AWC お題>祭り(中)       青木無常


        
#5037/5495 長編
★タイトル (EJM     )  00/ 2/29  17:35  (182)
お題>祭り(中)       青木無常
★内容
 ――そもそもことのはじまりは、山上に廃棄されたふるい要塞を擁する町の住民
が、謎の集団に虐殺を受けたことに端を発する。
 突如あらわれてひとつの町を血の海に変えた戦士たちは、どうやら朽ちかけた要
塞に集うているらしい、と知れて、一帯をおさめる領主は討伐軍を編成した。
 占爺パランはすでに一月ほどを領主のもとで過ごしていたが、あらためてダルガ
も募られた傭兵部隊に加わることとなる。
 そもそもこの地にとどまることを占爺が決めたことからして、こういったたぐい
の事件が待ち受けていることを占術により予見していたのであろう。
 ダルガの内部には異神が秘められている。
 ヴァルディス、と呼ばれる古き神にダルガは宿命を負わされ、“ヴァルディスの
神剣”なる宝剣の探求を担わされていた。
 旅は血ぬられたものだった。いくさきざきで怪異が少年を待ち受け、そのひとつ
ひとつを切り抜けるたびに多くの血が流されてきた。
 旅をつづけるのを断念しようとしたこともある。だが、運命には不運な少年を手
放すつもりはないらしい。とどまろうとした平和な農村には、おそるべき怪異と殺
戮、そして崩壊がおとずれ、パランの占いは停滞するたびに同様の惨劇が少年を責
め立てるだろう、と予言した。とどまることはできなかった。
 探索は怪異と直結し、それを回避するすべは少年にはないのだ、と占爺は血を吐
く想いで告げたのだった。
 爾来、少年はとどまることを恐れ、進んで妖異な事象を追い求めるようになった。
ほかに選択の余地はなかった。
 だから、一月ものあいだ、ひとつの地にとどまって平穏に過ごせることができた
のは、ダルガにとって奇跡にもひとしいできごとだったかもしれない。
 だがそれが、いつまでもつづくことはない。
 惨劇の報をきき一帯の領主が傭兵を募る噂が流れたとき、少年はためらわず志願
した。待ち受けていたものがようやく訪れたのだ、と。
 それにしても――ひとつの町ぐるみを虐殺が襲うなど、なまなかな妖異ではなか
った。
 しかも襲撃をかけたのは、頭がおかしいとはいえ人間であるという。それも、剣
士武闘家のたぐいのみならず、商家の者から百姓、女子どもにいたるまで、実に雑
多な構成の集団であったらしい。
 さらに一団の士気を鼓舞するごとく、襲撃者たちのあいだには幾人もの楽師らが
立ちまじり、扇情的な、狂ったような律動の音楽をかき鳴らしているのだという。
 ひきいていたのは、黒を基調に極彩色をちりばめた、僧衣ふうの衣装を身にまと
った者どもであった、という噂も耳にしている。
 邪教の徒のしわざである、と領主は断定した。それでも最初は、降伏する者を手
荒に扱うことは許さぬ、との令がでていた。妥協を許さぬ対立など、想像もできな
かったのだろう。
 要塞にこもると見られる邪教徒軍に襲撃が敢行され――無惨な結果が訪れた。
 戦果としては当初、予想されたほどには悪くはなかった。
 要塞が廃棄されたのは、新しい街道が整備されて一帯が主要な幹線から外れてし
まったからだ。町がさびれるほどではなかったが常駐軍を置く意味はなくなったた
めに、要塞そのものも放置されることとなった経緯である。もともともっている堅
牢なる地勢が失われたわけではない。
 さらに、戦の専門家とおぼしき剣士、武道家のたぐいも少なからず集団には見ら
れるという報告がある。全体を見れば烏合の衆といえなくもないが、それなりに組
織的な戦闘をしかけてくるだろう、と目されていた。
 事実、最初の四日間は地の利を活かした邪教徒軍が、攻囲側をよせつけぬ強固な
護りを披露した。被害こそ少ないものの、討伐軍は攻めあぐねたままいたずらに時
を重ねることしかできずにいた。
 戦況ががらりと変わったのは、三日前のことだ。
 それまで要塞にこもって堅牢に籠城を決めこんできた狂徒たちが、突如討ってで
