AWC お題>すべてを得る者 1   永山


        
#5396/5495 長編
★タイトル (AZA     )  01/01/17  23:06  (200)
お題>すべてを得る者 1   永山
★内容
「勝負だ!」狩田浩次が叫ぶ。
 教室内が一気に沸き返り、異様な盛り上がりを見せた。「今度は勝てよっ!」
「がんばれ」等と、無責任に楽しむ口調で声援が飛ぶ。
 いや。すでにこの盛り上がりは日常と化しているかもしれない。
「どうぞ」悠然と受け答える伊藤一朗は、眼鏡を外し、あるかないか分からぬ
ほどの埃を拭き取った。掛け直すと表情が冷たく引き締まる。
「種目は何にしますか」
「C2ポーカー、ジョーカーなし」
 学生服のポケットからトランプカードを取り出す狩田。紙製のそれはよれよ
れで、相当使い込んであるのがよく分かる。
「癖のあるカードでは勝負したくないですね」
 伊藤は眼鏡の縁に指を当て、横を向いた。
「こちとら小遣いに困ってるんでね。新しいのを買うのが惜しいのさ。それと
も何か。俺がいかさまをすると?」
「いえいえ、そんなことを心配しているのではありません。前より公言してい
る通り、どんないかさまでも認めます。ばれなければテクニックの内だとね。
問題は……そんなカードを使うと、私の楽勝に終わるということです」
 狩田の手の中にあるカードを一瞥する伊藤。もしもこのカードで対決すると
なったときに備え、特徴のチェックを始めている。
「私がカードをその癖から覚えるのが得意なのは知っているでしょう。そんな
使い古しのカードでは、看破は非常に容易であり――」
「分かったよ。なら、新品のカードを用意してくれよ。あるのか?」
「もちろん。それはギャンブラーのたしなみ」
 懐より取り出したカードは、青い箱に入っている。バイシクルと呼ばれるタ
イプだ。ケースごと狩田に手渡した。
 狩田はためつすがめつして新品であるのを確認し、慎重な手つきで開封した。
自分のカードには無頓着なのに、他人のとなると最大級の警戒をする。
「気が済んだかね」
 教卓にカードのケースが置かれるのを見て、伊藤は静かな物腰で聞いた。
「ああ。これでいい。一発勝負と行こうぜ」
 応じて伊藤がカードを取り出す。ジョーカー二枚を抜き取り、ケースに戻し
た。説明なしでおもむろに切り始める。狩田は十秒ほど待って、ストップを掛
けた。伊藤から狩田にカードが渡され、今度は狩田が切り始める。伊藤のスト
ップの声に狩田は手を止め、カードの山を、四隅を整えながら教卓に置いた。
「配るのは私でいいのかい?」
 伊藤が言った。教卓を挟んで対峙する狩田がすぐさま呼応する。
「かまわない」
 カードが交互に六枚ずつ配られた。
 C2ポーカーとは、トランプ遊びの51とポーカーを組み合わせたようなカ
ードゲームである。複数人でもプレイ可能だが、通常は一対一で行う。
 プレイヤー両名は最初に配られる六枚のカードの中から、まず一枚を場に出
す。これは順番を決定する重要な選択である。最も強いカード(数は1>K・
キング>Q・クイーン>J・ジャック>10……2、マークはS・スペード>
H・ハート>D・ダイヤ>C・クラブ)を出した者からカード交換の順番――
先手後手を選ぶ権利が与えられる。一枚出したあとの残り五枚でゲームをスタ
ートするため、ある程度の計算が必要だ。
 順番が決まれば勝負開始。裏向きの山札のトップから五枚を取り、表向きに
場に広げる。先手は場の五枚のカードを見て、その中のいずれか二枚と、手札
五枚の内の二枚とを交換しなければならない。必ず二枚だ。その他の枚数は認
められない。また、通常の51と違い、五枚の場札が気に入らないからといっ
て流せはしない。場札を流すのはプレイヤー二人ともが札交換を終えたあとだ。
 この要領で順番に従ってカード交換をしていく。無論、プレイヤーはポーカ
ーのいい手を作ることを目指すのだ。一巡すれば先に記したように場札を流し、
山札から新たに五枚を場にさらす。これの繰り返し。
 ただし、山札が最後の五枚になったときは異なる。この回に限り、カード交
換の順が逆になる。そして最終的に残った手札の強さを争い、勝負を決する。
 途中でどんなにいい手ができても、勝敗に無関係だ。ストレート以上の比較
的強い手を作っても、順番が回ってくれば二枚を交換せねばならないから、す
ぐに壊れる。最後の手札をどれだけ強くできるか。これに全てが掛かってくる。
 主な戦略としては、次のようなものが考えられる。
 先手後手に関係なく有効な戦法が、少なくとも一つある。出て来るカード全
てを暗記するのだ。もしこれを可能とする記憶力があればの話だが(ここに登
場した伊藤と狩田にはそこまでの記憶力はない)。
 先手になった者は最強のカードであるエースを三枚集めるのを目標とする。
先にカード交換する権利があるので、圧倒的に有利だ。極論すれば、後手のプ
