AWC そばにいるだけで 55−2(文化祭編−後)   寺嶋公香


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#5365/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/12/31  07:39  (179)
そばにいるだけで 55−2(文化祭編−後)   寺嶋公香
★内容                                         16/06/14 20:48 修正 第3版
 当たっている、と言うよりも、淡島にも伝わっている。
「そっか。淡島さんにも知られてるのね。分かってしまうものなのかな」
「……占いの力、ということにしておきます。それよりも肝心の運勢ですけど、
二人の相性のよさは申し分なく、運命の間柄と言えます」
「……嬉しい、けれど」
 両手で口元や鼻を覆う純子。どう受け止めればいいのか、困ってしまう。た
かが占い、されど占い……。
「信じがたいのでしたら、今、改めて占ってみますか? 私は、水晶の他に、
手相や誕生日、カードができるから、別の方法も含めて」
「あ、それはしなくていい。充分」
 悩み事二つを観てもらっただけでも気が引けるのに、占い直しだなんて、厚
かましすぎると遠慮しておく。それに――。
(やり直して、もしも違う結果が出たら、この、今の気持ちがしぼんでしまう。
占いだけでも、幸せな気持ちを、かみしめていたい)
 純子は、淡島に礼を何度も言って、席を立った。

「――あ。前田さーん!」
 探していた友達の姿を、人混みの中に見つけ、純子は結城の手を引き、駆け
足になった。
「いたの? どの人?」
 あとをついてくる結城は、爪先立ちで歩きながら、視線を巡らせる。
「あの、ショートヘアで、ちょっと背の高い人」
 夢中で説明する純子。それで伝わったかどうかは、分からない。
 純子の呼んだ声は、にぎわいにかき消されたらしい。前田は気付かない様子
で、すいすい行ってしまう。逆に、純子達は人の流れに飲み込まれ、スピード
ダウン。間隔が縮まらない。
 これではだめだと奮起し、「すみません」と断りながら、来校者や生徒の間
を縫うようにして前進。
 モデルとしては、真っ直ぐ歩くのが一番得意だが、右に左に人を避けながら
進むのは、ダンスのステップと思えばいい……などと頭の片隅で考えながら、
ようやく追い付けた。
「前田さんっ」
「――わぁ、やっと会えた。久しぶり」
 足を止め、手を取り合って、しばし微笑む。
「ごめんなさい、出迎えに行けなくて」
「ああ、いいわよ、あれぐらい。ちゃんと相羽君が代役を果たしてくれた。こ
っちの都合としては、彼が出て来てくれた方が、話が早くてよかったし」
「相羽君が?」
 意外に感じて、聞き返す。出迎えに行けなくなった件に関しては、町田に任
せたので、その後どんな顛末となったのか、純子は知らなかったのだ。
 前田の方も意外そうに、眉を寄せた。が、その表情はすぐに消える。
「それはそれとして……紹介してくれないと、ほら」
 首を傾げてみせ、前田が結城へ目を向ける。結城は居住まいを正す風に背筋
を伸ばして、そのあと、笑顔をなした。
 純子は慌て気味に、引き合わせを始める。
「あ、こちら、結城真琴さん。入学して、最初に友達になったんだ。――こち
らは、前田さん。小学生の頃から友達で……恋愛の先輩、かな」
「もう、何ていう紹介を……」
 前田は純子を一瞬、きつくにらんでから、結城に笑顔を向けた。が、声を出
したのは、結城の方がほんの少し早かった。
「初めまして。いきなりで何なんですけど、恋愛の先輩って、どういう意味な
のか、教えてもらえたらありがたいなあ」
「……ほらあ」
 絶句のあと、再び純子をにらむ前田。純子は顔の前で、両手を合わせた。
