#5454/5495 長編
★タイトル (CWM ) 01/06/18 23:38 (194)
お題>誤解B つきかげ
★内容
ラジオから流れてくるのは、聖書の朗読だった。テレビをつけても同じものを聞く
ことができる。ラジオはこう語った。
「そこで私は、私に語りかける声を見ようとして振り向いた。振り向くと、七つの金
の燭台が見えた。
それらの燭台の真中には、足までたれた衣を着て、胸に金の帯を締めた、人の子の
ような方が見えた。
その頭と髪の毛は、白い羊毛のように、また雪のように白く、その目は、燃える炎
のようであった。
その足は、炉で精練されて光り輝く真鍮のようであり、その声は大水の音のようで
あった。
また、右手に七つの星を持ち、口からは鋭い両刃の剣が出ており、顔は強く照り輝
く太陽のようであった。
それで私は、この方を見たとき、その足もとに倒れて死者のようになった。しかし
彼は右手を私の上に置いてこう言われた。『恐れるな。わたしは、最初であり、最後
であり、 生きている者である。わたしは死んだが、見よ、いつまでも生きている。ま
た、死とハデスとのかぎを持っている。
そこで、あなたの見た事、今ある事、この後に起こる事を書きしるせ。
わたしの右の手の中に見えた七つの星と、七つの金の燭台について、その秘められ
た意味を言えば、七つの星は七つの教会の御使いたち、七つの燭台は七つの教会であ
る。
エペソにある教会の御使いに書き送れ』」
スーザンは驚いたように僕を見て、尋ねる。
「それはなんだ?」
僕はスーザンにラジオの説明をした。電磁波とそれを音波に変化させる仕組みにつ
いて。スーザンはその説明を聞いて、首を振る。
「その朗読されている詩のことだよ」
「ああ、聖書だよ」
僕はスーザンの声に怯えのようなものを感じたので、スイッチを切る。
「二千年くらい前に、死んだ神の子が語ったことを記録したものだといわれてる」
「神の子なのに死ぬのか?」
「ああ、彼はなんでも人間が死んでも甦るものだということを示すために、死んだら
しいよ」
「では、彼はどこかに生きているのか?」
僕は肩を竦める。
「どうも、そのあたりはよく判らないんだ」
「なぜ、詩の朗読を止めた?聞いていたかったのだろう」
僕は苦笑する。
「いや、もういいんだ。何度も何度も聞いたから、覚えてしまってる。そらでいうこ
ともできるよ」
僕は聞き覚えた聖書の一節を暗誦する。
「私が幻の中で見た馬とそれに乗る人たちの様子はこうであった。騎兵は、火のよう
な赤、くすぶった青、燃える硫黄の色の胸当てを着けており、馬の頭は、ししの頭の
ようで、口からは火と煙と硫黄とが出ていた。
これらの三つの災害、すなわち、彼らの口から出ている火と煙と硫黄とのために、
人類の三分の一は殺された。
馬の力はその口とその尾とにあって、その尾は蛇のようであり、それに頭があって、
その頭で害を加えるのである。
これらの災害によって殺されずに残った人々は、その手のわざを悔い改めないで、
悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた、見ることも聞くことも歩くこともでき
ない偶像を拝み続け、その殺人や、魔術や、不品行や、盗みを悔い改めなかった」
スーザンはため息をつく。
「奇妙な詩だな」
僕は頷いた。
「そうだね、僕もそう思うよ」
月の明るい夜だった。スーザンの瞳は真夜中の太陽のように金色に輝き、僕を真っ
直ぐ見つめている。
「おまえは知っているのだろう」
スーザンの唐突な言葉に、僕はスーザンを見つめ返す。
「何を?」
「おまえの妹が既に発病していることを」
僕は頷いた。
「知ってるよ。かの子は天使になったんだ」
私たちはスーザンのワンボックスカーに乗って、西へ向かった。車の中で、運転し
ているスーザンは兄さんと何か話をし続けていたが、私にはその内容を全く理解でき
ない。それはどうやら、ここではない、どこか別の世界の話のようだ。
夕暮れになって、私たちの乗る車はサービスエリアに入った。私たちはサービスエ
リアで食事をし、車の中に戻る。今日は車の中で眠るようだ。
私は兄さんに問い掛けてみた。
