#5013/5495 長編
★タイトル (CWM ) 99/12/27 17: 4 (137)
お題>停電B つきかげ
★内容
私は三回目のアルバイトの日、教授の研究室へ入っていくときに、少し戸惑いを感
じた。体調が少し悪いのもあったかもしれない。その日は朝から頭痛に悩まされてい
た。
しかし、やはり原因は間違いなく、前回に酷く醜態を晒したせいだと思う。たかが
雷が鳴ったぐらいのことで子供のように悲鳴をあげ、ロールプレイを中断してしまっ
たことを、私はとても恥じていた。
部屋に入って挨拶すると、高松教授がいつもと変わらない柔和な笑みで迎えてくれ
る。高松教授は即座に私の不調に気付いたらしい。
「顔色が悪いようだね。無理をすることはないんだよ」
私は笑みを浮かべて首を振る。
「いいえ、なんでもないんですけど。ただ、この間のことが申し訳なくて」
教授は、はははと笑う。
「いやいや、あれくらいのアクシデントがあったほうが勉強になるんだよ。なあ、水
戸君」
水戸さんは、少し苦笑を浮かべて応える。
「先生はどうしても私を困らせたいみたいだなぁ。でも、本当に気にすることはない
んですよ、藤崎さん」
いつもと変わらぬ人懐っこい笑みをみせる水戸さんに、私は少し曖昧な笑みを返し
た。私は今回の設定を書いたレジュメを受け取ると、読み始める。
「それにしても、この設定」
私は少し、ため息をついて水戸さんに言った。
「このLという人は、つくづく私に似ていますね。なんだか、彼女と私の違いという
のは、詩織がいるかどうかの違いだけに思えるんですけど」
水戸さんは、ちょっと困惑した顔になる。
「ええと、詩織というのは」
「ああ、母に預けている私の娘です」
「なるほど」
水戸さんは、少し悪戯っぽく笑った。
「とうとう、白状しないといけなくなったかな」
私は、怪訝な目で水戸さんを見る。
「なんでしょう」
「うーん、実はね。高松先生に頼んで、Lの設定を極力あなた自身に近づけてもらっ
たんだ。あなたという人に僕がちょっと興味を持ったせいでもある。もともとLはあ
なたと似た人の症例から選んだから、大筋が変わっている訳じゃないけどね。いまま
でそのことを秘密にしていたのは、ちょっとフェアじゃなかった気もするけど、どう
せあなた自身が気付くだろうなと思ってあえて言わなかったんだ」
私は、水戸さんに笑みを投げる。
「なんだ、別にそんなこと気にしなくてもいいですよ。そのほうが、私としてはやり
やすいですから」
その日は、結局水戸さんとはあまり話をせず、そのまま私は設定を頭に入れること
に没頭していった。
セッション3
【水戸のノートより】
今回のLはとても物憂げだった。いつもの刺すような瞳ではなく、何か投げやりな
目を私に投げかける。私たちは、暫く話しをせず向かいあったままだった。
「ねぇ、今日は何を話すの」
Lのポツリといった言葉に、私が応える。
「何でもいいよ。君の話したいことを話せばいい」
「そおねぇ」
Lは視線をそらし、暫く考える。唐突に、Lは私のほうを見る。
「じゃあ、今日は夢の話にしようか」
私は頷く。
「君の見た夢だね。話てみなさい」
「うーん。それはね。凄く高い塔の物語なの」
Lの話は時系列が錯綜し、ゆきつ戻りつしながら話をしたため、そのストーリーは
とても判りにくかった。以下にその物語を要約して時系列に並べ直して書いてみる。
Lの語った高い塔の物語
『それはいつの時代ともしれぬ時。そして、どことも知れぬ場所。
その国ではもう何百年も塔の建設が行われていた。いったい誰が始めて、なんの為
に建設されているのかは判らないが、その巨大な塔は天上へ向かい延々と築きあげら
れてゆく。
その塔は、ただ、建設されるためだけに存在しているといってもよかった。塔自体
あまりに巨大になりすぎたため、誰ももうその全体像を把握しているものはいなかっ
た。ただ、皆、自分に割り当てられた役割を行っているだけで、その全体を統括して
いるはずの存在を誰も知らなかった。
塔の巨大さは、その中にいてもその規模が判らないほどのものである。何キロも離
れた遠い場所から塔を眺めたとしても、その先端はかろうじて朧気に見えるだけであ
り、天候によっては雲につつまれて見えない時もあった。塔の中に入り込むと、巨大
な迷宮都市にいるようなものであり、自分が塔のどの部分にいるのかすぐに判らなく