 前田は小さなため息をつき、改めて挨拶。
「前田です、よろしく。恋愛どうこうっていうのは、えーっと、付き合いのな
がーい彼氏がいるんです、以上!」
「おやま。うらやましい」
 ストレートな表現をする結城に、前田は目を見開き、次いで、声を立てて笑
い出した。
「あははは、面白い人ねぇ。そういう反応は、何だか新鮮で、嬉しくなっちゃ
う。たいてい、冷やかされてきたから」
「冷やかすのは、九十九パーセント、嫉妬の裏返しなのよ。はあ……」
 自分もそうだったと言わんばかりに、大げさなため息の結城。そして、上目
遣いに前田を見やる。瞳が、いたずらっぽく輝いていた。
 馬が合ったらしい二人の様子に、純子は気分をよくしていた。今日一日の間
に、これ以上、もめ事を抱え込むのはごめんだわと思っていたのも大きかった。
 前田が呼応する。
「それなら、自慢するために、彼氏を連れて来るんだったわ」
「あれ?」
 短い叫びは、純子のもの。前田をまじまじと見返した。
「二人で来ると聞いてたのに、予定変更?」
「二人で来たわよ」
「え? でも、立島君じゃないんだったら、一体……誰?」
「涼原さんも会ったことあるわ……我が弟君の秀康よ」
 気を持たせてから打ち明けて、楽しそうに頬を緩める前田。純子は呆気に取
られ、はあ、とうなずいた。
「その弟君は、今どこに? 前田さんの弟となれば、さぞかしハンサムでは」
 結城が興味を隠さず、それでいて冗談混じりに聞いた。
「うん、まあ、いい男になってきたかな。見た目だけは。どこにいるか分から
ないけれど、相羽君と一緒にいるんじゃないかしらね」
「相羽君と?」
 純子と結城の声が、見事に重なった。相羽と秀康とは、確かに意表を突く取
り合わせに感じられる。
「実を言うとあの子、相羽君に話があるからって、私にくっついてきたのよ。
どんな話なのかまでは、聞いてないんだけれど、まあいいかなと思って」
「ふうん。何の話なんだろう……秀康君て、そんな語り合うような話題がある
ほど、相羽君と親しかったっけ?」
「二回か三回、会ったことがある程度だと思う。でも、私の知らない内に、秘
密に会っていれば、話は別」
 真顔で言う前田に対し、純子は一拍置いて、吹き出してしまった。
「ど、どうしたの、急に笑い出したりして」
「だ、だって、秘密に会うっていう言い方が、凄く怪しくて……あはは」
 身体を折り曲げ、目尻に指先を当てるほどおかしがる純子に、前田と結城は
顔を見合わせ、肩をすくめ合った。
「何を想像してるのかしらね。とっても嬉しそうだけれど」
「ほんとほんと。そっちの方面にすぐ想像が働くってことは、やっぱり、芸能
界に多いという噂、本当なのかな」
「ああ、それ、よく言われてるわよね。メイクの人とかが特に」
 初対面とは思えぬほど、意気の合った会話で盛り上がる前田と結城。わざと
らしく、純子を一人置いて歩き始め、おもむろに振り返った。
「ねえ、涼原さん、その辺り、どうなのかしら? 何か見聞きしてたら、教え
てくれない?」
「もう、二人とも、人のことを変人みたいに言っといて……。何にもありませ
んよーだ」
 言い返しながら、笑顔で二人の背中に追い付いた。すると前田が、「それは
残念」と言いつつ、純子の上半身を抱きしめる。そして囁いた。
「元気そうで、よかったわ。ほっとした」
「え?」
「気にしないで。それよりも……結城さんの他にも、涼原さんのタレント活動
を知ってる人って、この学校にはたくさんいるの?」
 どちらともなく尋ねる前田。純子は即、首肯して、
「入学早々、先輩から声を掛けられちゃった」
 と苦笑い。
「有名人になったものねえ。こそこそ隠れずに話せる反面、色々と面倒もある
でしょうに」
「うーん、そうでもない。芸能人のサインを頼まれるくらいで」