「お父さん、今日出張から帰ってくる日だったっけ」
兄さんは首を振る。
「いや、今日じゃないよ」
「お父さん、私たちがいなくなったのを知ったら、驚くだろうね」
「大丈夫だよ、お母さんが説明してくれるさ」
兄さんは物凄く切なそうな目をして、私の身体をぎゅっと抱きしめる。私は心の中
に暖かいものが溢れてくるのを感じた。私は心の中で兄さんに囁きかける。
(恐れることはないわ。たとえ世界が凶暴で破滅的な狂気に満ちていても、私は兄さ
んと一緒にいる。兄さんのことは理解できないけど、ずっと一緒よ)
兄さんは私の頭を優しく撫でる。
「さあ、心配することは何もないから眠っておいで」
私は頷くと寝袋の中へと入り込んだ。
夢うつつの中で、ラジオのニュースが聞こえてきた。サイコキラーのスーザン・マ
クドゥガルが指名手配を受け、逃走中という言葉が聞こえる。スーザン・マクドゥガ
ルの特徴は全て、私たちと一緒にいるスーザンのそれと一致した。
兄さんはラジオのスイッチを切る。
兄さんは黙示録の暗誦を始めた。兄さんは、スーザンと会話しながら、時折黙示録
の一節を暗誦しているようだ。
「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、 生きている者である。わたしは死
んだが、見よ、いつまでも生きている」
兄さんの暗誦はやがて終わりをつげる。
「これらの災害によって殺されずに残った人々は、その手のわざを悔い改めないで、
悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で造られた、見ることも聞くことも歩くこともでき
ない偶像を拝み続け、その殺人や、魔術や、不品行や、盗みを悔い改めなかった」
なんとなく、私は黙示録は今の私たちのことを語っているような気がした。兄さん
が黙示録のテープを繰り返して聞いた理由が、判ったような気がする。
私たちは死んで生き延びたものだ。
私たちは家族の崩壊から生き延びたものだ。お父さんとお母さんの子供としての私
たちは、とっくの昔に死んでいる。私たちはお父さんとお母さんを軽蔑し、恐ろしい
殺人者を最後の友として生き続けるものだ。
でもそのことを、悔い改めることなんてしない。絶対しないんだ、私は。
私の意識は本格的に眠りの中に落ちていく。
最後に兄さんがこういうのが聞こえた。
「知ってるよ。かの子は天使になったんだ」
よく朝僕らが目覚めたとき、世界はしんとした静けさと、真っ白な雪に覆われてい
た。僕らは毛布を身体に巻きつけて馬車にのる。
漆黒の鋼鉄で造られた馬は、雪を蹴たてて快調に走っていった。僕はひどく楽天的
な気分になってきた。あっという間に四国に着くような気がしてくる。
四国には発病せずにすんだ人たちが終結し、コミューンを作っているらしい。むろ
んあやふやな情報ではあるが、そこに行ってみる以外にすることもないし、僕はいけ
ばなんとかなるような気がしていた。
でも、旅の終わりはひどく唐突に訪れる。
巨大なヘリコプターが僕らの頭上に出現した。全部で7機。軍用の輸送ヘリのよう
だ。そのヘリは明確に僕らを意識している。
やがてヘリは僕らの前後に降りてきた。スーザンは馬車を止める。ヘリは僕らの前
方に四機、僕らの後方に三機着陸した。
ヘリの中から兵士たちが降りてくる。その姿を見て、僕は息を呑んだ。それはロボ
ット兵士だった。自衛隊が遠隔操作のロボット兵士を使用しているという情報は、ど
うやら本当だったようだ。
兵士は一見人間のような姿をしているが、その動作の不自然さによって明確にロボ
ットだと判る。ロボットたちは四体一組になって行動しているが、それらの兵士の動
きは機械的正確さで連携がとれていた。皆、寸分違わず同じ動作をして展開してゆく
のだ。
二足歩行の兵士の他に、四足歩行のロボットもいた。大きさはスプレイニルと同じ
くらいであめうか。その背にミサイルランチャーを背負っており、顔にあたる部分に
は重機関銃が装備されている。
二足歩行の兵士たちは自動ライフルを構えていた。それは人間の兵士が使用するも
のと全く同じ種類のもののようだ。
