#5367/5495 長編
★タイトル (AZA ) 00/12/31 07:44 (200)
そばにいるだけで 55−4(文化祭編−後) 寺嶋公香
★内容 16/11/13 03:45 修正 第3版
「そうよ。と言っても、たまたま、今日、渡り廊下で立ち聞きしただけ。全部
は聞けなかったけど、肝心なところは聞いちゃった。あ、聞いたのは私一人だ
し、あなたの友達が誰彼なしに吹聴しているわけじゃないから、安心していい
わ」
そんなことで安心させられても、しようがない。相羽は動揺を収めつつ、口
を開いた。
「白沼さんには、関係のない話だ」
「関係あるわよ。私はあなたが好きなんだから。何遍も言うわ」
「僕も何度でも断る用意があるけど、もう言いたくない」
ため息混じりに告げた相羽。白沼の話は止まらない。
「アプローチするのは、自由でしょう? 相羽君はフリーなんだし」
「言ってることは正しい。でも、僕の気持ちは変わらないから」
「変わるかもしれないじゃない」
「変わらない。――どうどう巡りになるだろうから、やめよう」
相羽が手のひらを立ててストップを掛ける。白沼は、不満そうにしかめっ面
をなした。それでも言うことを聞き、話のポイントを変えた。
「あなたが涼原さんのことを想ってるのと同じくらい、私はあなたのことを想
ってるのよ。この気持ち、どうしてくれるのよ」
相羽は、一気に不満を高めた。自分が純子を想う強さと同じだなんて、軽々
しく言ってほしくない。他人の気持ちに踏み込むような真似は、嫌いだった。
だが反面、白沼がそう言いたくなる気持ち自体は、理解できなくもなかった。
理解できなくはないのだが、受け入れられるものではない、というだけのこと。
結局、相羽は白沼に文句を言うことなく、口をつぐんだ。その代わり、不機
嫌さが表情にちょっぴり、浮かび上がったかもしれない。
相羽の沈黙に、白沼はしびれを切らした風だった。
「……分かったわ。私は、対象じゃないのね。恋愛の対象に入ってない」
「……僕は」
「だめっ、待ってよ」
いい加減、明確に言っておかなくちゃいけない、そう感じて、切り出そうと
した相羽を、白沼は素早く封じた。
相羽はとりあえず中断し、相手の言葉を待つ。
「言わせないから。言われるくらいなら、私から言うわよ」
「白沼さん、何をそんなむきになって」
「対象は一人だけ。あなたが好きなのは、結局、涼原さん一人なのよね」
決め付けるように言った白沼。それは、相羽が、今まさに話そうとしていた
内容そのもの。
相羽にとっては紛れもない事実だから、決め付けるも何もないのだが、ここ
まで白沼が言い切るとは、予想できていない。
「ふられようが、私みたいなきれいな子から迫られようが、どんなことがあっ
ても、相羽君の心は変わらない。他の子は、どうしたらいいのかしら。ばかば
かしくなっちゃうわ」
「……かもしれない」
「ねえ、私の存在って、迷惑? まとわりついてきて、うるさいなあって?」
「そんなことは、ない」
「そうかしら。はっきり言うのなら、今しかないわよ」
「……もう一度、言うよ。そんなことはない」
「……ばかね」
白沼は言い捨て、目をそらす。それから元のように、隣に収まった。
相羽が見やると、白沼は顔を背けたままだった。視線を拒絶しているように
も見える。
「優しいにも、限度があるわよ。こういうときはね、びしっと言わなくちゃ、
分かんないんだから。特に、私のような女には」
「白沼さん」
「まあ、私もずるいのよねえ。あなたがはっきり言えないと見越して、あんな
こと……。今、正直に言ったんだから、ずるくないわよね」
相羽は、言おうかどうしようか、激しく迷った。
先ほどから、白沼の声がかすかに震えている。両肩や二の腕辺りも、小刻み
に動いて、まるで手ブレした写真みたいだ。
相羽はそっと立ち上がり、白沼の前方に回った。彼女の唇は、真ん中だけ合