てきたのである。
 要塞にこもられていてはうつ手なし、兵糧攻めの長期戦に陥るか、と覚悟してい
た攻城側にとっては、これ幸いの愚策――と最初は思われた。
 そもそもこの争乱自体が、狂気に端を発しているという点が失念されていたのか
もしれない。
 ことここにいたって、様相は熾烈きわまる殲滅戦に激変する。
 武器を使える者の数は、たしかに限られていた。
 だが邪教徒たちには、恐怖が欠落していたのだ。
 攻めよせてくる者らのなかには、熊手や鋤といった農具から包丁を手にした婦人
まで、およそ軍隊とはほど遠い場ちがいな姿も少なくはなかった。
 戦の専門家である攻城側にとっては手もなくひねることができるはずだが――市
場にすわって野菜でも売っていそうなおばさんや腰の曲がった老人、子どもを抱い
た女などといったひとびとが、目に歓喜と恍惚すらたたえて襲いかかってくるさま
に、戦士たちはためらいを覚えずにはいられなかった。
 対するに狂徒側は、ためらうどころか――まさしく斬って捨てられることを望ん
でさえいるかのごとく、陸続とおしよせてくる。
 弱き者に剣をふるえぬ者は、容赦なく討たれていった。
 ダルガ自身も、幾度も危うい場面に遭遇した。戦に慣れていればいるほど、市井
のひととしか思えぬ相手を斬り伏せるなどためらうものだ。
 攻城側は半日とたたぬうちに大きく押し戻され、そのままでは甚大な被害をもた
らされずにはおかなかっただろう。
 奇妙なことに、狂徒の軍勢は戦果など無視して突如後退し――間をおいてふたた
び進撃をくり返す、という理屈にあわぬ戦法をとりはじめる。
 やがて動揺する討伐軍にいったん後退命令がだされ――相手を人と思わず、野犬
のたぐいと見なして容赦なく殲滅すべし、という厳命が下されることとなる。人道
にはもとるが、英断であった。放っておけば、討ち果たされたのはまちがいなく討
伐軍のほうだ。
 五日めが終わった夜、脱走する兵も少なからず出た。半分がた黙認されたらしい。
逃走もやむなし、という気分が、上層部にすら蔓延していたのだ。町ぐるみ虐殺さ
れたのだという強力な事実がなければ、戦そのものが成り立たなくなっていたかも
しれない。
 五日めには、戦況は悲惨な様相を呈した。血の涙とともに妥協をふり捨てた攻囲
軍と、こちらはあいもかわらずいっさいの迷いなき邪教徒軍とが真正面からぶつか
りあい、血みどろの消耗戦を展開したのだ。山中に死屍累々とおり重なり、両軍と
もに甚大な犠牲を強いられることとなる。
 そして狂徒どもの攻勢は、そこまでだった。
 剣の使える者、戦のできる者の底がついたのであろう。
 あとは、一方的な虐殺にならざるを得なかった。
 抵抗がやめば、即座に戦は終結していたはずだ。あいにく、武器を手にできるも
のは幼児であろうと手向かいせぬ者はなく、討伐軍の剣士たちは不安と恐怖、そし
て底知れぬ嫌悪をかみ殺して虐殺をつづける以外に、できることはなかったのであ
る。
 籠城側に、すでに戦力はほとんど残ってはいまい。明日にでも戦は終結するだろ
う。
 邪教徒たちの、完全なる壊滅をもって。
 ほかに方法はない。完膚なきまでに討ち果たされることを、当の狂徒たち自身が
望んでいるのだから。
「じゃ、連中は至福を得るために、こんなばかげたことをやっているってのか」
 憤りすらこめて、少年はうめくように口にした。
 老人は、無言でうなずく。
「ばかばかしい。そんなことで、至福を得ることなどできるものか」
「それが、そうでもないらしい」
 占爺の言葉に、ダルガは目をむく。
 老人はつづける。
「戦場で散る魂を糧に、クォーナレフは力を増す。のみならず……クォーナレフに
戦場をささげ、そこにみずからの魂をすら供犠としてさしだす者らは――クォーナ
レフそのものとして転生し、神の軍勢に加わることができる、とされているのじゃ
よ」
 そんなばかな、とダルガはつぶやいた。
 力なく。
 あきらめたような目をして、老人もうなずく。
「ほんとうのところがどうかは知らぬさ。神の眷属として転生できたからといって、
そこに至福が待ち受けているとも限るまい。しかし少なくとも――おまえさんらに
