AWC お題>サイコロ(下)       青木無常


        
#5058/5495 長編
★タイトル (EJM     )  00/ 4/28   5:39  (185)
お題>サイコロ(下)       青木無常
★内容
「おおよそ、想像はついたわ。あなたの言葉をヒントにね。最初に大道芸を披露し
た夜、妙な周旋屋があたしに声をかけてきた」
「ビスフェルの代理の者、と称するやからですね」
「ええ。ビスフェルってのは、この街を牛耳る黒幕らしいわね。で、宿のひとにき
いたところによると、黒幕はもうひとりいる」
「はい。ディンカンドという男です。もともとはこちらのほうが、ふるくから街を
しきってきた大物だったのですがね」
「でもビスフェルの登場以来、風下に立たざるを得なくなった。ビスフェルとやら
の手腕もさることながら、この男が抱えていた用心棒の圧倒的実力がものをいった
という話ね」
「おっしゃるとおりです。抱えている人数はほぼ互角でしたが、イルガーの実力は
とびぬけていましてね。それは、直接刃を交えたあなたのほうがより実感していら
っしゃることでしょうけれど」
 まったくだわ、とティアはつぶやく。
「不意打ちが通用したのは、きっと運がよかったからね」
「私が見たところ、そうでもないかもしれません。イルガーは顔に似ず、非常に用
心深い男でしたからね。それだけあなたの剣技も、彼に肉薄していたというところ
でしょう」
「お誉めいただき、どうも。で、腕の立つ人間があらわれると、ビスフェルは傘下
に囲いこもうと周旋屋を放つ。自分の勢力を拡大するため、というよりは、ディン
カンドにもっていかれると自分のほうにわずかに有利な均衡が破れるのを恐れての
ことでしょうね。で、ことわられたら、闇から闇に葬るというわけ?」
「はい。もっとも、今回はビスフェルにはとんだ藪蛇だったようですがね。まあ彼
にもいつかはこういうときが訪れる運命だった、ということなのでしょう」
「ということで、お抱え幻術使にも見限られて、いまや彼の運命も風前の灯火、と
いったところかしら?」
「これは耳が痛い」
 微苦笑とともに、青年は受け流す。
 が、ティアはごまかしを許さない口調で、問いつめた。
「わからないのは、神殿にあなたがあらわれた理由だわ。なぜ?」
「簡単ですよ。あなたの看破したとおり、私は幻術使です。占術の心得もある程度
はありましてね。ビスフェルの命運が尽きる可能性が高まってきたことを、あらか
じめ予見していたのです。ですが、私はここにきてからまだそれほどながくはあり
ません。まだまだ彼からは稼がせてもらうつもりだったので、この可能性には正直、
あわをくいました」
 想像できないわね、との感想は胸にしまったまま、ティアは「それで?」と小首
をかしげた。
「ですから、あなたにあきらめてもらうのがいちばんの早道だったわけです」
 ふふん、とティアは笑った。
「イルガーが、あたしの仇を騙っていただけだってことを、あらかじめ教えてくれ
なかったのはなぜ? そのことさえ知っていれば、あたしだって無駄な決闘をせず
にすんだかもしれないわ」
「おそらくそうはいかなかったでしょうね」
 珍しく真顔で、青年はいった。
「どういうこと?」
「察しならついているのではありませんか?」
 ティアはくすりと笑って、まあね、と答えた。
「あたしにはディンカンドにつく気はなくとも、ビスフェルにはそうは思えなかっ
た。相当、猜疑心が強い親分だったのね」
「気を使いました」
 おおげさなため息とともに青年がいう。
 ティアはおかしげに笑い、つづけた。
「だから、自分の傘下につかない人間は何が何でも亡きものにしてきた、といった
ところかしら。なまじ腕が立つと、ろくでもない目にあうものだわ」
 しゃあしゃあと口にする。
「それに」と青年がつけ加えた。「神殿であなたを目にしたときから、わかったよ
