AWC 【花うつろひ】麗子の春(2) 《マスカット》


        
#5115/5495 長編
★タイトル (QKD     )  00/ 7/24   5:33  (112)
【花うつろひ】麗子の春(2)                  《マスカット》
★内容

人が亡くなっても儀式なんてものは誰の為でもなく、ただ遺族の世間体
だけのものだわと、麗子は日ごろからそう思ってきたが、やっぱりそう
だったな。


「麗子、どこか落ち着ける場所でお茶してかない?」と順子が言った。
「いいわよ、今日はもうどうせ遅くなるつもりで手紙置いてきたから」
「じゃぁ、私も電話するから夕食一緒に食べよ」順子が嬉しそうに言った。 
二人で今日子を思い出していたいと順子も思っているのだろう。


時々、同僚の先生と寄る小さな喫茶店だが感じの良い店の前に車をつけた。
何時も座る一番奥の席が空いていた。あの席でなら人に話を聞かれる心配
もないだろう。礼服を着ている私達を見て喫茶店のママさんが出てきて
お塩をかけてくれた。よく気のつくママさんだ。コーヒーもなかなか
美味しい。席についてコーヒーとケーキを注文し、女の子がカウンターに
戻ったのを確認した順子が言った。



「気づいてた? 麗子?」

「何に?」

「来てたのよ、相手の男性」

「相手って・・・まさか、そうなの?」

「私の後ろのおばさん達が話してるの聞こえたのよ。
宅配便の人でね、19だって。今日子は多量の薬を飲んだんだけどね・・・
男のほうはほとんど薬を飲んでなかったらしいの。そんなのってないわ
よねぇ!」


女の子がコーヒーとケーキを運んできたので、順子は慌てて話を止めた。
19・・・今日子だけが薬を・・・麗子はどういう事なのか懸命に判断
しようと努力してみたができずにいた。


「去年の秋からだって。ホテルとかで逢ってたらしいの。でね、発見され
たのもホテルだって。男の方が目覚めてビックリして救急車を呼んだのよ。
警察で色々調べられたらしいんだけど・・・今日子ね、遺書残してたんだ
って。でね、彼はまぁ、罪にもならなかったって訳。遺書にね、相手の
男性を勝手に巻き込んでごめんなさいって書いてあったんだって。どう
いう事だろねぇ?麗子・・・」


麗子の中で一つだけ謎が解けたような気がした。今日子は一人で死んだんだ。
ただちょっとだけ寂しくて死出の旅の添い寝を愛した人にして貰ったんだわ。
麗子にはそれなら解るという気持ちがあった。
今日子にはそんな寂しさやはかなさもあった気がするからだ。


「順子・・・今日子はいい友達だったよね!寂しくなるね」

「そうだね・・・」 
順子は鼻をぐすぐすいわせて言った。「ここのケーキ美味しいね!」


喫茶店の窓から道路の向こう側に川沿いに並ぶ桜並木が見えた。
今が盛りで散り際の桜の淡いピンク色がとても奇麗だ。
今日子は花が好きだった。ガーデニングが趣味で自宅の庭をとても奇麗
にしていた。


桜の樹の下には・・・麗子は小説の一節を思い出していた。
これから先何度もこの桜景色を私は見ていく事だろう。
桜を見ると・・・今日の日を思い出していくんだろうなと、
麗子は深い息を吐いた。
空を見上げると透き通るような青い空が広がった・・・


「麗子・・・大丈夫?」心配そうに順子がじっと私の顔を覗いた。

「ごめん、ごめん、大丈夫よ。あんまり桜が奇麗だったもんでね、
つい・・・」

「そうだね、今日子も空から見てるかなぁ」順子は澄み切った青空を
見上げて言った。


喫茶店を出てから近所の中華の店で順子と食事をし、順子を送り届けた。
あゆみちゃんが、「ママ〜」と抱きついてお迎えしてくれた。順子の
お母さんも出てみえて丁寧にご挨拶された。

「元気出そうね、麗子」

「順子もね」

「また、電話するね」「うん、また会おうね」


いつまでも手を振ってくれる順子をバックミラーに見ながら、深い息を
吐きながら麗子は家路へと急いだ。明日の朝起きたら・・・
また私の生活が始まるんだ。

「頑張らなきゃなぁ」自分に何度もエールを送る麗子であった。

満天の星空に春の美しい月が輝いていた。
玄関の前で大きく深呼吸をして・・・「ただいまぁ!」
と何時もより更に元気な声でドアを開けた。
何時もの麗子に戻る為に・・・。




    ###  【花うつろひ】今日子の冬  に続く・・・   ###

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                                     《マスカット》QKD99314




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