レイヤーにエースが回ってくるチャンスは、最初に配られた手札の中にエース
が入っているか、場に三枚以上のエースがさらされたときか、山札のラスト五
枚にエースがあるときに限られるのだから。
 三枚のエースを手にすれば、それだけでエースのスリーカードが完成だ。残
り二枚がワンペアであれば、フルハウスができる。フルハウスの中ではエース
のスリーカードを含んだものが一番強い。
 エースのスリーカードを保ち、あとの二枚を交換要員に使う。運悪く最後の
場札にワンペアがなく、残りのエース一枚もない場合に弱点があるが、捨てら
れたカードを記憶する必要性の少ない、単純な戦略なので楽である。
 後手のプレイヤーとしては、上のような先手の思考を読んで、最終的にフル
ハウスを上回る手作りを目指すのも戦術の一つだ。つまり、フォーカードもし
くはストレートフラッシュ辺りを狙うのである。さらに後手は、先手がエース
のスリーカードを完成させたと分かっているとき、最終回のカード交換で知恵
を絞る。場札にワンペアがあるならそれを潰さなければならない。間違っても、
自分の捨札で場にワンペアを出現なさしめるような愚挙を犯さぬことだ。
 記憶力に自信があるのなら、フォーカード狙いがいいだろう。最後の場札五
枚に含まれるカードを予測しながら、スリーカードをこしらえていく。
 さて、二人の勝負に戻ろう。伊藤の最初の六枚はハートの1、スペードの1、
クラブのキング、スペードのジャック、ハートの10、ダイヤの3だった。
 最初からエースが二枚とは幸先よい。伊藤は知らず、ほくそ笑んだ。ここは
キングを出して、順番選択権を取ろう。13ならまず取れる。そう踏んで、伊
藤はクラブのキングを抜取り、裏向きに場に置いた。狩田も考慮の末に一枚を
選択。やはり伏せたまま置いたところで、両者同時にカードをオープン。
「あっ」短く叫んだのは伊藤の方だった。狩田の出した一枚は同じキングで、
マークはスペード。数字が同じなら、マークの強さで狩田の先手が決まる。
「驚いてくれたようで、嬉しいぜ」
 狩田は早くも興奮さめやらぬように、目を見開いた。
(スペードのキングとは……手中にエースが二枚ある? いや、キングが三枚
あった可能性も捨てきれない。狩田の性格なら、先手を確実に取るため、後先
考えずに唯一のキングを切ったのかもしれない。あり得る)
 様々な可能性を想定し、推測する伊藤。表情には出さないが、意表を突かれ
た感があった。
   狩田の手札: ?  ?  ?   ?   ?
   伊藤の手札:H1 S1 S11 H10 D3
 最初の場札五枚が並べられた。ダイヤのジャックと10、スペードの5と3、
そしてハートの7だ。先攻となった狩田は、ハートの4とダイヤの4を出し、
代わりにダイヤのジャックとスペードの5を手札に入れた。
(4のワンペアをみすみす捨てるのも理解しがたいが、あの場札の中で最高の
ジャックを選ぶのはともかく、5を選んだということは、何枚かの5を持って
いるのか……あるいはストレートフラッシュの目を残そうということか)
 そう判断しつつ、自らのカード交換に臨む伊藤。手元にはハートの1と10、
スペードの1とジャック、クラブのキング、ダイヤの3。場にはダイヤの4と
10、スペードの3、そしてハートの4と7。
 伊藤は考えた。普通なら後手はフォーカードかストレートフラッシュを狙い
に行く。ストレートフラッシュならマークを揃えなければならないが、今の伊
藤の手元には二枚のエースがある。と言うことは、相手の狩田はどんなに頑張
っても二枚のエースしか入手できない。エースのスリーカードは不成立だ。
(それなら、こちらもペアを作ることを目標にすればいい)
 伊藤はスペードのジャックとダイヤの3を出し、ダイヤの10、ハートの7
と交換した。
   狩田の手札: ?  ?  ?  D11 S5
   伊藤の手札:H1 S1 H10 D10 H7
 次の場札はハートのクイーンと5、ダイヤの8と2、クラブの3。狩田はダ
イヤの11とスペードの4を放出し、ハートのクイーン及び5を取った。伊藤
はハートの10と7を捨て、ダイヤの8と狩田の捨てたダイヤの11を選んだ。
(エースのペアを活かしつつ、ダイヤ集めか。本意でない。狩田の手の中では、
恐らく5のスリーカードはできているはず)
   狩田の手札: ?  ? H12 H5  S5
   伊藤の手札:H1 S1 D8  D10 D11
 三度目の場札はスペードの7、クラブの9と7、ハートの6と3。絵札があ
まり出て来ない。
 狩田の手からはハート及びスペードの5が捨てられ、クラブの9と7が拾わ
れていった。伊藤はしばし考え、狩田に情報を与えないために、さっき取った
ばかりの二枚を手放し、スペードの7と5を取り入れた。
   狩田の手札: ?  ? C7 C9 H12