うな気がしたのですよ。あなた自身、たとえ騙りだとしても、自分の前に立ちはだ
かる可能性のある人物を見過ごしにできるほど平穏なかたではあり得ない、とね」
「失礼な」ティアは苦笑まじりに吐き捨てた。「好きでこんなに攻撃的になったわ
けじゃないわ」
「お察しします。そこで、あなたの旅の苦難をすこしでも軽減するのにお役に立て
るのでは、と、こうしてお待ちしていた次第で」
 はあ? とティアは目を丸くした。
 青年は、おかしげに声を立てて笑う。
「ちょっと、なによ失礼ね。どういうこと? あたしの苦難を軽減するって」
「ですから、あなたのせいで私は有力な金づるを失ってしまったわけです」
「みもふたもないわね」
「性分でして。ご寛恕願います」
「いやよ」
「そうおっしゃらず。そういうわけですから、ここはひとつ、私の窮状を招来する
に至った原因であるあなたに、責任をとっていただこうとまあ、そういうわけでし
て」
「ちょっと。どういうわけよ、知らないわよそんなこと。冗談じゃないわ。ディン
カンドのところにでもいけばいいじゃない」
「それはだめです。ディンカンドはいまひとつ度胸は足りないのですが義侠心には
厚い男でして。あちらがだめならこちら、などと軽々しく乗りかえるような男など
おいそれと信用してはもらえません」
「そんなのあたしだって同じよ。だいたいあなた、神の名を騙ってあたしからサイ
コロをまきあげたあげく、嘘八百ならべたてた詐欺師じゃないの」
「ですから、その嘘もことをできるだけ穏便に処理しようとしたまでのことでして。
あくまでも私はあなたの安全を第一に考えていたわけですね」
「しれっとして何をいうのよ、まったくもう。そんな口からでまかせ、だれが信じ
るものですか」
「そうおっしゃらず。ああ、もちろん例のサイコロはお返しします。ほらここに」
 さしだされた六面体を、ティアはひったくるようにしてとり返した。
「どうもお世話さま。それじゃどうぞおたっしゃで」
 すたすたと歩きだす。
 何もいわず、あとをついてくる気配。
 ぴたりと立ちどまってふりかえり、ひとさし指を微笑む美貌につきつける。
「あのねえ。あたしはあんたを雇う気はないの。だいいち、そんなお金ないもの」
「ご心配なく。あなたが辻々で披露なさっている大道芸、あれはなまなかなもので
はありません。おっしゃるほど貧乏でないのはわかっていますから。どうぞご遠慮
なく」
「ちょ……。あのねえ、遠慮じゃなくて」
「ということで、以後よろしくお願い申し上げます。ではまいりましょうか」
 いって、青年はさきにたって歩きはじめた。
 鼻白んでティアはしばし、腕組みをしたままたたずむ。立ちどまってふりかえる
青年が、にっこりと涼しげな微笑を投げかけるのに深いため息をつき、しばし考え
たあげく、
「わかったわ。これで決めましょう」
 手にしたサイコロをさしだした。
 瞬時目を丸くした青年も、すぐに破顔する。
「よい考えですね。それでは、今度は私がふらせていただきましょうか」
「答えは否、よ」驚きの顔をうかべる青年の抗議を封じこめるように、ティアはた
たみかける。「あたしのサイコロだもの。あたしがふるわ。それに、この前はあな
たに先に決めさせたから、今度はあたしの決める番。四よ。あなたは?」
 有無をもいわせぬ口調に、青年は寸時目をしろくろさせた。
 が、苦笑とともにいった。
「その前に、ひとつ」
「いいわよ。なに?」
「神堂であなたは、幻術の心得があるとおっしゃいました。あれはほんとうです
か?」
 ああ、あれ、とティアは答え、しばし考えていたが、やがて肩をすくめて、
「あれははったり」
 と答えた。
 青年の顔から微笑が消える。
 しばらくしてから、苦笑した。
「どうも、よけいなことをきいてしまいましたね。あなたの言葉が嘘かほんとうか
で、私の進退にも微妙に陰がさしてきそうだ」
「あら。嘘なんかいわないわよ。信じなくてもべつにいいけど。じゃ、やめとく?