わされ、両端は開きそうになっていた。
相羽の身体が、影をなして差し込んだか、面を伏せる白沼。
見つからない、掛ける言葉が。
相羽はきびすを返し、柵の方に一度、近寄るふりをした。そして首を左右に
向け、元の位置に戻ると腰を下ろす。
(『冷えてきたから、中に入ろう』……)
相羽は頭を振った。出かかった言葉を、喉元で止める。現況から逃げていい
のか。
(そんなもの、だめに決まってるだろ)
横合いで、白沼が両手を顔にやって、ごそごそとうごめく。相羽は、何も言
わずに待った。
「相羽君、ありがと」
やおら、白沼が口を開いた。どこかしら、ほっとした空気が流れる。
「私ねえ、今日は本当に勝負掛けるつもりだったのよ。朝までは」
「ふ……うん。朝まで?」
「決心が崩れた……と言うよりも、決心が無意味になることがあったのよね。
あなたがふられても涼原さんのこと想ってるんだと分かって、これは見込みが
ないなあと、つくづく思い知らされたわ。チャンスとは、思えなかった」
「……」
「ああ、そろそろ終わりかしら。でも、どうせ終わるなら、私の方からふって
やりたかった」
目が、目をとらえる。白沼が泣き止んでから、初めて目が合った。
「ね、相羽君。今から私に告白してくれない? 格好だけでいいから。そした
ら、私、思いきりふってあげる。それでおしまい。どう?」
「遠慮するよ」
「もう。あ、まさか、私が罠を掛けると思った? 告白させて、それを真剣に
受け取る、なんてね」
「そうじゃない」
白沼の表情に笑みが戻ったのを見て、相羽も苦笑で応じた。
「ふられるのは、一度で充分。たとえポーズだけだとしても、二度は味わいた
くないよ、あの気持ちは」
「……私も、これっきりにしたい」
白沼の口からぽつりとこぼれた言葉が、相羽の胸に突き刺さるよう。ふる側
にしても、決していい気分でない。何度も味わいたくない。分かり切っていた
ことだけれど、改めて痛感する。
「……人って、仮に見込みがなくたって、人を好きになれるのね」
白沼が言った。彼女自身のことを表現したのか、それとも相羽のことを指し
ているのかは、判断できなかった。
「ん」
それでもうなずく相羽。純子にふられて見込みがなくても、ずっと好きでい
る。何故だろう? 理由なんか、多分ない。理路整然とした感情で、人を好き
になったとしても、きっとつまらないに違いない。
「私の今の恋は、幕を迎えてしまったけれど――相羽君のせいよ――、相羽君
はまだ終わってないわね。何だか、不公平な感じだわ」
白沼の話に、目を細め、首を傾げた相羽。少し、理解不能になってきた。
「どういう意味だよ、それ? その、僕がふられたと知っているくせに、そん
な言い方をするのは」
皮肉だろうか、とも思ったが、白沼の様子からして、それはなさそうだ。
「確かに、立ち聞きしたわよ」
白沼の顔つきが、泣き笑いのようになった。色々なものを織り込んだ、複雑
な表情。
「ふられてたってこと以外にも、ちょっとね。それがあったからこそ、私は、
あきらめる気になれたんだけど」
「……思わせぶりな言い方をするのは、内容をはっきりと教えてやる気はない、
ということか……」
「そうね。失恋した女の子に、そこまで言わせないでほしい、ってところよ」
「それじゃあ、仕方がないな」
長い息をついた相羽。その横で、白沼が立ち上がって、スカートに付いた砂
ぼこりを、手で景気よく払う。
「今日は、付き合ってくれて、どうもありがとね。来てくれただけでも、嬉し
かったわ」
「本当に?」
相羽は腰を上げながら、聞き返した。優しすぎるが故、余計な申し訳なさを
感じてしまう質なのである。
白沼は、腰の後ろに両手を回し、跳ねるような動作で、相羽へと向き直った。
髪や着ている服が風を帯び、一瞬、広がる。
「本当よ。これまでも、あなたを追っかけてるだけで楽しかった。特に、高校
生になってからは、一緒にいる時間がたくさんあったし。感謝の気持ちでいっ
