AWC そばにいるだけで 55−3(文化祭編−後)   寺嶋公香


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#5366/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/12/31  07:41  (167)
そばにいるだけで 55−3(文化祭編−後)   寺嶋公香
★内容                                         04/04/11 11:12 修正 第2版

           *           *

 どうするの……?
 緑星高校文化祭からの帰り道、町田は富井と井口の二人に、目で何度も問い
掛けた。無意識の内に同じその仕種を、繰り返している。
 送ってやろうかという唐沢の申し出を断ったのはいいが、徐々に陽が傾き、
気温が下がるにつれて、重苦しい空気になっていた。
 それを破ったのは、井口だった。
「郁江は?」
 全く言葉足らずな質問に、富井は歩をゆっくり進めながら、首を傾げた。
「久仁ちゃん、何て?」
「相羽君のことを、今も好きでいるのかどうか、教えてほしいと思って」
「それは、もちろん、好きだわ。久仁ちゃんだって、同じはずよ」
「うん」
 ぎこちないやり取りが続く。町田は、端で聞いていて、気が気でなかった。
はらはらするし、じりじりもする。
「それでも、相羽君は、純子を好きなの、間違いないんだよ」
「そんなの……」
 言いかけて、口ごもる。富井は顔を伏せ、首を振った。
「たとえそうだとしても、私、あきらめきれないよ」
「私も同じ気持ちはあるけれど」
 井口は同意しておいて、言い淀んだ。物言いたげに唇を動かすのだが、声が
出て来ない。また沈黙が訪れそう。
 傍観のポーズを通してきた町田は、「けれど?」と、井口を促した。
「けれど……私は、もういいかなっていう気もする。純子の気持ちだって、分
かってきたし、元々、今日で最後のつもりもあったし」
 相羽は、井口と富井によくしてくれた。周りが「両手に花だな」などと冷や
かすのにも動じず、文化祭の見所を、余すところなく案内し、お昼の飲み物を
当たり前のようにおごってくれた。
「相羽君と長いこと一緒にいられたのって、久しぶりで嬉しかったから、おか
げで、最後にするっていう決心は鈍ったけどね」
「私は……最後にしたくないよぉ」
 いつになくか細い声の富井。すっかり元気をなくし、ため息の回数がどんど
ん積算されていく。
「私だってさあ、純ちゃんの気持ちは分かった。私達の方にも、身勝手なとこ
ろがあったのには、気が付いたつもりだよ。それでも、相羽君のこと、あきら
めきれないんだから……しょうがないじゃない」
 かみしめるように言ってから、これって悪いこと?と問い掛ける目つきで、
井口と町田を見やる富井。
 町田は口ごもるしかなかったが、井口の方は、間をあまり空けずに返事する。
「純子のことは、どうするの。いつまでも、間に変な空気を残したままでいい
と思ってる?」
「思ってない」
 勢いよく頭を振って、足を止めた富井。同じく立ち止まった井口と町田に、
訴える眼差しを向けた。
「だからぁ、さっきも言ったけれど、純ちゃんには悪いって、感じてるよ、私
だって。でも、それとこれは、別なの。別にしたいの。純ちゃんとは友達でい
たいけれど、相羽君への気持ちは、別!」
「……」
 その立場をよく理解できるためか、井口は沈黙した。
 代わって、町田が口を開く。
「ねえ、郁。今言った気持ちは、本心だよね」
「う、うん」
 町田の口調にいつも以上に真剣味を感じて、少し気後れした風の富井。町田
は若干、語勢を落とし、頬の筋肉を緩めた。
「久仁が相手でも、それは同じということね」
「それは、その」
 井口を一瞥し、すぐさま視線を逸らす富井。井口の方も、どう反応していい
のか戸惑っている様子が、ありありと窺えた。
「どうなの?」
 町田が促すと、富井は無言でうなずいた。そして思い切ったように、短く付
け足す。
「相羽君を好きなことは、変わりようがないもん」
「うん、分かった。恋と友情は別物、という考え方はありだと思う。相羽君へ
の純の気持ちを知って、そのことを考えた上での結論なら、仕方がない。でも
さ、一つだけ、抜けてるよ」
「抜けてるって?」
「さっき、久仁が言ったことと関係あるわ。郁は、相羽君の気持ちは、考えて
みたことある?」

