AWC はごろも The Mercury armor 第一話(5) ゆーこ


        
#5109/5495 長編
★タイトル (KYM     )  00/ 7/12   0:25  (160)
はごろも The Mercury armor 第一話(5) ゆーこ
★内容


 いまにも崩れそうな低いビルが、道にせり出すように建っていた。
 車も入れないような、ひっそりとした路地。ビルに囲まれ、日があたらない。
 アスファルトはぼろぼろにひび割れ、土が見えている。
 トーキョーの中でも、ここはとくに古い町。最近はひとが減り、荒れている
場所だということは、僕も知っていた。
 電車が高架をすぎる。
 家の塀には、ラッカースプレーの落書き。
 ときどき、自転車の人。
 来たことのない場所に、僕の心が少し沈む。
 それは、重岡さんが、僕の真後ろにぴったりと張りついているから。
 掴まれてるわけでも、脅されてるわけでもない。
 逃げだそうと思えば、いつでもできたはずだ。
 でも僕の足は、なぜか押されてゆく。
 どうして僕は、ここに?
 あの力を、もう一度確かめたいから。
 指示されるまま、路地をいくつも折れ曲がり、やがて僕たちは、たどり着い
た。
 そこは、間口一間、三階建ての、細く、汚れたビルだった。
 黒い口をぱっくりと開く、中への通路が顔をのぞかせる。
 僕らは、ビルの闇に消えた。
 低い天井。
 コンクリートで囲まれた、きゅうくつな通路。あかり取りの窓をたよりに、
ひとつひとつ、階段をのぼってゆく。
 三階。
 階段の踊り場に、鉄のドアと、インターホンがついている。
 表札は、白紙のままだった。
 重岡さんが、僕の前に立って、スイッチを押す。
 中で物音がする。
 しばらくすると、ドアがガタンと開いた。
 そこからにゅっと首だけを出したひと。
 きのうの女の子、相生さんが、僕をまじまじと見つめた。
 「キミ、宗さんに連れて来られたのね」
 相生さんは、軽く息を吐いて、道をゆずった。
 「宗さんもしょうがないんだから……さ、入って」
 彼女は、靴を玄関で脱いで、奥に消えた。
 重岡さんに押され、僕も続いた。
 どこにでもある古いアパートだ。
 蛍光灯の明かりの下に、整然と並べられた靴があった。
 ふしぎなのは、長靴と傘があることだ。
 それらが雨のときに使われるのは、僕も知っている。
 でも、実物をみたのははじめてだ。
 トーキョーには、まったくと言っていいほど、雨が降らない。
 狭い流し台には、洗われたコップや食器が、やはりきれいに並べられ、乾か
されている。
 壁紙がはがれ、床板も黒ずんで、歩くたびギシギシきしむ、古いアパート。
 でも、ちりひとつなく、どこか豪華な感じさえした。

 「来たよ。きのう言ってた子が」
 奥の居間に入ったとたん、相生さんが言った。
 同時に、部屋の中でどっとざわめきが起こった。
 「この子が、『蒼き使い』(ブルーメイカー)?」
 ブルーメイカー?
 それって、何のこと?
 「ついに! ついに見つかった!」
 「ひやっほー!」
 「あの、伝説のブルーメイカーなのね!」
 相生さんのほかに、部屋にいたのは、三人だった。
 女のひとひとり、男のひとふたり。
 窓はすべて閉じられ、黒く、ぶ厚いカーテンがかけられている。
 それはまるで、体育館の暗幕のよう。
 コタツのある和室の居間で、若いおとなのひとたちが立ちあがり、いっせい
に僕を、にらみつけたんだ。
 狭い部屋に響く大声。興奮して、目をギラギラさせ、息のあらいひとたち。
 僕は無意識のうちに、部屋を出ようとしていた。
 でも、重岡さんが、僕をグイと突きだした。
 おとなが、すぐ目の前に迫る。
 僕は、猛獣に囲まれた小動物のように、恐怖で身動きひとつできなかった。
 やっぱり、来るんじゃなかった。
 見ず知らずのひとを信用した僕がバカだった。
 帰りたい!
 帰して!
 
