#5368/5495 長編
★タイトル (AZA ) 00/12/31 07:46 (177)
そばにいるだけで 55−5(文化祭編−後) 寺嶋公香
★内容 16/06/14 21:02 修正 第3版
間髪入れずに秀康の顔を見ると、顔に朱が差し、戸惑いが露だった。
「気に入られたみたい。よかったね、秀康」
姉に言われても、切り返す気力がないのか、秀康は黙りを決め込んでいた。
「相変わらず、友達に恵まれてるね、涼原さん」
乗り込んで、扉が閉じ、動き出してから前田が純子に言った。口ぶりが、や
けにしみじみとしている。
純子は何度か瞬きをして、「うん、恵まれてる」と応じる。頬がかすかに紅
く染まる。もちろん、嬉しくて照れているのだ。
「先輩を中心に、集まってくる感じだよね」
秀康が姉の言葉を後押しする。純子は照れに拍車が掛かった。これ以上ひど
くならない内に、自らセーブせねば。
「でも、そりが合わないと言うか、目の敵みたいにされることも、結構あるよ
うな気がする。……白沼さんとか」
「ああ、あの人はねえ、特別。ずっと女王様だったのが、中学に入ってあなた
がいたから、ライバル視してたんじゃない?」
「そう言われても、自分ではよく分かんない。ただ、今もそりが合わない感じ
は残ってるかなぁ」
「――今日ね、白沼さんとも会ったのよ」
「あ、そうなんだ?」
純子の方は今日、白沼とは顔を合わさずじまい。元々、クラブ発表を見に行
っても、変にもめるかもしれないし、逆に行かなかったら行かなかったで、ど
うして来てくれなかったの?なんて言われるかもしれない……と迷って、決め
かねていたのが、町田とあんな話をしたせいで、すっかり消極的になって、足
が遠のいた次第。
「どうだった? 盛況だったのかなあ……」
「ん? ああ、お客さんは結構来てたわ。回転率悪かったみたいだけれどね。
私が言いたいのは、そんなことじゃなくて」
前田は、台詞に急ブレーキを掛けた。肩越しに窓の外を一瞬見やり、眉間を
手の甲でこすってから、純子に尋ねる。
「念のために、聞いておかないとね。彼女達って、白沼さんともすっごく仲が
いいとか、そういうことはない?」
「多分。クラスが違うからかな、話をしたこと自体、少ないと思う」
「それなら、問題ないか。白沼さんたら、私の顔を見るなり、中学のときと変
わらない調子で始めたわけよ、あらお久しぶり、珍しいわあ、どういう風の吹
き回しかしら、なんて」
目に浮かぶようだ。思わず、笑ってしまう。そんな純子と前田を見て、秀康
が不思議そうに眉をしかめた。
純子は苦笑を隠さず、ぽつりと述べた。
「白沼さんも、悪気はないと思うんだけどね」
「それは、私もだいたい感じるけれどね。健作……立島君にちょっかい出され
た一件があるだけにねえ、悪意に受け取ってしまうわ。でもね」
ウィンクする前田。純子も瞬きをする。意味を掴みかねての瞬き。ここで逆
接の接続詞が来るとは、思いも寄らなかったこと。
「彼女、元気なかったわね。意気消沈が服を着て歩いていた感じだった」
「そうだった?」
首を捻る純子。今日は見ていないからなんとも言えないものの、昨日までの
白沼に、そんな兆候は一切見当たらなかった。
「少なくとも、私にはそう見えたってだけだから。でね、気になったから、そ
れとなく聞いてみたわけ。ううん、それとなくと言うよりも、かなりストレー
トだったかな。そうしたら白沼さん、ため息なんかついちゃって、『元気なく
見えるとしたら、ショックが表に現れてるんだわ』と、悔しげに」
「へえー、あの白沼さんが、そんなことを」
弱音を吐く白沼の姿なんて、想像しにくい。いや、弱音じゃないのかもしれ
ない。見ていないのに、勝手に判断できない。
「ショックって、何なんだろ……」
「他人事ながら、気になる?」
「私は別に」
「多分ね、相羽君と関係あるわ」
「え」
絶句する純子。その代わりみたいに、秀康が口を開いた。
「どうして、そんなことが言えるんだよ。ぺらぺら喋ってくれでもしたの?」
「そんなばかなことは、あるはずないでしょ。そうねえ、半分は私の直感。残
りの半分は、白沼さんの言葉の端々に滲んでいた、とでも言えばいいかな」
純子は前田の顔をじっと見た。迷子の子猫みたいに、心細げですがるような
視線に、前田は首を縦に大きく振った。
「具体的には――」
前田の台詞が途切れたのは、電車が目的の駅に到着したから。続きは、ドア
が開いて、改札を通ったあとに。
「白沼さんが『立島君とはいかが?』なんて聞いてくるもんだから、むっとし
たんだけれど、その直後に、『こっちは虻蜂とらずになりそう』だってさ。涼
原さんは、どういう意味だと思う、これ?」
「その……前田さんは?」
質問返しをする純子。何も浮かばなかったのではない。浮かんだ答を、言う
のがはばかられた。
「多分、あなたと同じ」
「ず、ずるーい!」
前田の返事に、純子は思わず指差してしまった。しかし、その前の自分の返
事もどんぐりの背比べ、似たようなものだと自覚はあったから、すぐに恥ずか
しくなって肩を小さくする。
「相羽先輩なら」
そこへ、後ろを行く秀康が割って入った。二人の注意を集める。
「今日会ってきましたけど――」
「ちょい待ち」
前田が手をかざし、ストップを掛ける。秀康の足が止まった。立ち止まれと
