#5455/5495 長編
★タイトル (CWM ) 01/06/18 23:38 (182)
お題>誤解C つきかげ
★内容
ロボットの自動ライフルが、銃声を轟かせる。
スーザンは膝をつく。苦鳴がもれ、膝の間に赤い染みができる。
「スーザン!」
スーザンは苦しげに語る。
「やはりこの世界は伝説に語られるデルファイだったようだ。全ての魔道の発現が阻
害されるところ。魔道とは幻想の現実化だ。意識を持たぬ、機械の存在を前にして、
魔法を発現させるのはひどく困難だ」
ロボットたちは間近に迫る。スーザンは叫んだ。
「スプレイニル!」
漆黒の馬は馬車から解き放たれ、ロボットたちへ向かう。四足歩行のロボットの背
にあるミサイルランチャーが火を噴いた。
爆煙が漆黒の馬を包む。炎と煙が去った後に、身体を両断されたスプレイニルが姿
を現す。鋼鉄の馬は横たわったまま、動かない。
もう一発ミサイルランチャーが発射される。それは馬車に命中した。僕は爆風にな
ぎ倒される。意識が遠のいた。
「ケイイチ!」
スーザンの叫びで、僕は気づく。かの子は、雪の上にほうりだされていた。気を失
っているようだ。助けに行こうとしたが、身体が動かない。
スーザンももがきながら、雪の上を這いずっている。その先にはあの棺桶があった。
棺桶はほうりだされ、蓋が開いている。その中がどうなっているかは、判らない。
ロボットたちは、かの子のすぐそばまで来た。
僕は絶叫した。
「ごああああうううううおおっ」
僕は自分の声に驚いた。獣の声だ。僕は自分の両手を見る。それは既に、狼の前足
に変化しつつあった。
さっき一瞬気が遠のいた時に、発病したらしい。僕は全身を覆ってゆく快感のよう
な苦痛のような、どうしようもなく狂おしい感覚に身悶えする。
僕の心の中には暴風が吹き荒れていた。意識を飲み込み、全てを紅蓮に燃やし尽く
そうとする破壊衝動。殺したかった。血と肉を喰らいたい。
僕は狂ってゆく!
リン、と水晶の鳴る音がした。
僕は一瞬、正気に戻る。
激しい暴風雨が、台風の目に入ることによって一瞬途切れるように。
熱病患者が解熱剤で一瞬正気を取り戻すように。
僕の前に黒焦げになったロボットが立っている。ロボットはかの子を指差して言っ
た。
「見ろ。奇跡が顕現するところをお前は見ることができる。祝福するがいい」
黒焦げのロボットは関節から火花を散らし、ぎしぎしと身体を軋ませながら言葉を
続ける。
「ウィルスは人間の身体に刻まれている『折り畳まれた』潜在的形質を発動させる。
その潜在的形質は、世界そのものに『折り畳まれて』いる潜在的形質をも発動させる
のだ」
かの子は立っていた。
僕を見て微笑む。
その背には七枚の翼が開いていた。
かの子が言った。
「お兄ちゃん、見て」
その瞬間、静寂が降臨した。あたりは野に晒された骨のような真白き雪に、満たさ
れている。
リン、ともう一度、水晶の鳴く音が響く。
白き静寂の野には鋼鉄でできた異形の兵士たちが、立ち尽くしていた。そして、僕
の傍らには、沈みゆく太陽の紅で雪を染めてゆく魔法使いが倒れている。
天使は雪の中でほほ笑みながら、全てを見ていた。
リン、ともう一度水晶が鳴く。
そして影が空に舞った。
夜を身に纏った水晶の人形が、真白き雪煙をたて静かに大地へ降りる。
僕は僕を支配してゆく狂気にあらがうため、もう一度叫ぶ。
そして、静かに宴が始まった。
世界を救う人形。
鐔広の帽子を目深に被っていても、水晶で造られた肌の輝きは見ることができる。
