AWC そばにいるだけで 51−4   寺嶋公香


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#5165/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 8/31   2:11  (200)
そばにいるだけで 51−4   寺嶋公香
★内容                                         06/08/28 19:09 修正 第2版
「逃げ道を塞いでおかないと、負けたとき、言い訳したくなる」
「――勝つ気なのか?」
「勝ちたい。負けるつもりでなんか、しないさ」
 欲もある。過去、試合に臨むときは、自分の力を出し切れればいいと思って
いた。だが、今度もし津野嶋との対戦が実現する日が来たら、意識が違ってく
るだろう。同じ相手に、三連敗できるか?
(……とは言っても、津野嶋は強いからなぁ)
 正式に決まれば、最善の努力をして練習を重ねるしかない。
(いや)
 首を振る相羽。
(決まらなくても、普段から鍛錬する。それが武道ってもんだろ。だいたい、
僕は護身術のつもりで始めたんだ、試合を目標にしてはいけない)
 少し反省。でも、津野嶋に勝ちたいのも本心だ。
「おーい、相羽? そろそろ続き、やらないか?」
 津野嶋が、顔の前で手をひらひらさせていた。

           *           *

「ごめんなさいね、唐沢君。純子は、ずっと仕事があって……」
「そうですか。あの、どんな仕事なのか、分かります? 差し支えなかったら、
教えていただきたいんですが」
「それが、差し支えあるのよ」
 純子の母が、困ったように笑う。唐沢も二の句が継げず、困ってしまった。
「話せるのは……長い仕事になりそうだってことぐらいかしらね。本当にごめ
んなさいねえ」
「それならいいんです。じゃあ、また来ます」
「どんな用事か、伝言しときましょうか。それとも、純子が帰って来たら、連
絡させるわ」
「いえ、おかまいなく。疲れているところを邪魔したら、悪いですから」
 唐沢は落胆を笑顔に隠し、純子の家をあとにした。
(はぁ〜。会えないもんだな。いくら仕事が増えるといったって、毎日朝も早
くから夜までとは、思いもしなかったぞ)
 自転車で走り始めると、風が暑さを多少なりとも和らげてくれた。
(撮影現場を見せてくれるっていう約束にかこつけて、一緒にいようと考えて
たのに、当てが外れちまった。あーあ、約束、忘れられたか?)
 鼻の頭をかく。
(でも、おばさんも仕事の内容を話すのは差し支えあるって言ったし、相羽の
奴でさえ、全然見に行ってないみたいだし。何か、一般に見せたらまずい仕事
なのかもしれない)
 どんな仕事なのか、気になった。だが、詮索しようにも、材料が全くなく、
単に想像しかできない。
(それよか、涼原さん、どういうつもりなのかねえ? 相羽の告白断っておい
て、富井さんや井口さんと仲直りもできてない。やっぱ、踏ん切りがつかない
のか、それとも時間がないだけか……)
 唐沢は知らず、唸っていた。自分にも関係あることだから、気になる。
(涼原さんが相羽とうまく行かないんだったら、俺が名乗りを上げて……)
 信号待ちをしながら、右手でガッツポーズを作ってみる。力こぶもできた。
ぐぐぐっ、と腕が震える。
 次の瞬間、止めていた息が切れて、力が抜けた。表情も弛緩する。本気だっ
たのが、苦笑いに。
(俺じゃだめかな。まったく、あの二人、好き同士のくせして、何で一緒にな
んねえんだよ。世話が焼けるというか、やきもきさせるというか。芙美も心配
してんだぞ)
 数日前、町田の家を訪ねたときのことを思い出す。静観を続けるという町田
に対し、唐沢は、自分から動くかもしれないと予告した。案の定、町田からは
猛反対されたが、きっかけがあれば、唐沢は本気で動くつもりだ。
 ただ、その行動が、自分のためのものとなるか、あの二人のためのものとな
るかは、依然として決めかねている。
 気が付くと、青に切り替わっていた信号。左折してきた車が、すでに車体の
半分方をねじ込んできていたので、それをやり過ごしてから、スタートを切る。
(何にしても、涼原さんと会えないのは、暇だなあ。どこかの部に急に入るの
も、嫌だし……バイトでも始めるかな。でも、バイトするからには、何か目的
ないと気が乗らない。買いたい物はあるんだが)
 取り留めもないことを考えつつ、ゆっくり進む。途中、腕時計で時刻を確認。
(よし、余裕だな。三十分前には着いちまう)
 唐沢は気持ちを切り換え、笑みを浮かべた。気分を盛り上げるため、流行り
の歌でも口ずさんでみる。効果があった。
(これからデートだ! 駅を目指して一直線!)
 長年の習慣は、なかなか変えられないのである。

