#5397/5495 長編
★タイトル (AZA ) 01/01/17 23:08 (200)
お題>すべてを得る者 2 永山
★内容
(フルハウスを作れば私が勝利する)
頭の中で確認し、ゆったりとした動作でスペードの10と12を捨て、クラ
ブの8とスペードの9を選んだ。
狩田の手札: ? D1 D13 C10 C4
伊藤の手札:S9 H9 D9 S8 C8 ※(確定)
場 札 :S10 S12 H13 C11 C6
狩田は勝負への興味を完全に失った態度で、ダイヤの1と13を捨て、クラ
ブ二枚を拾い上げた。
「では、オープンと行こう」
伊藤が手札を開く。狩田も遅れて開いた。クラブの1、4、6、10、11。
フラッシュだ。だが、伊藤のフルハウスはそれを上回る。
結果を知った他の生徒達から、落胆のざわめきが起きた。何だかんだと言っ
ても、やはり狩田を応援していたのだ。
「残念だったな」
伊藤は狩田の肩を叩いた。
「最初に配られた段階で、二枚のエースが私の手中にあったのが、君にとって
のアンラッキーでした」
「分かってら。そんなことは毎度だ」
「いつも通り、貸しでいいんですね」
「……頼むよ、先生」
素直に言う生徒に、伊藤は微笑で応じてみせた。
「勝負だ!」狩田が叫ぶと、いつものように教室中が沸き上がる。
伊藤は眼鏡を外し、丁寧にレンズを拭いた。
「種目は何に?」
「C2ポーカーに決まってるさ」
自信ありげに言った狩田が、素早くポケットから自分のカードを取り出す。
箱の蓋を開け、中からカードをつまみ上げると、伊藤に手渡した。
「新品じゃないが、これくらいきれいなら、文句ないだろ?」
「……ま、いいでしょう」
伊藤は切り始めた。切りながら、確認のため尋ねる。
「一回勝負でいいね?」
「ああ。ついでに、今までの負け分を全部取り戻したいんだけど、いいかい?」
「私が勝利した場合、何らかの特典があるのなら、考えましょう」
「つけにしといた分を、すぐさま、きれいさっぱり払ってやるよ」
「それではだめですね。支払いはいつか必ずしなければならない、当然の行為
です。それ自体を賭けられても、ちっとも魅力的でない」
「だったら……俺が負けたときは、俺を放校処分にしていいぜ」
「……それも大して魅力ではないが、さほどの覚悟を示すのであれば、勝負師
として受けざるを得ないでしょう」
伊藤はカードを切り続けた。一分近く経過して、やっと狩田からのストップ
が掛かる。無言で伊藤はカードを相手に返そうとした。と、次の刹那。
「――何を?」伊藤に右手首を掴まれた狩田が、驚きも露に視線を返す。
伊藤は、さも残念そうな口ぶりで告げた。
「狩田君、ばれるいかさまをしちゃいけないね」
ざわざわっ、といつもと異なる空気が波紋のごとく広がっていく。
「何のことだか」
「とぼけるのであれば、右手をカードに触れずに、教卓に置きなさい」
そう言いながら、伊藤自身はカードの束を引っ込める。
狩田は右手を、甲を上にしたまま教卓の上に置いた。
「練習したようだが、まだ甘いよ。手の平を見せるんだ」
「……」
ひっくり返された手には、カードが二枚、隠されていた。伊藤はつまみ上げ、
そのマークと数字を確かめた。
「スペードの六とハートの六。なかなかよい選択だ」
「……これで、どうやっていかさまができるというのか、話してもらいたいな」
「元々、二枚の六を抜いておいた君は、私からカードを受け取ったあと、その
二枚を戻し、切りながら、コントロールするつもりだった。つまり、二枚の六
が、山札の底に来るように」
「……」
「最後の場札五枚に、六が二枚あると分かった上でゲームをするのは、大変有
利だ。君は後手を取って、他の六を二枚とも手に入れるようゲームを進めれば
いい。最後には六のフォーカードができる」
「……何故、六にしたのか分かるかい? エースでもいいのに」
「エースを初めとする強い数字のカードだと、私に保持されたまま、場に出な
い可能性が高いからだろ? 八、九辺りも、強い数字を含むストレートに使わ
