AWC 【花うつろひ】麗子の春(1) 《マスカット》


        
#5114/5495 長編
★タイトル (QKD     )  00/ 7/24   5:32  (198)
【花うつろひ】麗子の春(1)                  《マスカット》
★内容

やわらかな春の朝陽がゆっくりと差し込んできた。
休日の朝が遅い麗子にとって午前八時はまだそう遅くもない。 
TVのスイッチを入れると何かとせわしない事件のあらましをワイド
ショーのレポーターが甲高い声で喋っていた。

「最近、多いなぁ暗い事件が・・・」TVを切り、エィッと起き上がり、
階下の台所に降りた。


父と母はもういなかった。「ああ、ドライブにお出かけかぁ」
新聞を手にしてドリップ用のケトルでお湯をわかした。
「うーん、また巨人負けてるわ」
朝一番に自分で入れたコーヒーはそれなり美味しかった。


休日の朝は自由でいたいので、母に食事は自分でするからと言ってある。
27歳にしてまだ平日はお弁当まで作って貰っている。
「私の生徒と変わりないわねぇ」とやや自嘲気味に言い訳をしては、
母に「感謝です!」と笑顔でごまかしている麗子である。
「そんなんじゃお嫁の貰い手もないわよー」という母の言葉が宙に浮いて
しまう頃合いを計算して車に乗り込み手だけを振って見せる毎朝だ。


「さてと! 今朝は和食で行くかなぁ」 ご飯だけは炊いていてくれてあった。
冷蔵庫を開けると色々入っていた。「さすがはお母様ダンケ ダンケ」
豆腐となめこの味噌汁とほうれん草のお浸しを作り甘塩の鮭を焼いた。
小鉢に糠漬けの胡瓜と茄子があったので、ありがたく加える。
「こんだけできれば上等よ! 何時でも行けるわ!お嫁になんてさぁ」


ZARDのCDを聴きながらゆっくりと朝食を楽しんでいたその時だった。
電話が鳴った・・・
時計を見るとまだ午前九時。
「誰からだろ・・・」 受話器を取ると、聞いたような声が甲高く響いた。
「麗子〜大変!大変!」 ああ、順子だ・・・
「 何? こんな朝早くから〜 どうしたのよ〜?」

順子は興奮した声でまくしたてた。
「今日子が死んだのよ! 死んだの!! 
一昨日だって、今日お葬式だって、行くでしょ!当然!!」

「嘘・・・ほんと? どうして? 事故? 病気だなんて聞いてなかったよ」

「それがねぇ・・・」 急に妙に戸惑った声で順子が言った。
「心中だったのよ」

「・・・・・」 一瞬言葉が出なかった。
心中ってそれって男性と一緒に死んじゃうアレの事なん?旦那さんと?
えっ?・・・

「今日子ね、去年の秋あたりから付き合ってた人がいたんだって、その人
と心中しちゃったのよ。聞いてるのぉ?麗子!!」

「ごめん、ちゃんと聞いてるわよ。お葬式何時から?順子、 あゆみちゃんは
お母さんちに預けて行くんでしょ?迎えに行くから時間と場所言ってよ」

「お葬式は午後1時からだそうよ、だから・・・正午にうちの前に来て、
悪いね麗子。待ってるからね」

「いいのよ、じゃぁね」


受話器を置いて静かになると、麗子の心は激しい衝撃に揺れ動いた。
「信じられない・・・」

順子と私と今日子は同じ大学に通っていた。順子は丸顔で愛くるしいが
かなり賑やかな性格だ。卒業するとすぐに就職しないで結婚した。
すぐできた子供があゆみちゃんという訳だ。「ちゃんと計算はあってんのよ!」
と照れて報告した時の順子は本当に幸せそうだったな。

今日子はそれからしばらくしてお見合い結婚をした。
今日子もやはり仕事はやめて家庭に入っていた。
旦那さんは結構なエリートらしかったが優しい人で今日子も幸せそう
だったのに・・・。

「麗子は先生になるのが夢だったからまだ結婚しないんでしょ?」
と今日子が私にたずねた事がある。
「そうねぇ、まだしないかな・・相手もいないしねぇ」と笑いかえした。
「麗子が結婚する相手ってどんな人かしらね?」
と今日子は静かに微笑んで言った。

今日子は何時も静かに話す人だった。
細面で清楚な容貌とその温和で暖かい性格がこれほどマッチする人も
珍しいなと思う人だった。
「今日子が心中・・・」 心の中で何度も麗子はつぶやいていた。


「こんな事してらんないわ」 麗子は我に返って食事をすませて片づけを
終えると、2階にかけ上がった。洋服箪笥から礼服を出してブラシをかけ、
真珠のイヤリングとネックレスを手に取ってみた。
「やめとこ」 今日子のお葬式にするのが本当は礼儀かもしれないが、
着飾る気はとてもしなかった。