           *           *

「ねえ、相羽君、ここは、どっちの意味?」
 井口の質問に、頬杖をついて窓の外を見やっていた相羽は、振り向いた。問
題文を一読し、「――已然形だね、多分」と答える。その素っ気なさが不満だ
ったようで、井口は食い下がった。
「どうしてそうなるの? どこで区別したら……」
「意味を考えるしかないよ。二通りあったら、両方やってみて、より意味の通
る方を選ぶ。ここだと――」
 相羽が思考過程通りにやってみせると、井口は納得したらしく、首を縦に振
った。再び、図書館の外に目を向けようとする相羽に、今度は富井が袖を引く。
「ここは、ここは?」
 彼女の方は、現代国語である。
 相羽も、あまり得意ではない科目。登場人物の心理の動きなんて問われると、
考えすぎてしまう質なのだ。自ら、推理小説を書くせいかもしれない。
 幸い、富井の指差す問題は、その手の物ではなかった。
「ちょっと文章を読ませて」
 プリントを受け取り、読み返してから、答を教えた。「あ、そうかぁ。あり
がとう」という富井の返事のあと、シャープペンシルを走らせる音が続く。
(今日は勉強を教えて、明日は柔斗の練習、明後日は白沼さんと会って、次は
忘れないようにピアノの練習。ほぼ、これの繰り返し)
 スケジュールを思い起こす。
(純子ちゃんと会う時間がない)
 開いた本で口元を隠しながら、ため息をついた。
(こっちから行けば、会えるんだけど。用もなしに、撮影現場を訪ねるわけに
いかないよな。あまり僕が顔を出すと、久住淳の正体を他人に勘付かれる恐れ、
なきにしもあらず、だろうし。行っても、話ができないんじゃ、つまんない)
 思い浮かべていた純子の姿を、相羽は打ち消した。富井や井口が、自分に対
してどんな気持ちをいだいているのか、伝わってくるだけに……。
 やがて、あらかじめ決めていた時間を少しオーバーした頃、勉強会はお開き
となり、三人は図書館を出た。クーラーの利いていた館内と異なり、外は風が
あっても熱気を乗せてくる。
「相羽君は夏休みの間、他に何をしてるの?」
 自転車置場への短い道すがら、井口が聞いてきた。
「前に言わなかったっけ」
「ううん。前は、普段、学校があるときの話だった」
 ねえ?と、富井と確認を取り合う井口。無論、富井もうなずいた。
 相羽は大まかに答えてから、同じ質問を返す。
「私達は、適当に遊んでいるよぉ」
 返事したのは、富井。自転車置場に着いて、自転車を出しながら、続ける。
「プールで泳いだり、ショッピング行ったり。勉強するのは、相羽君に見ても
らうときぐらいかなぁ」
「郁江の場合、プール行っても、ぱしゃぱしゃ水遊びしてるだけで、大して泳
いでなかったんじゃない? それに、ショッピングなんていうとお洒落だけど、
実際はバーゲンでの争奪戦。凄まじいよね」
 茶々を入れる井口に、富井が頬を膨らませる。
「間違いじゃないでしょー。――そうだわ。相羽君、プール、行かない? 明
日じゃ急すぎるかなあ。明後日とかさあ」
 ペダルをこぎ出す直前、誘われて、相羽は困惑した。白沼のことが、頭に浮
かんだのだ。
(重なったら、まずいな。はは。急にもて始めたような気がする。唐沢は毎日、
こんな思いをしてるのか)
 小さく失笑。先に走り始めた富井達を追って、相羽も自転車でスタートした。
「ねえ、だめえ?」
「あ、明日明後日は厳しいな。都合のいい日があったら、また電話する」
 急いで答えた相羽は、唐沢が断らず、誰彼となしに付き合う理由も、よく分
かったような気がした。
「いつになるか分かんないんじゃあ……」
 少々、不満そうな富井の声が、前から聞こえる。
「いっそのこと、次の勉強をなしにして」
「うーん、そういう変更は個人的には反対するけど、君達がそれでいいのなら、
かまわない」
 相羽の言い方を気にしたらしく、富井はこれ以上強く主張できなくなったよ
うだ。静かになった。
 富井の様子を受けて、相羽は相羽で、言い過ぎたかなと気になった。追い付
