#5398/5495 長編
★タイトル (AZA ) 01/01/31 23:03 (198)
そばにいるだけで 56−1 寺嶋公香
★内容 18/06/14 02:37 修正 第3版
* *
「あらまあ」
町田は言ったあと、口を手の平で隠した。
中年じみた反応をしてしまったのは、唐沢と並んで歩いていたところへ、富
井と井口の二人に出くわしたから。
「二人とも、この辺に用があるなんて、珍しいわね」
「うん、特に用ってことじゃないんだけれど、暇があったから」
「芙美ちゃんがいれば、遊びに上がらせてもらおうかなあって思ってたんだけ
どねえ。お出かけなら、しょうがないかあ」
井口、富井の順で返って来た。後者の言葉に、敏感に反応したのは唐沢。
「あのね、富井さん。俺は別に、これとデートしてるわけじゃないんだよ。念
のため、注意しておくね」
「誰も、そんなこと言ってないでしょうが」
呆れ顔になり、横目でにらむ町田。唐沢は「だって、お出かけなんて言うん
だもーん」と来た。
「実際のところ、俺がデートから帰って来たら、幸か不幸か、芙美とばったり
会って、話をしていただけなのに」
「幸か不幸か、ねえ。こっちの台詞だわさ」
自棄気味につぶやき、町田は唐沢の脇腹に、肘鉄をくれてやった。それをま
た唐沢が大げさに痛がるものだから、富井と井口は、「何だかんだ言って、仲
いいよねえ」と声を揃える。
「そんなことはない、全然ない」
「ねえ、お喋りしていたって、どんな話題だったの?」
町田の否定をちゃんと聞いているのやら、井口が聞いてくる。
「それは、ね」
唐沢に目をやる町田。どちらが話そうか、アイコンタクトと短い会話を何度
か交わして、結論を下す。結局、町田が話すことになった。
「楽しくない話かもしれないわよ。相羽君のことだから」
「あ。そうなんだ?」
存外、明るい反応があった。
町田は、富井と井口が二人揃って純子に謝ったことを、聞き及んでいる。本
当に吹っ切れたのか否か、半信半疑だった町田だったが、眼前の二人の様子に、
多少の安堵を覚える。
「相羽君と純、近頃学校で、まともに顔を合わせていないんだってさ。唐沢ク
ンからそう聞かされて、話し込んでいたのよ」
「え……何で何で?」
富井が首を傾げ、うろたえ気味に疑問を口にする。井口の方は、ぽかんとし
て、理解しがたいとばかりに眉間にしわを寄せた。
唐沢が答える。
「何でと言われても、俺も直接二人に問い質してはいないから、分からないん
だよな。まったーく、あの二人と来たら、ややこしい」
「だけど、私、てっきり……」
井口が言いかけて、途中で富井と目を見合わせた。お互い、強くうなずき、
今度は富井が話し始める。
「私達があきらめたのを分かって、純ちゃんは肩の荷が降りたはずだよぉ。す
んなり、相羽君に告白して、OKもらって、うまくスタートを切ったんだと思
っていたのに」
「ばかねえ。純がそんなこと、すると思う?」
両手を腰の側面に当て、胸を反らして嘆息した町田。隣に立つ唐沢が、人差
し指を立てた右手を、何遍も振った。
「そこなんだよ、俺も理解できないのは。何でだ?」
彼の疑問に、同調して富井と井口もしきりにうなずく。
町田は、想像だけどと前置きして、説明のために口を開いた。
「あの子が、そんなほいほいと行動に移れるはずないでしょう。郁や久仁が相
羽君をあきらめたと知ったからって、すぐさま告白するなんて」
「あ……」
初めて気付かされた。そんな感じで、口をぽかんと開け、目を大きくする富
井。井口は額に片手を当て、奥歯を噛みしめる。
最初に疑問を発した唐沢は、一瞬、惚けたように静かになり、次に「何てこ
った」と吐き捨てた。
「考えが浅いわね。単細胞」
町田は、敢えて非難がましく言った。そうすることで、確かに残存する難関
を一時でも忘れていたい。
唐沢は怒ろうともせず、難しい顔になって、考え込む。顎先を手で覆い、宙