兵士たちは都市迷彩の施された装甲をつけている。手(マニュピレータ)の長さが
人間の倍近くあり、足(歩行装置)の長さは人間の半分くらいであった。類人猿のよ
うに歩行の際にはその長い手も使用しているが、結構移動速度は速い。
ロボット兵士たちは五十メートルくらいの距離をおいて、僕らの前後を封鎖した。
一体、他の兵士より高い身長を持つロボットが歩みでてくる。その兵士は顔の部分に
液晶ディスプレイが取り付けられていた。
その背の高いロボット一体だけが僕らの十メートル手前まで近づく。スーザンと僕
は馬車を降りた。
ロボットの液晶ディスプレイには、初老の男が映っている。その男がしゃべり始め
た。
「天川啓一とかの子だね」
僕は返答しない。それを気にしたふうもなく、男はロボットを通じて話を続ける。
「私の指示に従いたまえ。殺すつもりはない。見て判るように、君たちは逃げること
はできない。むろん君たちに逃げる理由はないはずだがね。我々はあくまでも君たち
を保護しにきたのだから」
「どうするつもりだ、僕らを」
僕の問いに男が答える。
「私は国立生化学研究所所長、佐川というものだ。獣化ウィルスを造ったものだとい
ったほうがいいかな」
僕は息をのむ。
「世界を滅ぼしたのはおまえか」
「馬鹿をいっちゃいかん。確かに日本では一億近くの人間が獣化病で死んだが、それ
は大した問題じゃない。才能のある優秀な人間は皆海外へ脱出しているし、日本以外
の国では特に混乱はおきていない。世界にとって日本という国はそれほど重要な存在
じゃあないんだよ」
僕は目の眩むような憎悪を感じた。
「一体なんのためにおまえは」
「実験だよ。獣化ウィルスは元々人間を進化させるために造られたものだ。残念なが
ら、生体実験は殆ど失敗に終わっている。しかし、私は確率的には成功する例があり
うると思っていた。そのためには大量の人体実験をする必要があった。天川君。君の
妹はその一億近くの実験の果てに生じた、唯一の成功例だ」
僕は静かに言った。
「かの子をどうするつもりだ」
「大事な検体だ。大切にするよ。ただ、彼女の意思は無くさねばならん。彼女は世界
を改変しうる力を持つ。それを彼女自身の意思によってコントロールされてはたまら
ないからね。私たちは急いでる。君の妹が目覚める前に確保し、マインドコントロー
ルを完了させないといけない」
僕は拳銃で液晶ディスプレイを撃った。哄笑が響く。
ディスプレイの破壊されたロボットは、全く変わらぬ口調で話しつづける。
「そんなことをしても意味がない。天川君、君に事態の危険性を理解してもらいたか
ったが、無理なようだね。しかたない、始めようか」
「今判った」
スーザンは前に出る。
呪文の詠唱と同時に炎が発生し、ロボットが火に包まれた。
「この世界は、救われることを望んでいる。私は、啓一、おまえの妹によってこの世
界を救うために呼び出されたのだ」
ロボット兵士たちが動き出す。
ロボットたちは、一斉にグレネードランチャーを撃った。弧を描き、僕らの足元に
次々と催涙弾が落ちてゆく。催涙ガスがあたりを覆い始めた。
「天空を渡る力にして、大地を渡り、渓谷を走り抜け、木々を振るわせる大いなる風
の精霊よ。世界が歌う声を我のもとにもたらせ。いにしえに我が一族が空に捧げた血
と、肉体。それをあがなうためになされた契約を果たせ」
スーザンの叫びに答えるように、風が巻き起こった。催涙ガスは風によって、運び
去られてゆく。
詠唱を終えたスーザンは、がっくりと膝をついた。ひどく疲労しているようだ。僕
は慌ててスーザンを抱き起こす。ロボットたちは前後から迫ってきていた。
スーザンは、僕を払いのける。
「邪魔だ」
「スーザン、どうしたんだ。ひどく疲れているみたいだけど」
「うるさい!」
スーザンは詠唱を始める。
「遥かなる大地の果てに住まう、偉大なる火炎地獄の覇者にして、死せる大地を渡る
神秘なる力の顕在化である炎の精霊よ、いにしえに捧げられた我が一族の血と肉によ
って為された約定を果たす時が今きた」
時空が裂け、紅蓮の炎が出現した。炎がロボットたちを襲う。しかし、炎はロボッ
トの足を止めることはできなかった。