AWC お題>サイコロ(中)       青木無常


        
#5057/5495 長編
★タイトル (EJM     )  00/ 4/28   5:38  (161)
お題>サイコロ(中)       青木無常
★内容
 仇を求めて旅をしていることは、つねに口にしている。芸にひかれて集うたひと
びとに、盗賊の通り名とその首領の人相風体を告げ、情報を集めることを怠らない
からだ。だから昨夜の謎の青年がティアの身の上を知っていたこともまた、まった
く不思議でもなんでもない。
 クナッフェルの骨の賽に関しては、人前でとりだすことさえめったにないから意
想外の洞察だったが、そのことに関してもティアはあまり深くは考えていなかった。
 問題は、青年が口にした言葉だ。
 戦勝は請け負えても、本懐をとげることにはならない、と彼はいった。
 意味が通る説明なら、ティアにも考えつかないことはない。だが、考えてもしか
たのないことだった。
 ふいに、四囲をつつんでいたざわめきの性質が、波のように変質する。
 つ、と半眼をひらく。
 人ごみがふたつに割れ、その真ん中からひとりの男が歩みでてくるところだった。
「逃げずにきたか」
 男がいった。嘲笑のほかに、頬に刻まれたものがひとつ。巨大な傷あと。噂にき
く盗賊団の首領も、確かに頬傷の男だといわれている。下卑た顔つきで不穏な笑い
をうかべるとりまきどもも、どう見てもまともな筋の連中とは思えない。
 ティアはすっくと立ちあがる。
 剣の柄に手を当てた。臨戦態勢だ。
「そういきりたつなよ」
「死に急ぐこたあねえ」
「なんなら、やめにしたっていいんだぜ。お頭の女にでもなるってんならよ」
 とりまきのごろつきどもが、口々に下卑たセリフを吐く。
 眉ひとすじ動かさずティアは、いつでも抜き打てる姿勢のまま、待った。
「さがってろ」
 頬傷の男が、低い声音で告げた。野獣がうめくような口調。
 下卑た笑みとともに言葉をものみこみ、ごろつきどもは従順に後退する。さらに
周りを囲った野次馬たちの口からも、波がひくように無駄口が消えていった。
 静寂が重くよどむ。
「はじめるか?」
 頬傷がいった。
 ティアは無言でうなずき――
 銀の軌跡が、一閃する。
 軌道は弧を描いてティアの脳天へと吸いこまれ――断ち割られた残像をおきざり
に、ティアもまた剣をぬいた。
 優雅な閃きが、頬傷の胴をなぐ。ぎりぎりでかわして、仇敵はさらに剣をふるっ
た。
 ティアは大きく地を蹴り、後方へと逃れる。着地しざま、逆方向に反動をつけて
飛翔し、逆袈裟に刃をふりあげた。
 鼻先で、男はかわす。紙一重だが、惜しくはない。頬傷の技量がそれだけ高いの
だ。
 かまわず、つづけざまに地を蹴りつけ、ティアはぐいぐいと前進しながら縦横に
剣をふるった。顔に似合わぬかろやかな足どりで、男は円を描きながら斬撃をかわ
す。
 一周した。
 距離をとり、ティアは動きをとめる。呼気が荒くなっていた。乱れを整える。
 頬傷が、にたりと笑った。
「たいした腕だ。相当修練をつんだのだろうな。だが――優雅すぎる」
 かすかに、少女は顔をしかめる。痛いところをつかれたからだ。
 頬傷はつづける。
「要するに、お上品すぎる。しょせんは、修養のために剣法だ。実際に無数の敵手
と斬りあってきた、生きた剣法には通用せんぞ」
 あきらめろ、とでもいうように、上から睨めおろした。
 ティアは――ふん、と鼻で笑った。
 おのれを鼓舞するための笑いだった。
 そのまま、地を蹴りつける。
 弾かれたように飛びだす小柄な少女の太刀を、頬傷は正面で受けた。がぎん、と、
鋭利な音がひびきわたる。
 瞬時、膠着した。
 すぐに、優劣が決する。
 決めたのは、膂力だ。ティアにはいかんともしがたい。激烈ないきおいで弾き返
され、軽々と宙を舞った。
 同時に、頬傷が矢のようないきおいで前進。ティアの落下地点めざして、横一閃
をふるう。
 少女は、着地と同時にころがった。間一髪、銀閃を足の皮一枚でかわしつつ、あ
わてて後退する野次馬たちのただなかに飛びこむ。
「のけい!」
 獣の咆吼とともに、怒濤の攻めが薙ぎ払われた。身軽くかわすティアの変わりに、
数人の見物人たちが血しぶきと悲鳴をあげる。
 委細かまわず、ティアは跳躍した。前方。
 受けるか、と見えた。
 そぶりだけで、頬傷は横にとんだ。驚くべきスピードだ。
 いきおいに押されて前のめる。側方から、鉈のごとき斬撃が襲来。
 ころがりつつ、ティアは剣の腹で受けた。火花とともに、硬質の破砕音がひびきわ
たる。
 そのままころがって体を立てなおし、起きなおって身がまえた。
 が――少女はそのまま、硬直する。
 手にした剣は、根もとから折れていた。
「終わりだ」