 純子のこの返事に、結城が慌てた風に反応した。
「えっ。てことは、面倒なの?」
「はい? あ、違う違う!」
 急いで両手を振って、否定。結城からも、サインを頼まれていることを思い
出した。
「マコ、誤解しないで。面倒なんかじゃないわ。中には、どう考えたって、私
とは縁遠いタレントさんのサインをリクエストしてくる人もいて、それを断る
のが一苦労っていう……」
「それじゃあ、期待してていいのね? 蓮田秋人のサイン」
「蓮田秋人? わぉ、大物じゃないの!」
 芸能方面に関心の薄そうな前田までもが、声を大にして反応を示す。
「涼原さんてば、いつの間にあんな大物と知り合いに……」
「そ、それは、たまたま。偶然に偶然が重なって、と言うか、私のいる事務所
の人の関係者の知り合い。け、結構、遠いつながりなのよ」
「でも、サインはもらえそうなんでしょう?」
 結城の胸は期待に膨らみ、両眼は輝いているようだ。
 純子は頭に手をやり、少し落ち着きを取り戻してから、ゆっくりと応じた。
「それがさあ、もらってくるのは、難しいかもしれない」
「え? え? どういうこと、それは」
 表情を曇らせる結城に、純子はすぐさま説明をした。
「安心して。書いてくれそうな手応えはあるの。そうなんだけれど……サイン
が欲しいのなら、直接来なさいっていう気配が……」
「直接? そんなあ。それは会ってみたいのは山々よ。でも、そんな大それた
真似、できるわけない。私って、これでも意外と、緊張する質なんだよ〜」
 想像して舞い上がってしまったのか、やたら早口で話す結城。
 純子を挟んで、反対側に立つ前田は、別のことに注意を引かれたらしい。
「ねえ、涼原さん。気配って、どういう意味?」
「それはその、まだ私も直接には会っていなくて、人づてに教えてもらったん
だ。蓮田さんのことを」
 これは無論、厳密を期せば嘘である。久住淳として会っているのだから。で
も、仮に結城を連れて行くとしたら、涼原純子(あるいは風谷美羽)として蓮
田に会わねばならないのだから、実情に即した返答とも言える。
「ふうん」
 一瞬、納得した風を見せた前田は、またまた別のことを気にする。
「私はよく知らないけれども、蓮田秋人を『さん』付けで呼ぶとは、凄いこと
じゃないの?」
「え? あ、それはね」
 焦りを隠しながら、考える。
(一度でもあったことのある人は、『さん』付けしちゃうのよね、私って。こ
の癖、直さないと)
「仲介してくださった方が、蓮田秋人のことを、蓮田さんて呼んでいたから、
つい、私も言ってしまっただけなのよ、うん」
 苦しい言い訳だったが、前田はどうやら矛を収めてくれた。その代わりのよ
うに、こんな申し出を。
「私は物怖じしない自信があるから」
 と、自らを指差す前田。察しよく、結城がすかさず呼応した。
「えっ、前田さんも、蓮田秋人のファン?」
「特にファンと言うほどではないけれど、あの蓮田秋人のサインを欲しがらな
い人は、日本全国でごく少数派だと思うわ」
「そうなのよね。私だって、私の家族だって、他の芸能人には興味も関心もあ
んまりないのに、蓮田秋人だけは別枠って感じよ。多才で、万人に受けるタレ
ントだわ」
「笑わないコメディアン、だったかしら。あれには賛否両論だそうだけれどね」
 ここでも話の合う前田と結城。
 純子は少しうらやましく思った。会ってすぐ打ち解けられる関係がある一方
で、長い間友達だったのが、ちょっとしたことで危うくなってしまう……。
「あ、あのね!」
 首を振り、大きな声で注意を喚起する純子。
「とにかく、サインのことは、もうしばらく待ってて。きちんと手筈を整えて
からでないと、色々難しそうだしね」

――つづく





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