ぱいよ……なんて言っちゃったら、大げさになるかしら」
「ごめんな」
「やあねえ、謝らないでよ。今、私の頭の中は、パニック状態よ。私みたいな
子をふるなんて、ほーんと、理解できないわ。後悔させてやる」
「後悔?」
「そうよ。今より、もっといい女になってみせるわ。相羽君を後悔させるほど
のね」
「――そして、僕がかなわないと思えるほど、格好いい彼氏を見つけるのかな」
「ふ……ん。それも、いいわね」
白沼の饒舌がストップした。普段の彼女にしては不自然なほど明るく、気丈
に振る舞っていたが、心の中では未練を残しているのかもしれない。
目つきをちょっときつくして、相羽に顔を向ける白沼。髪をかき上げ、強い
調子で言った。
「相羽君。次、また学校で会っても、普通にしててよ。私も普通にするから」
「白沼さんがそれでいいのなら、そうするよ」
「……じゃ、今日はこれで、さよなら」
白沼は一方的に告げると、相羽が返事するよりも早く、きびすを返して、扉
へと走っていった。
相羽は何をするでもなく、しばらく時間を潰してから、扉に向かってゆっく
りと歩き始めた。階段を下りていくとき、水滴の落ちた痕跡がいくつかあるこ
とに、嫌でも気が付いた。
* *
「まあ。それはそれは、おめでとうございます」
駅への途上、淡島は、紹介されたばかりの前田に対し、深々と頭を下げた。
歩きながらなのに、実に丁寧で、器用だ。
「おめでとうって、まるで結婚が決まったみたいだわ」
前田は嬉しそうにしながらも、肩をすくめてみせた。これも一種の照れ隠し
に違いない。
「いえいえ。決まった相手がいるというのは、幸せです。人生、占いに頼らず
に済むものなら、それに越したことはありません」
と、占い研究会の淡島が言った。
「決まった相手ねえ。これでも危機を迎えたことは、二度三度……って、涼原
さんも知ってるわよね。それで、助けてくれた」
「あ、あのこと? うん」
純子が曖昧にうなずくと、結城が興味を引かれたように、「何なに?」と首
を突っ込んできた。前田弟の秀康も、口にこそ出さないが、関心はとても高い
に違いない。その証拠に、さっきから急に、ちらちらと純子や姉の方を見やる
ようになった。
そんな状況になったが、言いあぐねる純子に、前田も自分からは話そうとし
ない。
「結城さん。根ほり葉ほりは、よくありませんわ」
淡島が、のんびりした調子で言った。あるいは、間延びした場の空気に対す
る助け船だったのかもしれない。
「別に私は、根ほり葉ほり聞くつもりはないって」
「では、これまでにしましょう。秘するが花、とも言います」
二人の会話を横で聞きながら、前田が純子に耳打ちする。
「あの二人って、似てるとこあるわね」
「え、たとえば?」
そんな風に考えたことがなかった純子は、見返しながら尋ねた。対して、一
層声を低める前田。
「超然としてるところなんか、共通してる」
「ああ、そうかも」
「で、その割に、恋愛ネタには、関心が強いみたい」
「あはは。それは、私達ほとんど全員に当てはまりそう」
「そういう年頃だものね」
そんなひそひそ話を聞きつけて、結城や淡島ばかりでなく、秀康までもが割
って入ってくる。
「何の話してるのー?」
「さあ、何かしら?」
やがて最寄り駅が見えてきた。ここで結城や淡島とはお別れだ。プラットフ
ォームの上りと下りに分かれて、おのおの電車を待っていると、純子達の方が
先に入って来た。
「またねー!」
片手じゃ足りないとばかり、両手を振った。大勢でやると、恥ずかしさが大
幅に減じられるのは、考えてみればちょっと不思議かもしれない。
向こう側にいる二人も、同じように応えてくれたのは言うまでもない。淡島
はさりげなくだが、結城の方は、派手に。そしておまけみたいに、茶目っ気た
っぷりに付け足した。
「ひーでやーすくーん! また会おうねえ!」
――つづく