その透明の肌の下には、微細なガラスの血管があり、そのガラス管を輝く水銀が激し
く流れていた。水晶は歌う。世界を救う歌を。
包帯がとれた手足は、やはり水晶でてきている。銀色のワイアーでできた筋肉は、
縦横に流れる水銀の力によって駆動されていた。
さあっ、と雪が舞う。
自動ライフルが一斉に射撃されたが、人形を捕らえることはできない。
その速度は人の属する速度ではない。異界に棲むものの速度だ。
人形は叫ぶ。
「天使には正気を失うような苦痛に見えるのだろうが、地獄の火のなかで私は精霊の
楽しみと歓びに満たされていた」
僕の足元でスーザンが呟いた。
「エリウス人形は、人形であるがゆえに自身の言葉を待たない。彼の言葉はいにしえ
の詩篇から引用される」
人形は剣を抜いた。その刀身は半ばで断ち切られている。息を呑んだ僕に、スーザ
ンが囁きかけた。
「心配するな。あれは金剛石の刃を刀身の中に仕込んだ剣、ノゥトゥングだ。ワイヤ
ーで金剛石の刃を操り、あらゆるものを切断する」
人形は疾駆する闇と化し、飛来する銃弾をかわしながら、もう一度叫ぶ。
「獅子の咆哮、狼の唸り、嵐の海のうねり、破壊の剣は、人間には計り知れぬ永遠の
栄光の一端である」
透明の光が中空を走り抜ける。ノゥトゥングの一振りで、十体ものロボットが胴を
両断され、地に倒れ臥した。青白い火花が大地を這い回る。
人形はもう一度叫ぶ。
「雷鳴と炎を持つ王は、星の軍勢を率いて荒地を進み、十の命令を広めた。暗く沈ん
だ海に刺すような視線を投げながら」
透明の刃はロボットたちを切り裂く。その鋼鉄の腕を。足を。
ロボットたちは鋏で切り刻まれた紙片のように、無造作に断片へ切り刻まれてゆく。
宙を舞う金剛石の刃は、飛来する星の煌めきであり、人形自身の姿は漆黒の風のゆら
めきとなっている。
水晶のあげる叫び声は轟音と化していた。僕らは、水晶の液が瀑布となって世界へ
雪崩落ちてゆく、そのただなかにいる。
僕は獣と化し、四足で立った。
人形は水晶の爆音を貫き、もう一度叫ぶ。その刃は、さらにロボットたちを死にお
いやる。
「帝国は消滅した。獅子と狼の戦いは終わる」
全てのロボットは地に落ちていた。精緻な構造を持つ機関部をさらけ出したロボッ
トの死体は、大地の上で青白い火花に包まれている。
軍用輸送ヘリもまた、そのボディを両断され、死を迎えている。その様は、まるで
巨大な鯨が、陸の上で解体された姿のようだ。
スーザンは眠り落ちるように目を閉じた。その身体は、真白き雪の中へ静かに沈んで
ゆく。
気がつくと、僕の傍らにかの子がいた。四足で立つ僕は、かの子を見上げる。眩く輝
く七枚の翼につつまれたかの子は、とても美しい。
「見て、お兄ちゃん」
僕はその時、僕がとてつもなく世界を誤解していたのではないかという感覚に囚わ
れる。全ては誤解だったのだ。全てはあるようにして、あっただけなのだと。
僕は、二本足で立つ。
周りに多くの人たちがいた。
高速道路の上は様々な人たちで満たされている。
お父さんもいた。
お母さんもいた。
大人も、子供も、老人も、様々な人たちがいた。
皆、祝福している。僕とかの子を。
全ては誤解だったのだ。そう知ったとき、全ては終わった。
皆が光に包まれ、かの子が空に舞い上がる。天空には巨大な暗黒の穴が開いていた。
その彼方に銀河が渦巻いているのが見える。
かの子はその暗黒へ向かって飛んでゆく。光につつまれた皆も、かの子に続く。全
てがその暗黒の穴へ吸い込まれていった。
