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★タイトル (KYM ) 00/ 7/12 0:28 (172)
はごろも The Mercury armor 第一話(7) ゆーこ
★内容
「津田さんは、大丈夫なの?」
「うん。宗さんがついてるから」
あんなに心配していた相生さん。
だけど、もう落ち着いたみたいだった。
彼女は涙をふいて、僕の胸もとを指したんだ。
「……その石はね、『はごろも』って呼ばれてるの」
「はごろも?」
「ほんとうは、『水のはごろも』って名前なの」
僕の胸に浮かぶ、蒼い輝き。
「はごろも」は、確かに僕の心と一体になった。
あんなすごい力が、僕にも使えるかも知れない。
裁判なんかじゃない。ほんとうの意味の復讐。
そのための力が、ここにある。
しかし、同時に「はごろも」を胸にしたことで、生まれてきた気持ちがある。
不安。
これだけの力があれば、あいつらを殺すのだって、わけないだろう。
でも、それはきっとすぐにバレる。
僕は警察に捕まってしまう。
なら、力なんて、ほんとうに意味があるの?
曇った僕の瞳が、夕日を反射してる。
僕たちは、ふたりっきりで、屋上に立っていた。
あとはみんな、下の部屋に降りていった。
「……相生さんも、それから重岡さんたちも、一体どこから来たの?」
「ドープよ」
「ドープ?」
「蔵本クンは、ドープのこと、学校で教わった?」
相生さんが、興味深そうに僕に聞いた。
「え? うん」
「どんなこと? 聞かせて?」
僕をまじまじ、見つめながら。
「ええと……ドープで、五十年くらい前に戦争があって……ドープの独裁者
がトーキョーに倒されて、それから、ええと……ドープの独立戦争があって…
…それで、ドープは独立してないけど、別の国になったって」
「それだけ?」
さらに突っこんで聞いてきた女の子に、僕は言葉をつまらせた。
「社会科で習ったのは、あと、ドープは……いますごく雨が多いってこと」
社会は苦手じゃないけど、ドープのことなんて聞かれても、なかなか思いだ
せない。
それもそのはず。教科書にも参考書にもほとんど載ってない。
テストに出ることもないし。
「あとは? 蔵本クン」
「……うーん。それだけ……だったと思う」
「えーっ、ほんとなの? 蔵本クン」
目を丸くして、僕の肩を相生さんは叩きながら言った。
「信じられないよぉ。トーキョーって」
それから、彼女は一転した。
「それって、ほんとに一部でしかないよ」
「そうなの?」
「そうよ」
「なら、本当はどんなところなの? ドープって」
そう聞くと、相生さんが、重く口を開いた。
「ドープに、自由はないの」
「自由?」
「あたしたち、ほんとはドープから出られないんだ」
え? でも、いまここにいるのはどうして……。
「ドープからの出国には、許可が必要なの。でも、あたしたちにはパスポー
トも査証(ビザ)もないから、命がけでトーキョーに来たの」
どうして、出られないの?
「ドープは、トドンっていう人たちに支配されてるから。まさしく、独裁な
の。トドンが『だめ』と言ったら、それがきのうまで許されていたものでも、
だめなの」
「そんなの、許されるの?」
こくり、相生さんはうなずいた。
「たとえば、蔵本クン。キミが誰かのものを盗んだとして、警察につかまっ
たとしようか」
うん。
「トーキョーだと、裁判があって、キミがものを盗むようになったいきさつ
を、説明することができるでしょ? 親が病気で、お金がないとか。家で虐げ
られ、愛情を受けてないとか」
「うん」
「その結果、罰は変わることもあるでしょ?」
……うん。
「でもドープでは、犯人を捕まえた警官が、罰を決めるの。それも、ひどい
罰ばっかり!」
僕と相生さんの周りの空気が、ピリピリと緊迫感をましてきた。
「『おまえは生意気そうだ。反省してないから、腕の骨を折る』とか。『一
週間殴り続ける』とか!」
そんなことが、ドープでは許されてるの?