   伊藤の手札:H1 S1 S5 S7 D10
 次に出た場札はなかなか豪華だったが、伊藤は舌打ちをした。ダイヤの1と
クイーンと7、スペードの2、ハートの11。待望のエースのお出ましだ。
(これでエースを取られたな。もう一枚は……ダイヤのクイーンだろう)
 予想通り、狩田はダイヤの1とクイーンを取り、クラブの9と5を出した。
クラブの7を残したのは、伊藤がスペードの7を持つのを意識したからだろう。
 伊藤はダイヤの10とスペードの5を出し、ハートの11とダイヤの7を取
った。狩田が将来捨てるかもしれないクラブの7を当てにした戦法だ。
   狩田の手札: ? C7 D1 D12 H12
   伊藤の手札:H1 S1 S7 D7  H11
 続いてスペードの10と6、ハートの2、クラブの2、ダイヤの5が並べら
れた。狩田の捨札はハートのクイーン、クラブの7。取ったのは2のワンペア。
(わざわざ最低の2のワンペアを拾うとは……クラブのエースを持っている可
能性が高いな。クラブの2とつながりがあるからこそ、拾ったのでは)
 伊藤は7のワンペアを捨てて、ハートの12とスペードの10を手に入れた。
   狩田の手札: ? H2 C2  D1  D12
   伊藤の手札:H1 S1 S10 H11 H12
 場札には、終盤になって絵札が見られ始めた。新たに並んだのは、ダイヤの
キングと9、スペードのクイーンと8、クラブの12。
 当然、クイーンのペアを持って行くだろう。伊藤は狩田の行動を予想した。
(クイーンのスリーカードができるのだからな。……む?)
 ところが実際は違った。狩田は2のワンペアを捨てると、ダイヤ二枚を手札
に加えたのだ。
(ダイヤ狙いに変更か? もしかしたら狩田の奴、私がエース二枚を持ってい
ることを察したか? 少なくともその可能性を考えていやがる……)
 伊藤はこれまで以上の思案を強いられた。クイーンのペアを取り込めば、フ
ルハウスが完成するが、現時点ではたいした意味はない。それよりも、狩田の
手に対抗できる準備をしなければ。
(スペードかハート、いずれかを集めるとするか。これまでにより多く使われ
たのは……スペードか? しかし、ハートを集めるとなると、スペードのエー
スを捨てなければいけない。それはまだ早い。仕方がない。スペードだ)
 伊藤はハートの11と12を場に出し、スペードの12と8を入手する。こ
れでよかったのだろうかと、少し後ろ髪引かれた。
   狩田の手札: ? D1 D9 D12 D13
   伊藤の手札:H1 S1 S8 S10 S12
 ラストから二番目の場札としてハートの9と8、クラブの10と4、ダイヤ
の6が並んだ。
 狩田は長考の末、ダイヤのクイーンと9を出して、クラブの10と4を取っ
た。ここに来て再びクラブを集め始めたのか? どうやら残りの山にダイヤが
ないと踏んだらしい。
 伊藤もまた熟慮に熟慮を重ねざるを得ない。次がラストなのだ。エースを捨
てるなら、今しかない。最終回は順序が逆転するから、エースを捨てれば相手
に拾われてしまう。
 伊藤の予想では、狩田の手札で唯一分からないのカードの正体は、クラブの
1だ。クラブのフラッシュを作られる可能性がある。ストレートフラッシュは
ない。エースのワンペアを含むフルハウスはあり得るのかどうか?
 伊藤は最低でもフラッシュを狙うべきらしい。
 だが、残りの山札5枚の中に、二枚のスペードが眠っている可能性は薄そう
だ。これまで使用されたカード全部を記憶できれば簡単なんだが。フラッシュ
の目がなくなったと仮定すると、エースを一枚だけ持っていても仕方がない。
下手をすると逆に相手を喜ばせるだけだ。
 もしエースをペアで最後まで残すならば、今回の選択は無意味になる。たと
え9のペアを選択しても、最後のカード交換で必ず9のペアは壊れる。実質一
度のカード交換で、エースのペアを有効活用できる手が完成できるのか?
「早くしな」
「よし、決めたよ」伊藤は博打に出た。エース二枚を手放すと、9のペアを取
った。これで、自らの手札全てを、狩田に知られてしまうことになるが、最終
盤の今、最早大した問題ではない。
   狩田の手札: ? D1 D13 C10 C4
   伊藤の手札:H9 D9 S8  S10 S12
 最後の場札五枚が開かれる。ハートのキング、クラブの11、8、6、そし
てスペードの9。――勝負は決した。
「負けた」
 伊藤の選択前に、カードを教卓の上に放り投げた狩田。さすがに表向きでは
ないが。
「気が早い。せめて私が選ぶまで待ちなさい。それがマナーでもあるよ」
 伊藤は笑みを仮面の下に隠しながら、淡々と告げる。撫然とする狩田の前で、
カードチェンジ。

――続く




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