AWC ベルタ おいで (盲導犬と共に)   / 竹木 貝石


        
#5385/5495 長編
★タイトル (GSC     )  01/01/05  22:53  (168)
ベルタ おいで (盲導犬と共に)   / 竹木 貝石
★内容
ベルタ おいで (盲導犬と共に) NO.4  柏木 保行 (竹木 貝石)

    第二部 札幌編

   11 涙と善意を生かして

 無事札幌の丘珠空港に着陸し、ベルタと並んでタラップを下り始めると、一
斉に拍手が起こりました。札幌は今や一面の雪、この寒い夕べに、わざわざ飛
行場まで出迎えてくださった西ロータリークラブ、盲学校、盲導犬協会の方々
は、30人にも上りました。安達先生が涙を拭っておられたとのこと、先生に
はそれほどまでにご心労をおかけしていたのです。
 私はただ申し訳なく思うばかりで十分な挨拶も出来ず、歓迎の言葉とフラッ
シュの中に呆然としていました。ベルタは持ち前の人なつこい性格と人混みに
慣れているせいもあって、普段と変わらぬ落ちついた動きを見せ、人々を感心
させました。
 数日後、札幌西ロータリークラブで改めて贈呈式を挙げていただきました。
席上急に胸が詰まって上手く挨拶できませんでしたが、そのとき私が申し上げ
たかったのは次のことです。
「世の中で何が一番不自由かと問われたら、大方の盲人は『道を歩くこと』だ
と答えるでしょう。ベルタをいただいて行動範囲が広がりましたので、今後は
視覚障害者の為、社会の為に、いささかでもお役に立てればと存じます。会長
の五十嵐彦仁先生や、交通局に働きかけてくださった小熊種男先生はじめ、私
の気づかない多くの方々のお力添えに対し、厚くお礼申し上げます。ありがと
うございました」
 盲学校へは額縁に入ったベルタの写真をくださり、ハーネスに風格あるロー
タリーのマークを取り付けてもらいました。写真は校長室に飾られ、ロータリ
ーのマークはハーネスに一段と趣を添えています。
 蛇足になりますが、その後ロータリークラブの例会や家族会にお招きいただ
いて、企画のおもしろさ、雰囲気のなごやかさ、会員各位のお人柄の豊かさに
感動しました。常識に乏しい私ながら、いつもベルタと並んで上座に着かせて
いただき、1度などは、隣におられる方が札幌医大病院の大野精七先生(わが
国にスキーを導入した草分け)とも知らず、随分親しくお話をうかがったこと
もあります。
 このように、私はベルタによって日常生活に便利と潤いを増したのみならず、
様々な経験を通じて、自分が一回り成長したように思われました。



   12 ごめんよベルタ

 2学期の終業式のとき、全校生徒・職員にベルタを紹介しました。元々学校
を挙げて協力・声援してもらっていたので、このところベルタの話で持ちきり
だったのですが、さてその日は、子ども達が次々とベルタをなでては感嘆しま
す。ベルタは驚くどころかむしろ喜んで、尻尾を振り振りその手をなめたりし
ます。精悍な顔つきで知られているシェパードの中で、ベルタは実に柔和な表
情を備えているそうですが、ちょっとでも声を掛けてもらえば、仕事中でない
限り、誰にでも寄っていって長い舌でペロリとやります。犬の嫌いな人には迷
惑でしょうが、これこそ親愛の情の現れであって、人に愛される盲導犬という
点でまことに望ましい性質なのです(注3)。
 確かにベルタは優しくて思いやりがあります。一度叱られたことはよく覚え
ていて、二度目は必ず気を付けます。命令の意味が伝わらなかったり間違った
指示を与えられたりすると、ベルタは当惑して頭をすり寄せてきます。それで
も強引に命令を下すと、その場に座り込んで私の顔をペロリとなめます。後で、
そこに障害物が在ったことや行き止まりだったことを知って、心からベルタに
済まなく思い、「ごめん」という言葉をいかにして伝えようかとしばしば悩み
ます。
 私は全盲者の中でも勘の良い方だと密かに自負しておりましたが、このうぬ
ぼれこそが却って歩行を妨げる原因だったのです。私の勘よりも、ベルタの注
意力と判断力の方がはるかに優れていました。もはや私は道順だけ知っていれ
ば、後は犬を信頼して気楽に歩けるようになりました。
 ベルタと歩くことは、単に安全というだけでなく、孤独感がないということ
も見逃せない利点で、あたかも友達かわが子と歩いているような心強さを感じ
ます。全盲者の歩行は孤独そのものであって、周りの景色も人の顔も見えず、
ただひたすら危なくないように歩いて、ようやく目的地に着いたときには、身
も心もくたくたに疲れます。この頃、私はそうした疲労を覚えなくなったのみ
か、歩く楽しさを知るようになりました。

 (注3:盲導犬の仕事は視覚障害者を安全に誘導することが第一であり、歩
行中に犬がよそ見をしたり気を散らすことは絶対に許されません。従って、ハ
ーネスを装着している盲導犬に、主人以外の人が声を掛けたり触ったりするこ
とは止めていただいています。同様に、主人からやや離れた所あるいは主人の
そばでも、じっと待っているときは盲導犬の仕事中なので、他の人が接触する
のはご遠慮願うべきでしょう。事実、盲導犬使用者の多くは、主人以外の人に
触れさせない方針のようです。けれども、私の場合、「絶対に犬に声を掛けた
り触ったりしないでください」とまでは言っていません。犬の性格にもよりま
すが、ベルタは仕事と愛情を混同することなくきちんと区別していたので、他
人の影響で仕事を間違えることは全くありませんでした。しかし、他人がベル
タに触りたいと言うとき、私は必ずハーネスを外すようにしていました。)