穴は閉じられる。
僕は再び、四足で立つ。僕は眠るように目を閉じている魔導師と、役目を終え再び
眠りについた人形に、別れをつげる。
僕は雪を蹴たてて走り始めた。
西へ向かって。
私たちはよく朝、雪につつまれた高速道路を西に向かって走り出す。気がついたと
きには、私たちは機動隊の包囲の中にいた。
スプレイニルと名づけられたワンボックスカーは雪の中に横転する。後の記憶は断
片的だ。
スーザン・マクドゥガルは銃に撃たれて、大地に倒れる。その身体の下の雪は、真
っ赤に染まってゆく。兄さん狂ったように叫びながら、四つん這いで這い回る。
私は朦朧とした意識の中で、自分の身体が雪の中に埋まっているのを感じた。機動
隊員が私の回りにいる。
リン、と水晶の鳴る音がした
その瞬間、静寂が降臨した。あたりは野に晒された骨のような真白き雪に、満たさ
れている。
リン、ともう一度、水晶の鳴く音が響く。
白き静寂の野には灰色の制服を着た機動隊員たちが、立ち尽くしていた。そして、
兄さんの傍らには、沈みゆく太陽の紅で雪を染めてゆく魔法使いが倒れている。
私は雪の中で、全てを見ていた。
リン、ともう一度水晶が鳴く。
そして影が空に舞った。
夜を身に纏った人形が、真白き雪煙をたて静かに大地へ降りる。
兄さんは身体の中からわき起こる狂気を絞り出すように、もう一度叫ぶ。
そして、静かに宴が始まった。
棺桶の中に入っていたのは、スーザンの弟、エリック・マクドゥガルだった。ほん
とうのサイコキラーは、そのエリックだったらしい。エリックは刀身が半ばで断ち切
られてている日本刀を抜き、数人の機動隊員を切り伏せる。
その日本刀は折れているにも関わらず、凄まじい切れ味を持っていた。機動隊員の
手足が無造作に切り落とされていく。
銃声が何度も轟いたが、漆黒の風となったエリックを捕らえられない。
人形のように切り刻まれた機動隊員たちは、雪の中に沈む。切り刻まれた胴体から
内蔵がはみ出し、大地をのたうつ。真白き雪は、深紅にそまってゆく。
エリックが斬る度に、水晶の鳴く音がする。
その半ばで断ち切られて日本刀には、鋼の刃の替わりに、水晶の透明な刃が付けら
れているらしい。
エリックは叫んだ。
「雷鳴と炎を持つ王は、星の軍勢を率いて荒地を進み、十の命令を広めた。暗く沈ん
だ海に刺すような視線を投げながら」
それは、ウィリアム・ブレイクの詩編の引用のようだ。
「帝国は消滅した。獅子と狼の戦いは終わる」
しかし、エリックも取り押さえられた。
私は雪の中に埋もれている。歪んだ視界の中で兄さんが光に包まれるのを見た。
私はふと思う。
私はとんでもない誤解をしていたのだと。
本当の世界を知っていたのは、兄さんだけだったのだと。
兄さんは光に包まれたまま、空へ昇ってゆく。灰色に閉ざされた空の中に、一ヶ所
だけ漆黒の部分がある。兄さんはそこへ吸い込まれていく。
私は高速道路の上にいろんな人がいるのを感じた。お父さんもいる。お母さんもい
る。お母さんは死んでなかったんだ、と思いながら私は気を失った。
今、私は精神病院にいる。
医者がいうには、私に兄さんなんていないらしい。戸籍上も存在しないし、私の回
りの人たちもそんな人はいないという。
でも兄さんはいるんだ。たった一人本当の世界を知った人として。
私はそう思うがゆえに、精神病院にいるらしい。
どうでもいいことだ。
本当の世界はあの時、兄さんがひとりで行ったところなのだから。
ここは偽りの世界。
そして、それが私の生きる場所。