急いで階下に戻りシャワーを浴びて髪をブローして化粧をした。
女は何時でも化粧をするんだな・・・。感覚的にものを考えるのは悪い癖
だと麗子は子供じみた感傷を捨てた。ちゃんと大人の女として友達に
お別れをしてこなければ・・・。

リビングの鳩時計が鳴った。11時か・・・まだ余裕あるな・・・
麗子は最後に会った時の今日子を思い出していた。
今年のお正月だったな、1月6日に3人で会ったのが最後か。

今日子は何時もと変わらずおとなしかったが元気そうだった。
旦那さんが出張が多いと聞いた順子が「寂しいでしょ?」とからかうと
静かに笑ってうなずいていた。

何時からそんな心中までする仲の人がいたんだろう?
あのモラリストでおとなしい今日子に心中などという人生の結末が用意
されていたなんて。
今日子はちゃんと安らかに死を迎えられたんだろうか?
涙が初めてこぼれた。


母宛てに簡単な置き手紙を残しておこう。
夕食だけは休日でも一緒にする事になっている。
平日は同僚の先生との付き合いもあり遅くなる事もあるので
夕食は作って貰ってあるのを一人でいただく事が多いからだ。

娘一人の3人家族というのも結構娘には大変なのである。
手紙を何時ものようにテーブルに置いて戸締まりと火の元を確認して
車庫に出た。


こんな良いお天気に・・・。あまりに悲しい旅立ちだね・・・今日子・・・。

麗子の車は赤いクーペである。母にはしごく不評の車だ。
セダンになさいとよく言われている。車は麗子にとって一つのアイテムだ。
何でもいいという訳にはいかない。
若い独身女性にとっては車も一つのお洒落なのだ。
このへんが母には理解できないらしい。
「麗子の車は後ろが狭くて二人しか乗れないから嫌よ」
いいのよ! 二人で! べぇ〜と何時も思う麗子だ。


重苦しい気分を吹き飛ばすようにエンジンをえいっとかけると車を住宅街
から駅方面へと走らせた。休日の人の行き交いが賑やかしかった。
駅をすぎて15分ほどの住宅街に順子の家はある。
順子と二人になったらきっと交わす会話の重さと悲しさに心は暗かった。
ジェーン・バーキンのシャンソンがけだるく流れる車内・・・
麗子は感情のギアをローに入れ替えた。今日はトップでは走れない・・・
今日子の為に優しく見送ってあげてこよう。


順子が手を振って立っているのが見えた。あゆみちゃんはもう預けてきた
らしい。首元にネックレスが見えた。順子は私よりも大人かもしれない?
と麗子は思った。
「お待たせ」 何時もと同じように声をかける。
「ごめんね、麗子。何時も乗せて貰ってさぁ、旦那、朝から車で出かけて
るのよー。私専用の車買って貰わないとほんと困るわぁ。野球よ野球。
草野球チームに入ってんのよ」
何時もと変わらぬ順子の明るさが救いだなと麗子は思った。


今日子のお葬式はお寺でするらしい。車で15分くらいのところだ。
12時半には行けるな、ちょうどいいわねと思う。
車内にただよう2人分の礼服のクリーニングの薬品の香りが今日が普通の日
ではないんだという事を感じさせた。何時もとは違う特別の日なんだと・・・。


ほどなくお寺に着いた。駐車場にはまだ空きがあった。


それでも今日子の旦那さんの付き合いが多いらしく既にたくさん人が
見えていた。


「麗子・・・今日子ね、事故で死んだ事になってるらしいよ。
旦那さんの身内が色々手を回して事故って事にして貰ったんだって」
と順子が耳打ちをしてきた。

「相手の男性ね・・・生きてるのよ」

「えっ!?」

思いもかけない事実だった。今日子は愛した人と一緒に旅立ったのでは
なかったのか? 麗子は今日子のその瞬間の気持ちをいくら想像しても
できない自分に苛立ちながら車を降りると葬儀場へと足を向けた。


今日子の清楚で奇麗な遺影が見えた。
順子が声をつまらせ「今日子・・・」とつぶやいた。
喪主である旦那さんは毅然と応対をしてみえた。
子供がまだなかった事が救いだと麗子は思った。


遺族の方々に深深と頭を下げ挨拶をすますと、今日子の遺影を麗子は
じっと見つめた。今日子はやはり静かな穏やかな笑みを浮かべている。
今日子にさよならを!麗子は目を閉じて静かに手を合わせた。



     ###  【花うつろひ】麗子の春(2)  に続く・・・  ###


********************************************************************
                      E-MAIL: muscat@mtd.biglobe.ne.jp
                                     《マスカット》QKD99314




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 マスカットの作品 マスカットのホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE