AWC はごろも The Mercury armor 第一話(3) ゆーこ


        
#5107/5495 長編
★タイトル (KYM     )  00/ 7/12   0:22  (134)
はごろも The Mercury armor 第一話(3) ゆーこ
★内容


 あたりは、住宅地だった。
 同じような屋根が並ぶ、同じようなつくりの家々。
 その無個性の中のひとつで、蔵本は足を止めた。
 家を囲む、とても庭とは呼べない小さな土地で、雑草はみんな、色をなくし
て枯れていた。
 まだ、春はずっと先。
 カギを差して、ドアを開ける。
 「おかえりなさい。詫間」
 バタンという、ドアの閉まる音と同時に、居間から声がした。
 お母さんの声だった。
 「詫間?」
 僕は何も答えず、二階への階段を、重い足でのぼる。
 顔をあわせることもなく、僕は部屋に入った。
 勉強机と、ベッドと本棚と、ラジカセとテレビ。
 どこにでもある、子供部屋だった。
 どっと、疲れがでた。
 汚れたコートを脱ぎ捨て、カバンをカーペットに落とし、制服のままでベッ
ドに転がった。
 ふと、胸に手を当ててみる。
 さっきまで、そこに浮かんでいた蒼いものを思いだした。
 冷たい水の空気に、ちょっと、もの悲しくなっていた自分自身も。
 でも、いつまでも、そんな気持ちにひたってはいられなかった。
 どたどたと、階段を昇ってくる音がして、乱暴にドアが開いたからだ。
 「詫間! 寝てないで勉強しなさい!」
 入ってくるなり、きつい口調でお説教だ。
 僕は顔をふせた。でもお母さんは、僕の気持ちなんてぜんぜんわかっていな
かった。
 「勉強して、学校行って、いい成績とって、人よりもいい仕事につかないと、
人生負けなのよ。人に負けることがどれだけみじめか、わかってるの? たと
えばね。あなたの友達がいい仕事についてるのに、あなたひとりだけが、給料
も安い、休みもない、いつ潰れるかわからない会社に入ったりしたことを考え
てみなさい。どう思う? みじめでしょ? くやしいでしょ? そんな気持ち
を一生ひきずっていくのよ。ずうっと貧乏で、楽しみも何もないのよ。家族だっ
て養っていけないのよ。それがぜんぶ、あなたのせいになるのよ」
 しつこいよ。
 もうそんな話たくだんだ。
 僕は耳を両手でふさいだ。
 「詫間。聞いてるの? ちょっと。詫間!」
 絶対にお説教をやめようとしないお母さんが、憎い。
 そして、しつこい!
 うるさい!
 「出てってよ!」
 「詫間! いいから聞きなさい!」
 命令するな!
 「出てって! 出てって!」
 僕は起き上がり、カバンを拾って、それをでたらめに振りまわした。
 「早く! 早く出てって! 出てってよ!」
 すると、いままであんなに強気だったお母さんが、とまどって。
 「やめなさい! 詫間。わかった。わかったから!」
 お母さんは僕を恐れ、外に出てしまった。
 勢いにまかせてカバンを投げつけると、ドアは全力で閉じられ、カバンはそ
こに当たって床に落ちた。
 静寂がおとずれた部屋。
 息が、落ち着いてくる。急速に冷めてゆく頭と心を感じて、僕はいままでの
怒り、すごくバカらしいものに思えてきた。
 数歩。机の引きだしを開ける。
 奥をごそごそ探ると、預金通帳が出てきた。
 汚れて、折れ曲がった通帳の残高は、何度も引き出され、もう半分を切って
いる。
 お母さんも、お父さんも、このことはまだ知らない。
 バレたら、大変だろうな。
 僕の学費にするって言ってたのに。
 笑えるわけないのに、苦い笑みが、勝手にこぼれた。
 同時に、涙があふれてきて、僕はまた、ベッドに顔をふせた。

 「詫間は、どうしたんだ?」
 夜ごはんのときには、お父さんが帰っていた。
 台所はお母さんとのふたりだけ。
 僕は、そこにはいない。
 ふたりはごはんを食べながら、テレビをつけっぱなしにしていた。
 「聞いてよ。詫間、すごく反抗的で、あたしの手に負えなくて」
 「そうか」
 テレビでは、過去の凶悪犯罪の特集をやっていた。
 それは、家族とかに、ずっと虐げられていたひとが、無差別殺人とかの犯罪
をやったというものだった。
 お母さんの悩みも半分に、お父さんは、テレビを見ながらひとりごと。
 「どんなひどい生い立ちでも、ひとを殺したことは逆うらみだ。死刑になっ
ても当然だろう」
 お母さんも、それに同調した。
 「このひとは、殺したひとの家族に、何億円も慰謝料を払わないといけない
のよねえ。おまけに刑務所出ても、仕事もないでしょうし。ずうっと罪を背負っ
て、苦しみ続けるのよね。おまけに親戚じゅうに迷惑かけて。何考えてこんな
ことやるのかしらね」
 それからお母さんは、階段のほうに出て、もう一度、僕の名を呼んだんだ。
 「詫間? ごはん冷めるわよ。詫間」
 お母さんに何もこたえず、僕は部屋の電気を消して、布団にもぐっていたん
だ。
 お父さんは、心配するでもなく、テレビを見ながら、箸を動かしていたらし
い。
 寒い、黒い夜が空をおおい、時間は、すぎてゆく。
 朝は、ずっと遠く。
 でも僕は、このまま朝がこなければいいと、思っていた。
 学校に行かなくてもいいから。
 それに、あいつらに会うことがないから。


 僕の生まれ育ったこの街の名は、トーキョーといった。
 高層ビルが林立し、その間を、無数の小さなビルが埋めている。
 街を縦横にはしる、高速道路。
 覚えきれないほどの、地下鉄の路線。
 ところどころのみどりは、公園。
 常緑樹のもとに、ジョギングや、散歩の人たち。
 弱い日の光が、凍った冬の空気をあたためはじめる朝。
 硬いアスファルトの道を踏んでゆくのは、出勤や、通学の人々。
 街が、活気にあふれはじめる時刻。
 詰襟の上からコートを羽織って、重い足取りの、僕。
 歩道の脇は、側溝になっている。
 そこには、わずかな排水が流れているだけ。 
 白く乾ききったコケが、コンクリートに張りついている。
 空気も、乾いていた。
 このトーキョーでは、冬だけじゃなくて、いつもだ。

 ものすごく広大で、その上、とてつもない人口を誇るトーキョーは、それだ
けでひとつの国だった。
 「トーキョー国」の周りには、地続きにいろんな国がある。その中のひとつ
は、トーキョーと同じ国なんだけど、法律とか制度どか、そんなものはまった
く違っているらしい。
 聞いた話では、外国に行くみたいに、そこに入るにはパスポートが必要なん
だ。
 正式な名前は、特別地方行政区「独歩(ドープ)」。
 僕はその国のことをほとんど知らない。
 いや、僕だけじゃない。
 このトーキョーで、ドープのことを知ってるひとなんて、ほどんどいないん
じゃないだろうか。
 新聞にも、テレビにも、その名が出たことはほとんどない。
 地理や歴史の教科書にも、ほんの一ページだけしか載っていない。
 そこがどんな場所なのか、って聞かれたら、トーキョーのひとはみんな、答
えに困って考えこむか、そうでなかったら、適当に考えてデタラメなことを言
うのが関の山だろう。
 あ、僕でもひとつだけ知ってることがある。
 服や髪のセンスが、ダサいってこと。
 これだけは、なぜか有名だった。




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