れるかもしれない。七は人間の心理として、ラッキーセブンという意識が働き、
他の数字よりも拾われやすい。だから、六なのさ」
「完敗だ。負けを認める」
狩田はつぶやき、肩を落とした。
冬の土曜日、雪降る街中での偶然の再会に、伊藤は思わず笑みをこぼした。
「久しぶり。大した活躍ぶりじゃないか。かねがね聞き及んでいるよ」
「おかげさまで」伊藤の差し出した手を、狩田ががっしりと握り返す。
「きっかけを作ってくださった先生には、感謝しています。学校を辞めて、ギ
ャンブルに集中できる環境が整いましたからね」
およそ二十年前とは言葉遣いも態度も、がらりと変化していた。一級の身な
りに、鼻髭を蓄え、貫録を感じさせる。
「こんなところで、一人歩きかね? てっきり、御供の者や女性を侍らしでも
しているかと思ったよ。ははは」
「経営は面白くても、ときに鬱陶しく感じることもあります。自由な時間を常
に確保できるようにしています」
「自由時間には、やはりギャンブル?」
「それをなくして、何の人生でしょう」
擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべ、肩を揺らす狩田。
「勝ち取った金を元に、興せたんですしね。賭事の神様を拝む毎日毎晩です」
「ふむ。しかし、それでは日本は住み難かろう」
「どこにでも裏世界はあります。故に刺激あるギャンブルをする分には苦労し
ていませんが、諸外国の公営ギャンブル場に比べ、ムードが暗くていけない」
「しかし、明るいギャンブル場だと、逆に刺激が薄いだろうね」
「全財産や恋人、果ては命を賭けてやり取りをするのなら、確かにね」
狩田は言いながら、ポケットに左手を突っ込んだ。
「実は先生。私はあなたを捜していたんですよ」
狩田の目を見て、すぐに察しが付いた。
「ギャンブルか。学生時代の借りを返しに来たという訳だね」
「それもありますが……」
狩田が取り出したのは、当然のごとく、一組のトランプカード。
「しびれるようなやり取りがしたい。がきだったとは言え、あの頃の自分は、
先生との勝負にしびれていました」
「光栄だが、それは、“思い出は美しい”という類のものではないかな」
「そんなことはない」
確信に満ちた物腰の狩田は、白い息を吐いた。いつの間にか、外灯がオレン
ジ色に点っていた。
「あれから幾人ものギャンブラーと戦ってきましたが、最終的に勝利できなか
った相手は、一人もいないと言っていい」
「豊富な資金力を背景に、だろう?」
一言、ちくりと刺す伊藤。相手を降ろさせる戦い方は、あまり好きでない。
狩田も伊藤の言いたいことを理解しているらしく、即答する。
「のし上がるために、必要だったからですよ」
「のし上がった今は、純粋に運と技術のみで戦うと誓える訳かね?」
「誓ったら、戦ってくれますか?」
「……勝負となったら、その誓いを破るのも一つの戦法だ。君がどうこうとい
う訳ではなく、私はいかなる相手も全面的に信用することはできない」
「では、こうしましょう」
真顔になって、人差し指をぴんと伸ばし、狩田は提案をする。
「私は全財産を賭けます。先生は、私が払っていなかった貸し分全てを賭ける。
これを同等と見なす。どうです?」
「……魅力的な条件だ。しかし、私は君から会社をもらっても、運営する能力
がない。すぐさま叩き売るか、いずれ会社を潰してしまって、社員達を路頭に
迷わすのは忍びないね。株主総会で突き上げを食らうのも、御免蒙ろう」
伊藤は冗談混じりに言った。だが狩田は本気のようだ。
「負けるつもりはありませんが、もしそうなったときは、私を雇えばいい。ア
ドバイスをして差し上げます」
「ふむ。ならば、いっそ、君自身をも賭けてくれないかな」
「……いいでしょう」
顔を伏せがちにして、うなずく狩田。伊藤は尋ねた。
「何で勝負する? やはりC2ポーカーかね?」
「いいえ」
あっさりした返事だった。
「若い頃なら拘ったでしょうが、今は違う。冷静な判断ができます。所詮、あ
れは児戯。カードを覚える能力さえ身に着ければ、勝利は容易い。それに、私