 重岡さんは、大きな声をはりあげた。
 「みんな! 聞いてくれ!」
 心臓が止まるほどびっくりした僕。
 でも、きのうはじめて会ったときの、冷酷そうな声じゃない。
 僕が見上げると、大男は、ほほを紅潮させていた。
 「こいつが、『はごろも』の使い手になる!」
 四人が、拍手をした。
 「わたしたちが自由を勝ちとる日がくるのよ!」
 「これでみんなが助かるんだ!」
 「ついにオレたちが奴らに勝つんだ!」
 重岡さんは、半袖シャツから腕を突きだし、手を高々と振りあげた。
 「ドープを解放する力! 俺たちはついに手に入れた! 虐げられてきた同
胞を救うため! 共働人(トドン)に罪を償わせるため! 俺たちはたとえ骨
の一片になっても戦う!」
 「革命(エピグラム)だ!」
 「オーッッッッッ!」
 相生さんも含め、みんな、地の底から響くような雄叫びをあげていた。
 「俺たちの勝利はすぐそこだ!」
 「オーッッッッッ!」
 殺気だった重苦しい空気を震わせる、声、声、声。
 そこから感じられるのは、破壊と暴力の気配。
 僕ははっとした。
 これって、あいつらといっしょじゃないか。
 僕を殴って喜んでる奴らと。
 ここにいる人たち、どこか、おかしいよ。
 狂ってる。
 やっぱり、逃げたいよ。

 でも、あの力……僕は知りたい。
 だから、来たんだ。

 僕は、どうにか恐怖をこらえられた。 

 「蔵本? こっちだ」
 僕の横を通り抜けた重岡さんが、さらに奥のふすまに向かった。
 「さ、行こう」
 相生さんが、僕の手を引いた。
 何が、あるの?
 ほかのひとたちも、ついてきた。
 ふすまを開けると、黒いカーテンの隙間から、わずかに太陽の光が差しこむ、
小さな畳の部屋だった。
 真ん中に布団が敷いてあった。
 そこに、誰かが寝ていたんだ。
 重岡さんが、そのひとの枕もとにしゃがんだ。
 「楓(かえで)……やっと、お前の仇が、討てそうだ」
 相生さんが、蛍光灯の紐を引いた。
 明滅しながら明るくなった部屋で、僕が見たのは、髪の長い女のひとだった。
 不健康な青白い肌、やせこけた頬。
 化粧ひとつない顔は、ちょっと不気味なくらいだった。 
 ほかの人に囲まれ、彼女は、まぶたを重く開いた。
 重岡さん、きのうと、同じ目をしてる。
 重岡さんの眼光は、刺すように鋭いだけだと思ってたのに。
 その女のひとを見る目は、くもって、光を失いかけていた。
 「楓お姉ちゃん、気分はどう? もっとごはん食べないと、よくならないよ」
 相生さんが、やさしく、そして心配そうに女の人の手をにぎった。
 楓さん。
 そういう名前の女のひとが、ぼさぼさの髪を肩に落としながら、上半身を起
こした。
 長袖の、無地のパジャマ。
 「宗太郎さん」
 声も、消え入りそうなくらい、弱々しい。
 重岡さんは、彼女をそっと抱きしめた。
 「楓(かえで)……」
 その津田さんが、立ったままの僕の顔を、すっと、見上げた。
 「この子、なの?」
 「ああ」
 か細い声に、答えた重岡さん。
 すると、女のひとは、自分で自分の首筋を、さぐった。
 白く、折れそうな腕をもちあげて。
 「それは、僕が……」
 そう。僕が気になってしょうがなかった、あの蒼い石が、細いチェーンでペ
ンダントにされてたんだ。
 ちいさな結晶を、彼女はそっと、僕の方に、向けた。
 すると。
 僕から、まわりから、驚きの声があがった。
 結晶がまぶしく光輝き、それが、津田さんの手を離れた。
 そして、ふわりと、僕の胸で浮かんだ。
 「きのうと、おんなじ光だ」
 冷たいのに、おだやかになる心。
 なぜだかわからないけど、このひとたちへの疑いのおもいが、すっと、消え
てゆく。
 蒼い輝きを受けた僕に、誰もがなっとくしてる。
 そんな中、重岡さんは切りだした。
 「俺たちには、あまり時間がない」
 「え?」
 首をかしげる僕の前で、津田さんの表情が沈んだ。




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