   13 難しいタイミング

 冬休みには、毎朝晩散歩に出かけました。付近の地形を知り、雪道に慣れる
目的で、今日は東回り、明日は西回りと、くまなく歩いて、次第に遠くまで出
かけるようになりました。5キロ余も歩いて、同僚の家を訪ねることもありま
す。
 たまには私の方が道を忘れてしまい、どちらへ行けばよいのか分からなくな
ることもありますが、そんなときはただ
「GO」
 と言って、ベルタの行きたい方へ行かせます。するととんでもない方角へか
なり歩き、2、3度くるくると角を曲がってからぴたりと停まるので、不思議
に思って確かめると、そこはなんと、私の家の前なのです。雪深い北海道では、
足の感覚を頼りに歩く視覚障害者はしばしば難渋しますが、ベルタが居れば、
もはや道に迷う心配は無くなりました。
 郵便ポストは、2回で完全に覚えました。ベルタと歩きながら、ポストの近
くへ来たときに、
「POST POST」
 と繰り返します。ちょうどうまくポストの前で停まったら、すかさずポスト
を叩きながら、
「GOOD POST GOOD」
 と、ベルタの頭をなでてよく褒めます。こんなやり方で2、3回練習すれば、
後は何日経ってもまず忘れません。
 ところが、バス停だけは大いにてこずりました。正直いって未だに不安です。
上記のように、
「BUS」
 と言ってベルタに捜させるのですが、道路脇には紛らわしい物が色々立って
いて、どれがバスの標識なのかよく分かりません。看板や電柱の傍らに停まっ
たとも知らずにベルタを褒めたり、逆にちょうどバス停の標識近くに停まろう
としているのに叱ってしまうこともあります。
 何事もタイミング一つで決まるのですから、僅か1秒ずれただけでも、ベル
タには私の意図が通じないのです。
 最も理想的なやり方は、目的の標識がベルタの目に入った時を捉えて、
「BUS」
 と命令し、そちらへ向かって歩き始めた途端に、
「GOOD」
 と褒め、標識の傍らに来た瞬間に、
「STOP」
 を掛け、そして標識を叩いて十分に褒めれば良いのです。タイミングを正し
く捉えさえすれば、1度で理解するだけの能力をベルタはちゃんと持っている
のですから、問題はむしろ私の側にあるといわねばなりません。
 停留所に誰も居ないときは標識のすぐそばに停まり、人がいっぱい並んでい
るときは列の後ろに停まり、既にバスが来て待っているときにはバスの入り口
へ行く、という区別が難しいことも大きな災いとなります。しかも多数の標識、
幾つもの人の固まり、何台ものバスが在って、それを選択するのに、ただ
「BUS GO」
 という言葉だけでは無理なようです。用事で普段と違うバスに乗りたいとき
もあり、いつものバスに乗ろうと待っていても、標識よりはるか後ろで乗客を
乗せて発車してしまうバスもあります。近頃は、相次ぐ工事のために再三再四
バス停が変わったので、ベルタも私も一時はすっかり当惑してしまいました。
 今では、通勤に使うバスの停留所にはどうやら着けるようになりましたが、
また何かの異変があればやり直さなければなりません。かといって、命令語の
数をあまり増やしても却って混乱を招くので、これは目下私の研究課題となっ
ています。



   14 迷惑は最小限に

 市営バスが乗車許可になるまでには、各方面に随分お世話になりました(注
4)。通勤距離が片道8キロありますので、到底徒歩で通うことは出来ず、も
しバスに乗れないとすれば、ベルタの活用範囲はごく限られてしまいます。と
いう訳で、条件付きとはいえ、乗車許可になったのはまことにありがたいこと
でした。
 初めて市バスに乗ったときには、北海道第一号の盲導犬ということで、各新
聞社やテレビ・ラジオで大きく取り上げられました。交通局からは、自動車部
係長さんはじめ何人かの人が現場を見にきてくださいました。
 今では毎日バスで通っていますが、私がバスに座っている間、ベルタはおと
なしく足下にうずくまっています。勿論、吠えたりかみついたりすることは絶
対にありません。それどころか、バスが混雑するときなど、私が遠慮して2、
3台バスを見送って一番前に並ぶようにしているのに、いざバスが来ると、我
がちに左右から割り込んできて押し合うあまり、ベルタの足を踏んづける人が
居ても、ベルタは悲しそうに一声鳴くだけです。
 座席は、後輪のすぐ前か後ろに座るのが一番じゃまにならないようです。冬
に暖房が通っているときは反対側の席を選びますが、いつでも思い通りの場所
が空いているとは限らないので、そのときは何処でもかまいません。私の乗り
降りは大抵終点から終点までですので、早めに停留所へ行って待つように心が
けています。
 ベルタは乗客の皆様からも愛され、特にお子さんには人気があります。運転
手さんや車掌さんも大層親切で、暖かい言葉を掛けてくださいます。
 ただ、中には犬の嫌いな人もおられることを考え、極力ご迷惑にならないよ
う注意しておりますので、どうか至らぬ点はよろしくお願いいたします。

 (注4:盲導犬関係者の陳情や啓蒙活動が実って、近年ほとんどの交通機関
におけるフリー乗車が法律で認められるようになりました。)







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