 悠々と立ちあがりつつ、頬傷が宣告した。
 ああ、とため息が四囲からまき起こる。美貌の少女よりならず者の勝利を祈る者
などそうそういまい。
 ティアは、くちびるをかみしめる。
 男は勝ち誇ったように、片頬の傷を笑いのかたちに歪めた。
「もういちど選択の機会を与えてやろう。おれの女になれば、命だけじゃねえ。何
不自由ない暮らしも手に入れられる。死ぬのと、どっちがいいか、いうまでもなか
ろう」
 応えてティアは――笑った。
「殺してみろ」
 いいざま――折れた剣を投げつけた。
 顔面めがけて飛ぶ剣の残骸をふり払い、頬傷はもう一方の手で迫りくるティアを
からめとった。剣で両断するかわりに、素手で抱きすくめるのを選んだのは、突進
してくる少女が何も得物を手にしていないのを確認したからだ。
「愚かな選択を矯正してやろう。おれの女になれば、まだまだ仇を討つ機会も巡っ
てこようというものだ。ちがうか」
「必要ない」
 ごつい腕のなかで、もがくのをやめてティアはいった。
 ――笑いながら。
 ひそめられた頬傷の眉は――すぐにひらかれた。驚きのかたちに。
「くそ」
 口にされた罵言は、すぐに苦鳴に変化した。
 剣を握った手のひらをかすめた痛みが、つぎの瞬間わき腹へと移動したからだ。
 落ちかかる頬傷の剣をすばやく受けとめ、ゆるんだ拘束を跳ねとばして後方に飛
びさがりざま、ティアは逆袈裟に奪ったばかりの刃を打ちあげる。
 横腹から胴を薙いで、顔面にまで断ちあがった剣閃は、刻まれた頬傷を追うよう
にして天へと突き抜けた。乱れとぶ血しぶきが、どすぐろく夕景に溶ける。
 おのれを断ち割った剣よりも、頬傷は腹に食いこんだ懐剣に、ぼうぜんとした視
線を落とした。
「こりゃ……」
「返してもらうわ。だいじなお守りなの」
 いって、血まみれの刀をひっさげたままティアはつかつかと歩を踏みだし、男の
腹に突き立った懐剣を無造作にひきぬいた。
 成人男子の手のひらほどの丈の、ごく短い懐剣。刀身を真っ赤に染めた血のりは、
刃自身にはじかれるようにして地にしたたる。その下から、あざやかに白い抜き身
があらわれた。
「骨剣か……?」
「クナッフェルの胸骨から削りだした剣よ。切れ味はよくないけど、突いたりひっ
かいたりするのには充分に役立つわ」
「油断か。……誘ったか?」
 ティアは、かすかに微笑んだだけだった。
 男はがくりとひざをつく。
 ぼうぜんと見ていたとりまきどもが、叫びとともに剣をぬいた。
「やめろ!」
 瀕死とは思えぬ声音で、頬傷が怒号を底ひびかせた。
 ごろつきどもが、とまどい顔に硬直する。
「おれが死ねば、均衡が崩れる。天秤が逆にかたむきゃ、おれの威をかりてさんざ
っぱらでかいツラで横車おしとおしてきたてめえらにどういう仕打ちが待ってるか、
考えるまでもねえだろう」
 苦痛にひき歪んだ醜貌に、皮肉な笑いをむりやり刻みこんで頬傷はいった。
 いちようにぎくりとした表情をうかべて、ごろつきどもは互いに顔を見あわせ、
ついで四囲を包んだ野次馬たちに不気味そうな視線を投げかける。
 凍りついたようなしばしの沈黙の後、ごろつきどもはことさらに凄みをきかせな
がら、人ごみをかきわけて一目散にその場をあとにした。
 見とどけて頬傷は深い息をつき、丸石に背をあずけて天をあおぐ。さっきまで、
ティアが腰をおろしていた丸石だった。
「とどめをさしてほしい?」
 苦しげに息をつきながらうなだれる男を見おろし、ティアはいった。
「世話をかける」男はちらりと視線をあげ、「ひとつ、いっておくことがある」
「きくわ」
「おれはあんたのさがしてる仇じゃねえ」
 そう、と少女はさして意外でもなさそうにそっけなくうなずいた。
「知っていたのか?」
「示唆があったからね。で、騙ったのはなぜ?」
「特に理由はねえさ。殺るにしろ奪うにしろ、そっちにだって理由があったほうが
やりやすかろうとでも、考えたかな」
 くすりと、少女は笑った。
 頬傷もかすかに、笑いのかたちに顔を歪ませ、
「やってくれ」
 目を閉じて口にする。
 少女はうなずき――
 嘆息と悲鳴とが、血の赤を名残らせた薄闇に短くあがった。

 街道へとつづく辻の枯れ木に、青年は背をあずけて少女を待っていた。
 予想していたかのごとく、ティアは気軽く声をかける。
「あら奇遇ね。戦神の眷属がどうしたのかしら?」
「あれは臨時雇いでしてね。もうやめました。私には似合わないようですし」
 涼やかに笑いながら青年は口にした。
 苦笑しながら少女も応じる。
「で、もうひとつのほうの臨時雇いもやめてきたってわけ?」
「お見通しですか」
 青年も苦笑を返した。




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