AWC はごろも The Mercury armor 第一話(1) ゆーこ


        
#5105/5495 長編
★タイトル (KYM     )  00/ 7/12   0:20  (151)
はごろも The Mercury armor 第一話(1) ゆーこ
★内容
   はごろも The Mercury armor

   第一話 出会いは乾いた空のもと


 ……僕の名前は、蔵本 詫間(くらもと たくま)。
 十二歳。

 もう、あとがない!
 足は、じりじり、さがって。
 背中にぴたりと、コンクリートの壁がついた。
 冷たい。
 ひたいに、冷たい汗が伝わった。
 黒い詰襟の制服の上に、重いコートを着こんでるのに……僕の体は、ガタガ
タ、震えていた。
 それは、寒風のせいじゃなかった。
 「助けて、助けて……」
 重苦しい空気をまとって、僕を取り囲んだ連中。
 僕と同じくらいの歳の少年たち。その手には、鈍く輝く金属が握られていた。
 警棒だった。
 ほんとうは、護身用の道具。暴力から身を守るための道具。
 フン、とそれを振ってみて、軽い風切り音に酔った奴ら。
 ニヤニヤ下品に笑んだ口もと。
 ひとりは、ビデオカメラを向けている。
 誰もが、おぞましい殺気にあふれていた。
 「助けて、助けて……」
 恐くて、こわくて、僕の体じゅうから、力が抜けてゆく。
 立ちむかおう。勝とう。
 そんな勇気は、心の中から、とっくに失せていた。
 ガラス張りのショーウインドウ。人も車も、とぎれることのない大通り。
 硬いアスファルトの、乾いた路面。
 低い太陽をうけて黒い影をつくる、高層ビル。
 奴らは、笑っていた。
 ビルを背にして、警棒の反射が変わった。
 バシ!
 「痛い! 痛い!」
 バシッ!
 「やめてよ! なんでもするから! やめて!」
 必死に、奴らにお願いした。
 でも、でも。
 バシッ!
 何本もの金属が、コートごしに皮膚を叩くその音。
 僕は、頭をかかえて、しゃがみこむしかなかった。
 「痛いよ! 痛いよお!」
 細いチタンの棒が、僕の体じゅうを打ちつけて、痛みが、体の中で爆発する。
 頭を叩かれ、血が飛んだ。
 足を叩かれ、転ぶように倒れた。
 「助けて! 誰か、僕を助けて!」
 どんなに泣き叫んでも、届かない。
 街の人はみんな、雑踏のむこう側。
 向こうとこっちで、別のシーンが展開されている。

 動けない僕を、奴らが乱暴につかんで起こした。
 両手を後ろから押さえ、動けないようにした。
 僕の声は、もう、枯れていた。
 「う!」
 激痛が、体をつらぬいた。
 僕の腹を殴り、体を蹴った。
 何回も、力いっぱい。
 「よし、交替だ」
 「へへ、ボコボコに殴るぞー!」
 「ビデオ撮ってるか?」
 「おう!」
 どのくらい、時間がたっただろう。
 サンドバッグにされた僕から、悲しみも、つらさも、消えていた。
 はやく終わってほしい。
 いま残っているのは、そんな思いだけだった。

 奴らにとって、それはスポーツみたいなものだった。
 僕を殴ることで、気持ちいい汗を流してるんだ。
 僕は、財布を奪われた。
 中の札束を確認して、その金額に笑いをこみあげた奴ら。
 アスファルトにあお向けに倒れ、ボロ雑巾のようになった僕に、奴らはツバ
を吐いた。
 「次も殴らせろよな。蔵本」
 「いいか? 次は五十万だ。一万少ないごとに一分。わかったな!」
 「一分なんてあっという間だよ。三分にしないか?」
 「そうだな。三分殴る」 
 「ははは。そりゃいいぜ。三分、三分」
 「おい。このビデオ、もう汚れてきたぞ。新しいの買ってこいよ」
 「そしたらまた撮って売れるしな」
 「ははは。ゲームより面白いや」
 ビデオカメラは、テープを取り出されると、アスファルトに落とされた。そ
して足で踏みつぶされ、ただのゴミになった。
 「新しいの買っとけよ!」

 どろどろした血が、頭から流れ、黒いアスファルトに落ちる。
 コートも、マフラーも、ズボンも、すり切れ、汚れて。
 鼓動にあわせ、体じゅうがズキズキ痛んだ。
 あらい息も、筋肉のけいれんも、止まらない。
 涙も、止まらない。
 くやしかった。
 あいつらは、暴力を楽しんでいる。
 「……そして、僕が死ぬのを、よろこんでるんだ」

 街の人々は、傷ついた僕を、無視して通りすぎる。
 ただの、街の中の風景だと言わんばかりに。
 「なんで、誰も助けてくれないの? なんで……気づいて、くれないの?」
 憤りが、僕の頭をかけめぐった。
 許せない。
 目の前で苦しむ人を、見殺しにする、街を。
 見上げれば、自らの幸せだけを追っている、雑踏。
 「その中に、僕の姿は、入っていない」
 人の気持ちを、人の悲しみを考えようとしない奴ら。
 そんな奴らが、のうのうと生きてるのに。
 僕は不しあわせで。
 許せない。
 あいつらを。
 許せない。
 何もかも。
 
 そのとき、風が巻いた。
 「何? これ」
 いままで感じたことのない空気に、僕はとまどった。
 つめたい、小さな粒が、体にまとわりつく。
 「水?」
 憎しみや、悲しみや、怒りや憤りや。そんなおもいすべてが、心臓をしめつ
けた。
 息が、できなくなる。
 傷口から体の中に水が入ってきて……それが針のようにとがって、内蔵をチ
クチクとつつきまわす。
 骨が砕けそうなほどの痛み。
 「苦しいよう……苦しいよう……」
 このままずっと、もがき続けて、死ぬんだろうか。
 奴らに、勝てないまま。

 気が遠くなりかけた瞬間。
 ぽろり。
 その「おもい」が、胸から外れた。

 気がつくと、蒼い小さな輝きが、僕の胸の前に浮かんでいた。
 それは宝石のように、きれいな結晶だった。
 涙のかたちをした、硬い結晶。
 指先でさわると、心に水が染みこんでくるみたいだ。
 僕の痛みが、なぜか、すうっとおさまってゆく。
 冷たいのに、悲しいのに。
 どこか満たされた気持ちになる。
 やさしい感触を、感じた。

 「見つけた」
 そう、大人の男のひとの声がした。
 僕と同じ目の高さまでかがんだのは、ひとりの男のひと。
 「ちょっとちょっと、本当にこの子なの?」
 それから、女の子。
 僕くらいの歳の女の子は、僕をまっすぐ見てから、男のひとに怪訝な目を向
けた。
 「ああ、まちがいない」
 男のひとは、女の子に言い切って、うなずいた。

 何? 何のことなの?
 このひとたち、誰なの?




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