#5106/5495 長編
★タイトル (KYM ) 00/ 7/12 0:21 (132)
はごろも The Mercury armor 第一話(2) ゆーこ
★内容
「俺は、重岡(しげおか)。重岡 宗太郎(そうたろう)」
そう名乗って、男のひとが腰を伸ばした。そのひとは、首を真上に向けなけ
れば、顔が見えないほどの大男だった。
大きいだけじゃない。すごくがっちりした体格。
この寒いのに、半袖のTシャツと、ジーンズだけしか着ていない。
シャツの袖からは、はち切れんばかり筋肉をのぞかせている。
歳は、僕よりずっと上だろうか。
まだ二十代前半だということは、僕にもわかった。
でも、その顔。
何かに思いつめたように、深いかげがある。
それから、険しい眼光。
不気味なひと。
僕は、そのひとを恐いと思った。
「どうした?」
重岡さんというひとは、そんな僕をにらみつけ、因縁をつけるように聞いた。
「俺の顔になにかついてるのか?」
「……い、いえ。べ、別に」
恐いよ。
恐いよ……。
「ほんとに、本当にこの子がそうなの? 宗さん?」
女の子は、男のひとの名前を「宗(そう)さん」と縮めて呼んでいた。何の
かざり気のない毛糸のセーターと、半ズボン。男のひとと同じ、すごく地味な
かっこうだった。
「信じられないよぉ。何かの間違いじゃない? 宗さん? 聞いてるの?
宗さん!」
男のひととは対称的な、明るく、あっけらかんとした口ぶりで、その子は言っ
た。でも、ギラギラした眼光を僕に向ける男のひとには、そんな言葉も、まる
で耳に入っていないみたいだった。
「もう、あたし知らない!」
無視され、女の子は、プイと横を向いた。
だが、その直後、彼女は、僕の方に向いて、はっと気づいたんだ。
「あれ? キミ、血が出てる」
彼女は、僕の顔に手を差しだした。
僕はびっくりして、顔をそらした。
「じっとしてて」
ささやき、そして、頭の傷口にふれた。
「い、痛……」
大きな瞳を開いて、ほんとうに心配そうに。
まるで男の子のように短い髪が、軽くゆれている。
僕は、クラスでは小柄な方。
その子の背は、僕よりも少し高いくらい。
小さな顔は、ぽっちゃりして、田舎っぽかった。
この街の女の子は、みんな化粧して、おしゃれしてる。世の中のいろんなこ
とから目をそらし、ただ、自分自身の幸せにひたっている。
だから、僕のことで、見ず知らずの僕のことで、くるくると大きく目を見開
き、心配そうな顔を向ける子。この子は、世の中のことを何も知らないんだと、
思ったんだ。
口紅さえつけてないことが、僕には、すごく新鮮だった。
血を、ちょっとずつ、ハンカチで拭いてくれた女の子。
彼女の肩で、金属の水筒がゆれている。
痛いけど、くずぐったい、時間。
僕は、何度もその手を払おうとしたが、なぜか、できなかった。
「あたし、相生 由岐(あいおい ゆき)。キミの名前は?」
「……蔵本。蔵本 詫間」
なぜか、はずかしくなって、僕はぼそっと答えた。
女の子は、僕の服の泥も、パンパンとはらってくれた。
さっきまでのトゲトゲしいおもいも消えて、僕は、やさしい気持ちに包まれ
ていた。
やさしい。
その言葉で、思いだした。
水。
僕の胸に、蒼い水のような石が、まだ浮かんでいることを。
「蔵本と言ったな?」
大男、重岡さんが、その石にぬっと顔を近づけてから、僕に聞いてきた。
彼は、すごく真剣な表情をしていた。
「何?」
さっきまでのおだやかな空気が、一転、いやな予感に変わる。
「俺たちといっしょに来い」
「来るって、どこに、ですか?」
「すぐ済む」
重岡さんは、ぶっきらぼうに答えた。
でも、また、女の子が、首を横に振りながら猛反対したんだ。
「宗さん。本気? この子に何ができるって言うの? 出来っこないよ。危
険だよ。もう帰ろうよ。宗さん!」
相生さんが重岡さんの手をつかんで、引っぱった。
でも、巨体はびくともしない。
彼は思いつめたような目で、僕を誘うように、ゆっくりと手招きする。
このひとは、僕に無言のプレッシャーをかけてくる。
得体の知れない気配が、僕にのしかかってくる。
それは、すごく嫌なことだった。
僕を殴った奴らよりも、もっと激しい何かを感じたんだ。
「蔵本クン? 迷惑だったよね。ごめんね……さ、帰ろ! 宗さんってば!」
「蔵本、来い」
「あなたたちは、いったい誰なんですか?」
疑問は、僕にそう聞かせた。
「俺は、それを使える者を、探していた」
指さされたのは、蒼い石だった。
「これ、ですか?」
「ああっ、なんでもないの。なんでもないって。この宗さん、思い込み激し
いところがあるのよ。だから……ぐぐぐ、なんて重い体なの!」
僕は、ふたりから目をそらし、目を伏せた。
「……何かの、勧誘ですか」
気持ちがすっかり、冷めていた。
「これ、返します」
石を握りしめ、僕は差しだした。
僕の反応は、彼女にとっては意外だったのだろうか。
女の子は、少しの間、あっけにとられていた。
「……あ、ありがとう……って、ちょっと待って!」
彼女は、いったんはそれを受け取ろうとした。
しかしあわてて手を引っこめ、肩にかけた水筒を出した。
「ふう、これでよし」
僕は彼女に言われるまま、水筒に石を落としこんだ。
中で、水がはねる音がした。
「やさしくしたんじゃ、なかったんだ」
まだ痛む体をがまんして、僕は早足になっていた。
「待て!」
大男が、女の子を逆に引きずって追ってきた。
彼は、僕の肩をつかまえた。
「離してください」
ふり切ろうとした。
彼は女の子から水筒を奪うと、僕の目の前でふたを開いてみせた。
「俺たちには、お前が必要なんだ。お前に、これを託したい」
……いままで、何回、ともだちと思ってたひとに、裏切られてきたことか!
「お前には、それを使える力がある」
鋭く、刺すような眼光が、いまはくもって、弱々しかった。
同情?
泣きたいのは僕の方なんだ!
これ以上やさしくされたくない。
だまされたくない!
「いやです!」
僕は、そこから駆けだした。
ふたりは、追ってこなかった。
無数の人が行きかう通り。
みんなが、それぞれのおもいをもっている。
それは決して、ひとつに重なることはない。
もしぶつかることがあれば、きっと暴発して、誰もが傷つき、死んでしまう
だろう。