き、横顔を確認する。ひとまず、安堵できた。
「やっぱり、相羽君に合わせる」
「ん、分かった」
「あー、それにしても暑いなぁ。やんなっちゃう」
 照れ隠しのように、一段大きな声で言うと、富井は額に片手の甲を当てた。
「ずっと図書館にいられたらいいのに。――あっ、アイス食べようよ」
 前方に小さな洋菓子屋を見据えながら、富井が提案した。アイスではなく、
ソフトクリームの看板が出ている。
 井口が賛同し、相羽に聞いてくる。正直言えば、今は特にほしくはないが、
付き合うことにした。初めての店にも、多少興味がある。
(何かよさそうな物があったら、母さんに買って帰ろう……)
 自転車を店前に止め、そんなことを考えながら、相羽は中に入った。
 店内は冷房が入っており、天井から下がる蛍光灯や、水色をメインにした壁
紙のおかげで、なおさら涼しく感じるよう、演出が施されていた。
 いらっしゃいませの声に、富井と井口はすぐにソフトクリームを頼んだ。店
員のおねえさんによると何種類かあるそうで、それを聞いた二人は、ショーケ
ースを見透かしながら、色々細かな注文を付け加えている。
「相羽君はー?」
「うん……ソフトはいいや」
 他のコーナーに目を向けると、ケーキやタルト、プリン、パフェ、フルーツ
サンドにクッキーといった品々が並ぶ。
「チーズケーキとシュークリームを、二つずつ。お願いします」
 別の店員に頼むと、注文を繰り返してから、手際よく箱に詰めてくれた。
「どうしたの、ケーキなんか?」
「家へのお土産」
 井口に聞かれて、相羽は小声で短く答えた。こういう店に男一人というのは、
ちょっと気が引ける。その上、母親のために買って帰るとは言いにくかった。
(小学生の頃は、平気で言えたのにな)
 そんなことを思い起こしながら、代金を払う。
 ソフトクリームを持った富井と井口に、中でお召し上がれますと店員が席を
示してくれたが、二人は顔を見合わせ、首を横に振った。ソフトクリームを食
べるのに、店内は寒い。ここは暑さを我慢しながら、外で食べる方がよさそう。
 その話を聞いて相羽は、店の外に出てから、
「喫茶店で、かき氷を食べると、身体が寒くなりすぎるもんな」
 と納得の表情を浮かべた。
「相羽君は、早く帰らなくて大丈夫? そのチーズケーキ、レアでしょう? 
暑さで悪くなっちゃうかも」
 ソフトの渦巻きの先をなめながら、富井が心配げに聞いてきた。チーズケー
キに対する心配と、相羽が急いで帰ってしまうんじゃないかという心配が、入
り混じっているようだ。
「ドライアイスを入れてくれたから、もうしばらくは平気だよ」
「それなら。ゆっくり食べよっと」
 途端に、笑顔になる。
「あんまりゆっくりだと、溶けてなくなるぞ」
 冗談混じりに脅かすと、相羽はスタンドを立てたままの自転車に跨り、ハン
ドルの上で腕組みした。一人だけ何もせずに待つというのは、所在なく、また
暑さも感じてしまうようだ。気を紛らわすため、ペダルを四分の一周ほど漕ぐ。
「ねえねえ、緑星に行った他の人は、どうしてるの?」
「唐沢のこと? 相変わらずだよ。夏休みに入って、ずっと女の子達とどこか
に出かけてるんじゃないかな」
「そうかあ、そうだよねえ。唐沢君とも長いこと会ってないけれど、元気にし
てるんだ」
「まあ、元気なのは間違いない」
「他には?」
「えっと……涼原さんのこと?」
 同じ中学から上がったと言えば、あとは純子か白沼しかいない。相羽は当然、
純子の名を挙げた。
 二人からの反応は、若干遅れた。一瞬、表情が硬くなり、互いに目だけで見
合って、小さくうなずく。それからまた相羽へ視線を戻すと、
「ううん、純ちゃんとはたまに連絡取り合ってるから……」
 と、二人とも笑顔で答えた。
 相羽は怪訝さを感じたが、敢えて口にはせず、話を続けた。
「じゃあ、白沼さんのことだね」

――つづく





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