いう意味に受け取ったらしい。でも、姉達はそのまま進んでいくものだから、
急いで追いかける。
追い付いたところで、姉からたしなめられた。
「喋っていいことかどうか、よく考えてからにしなさいよ」
「あのねえ、それぐらいの判断はできるさ。中学生をばかにすんなよな」
「それは失礼をいたしました。続けて」
促され、口を開こうとする秀康。そのとき、純子と目が合って、慌てたよう
に咳き込んだ。
「あー、えっと。先輩の気持ちは、揺るぎないものでしたよ」
「……?」
純子は拍子抜けした思いで、首を傾げ、次いで前田と顔を見合わせた。
前田は前田で、怪訝そうに眉を寄せ、弟に改めて尋ねる。
「それだけ?」
「これが、ようく考えた結果さ、姉上。これ以上は言わない」
得意そうな秀康に、前田はため息をついて苦笑いをなした。
* *
緑星高校の文化祭から、十日あまりが過ぎていた。それでもまだ冬になりき
っていなくて、昼間の空気は暖かい。
町田は、富井からの電話の呼び出しに応じて、近所の喫茶店に足を運んだ。
(郁のことだから、約束の時間通りに着いても、しばらく待たされるだろうな)
自分のそんな予想が見事に裏切られたことを、町田はドアを開けて、店内に
頭を覗かせるなり、思い知らされる。
富井が、レジに近い窓際の席で、ドアの方をじっと見つめて待っていたのだ。
「――あ、ごめんごめん」
暫時、唖然とした町田は、慌て気味に言葉をつなぐ。ウェイトレスの案内を
断り、足早に富井のいるテーブルに向かう。
「待たせちゃった?」
「ううん。私の方が、早く着きすぎたんだよ」
そういう富井の手元を見ると、すでに空になったグラスが一つ。お冷やの根
元にも、水たまりができていた。対照的に、好物のケーキは三角の先端がわず
かに削られただけで、ほとんど手つかずのまま残っている。
「そ、そうだよね。うん、時間通り」
戸惑いを覚えつつ、腕時計を見るポーズをする町田。電話を受けたときから、
いつもと様子が違うなと感じはした。だけれど、実際に会ってみて、ここまで
雰囲気が異なるとは、予想を超えていた。
四人テーブル、富井の対面に町田が座ると、間を置かずにウェイトレスが駆
けつけた。彼女の役目として、注文を訪ねてくる。
「私……アメリカンでいいや」
「ペパーミントティを」
町田に続き、富井も飲み物を追加注文した。ウェイトレスがオーダー確認後、
立ち去ると同時に、町田は富井に聞いた。
「そんなに飲んで、大丈夫? あ、いや、ここには何分前に来たのよ?」
「えっと、三十分ぐらいかな」
手首の時計を見やって、富井は疲れたような口調で答えた。
「三十分前? それはまた……あんたにしては、えらく早い到着だったわね」
「うん。他にすることなくて」
よく分からない返答だ。町田はかすかに首を傾げながらも、それには触れず
に、会話を継続する。
「とりあえず、用事ってのを聞かせてちょうだい。電話じゃできないような話
なんでしょう?」
「そうなの。でももう少し待って、芙美ちゃん」
「ん?」
「飲み物が来てからの方がいいよ。落ち着いて話せるから」
よほど人に聞かれたくないらしい。富井はそれだけ言うと、店内や外の道を
きょろきょろと落ち着きなく見渡した。
何だろうと考える内に、町田はふと思い当たった。
(知っている顔が近くに来ていないか、気にしてるんだわ、恐らく)
飲み物が運ばれるまで、富井と町田は互いの学校のことを主な話題としてお
喋りし、時間を潰した。なかなかに楽しい、笑いも何度か生まれる言葉のキャ
ッチボールが展開されたにも関わらず、このあとのことを暗に想像してしまう
からか、どことなく空々しいものとなった感は、否めない。
やがて、ウェイトレスがカップ二つを、持って来た。素早いなりに丁寧な手
つきで置くと、足早に去っていく。
「思ったより大きなカップだわ」
砂糖を入れないつもりだった町田だが、苦いままでは全部飲みきれないかも
しれない。時間稼ぎも兼ねて、砂糖をスプーン二杯分、投じた。
(ううーん、空気が重たくなってきたよ、ほら)
町田の気も重たくなっていた。スプーンがカップの内側に触れて、かちゃか
ちゃ音を立てる。いっそ、富井が話し出すまで、ずっと回し続けておこうかと
さえ思った。
しかし、富井は富井で、町田が手を止めるのを待っているらしく、何も言わ
ずにコーヒーカップを見つめている。町田は仕方なくスプーンを抜いて、ソー
サーに置き、一口、コーヒーを飲んだ。
「まあまあかな」
「……芙美ちゃん、話っていうのは」
始める糸口を見つけられず、強引に切り出した様子の富井。町田は両手を、
テーブルの端に沿えた。
「芙美ちゃんは察しがいいから、もう感づいていると思うけれど……相羽君に
関係した話なんだ」
やっぱり。町田はかすかに、目に見えない程度に、首を横に振った。
「ふ……ん。当然、純にも関わることなんだろうね」
「うん」
富井の固い首肯。それを目の当たりにして、町田の心境は、やる気のない勇
者みたいに後ろ向きになった。
(こういうことは、別々に話を聞いても、解決できない。身に染みて、ようく
分かったわ)
富井はしかし、町田の思惑にかまわず、話し始めた。そしてその出だしは、
町田にとってインパクトのある物だった。
「私さあ、相羽君に告白しようと思ってるんだ」
――つづく