斬りかかってくる邪教徒たちの顔貌には、至福の表情がうかんでいたのではあるま
いかね」
 否定するために口をひらきかけ――ダルガはだまりこむ。
 自身が知っていた。
 生と死の狭間に位置する戦場で、生き延びるために剣をふるいつづけるうち、あ
る瞬間からすべてが真っ白になることがある。
 そんなときダルガは、ただ肉体が覚えた技をくりだしつづけるだけの、からくり
人形と化す。
 すべての感覚は麻痺し、その底には、得もいわれぬ平安のようなもの――いって
しまえば、至福が静かに横たわっている、といえなくもない。
 そういった感覚は、まぎれもなく自分自身で経験したことが幾度となくあるのだ。
 狂徒どもを駆り立てているのはそのようなものなのかもしれない、とは漠然と思
っていたことだ。
「だが――そんなことで神になれるわけがないだろう」
 弱々しく、ダルガはつぶやいた。
 占爺パランは、首をふった。――左右に。
「そもそも、神、というのがどのような存在であるのか、という定義そのものが問
題にはなろうが――なれぬものでもなさそうでな」
「どういうことだ」
 しばし答えず、老人は光を宿さぬアルビノの隻眼で、山上の闇をながめやった。

 曇天は、夜にも匹敵する暗闇を地上に重くわだかまらせた。
 重い足どりで討伐軍は進撃する。
 組織的な抵抗はもはやまったくなくなっていた。待っているのは、草むらやもの
かげから不意につきかかってくる者ばかり。
 それらとて、いつどこから襲ってくるやら知れぬとばかりに気を張っている兵士
たちにとっては、現実的な脅威とはなり得ない。
 もはや掃討ですらなかった。厭戦気分は兵士たちをどっぷりと包みこみ、感情な
どとうの昔に麻痺させている。だれもが襲いかかってくる者をただただ機械的に迎
え討つだけの、殺戮人形へと変わっていた。
 そんななかでひとり、ダルガだけが、緊張の琴線上にいた。
 最前まで鳴りひびいていた最後の弦の音色も、すでに途絶えている。
 ときおりきこえる奇声と絶叫以外に、あたりにひびきわたる音すらない。
 崩れた壁と草むした石畳。いたるところを血と屍がうめつくし――
 いつしか断末魔の絶叫すらとぎれていた。
 どろどろと全天をうめつくすどすぐろい曇天のもと――耳に痛いほどの沈黙が四
囲にみちあふれる。
 これで終わったのかと、なかばぼうぜんとしながら兵士たちがたたずむなかで、
ダルガただひとりが腰にした剣の柄に手をかけ、臨戦態勢を解かずにいた。
 そして。
 もしかしたら、ほんとうにすべては終わったのかもしれない――と思えるほどの
ながい時間をおいて。
 ――驚愕の叫びが、あがった。
 どんよりとわだかまっていた倦怠を切り裂いて響きわたったその叫びは、すぐに
悲鳴に変わった。
 ついでいくつもの怒号と絶叫が交錯し――
 ダルガは走った。
 かろうじて崩壊をまぬかれた石づくりの建築が、礼拝堂のように少年には見えた。
騒乱はそのなかから発している。
 かけこみ――遭遇した。
 ところどころ崩れかけた天井から、曇天を透してわずかにとどけられる幾筋もの
薄明。
 天使の梯子に照らされて、それは限りなく禍々しく――そしてこの上なく神々し
く、そこにたたずんでいた。
 裂けた口に無数に立ちならぶ牙のあいだから、だらだらと大量の涎をたらしてい
る。――血の色の涎だ。
 どくろのように不吉な色あいの頭部に、その双の眼だけが爛々と異様なまでに力
づよい光を発し、その巨大な獣はひろげた四肢に力をこめて立ちあがり――
 咆哮した。
 崩れかけた瓦礫が、大音声にびりびりとふるえながらつぎつぎに崩落し、数条の
ほこりがもうもうとわきあがる。
 ぞろりと、化物が前進した。
 四肢のみならず、獣の動きにつれて肩や首や背中の筋肉がいっせいに、力づよく
波打つ。
 全身が、炎が噴きでてきそうなまでに、力にみちあふれていた。
「クォーナレフか……」
 ダルガはぼうぜんとつぶやく。




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