で肘をつく格好を取った。それをすぐさまくさす町田。
「あんたが考えたって、どうなるものでもないでしょうが。下手の考え、休む
に似たりと言ってね」
「芙美に名案があるようにも見えないんだがな」
「確かに、残念ながら。あれば、とっくに実行しているわね」
「二人とも、やめようよ」
言い合いになりそうなところを、井口と富井が止めに入ってくれた。町田に
しても、不毛なやり取りをやめるきっかけがほしかったから、これは渡りに船。
即応して、井口達にも聞く。
「何かないかしら。純と相羽君がうまいこと行くような」
「やっぱり、私達みんなで、純ちゃんの後押しをするとか」
富井が答えて井口に振り向き、同意を求める。井口は、そのまま富井に聞き
返した。
「後押しって、具体的に、どんなことをしようっていうの?」
「えっと、それは、純ちゃんに直接言ってあげればいいんじゃあ……。ほんと
に私達のことは気にしなくていいから、遠慮なく!って」
「うーん」
頭を抱えたくなった。町田は井口を互いに見合わせた。相手が情けない表情
をしているのが分かる。恐らく、自分も似たような顔をしているのだろうと、
町田は思う。
残る唐沢が優しい口調で、教える風に語りかける。
「富井さん、それも一つの手であるけれど、涼原さんの性格だと、余計に気に
して、何もできなくなってしまうんじゃないかな」
「う……ん。そうかもしれない」
納得したのか、顎を引いて何度もうなずく富井。
「でもぉ、他にどんな方法があるのかなあ」
「確実なのが、一個、あるんだけどな」
唐沢がつぶやくように言った。その目は、富井や井口を気にする風に、きょ
ろきょろと動いている。
「言ってみてよ」
腰に手を当て、町田が求めると、唐沢はまた言いにくそうにする。
「どうしたのよ」
「……富井さんと井口さんは、紛うことなく、相羽を吹っ切れたんだね?」
町田に背を向けた唐沢の問いに対し、当の二人は不安げな様子ながらも、し
っかりと首を縦に振った。
「じゃあ、言うけれどさ。要するに、相羽が涼原さんに告白すれば、話は簡単
なんだよ」
町田は、富井や井口と別れたあと、唐沢との会話続行を選択した。
「寒くなければ、缶ジュースでも飲みながら、外で済ませるところだけど、こ
の気温じゃ仕方ないわね」
そんな理由付けをして、唐沢を家に上げた。ミルクがなかったせいもあり、
日本茶とあられ菓子を出す。
「俺、少し前まで、女の子達とケーキバイキングしてたんだけど」
胸を拳で押さえながら、ちゃぶ台を前に座る唐沢。その正面に落ち着いた町
田は、湯飲みに熱い茶を注いでやって、どんと置く。
「ちょうどいいじゃない。胸やけしたなら、これでも飲んで、すっきりさせな
さいな。あられはお好きに」
「……なあ、さっきの話はどこへ行ったんだ?」
唐沢の呼び掛けに、町田は黙り、自分の湯飲みを両手の平で包んだ。
「富井さんと井口さんを帰したのは、相羽の話を続けるからだろ。それを、こ
んなしょーもない言い合いをして、時間を無駄に潰したくないぜ、俺は」
「同意するわ」
あられを一粒だけつまみ、口に運ぶ。噛まずに、お茶で湿らせ柔らかくして、
流し込む。考えをまとめるのに充分な時間を得た。
「それで、あんたは相羽君に直接言おうと思っているわけ? 告白してしまえ
よって」
「最終手段は、それだろうな」
「郁の言っていた意見と、大して変わらないじゃないの」
「だから、最終手段だよ。できることなら、自然に、そういう方向に持ってい
ってやりたいよな」
「その前に、確かめたいことがあるんだけれど」
「何だ? 急に真剣な顔になったな」
まじまじと見返す唐沢。町田は「私は最初から真剣よ」と静かに言い添えた
後、唐沢に尋ねる。
「相羽君と純を引っ付けるのに、随分と熱心な様子だけれど、あんたの本命、
純だったんでしょう? あきらめられたの? 前からずっと不思議だった」