「下の部屋にいる人たちだって、みんな、ひどい暴力を受けたの」
そんな。
ビルの屋上に無数に立つテレビアンテナの針山。それを見渡しながら、手摺
にもたれかかり、足をぶらぶらさせてた、相生さん。
「楓お姉ちゃんは、道を歩いてただけで、トドンに捕まったの。『ひとりで
夜道を歩く者は、絶対に凶悪犯罪を起こす』そう責められて……トドンたちに
一週間も殴られ続けた。ぼろぼろになって、道ばたに捨てられてた」
「そんな……言いがかりだよ」
僕は興奮していた。
津田さんが、そんなひどい目にあってたなんて。
ひとごとじゃ、ないよ。
僕も、「あいつら」にいつも言いがかりをつけられ、殴られてる。
だから、津田さんにそんなことをする奴らが、むしょうに許せなくなる。
「トドンにとっては、それは暴力でなく、教育」
「ひどいよ! 津田さんがかわいそうだよ!」
許せない!
カッとなる!
「……でも、瀕死の楓お姉ちゃんを、お姉ちゃんの親は、家から追いだした
の」
「どうして……そんな、ひどいこと!」
「親たちにとって、トドンのやることは、全部、正義だから」
「……どうして?」
「搾取され続けてきた地方を、独立させたから」
「どうして? どうして!」
「昔のトーキョーは、いまのトーキョーとは、ぜんぜん違う。昔はトーキョー
も、独裁だったのよ」
僕は興奮して、いてもたってもいられなかった。そんな残酷で、腹のたつ話
を、相生さんは、いままでずっと静かに語ってた。
でも、この子も熱を帯びていたんだ。
「楓お姉ちゃんがああなってから、ずいぶん、たった。お姉ちゃんの心のな
かから、ずっと、いやなことが消えないで……あたしは、あんなに苦しんでる
お姉ちゃんに、何も……できない」
憤りは、彼女を苦悶の表情にしてゆく。
「くそう! くそう!」
相生さん、手摺を蹴りはじめた。
泣きじゃくりながら。
僕は、彼女を見守るしかなかった。
ずっと。
ずっと。
さっき。
津田さんの頭をなでながら、長い間なだめてた重岡さん。
何もできず、声をかけてただけの僕。
僕は、彼女の泣いてる声を聞いた。
その瞳は、ガラス玉のように死んじゃって、誰に対しても、何の反応も示さ
なかった。
僕は、はっとした。
相生さんは、泣くのをやめた。
手で涙をふいてから、声をあげた、相生さん。
「蔵本クン! お願い! 楓お姉ちゃんを、助けて!」
真っ赤に充血した目が、僕の心をグサリと突き刺した。
「楓お姉ちゃんの仇をとってくれるなら、あたし何でもする! キミのため
に」
「でも……」
「約束する。蔵本クン!」
きのうまで、あんなに僕のことを否定してたのに。
「あたし、見ず知らずの人に迷惑かけたくなかった。でも、でも、ごめん!
楓お姉ちゃんを助けて!」
「大変! 大変よ。由岐ちゃん! それと……蔵本くん!」
小さな蒼い輝きが、突然に消えた。
不安を、僕は感じた。
下の部屋にいた女のひとが、大あわてで階段をかけのぼってきた。
彼女は、ぜいぜい息を切らせていた。
必死の形相をしていた。
「どうしたの?」
相生さんが聞いた。
「ここがトドンに見つかったのよ! 急いで!」
そう言って、そのひとは先頭に立った。
「蔵本くん! 早く!」
「う、うん。相生、さん」
ピンとはりつめた空気が、ただよっている。
何が起こったのか、僕にはぜんぜん、わからない。
でもいまは、相生さんのあとについてゆくしかなかった。
屋上からの階段は、狭くて、窓もない。崩れた段差を補修するための、鉄の
板が打ちつけてあり、カン、カンと響く金属の音をたよりに、僕たち三人は駆
けおりた。
しかし、階段を折れ曲がったところで、僕は、何かに鼻をぶつけた。
すぐ前をおりているひと、相生さんの華奢な背中だった。
それが、今度は、僕をグイグイ押してくる。
後ずさりしてるんだ。
どうして?
「相生さん? 何が、おこったの?」
聞いたが、答えてくれなかった。ただ、信じられないほど、荒い息づかいが
聞こえてくるだけだ。
「相生さん……?」
何段も、何段も押し戻され、僕はまた、夕日の下に出てしまった。
すぐあとから、その相生さんと女のひとが、順に後ろ足で屋上に戻ってくる。
そして、重岡さんに背負われた津田さんがいた。
重岡さんが、何かを構えてる?
拳銃!