよ。ね、佳枝」
「うん」
 二人の視線がこちらを向く。そう言われてもすぐに決められるものではないんだけ
ど。
「ええい、じゃんけんだ。佳枝、あんたが勝ったらプチケーキで、わたしが勝ったら
ミルクレープ。いい?」
「オッケー、じゃあいくよ」
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
 わたしはチョキを出す。えーと、佳枝はパーだ。
「よし、ミルクレープに決まり、ソッコー行くよ」
「がってん!」
 佳枝と美咲が声をそろえて元気よく返事をした。




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