#5110/5495 長編
★タイトル (KYM ) 00/ 7/12 0:26 ( 88)
はごろも The Mercury armor 第一話(6) ゆーこ
★内容
このひとたちは、誰なんだろう。
完全に流行遅れ、ぜんぜんかざりけのない、服装や髪型。
部屋には、生活に必要なものしか置いてない。こどもの僕の部屋のほうが、
もっといろいろ持ってる。
しかも、隅からすみまできれいに片付けられていた。
いまの若いおとなは、みんな派手で、ぜいたく。おまけに、散らかし放題の
ひとばっかりなのに。
ずうっと昔、このトーキョーが外国と戦争をしてたころは、みんな礼儀正し
かったって聞いたことがある。このひとたちはまるで、その時代からタイムス
リップしてきたような感じさえする。
僕も、ここにいた人たちも、みんな薄暗い階段をのぼっていた。
階段につけられた鉄の補強が、一歩、一歩、音を立てる。
僕がふり向くと、すぐ後ろを歩いていたのは、重岡さんと、パジャマのまま
の、津田さんだった。
「楓お姉ちゃん。無理しちゃだめだよ!」
いちばん激しく止めたのは、相生さんだった。
「本当に大丈夫なのか? 楓」
いまにも倒れそうなほど、津田さんは体をふらふらさせていた。
息はか細く、表情は疲れきっていた。その津田さんの肩を、重岡さんは抱え
ていた。
冷たい風が肌を刺す。
同時に、夕日が飛びこんできた。
ここは、アパートの屋上だった。
夕日が、街を照らす。
乾いた空気を貫通した赤い光は、冬なのに、痛いくらいにまぶしい。
あちこにち立つ高層ビルの壁面が、鏡のようにそれを反射している。
テレビアンテナが、針のように何本も並んだ屋上。
僕の目の前で、右手を開いてみせた津田さん。
蒼い輝き。
それは、小さいけど、決して、太陽にまぎれたりしない。
「楓? 少しでも気分が悪くなったら、すぐやめるんだ。いいな」
冷徹なイメージとはまるで違う、あわて、うろたえる重岡さんが、ここにい
た。
「せっかく、ブルーメイカーの子が、来てるんだから、見せてあげたいの。
水の力を」
「楓お姉ちゃん……無理しないで!」
津田さんは抱えられたまま、相生さんに背をみせた。
蒼い結晶を指でつまんで、前に差しだした。
僕たちにお構いなしで、彼女は視線をまっすぐ見すえた。
「見てて。蔵本くん」
その先、コンクリートの屋上のすみっこには、鉄パイプや、太い鉄骨やらが
無造作に置かれている。
重岡さんは、そのたくましい腕、いや、体全体で、津田さんをがっちり支え
ていた。
だから津田さんは、安心したのだろうか。
僕は、津田さんの体のことを気にしながらも、心のどこかで、期待してた。
僕の考えを、確かめるときが来たんだと。
ドキドキ、高鳴る胸。
相生さんも、ほかの人たちも、僕の横で、そわそわと待っていた。
そして、みんなの視線の真ん中で、それがはじまった。
「我が悲しみよ……我が、憎しみよ……」
つぶやきながら、ぐっと、彼女は指に力をこめる。
「悲しみよ、憎しみよ、つらさよ、忌まわしさよ……」
蒼い輝きが、増してゆく。
「くやしさよ……」
あちこち跳ねた長い髪がゆれる。
涙が、津田さんのほほを、すっと伝わった。
「すべての我が思いよ……力となれ」
すると。
「水の力よ!」
涙が、ぱっと散った。
蒼が一瞬、まわりの空気をそめあげた。まばゆい光は結晶に収束し、ひとす
じの線になって、発射された。
鉄骨は、空中に舞ったかと思うと、バラバラにくだけ散る。
鉄パイプも、屋上のあちこちに散乱した。
白いコンクリートの上に、わずかに落ちている液体。
蒼い線の正体は、水だった。
予想をはるかに越えた破壊力に、僕は、息を飲んだ。
すごい。
すごすぎる。
だが、結晶はすぐに輝きを失った。
津田さんは力なく、重岡さんに寄りかかっていた。
「楓! しっかり!」
「楓お姉ちゃん!」
相生さんが、涙を浮かべ、駆けよった。
はっとして、僕もあわててそばに行った。
ほかの人たちも。
みんなに囲まれ、津田さんは息を切らせながら、ぼろぼろ、大粒の涙を落と
し、ぶるぶる震えてた。
このひと、泣いてる。
「楓」
重岡さんは、彼女を抱きしめた。
抱えられたまま、津田さんは僕の胸に、震えるてのひらをあてた。
水の冷たさが、僕の心に伝わってくる。
そのとたん、生き返ったかのように、小さな光を発しはじめた、この結晶。
この悲しいおもい。
夢じゃ、ないんだ。