はあのゲームでは勝ち運が乏しいようですので」
「ならば?」
「正統派のポーカーでいいしょう。これから、そうだな……十二時間をタイム
リミットに勝負開始。それぞれチップ五万枚でスタートして、途中でゼロ枚に
なるか、十二時間後により多くのチップを持っていた者の勝ち。先ほどの獲物
を手にできる。いかさまは、ばれた時点で反則負け」
「それは不充分なルールだよ。最初に千枚ほど勝った方が、あとを降り続けれ
ば、逃げ切ってしまうだろう」
「なるほど、それも作戦の内だなぁ。だったら……十二時間後にチップ差が五
万枚以上あれば、多い方の勝ち。差が五万枚より小さければ、サドンデスの一
回勝負で全部を賭けて決する。いかがです」
「うーん、負けそうになった側に有利なルールだな」
顎先に手を当て、沈思黙考する伊藤。程なくして言った。
「よろしい。その勝負、受けよう」
勝負は白熱し、女神はきまぐれだった。ゲームの設備が整ったクラブに入り、
店の者にディーラーを頼んで開始したポーカーも、十二時間目を越えて最後の
勝負となった。わずかにリードしていたのは狩田。当然のごとく、狩田も伊藤
も二万五千枚を稼ごうと大役狙いに出た。が、ともに役作りに失敗。ブラフも
十二時間戦い続けたあとでは、互いにあっさり見破るだけであった。
「サドンデス突入、か」
「先生、提案を聞いてくれないか?」狩田の口調は、昔に戻っていた。
「とりあえず、聞くだけは聞く。飲むかどうかは、そのあとだね」
「一度きりのポーカーで決めるのは、刺激的でいいんだが、あまりにも短い」
「短い?」ここまで十二時間、ほぼ戦い通しだったのに、短いとは何ごとだろ
う。伊藤は額にしわを作った。
「たった一回のポーカーでは、ものの五分もあれば終わってしまう。もっとた
っぷり、この緊張感を味わいたい」
「また何ゲームかしようというのかね?」
「いや、それでは最初の決めごとに反する。一度でなるべく長く楽しめるカー
ドゲームに変更してもらいたいんだ」
「まさか、C2ポーカーではあるまいね」
冗談めかして言う伊藤に、狩田は手を打った。そしてにやりと笑う。
「分かってるじゃない、先生。C2ポーカーで決めよう」
「いいのかい? 勝ち運がないんだろ、C2ポーカーでは」
「自らを追い込むことで、活路を見い出してやります。それよりも、五十二枚
だけだと暗記が容易い。六倍の三百十二にしませんか」
狩田はディーラーを見やった。「カードは当然、用意できるだろう?」
「できます」
何人目かのディーラーは短く、明朗に答えた。
「カード六組分を、切ることはできるかね?」
「一度には難しいかもしれませんが、シャッフル方法ならいくらでもあります」
狩田は満足げにうなずき、再び伊藤に目を向ける。
「さあ、あとは先生が受けてくれるかどうかに掛かってます」
「もちろん、受けよう」
決まった。
最後の場札五枚が開かれた瞬間に、狩田がつぶやいた。
「どうやら、これはまずかったようですね」
「そのようだね」苦笑を浮かべたのは、伊藤も同じだった。
「先生。とにかく、交換してみてくださいよ」
伊藤の手の中には、スペードのエースが三枚とハートのエースが一枚、クラ
ブのエースが一枚。場には、ハートのエースが一枚、クラブのエースが二枚、
ダイヤの七が一枚、そしてスペードのクイーン。
当然、ハートのエースとクラブのエースを捨てて、伊藤は全く同じカードを
拾い上げた。結局、エースのファイブカードで変わりなし。
「そう来ますよねえ」
苦笑を浮かべた狩田は、ダイヤのエースとスペードのキングを捨てると、伊
藤の捨てたカード二枚を取った。
「一応、公開しますか」
「うむ。それが様式というものだからね」
どうにか真剣な表情を作り、それぞれカードをオープンしていく。
狩田の手札:S1 S1 S1 H1 C1
伊藤の手札:S1 S1 S1 H1 C1
「もう一勝負するしかないな」
「今度は五十二枚でやりますか」
すべてを得る者が決まるのは、もうしばらくかかりそうだ。
――終