           *           *

 文化祭が幕を閉じて、相羽は校舎屋上に向かっていた。
 富井や井口達からだけでなく、唐沢や鳥越からもどこかへ寄っていこうと誘
われたが、全て辞退させてもらった。
「――早いね、白沼さん」
 徐々に夕焼け色に染まっていく屋上には、すでに白沼の姿があった。特に時
間を定めていたわけではないが、相羽は遅くなったことを詫びた。
「そんなことはいいのよ」
 逆光のせいで分かりづらいが、微笑んだらしい。白沼の影が動いた。ゆっく
り、相羽に近付いた。
「どうせ、涼原さん達と話をしていたんでしょ」
 つんつんした物言いながら、表情は穏やかな白沼。
「そうじゃないよ」
 相羽は、念のため、否定しておいた。純子とは結局、会えずじまいで一日が
終わってしまったのだ。
 だが、白沼は表情を変えることなく、分かった風に何度か首肯を繰り返す。
「どうでもいいって、言ってるでしょう。それよりも、今からしばらくは、私
にあなたの時間をちょうだい」
 これには応えず、白沼の次の言葉を待つ相羽。白沼は目元に掛かる髪を指先
でいじりながら、短い間、なにがしか考えていた。ややあって、相羽の左腕を
取り、ドアから見られない位置まで引っ張った。そしてさらに腕を下に引き、
その場にしゃがむよう促す。
「座ってよ。たっぷり、時間はあるんだから」
 いくらかの戸惑いを覚えつつ、相羽は応じた。その途端、横に座る白沼が、
頭を傾け、もたせかけてきた。
「相羽君」
「くっつく必要があるの?」
 腕を振り払い、間を空けようとする相羽。
 水を差すようなその台詞に、白沼はしかし、ぴったり引っ着いてきた。
「肌寒いわ」
「そうかな」
 空を見上げる。日は傾いたが、寒いと言うほどではない。
 でも、白沼は「感じ方は、人それぞれよ」と、離れずにいた。
「寒いなら、座り込まずに、中に入ればいい」
「いやよ。二人きりじゃなくなるわ」
 矛盾するようなことを言ってから、口調を早いものに転じる白沼。
「そんなつまんないことよりも、お喋りしましょうよ」
「……」
 特に話題も見つからないので、黙って待つ相羽。すると、白沼が身体の位置
を動かし、両手が伸びてきた。何事かと思ったら、相羽の頬に両手を添えて、
強引に振り向かせた。
「ちゃんと聞いてよね、私の話」
「聞いてるよ」
「よそ見してないで、こっちを向いて。じゃなきゃ、話さないから」
 相羽からすれば今、白沼の話が聞けなくても、多分、差し障りはないはずな
のだが……半ば面倒に感じて、「分かったから、手を離して」と応じた。
 白沼は一瞬、手を離した。が、何かを思い付いたらしく、目を輝かせて再び
肌に手のひらを密着させてくる。
「ど、どうしたんだよ、これは」
「ねえ、相羽君」
 戸惑う相羽の声を無視して、白沼は前に回り込むと、顔を近付けてきた。唇
を湿してから、ゆっくりと続きを言う。
「ちょうどいい姿勢だし……キス、してみない?」
「――いやだ」
 ほぼ即答すると、相羽はそっぽを向けた。白沼の手が、ずるずると離れる。
「どうしてよ」
「いやだから」
「どうして、いやなの? こんな美人が迫っているのに。普通なら、喜んで受
け入れるはずよ。滅多にないチャンスなんだから」
 高校生とは思えない会話だよな、内容はやけに背伸びしていて、口調は小中
学生並だ、と内心、自嘲する相羽。
 相羽が何も答えないでいると、白沼はじれたか、付け足してきた。
「女の子に恥をかかせないでね。優しいあなたなら、承知しているでしょう?」
「期待に添えなくて、悪いけど。とりあえず、する理由がない」
「理由なら、あるわ」
 再び、顔を近付けてきた白沼。唇をゆっくり動かす。
「私は、あなたを好きなの。これで充分じゃないかしら」
 これには呆れてしまった。強引かつ自己中心的な白沼の理屈に、相羽は一瞬、
思考停止になりそうだった。
「あのね。僕の気持ちは、どうなってるんだ?」
「私のこと、嫌いなの?」
「嫌いではない」
「じゃ、好きなのよね。やったぁ、好き同士でキスをしても、全然問題ないわ」
 手を打って喜びそうな気配の白沼を、相羽は鋭い口調で止めた。
「白沼さん、わざと無茶な論理展開をしてるだろ。『嫌い』の否定は、『好き』
ではない。それぐらい、分かるはずだよ」
「――ええ。わざとよ」
 一旦、目が伏せがちになった白沼だが、すぐまた気の強そうな眼差しを起こ
した。相羽を捕らえて放さない、そんな雰囲気さえまとった視線だ。
「こうでもしないと、勝負をかけられないんだから、しょうがないじゃない」
「え? 何?」
「好きなのよ、相羽君」
「……君にとって残念だろうけど、僕はそうじゃない」
 頬の筋肉が強張りそうになる。こんな台詞を言うのは、もちろん気分のいい
ものではない。小学校を卒業したあと、国奥から告白されたことを思い出す。
そして現在の状況は、国奥のときよりも遥かに厄介だろう。
「何でよ。やっぱり、あの子が、涼原さんがいるからよね?」
 いつかしたやり取りを、また繰り返すのか……。相羽は、答える必要がない
として、黙っていた。
 だが、白沼の放った次の矢は、これまでとは違った。
「ふられたあとも、そこまで想うのって、不自然で不健康じゃないかしら」
「――知っていたのか」
 相羽が唖然として、目も口も開いて問い返す。白沼は、少し楽しげに笑った。

――つづく





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