#5387/5495 長編
★タイトル (GSC ) 01/01/05 22:53 ( 79)
ベルタ おいで (盲導犬と共に) / 竹木 貝石
★内容
ベルタ おいで (盲導犬と共に) NO.6 柏木 保行 (竹木 貝石)
20 オリンピックの街札幌
再び冬が訪れました。東京育ちのベルタが雪国にどの程度通用するかという
心配は全くの取り越し苦労で、雪道でこそ盲導犬の真価が発揮されることを知
りました。大雪で方角が分かりにくいときでも、ベルタはちゃんと連れていっ
てくれます。
年末には、ベルタ寄贈一周年を祝って、西ロータリークラブからプレゼント
をくださることとなり、本年度会長の河邨文一郎先生から、犬の副食の缶詰を
手渡されました。
明けて1972年は、第11回冬期オリンピック札幌大会の年です。市民は
活気に溢れ、街は見違えるように立派になりました。私は札幌に住んでいるこ
とをこんなにも誇らしく思ったことはありません。
私の住む市営住宅は、札幌の中心部より北東にあり、勤務先の盲学校は西南
方、藻岩山の麓にありますから、毎日中心街を通って反対側へ通勤している訳
で、交通ラッシュと雪のために1時間半もかかります。
このたび、百万都市にふさわしい新方式を取り入れた地下鉄が開通し、太刀
豊交通局長にお願いして、盲導犬の地下鉄乗車を許可していただきました。お
かげで通勤時間が短縮され、心身の疲れが少なくなりました。駅の階段やプラ
ットホーム、出改札口、電車の乗り降り等、盲導犬在ってこそはじめて安全な
通勤が約束されます。通勤コースは下の通りです。
バス:元町団地〜北18条
地下鉄:北18条〜中島公園
バス:中島公園〜浄水場前
なお、オリンピック競技は家族総出で観戦し、生涯の良い思い出となりまし
た。
21 あわただしい別れ
札幌に住むようになって11年、いろんな意味で北海道人になりきったと思
った頃、突如転勤の話が持ち上がりました。元々私も妻も名古屋育ちでしたか
ら、ふと郷愁を覚えることもありましたが、月日の経つに連れ次第に北海道の
良さが解ってきて、いよいよ札幌に永住する腹を決めた矢先に、名古屋盲学校
から転勤の話がきたのです。
私は一晩考えました。同じ国内といっても、札幌と名古屋とでは何かと違い
があります。不器用な私には両方の長所を上手く取り入れることが出来なくて、
札幌になじんだということは、それだけ名古屋を忘れたことに他ならなかった
のです。気候や風俗習慣、言語やものの考え方、職場や隣人や街の様子、子ど
もの学校や友達……。全てが振り出しに戻るようなものです。とりわけ気がか
りなのは、ベルタをとりまく人々の温かい理解と援助から離れていかねばなら
ないことでした。それにも関わらずあえて転勤を決意した理由はいったい何だ
ったのか、私自身にもよく分かりません。
世の中が急にあわただしくなりました。一度名古屋へ行って、愛知県の教員
選考試験を受けてこなければならず、その結果いかんでは転勤が取りやめにな
るかもしれません。本決まりになるまでは引っ越し準備をする気になれず、本
格的に動き出したのは4月に入ってからでした。
全盲の私、4月から4年生になる長男、1年生に入学する長女、1歳の誕生
日を過ぎたばかりの次女、このところ健康の優れない妻、そしてベルタ。満足
に働けそうな者は一人も居ません。それでも出来るだけ人手を借りないように
努めました。離任・新任に伴う書類や挨拶回りや諸会合、住宅の明け渡しと新
しい借家捜し、引っ越しの荷造りや切符の手配、子どもの転校や諸届け等等。
ベルタはつい忘れられがちで、最後の検診と予防注射だけはしていただきまし
たが、ロータリークラブの皆様にお別れを告げる機会は持てずじまいでした。
眠る間もないほど動き回って、ようやく4月8日の朝、親しい人々に見送ら
れつつ、日本航空のバスに乗り込むことができました。バスが発車した途端、
子ども達が大声で泣きだしたので、私も思わず涙を誘われました。子ども達に
とっては札幌こそが生まれ育った最愛の街なのです。私も随分あちこちに移り
住みましたが、数えてみると札幌での生活が一番長かったのでした。
兄に付き添われて初めて北海道の土を踏み、この街へ赴任したのが4月6日、
道ばたには今と同じくまだ雪が残っていました。当時23歳の独り者だった私
が、11年を経た今、五人と一匹の大家族と共に、海を渡って郷里へ帰るので
す。思えば様々な出来事がありました。それらが大きな悲しみの固まりとなっ
て胸底から突き上げてきて、札幌を遠ざかりゆくバスに揺られながら、溢れ落
ちる涙を拭きました。
[1972年(昭和47年)4月30日 記す]
犬の背の 雪払いつつ バスを待つ
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