なってしまう。
塔はそれでも自分自身が意志を持っているかのように、天空を目指して成長してい
った。塔には何百万もの人間が住んでいたが、その全てが塔の建設に従事するものた
ちである。下層部は居住区域となっており、それ自体が巨大な国家を形成しているよ
うなものだ。
私はその塔の再深部に住んでいた。どの位高いところに居たのかは判らないが、そ
こが塔の中心部であることは確かなようである。私は、全ての壁が黒く塗られた部屋
にいた。決して光の差し込むことのないその部屋に、私は横たわっていた。私はその
部屋から外へ、決して出ることは無い。
けれども、私はその塔でおこるできごとを把握することができた。あたかも、塔が
私の精神とリンクしているかように、塔のあちこちで起こる出来事を私は認識してい
る。
塔の崩壊は唐突に始まった。その始まりは、一艘の船が天上から降りてきたことで
ある。その船は白く輝きながら天空を航海していた。白い羽を持つ天使たちが金色に
輝く楽器を吹き鳴らしながら、その船を操っている。
船は煌びやかな音楽を奏で、塔の回りを旋回した。それは巨大な船であったが、塔
と並ぶと、ごくちっぽけなものに見える。
その船を操る天使たちが奏でた音楽に反応したのは、子供たちであった。子供たち
はその音楽を聞くと、空を飛べるようになる。空を飛ぶことを覚えた子供たちは、皆
塔から離れ、船に向かっていった。
渡り鳥が飛び去ってゆくように、子供たちは群をなして船へ向かって飛んでゆく。
子供たちが一人もいないくなるまで、一週間もかからなかった。何万もの子供が皆、
船に乗せられ、天上へ上ってゆく。船は子供を乗せて空の彼方へ去った。
子供が居なくなった塔は、崩壊への道を歩み始めた。人々が始めに気付いたことは、
夜が長くなったということだ。夜は闇の深さを増し、昼間の光は色褪せ、朝はその活
力を失う。そして、人々は、自分たちの影が自分を監視していることに気がつき始め
る。人々の影は人々の足下で妖しく息づき、自らの主とその地位を入れ替えるタイミ
ングを狙い始めたようだ。
そのころから、私は肉体を部屋へのこし、白く輝く霊体となって塔の中を彷徨うよ
うになる。私は、吸い寄せられるように、巨大な力を蓄えた影たちと会った。人々が
眠る夜、影たちはその本性を顕わし凶悪に吠えたり、狂ったように踊ったりしている。
私は、その影たちと霊体で交わった。
それは、私の全身の血が沸騰し、肉体を捻りあげられるような経験である。しかし、
影たちは、私と交わることにより凶悪さを無くし、もとの従順な影へと戻っていった。
私はなぜか、それが塔の崩壊をくい止める唯一の方法だと知っていた。
私がいくら努力しても、夜は日増しにその勢力を強め、影たちはより凶暴となり、
私の疲労は深まってゆく。力の持つ影の数はどんどん増えてゆき、私が一晩に何十体
もの影と交わったとしても、どうしようもなくなっていった。
そして、ある日塔へ闇の司祭が訪れた。そのころには、人々の心は半ば自らの影に
支配されていたため、皆闇の司祭を歓迎し塔の頂上へと案内した。闇の司祭は、塔の
天辺で祝祭を催す。
その宴は一週間に渡ってくり広げられた。やがて、祝祭の中で狂乱状態になった人
々は、塔の天辺から地面にむかって飛び降り始める。人々は、次々に地面へ転落して
死んでいった。そのころには私にはどうすることもできず、ただ、その様を感じ取っ
ているだけである。
最後の一人が飛び降りるまで一週間かかった。そして、私自身を除くとただ一人残
った闇の司祭は、天上から闇を招く。
闇は、空から墜ちてきた。それは丁度洪水の時に地上に水が満ちあふれ次第に水位
が上がってゆく様を、逆さまにしたようなものである。闇色の海が空に出現し、それ
がゆっくりと降りてくる。
一晩かかって闇は塔の根本まで呑み込んだ。それと同時に、闇の司祭が塔の天辺か
ら私の部屋へと降りてくる。
闇の司祭は私の部屋ごと私を黒い本の中に封印し、私を持ち去ってゆく。ゆく先を
私は知らない』
基本的にLの語った夢の物語は我々の設定通りであったが、最後の黒い本の部分の
みが、我々の設定とことなっている。この物語がどの程度彼女の深層に触れたのか疑
問があるが、今回のセッションが終わった時彼女は妙に澄んだ表情をしていた。
私は転回の時が既に来ていると判断した。
セッション3 終了