なら、あたしはこのまま心安らかにひとり旅に立てるってことだけど」
 青年はしばしだまりこんだが、真顔でいった。
「やりましょう。私は二で」
 ティアは目を見はった。
 青年がきょとんと見返す。
 なおも疑わしげに少女は、眼前の美貌を見つめやっていたが、
「どうしたのです?」
 不審げにきかれて、首を左右にふった。
「じゃ、ふるわよ」
 いって、サイコロを道に放る。
 砂利道を不規則に賽はころがり――静止した。
 青年がのぞきこみ――
「四、ですね」
 ティアは答えず、青年の横から無言で出た目をながめおろした。
「残念です。では、これで」
 いって青年は、ひとりで歩きはじめた。街をあとにする方角だ。
「待って」とティアは思わず呼びかけた。「これからどうするの?」
 青年はふりかえり、肩をすくめただけでそのままふたたび背を向け、すたすたと
歩きはじめる。
 しばし見送り――ため息をひとつ。
 少女は、青年のあとを追った。
 肩をならべて歩きだす。
 しばらくして、歩きながら青年が問いかけてきた。
「どういうことです?」
「雇うつもりはないわ。でも、いっしょにいくのも悪くはないかも。そう思っただ
け」
「なるほど」
 いって、青年は口をつぐむ。
 しばし無言のまま歩き、ふたたびティアが口をひらいた。
「幻術使なら、大道芸のひとつもできるでしょ?」
「……それは、できないこともありませんが」
「なら、もうけは山分けってことで文句はないわね」
「どういうことです?」
 とふたたび青年は口にした。
 ティアはちらりと横目で視線をよこし、サイコロをさしだす。
 いぶかしげに青年は受けとり、しげしげとながめまわした。
 やがていった。
「なるほど。四が二面あります」
「そう。そして二はないの」
「……これはつまり――」
「古いサイコロだからね。あまり使った覚えもないけれど、持ち歩いてるうちに、
彫り込みの部分の色がはげて、見にくくなってきたわけ。特に、四と二の面はほと
んどはげかかってて、顔をよく近づけてみないとわからないくらい。その上、二の
面には余分な傷が大きくふたつもついちゃって。その位置がちょうど――」
「四の刻み目と、ほとんど区別がつかないわけですね。つまり――四をあなたが先
に選んだ時点で、すでにいかさまの要素があったわけだ。で、ほんとうのところ、
さきほど出た目はどちらだったのでしょう?――いや」
 ティアが答えかけるのを、青年は手で制した。
「きかないでおきましょう。旅の道連れに、野暮な質問など不要です」
 いって、サイコロをさしだした。
 受けとり、ティアはにっこりと笑う。
「わたしの名前はティアよ。あなたは?」
「ラシェルとお呼びください」
 しばし、ティアはきょとんと青年を見かえした。
 ラシェルという名は、伝説の大賢者の名前だ。数々の奇跡が伝えられ、いまもな
お深山奥深くで世界の命運に想いをはせているという。
 眼前の青年とは、似ても似つかぬイメージだ。
「どうかしたのですか?」
 真顔で“ラシェル”が問いかけてきた。
 こみあげてくる笑いを抑えきれず、ティアは腹を抱えて笑いころげた。
 いったい何がおかしいのです? と青年が真顔で問いかければ問いかけるほどテ
ィアの笑いは増幅した。
 そして少女は笑いながらいったのだった。
「よろしくね、ラシェル。楽しい旅になりそうだわ」
                             サイコロ――了




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