「そりゃあ……チャンスがあるなら、あわよくば、だけどな」
言って、息をつく唐沢。そして自嘲気味に唇の端を曲げた。
「実際のところ、チャンスはゼロだ。だから、あきらめた。と言うか――涼原
さんには幸せになってほしい。へへ、まじでそう願ったのは、初めてだな」
照れ隠しなのか、鼻の頭を掻く唐沢。町田はそんな相手の仕種を見て、大げ
さにため息をついた。
「望みがなくても、好きでいられるなんて、男って、ばかだよねえ」
「女がドライすぎるんじゃないか? いや、女が、じゃなく、おまえが」
「ドライにもなるわよ、あんたみたいなちゃらんぽらんな男を、身近に見なが
ら育ってきたんですからね」
町田の視線に差され、唐沢が鼻白み、そして訝しげに首を捻る。やっと湯飲
みに手を伸ばし、温くなったお茶を煽った。
「意味が分からん。ちゃらんぽらんなのは認めていいよ。俺、わざとそうして
きたんだもんな。それが、おまえの性格がドライなのと、どう関係してくるの
か、さっぱり理解できねえ」
「ば……別にいいじゃない、そんなこと。今は、純と相羽君のことを話し合っ
てるんでしょ。話が逸れてる!」
「変な奴。おまえが言い出したくせに」
「うるっさいわね!」
声を張り上げ、くるりと背を向けた町田。顔が赤いのは、怒っているせいば
かりではない。
(何年も何年もずーっと、やきもきさせられてきたんだよ、私は!……って叫
ぶことができたら、どんなにすっきりするだろうな)
胸の内で叫ぶと、落ち着けたようだ。表情も、気持ちも元通りになっていく。
おもむろに向き直って、半ば強引に話題を引き戻した。
「あんたが純のことを、完全に吹っ切ったのなら、やってみたい案があったん
だけどな。その様子じゃあ、どうも無理っぽいわね」
「言ってみな」
「あなたがかわいそうで、かわいそうで、とても言えない」
「何だよ。余計に気になるじゃねえか」
身を乗り出してきた唐沢を見やり、ほくそ笑む表情を作って応じる。
「あんたが純に迫って、その場面を相羽君に見せつければいいのよ。危機感を
覚えた相羽君は、負けてたまるかとばかりに、純に急いで告白するに違いない
……というものよ。なかなかグッドでしょう?」
町田は横を向き、片目だけで唐沢を見た。
「……そうだな。名案だ」
唐沢は歯ごたえのない返事をよこしてきた。まるで、伸びた麺類みたいな。
* *
岩山を背景にした草原。そしてせせらぎ。
この時季、霞を狙っての早朝からの撮影がたまにセッティングされる。純子
も他のモデルと変わらず、眠い上に震えるほど寒いから苦手だったが、いつの
間にか慣れてしまった。それに、今回は、相羽の母と一緒だ。安心して仕事に
打ち込める。
「はい、笑顔ちょうだーい」
「今度は表情を消して」
「頭を腕に預けて、物憂げな感じに」
指示が矢継ぎ早に飛ぶ。それを着実にこなしていく純子。集中力が途切れる
ことなく撮影は進められ、予定より随分早く終わった。
「ご苦労様、純子ちゃん」
毛布を肩からすっぽり被って、車中でメイクを落としてもらっていると、相
羽の母がやって来た。
「身体の方は大丈夫? その唇の色は、口紅よね?」
念のためという風に確認してくる相羽の母に、純子は「そうですよー。まだ
取ってないんです」と笑顔で答えた。すみれ色のルージュを着けているのだが、
知らない人が見れば、寒さに震えていると思うに違いない。
「片付いたら、いつものように車で送って行くからね。早く終わってよかった。
この時間なら、さほど飛ばさなくてすむわ」
「あれ以上時間が掛かっていたら、本当に紫色になっていたかも」
口元を指差す純子。
化粧を落とし終わって、暖かい飲み物にありつけた。ようやく人心地着ける。
その後、髪を普段の大人しい形に戻してもらい、最後にアクセサリーの着け
残しがないか、チェック。これで、どこから見ても普通の高校生に。
――つづく