#5012/5495 長編
★タイトル (CWM ) 99/12/27 17: 4 (196)
お題>停電A つきかげ
★内容
私はその日、高松教授の研修室に入った時に、なんともいえない安堵感を感じたの
を、とても不思議に思った。まるで久しぶりに家族の元へ帰ったような、不思議な感
覚。一人きりになれつつあったはずの私は、自分のその感覚に少し戸惑いを感じた。
「やあ、ごくろうさん」
高松教授は、いつものように柔和な笑みで私を迎えてくれた。水戸さんもにこにこ
と楽しそうな笑みを浮かべ、私に頷きかける。
「こんにちは」
私は二人に会釈すると、高松教授に勧められるまま腰を下ろした。高松教授からロ
ールプレイングのレジュメの今回分を受け取る。
「先生、私夢中になりすぎたせいか、前回のロールプレイの内容をよく覚えていない
んです。私うまくできたのでしょうか」
教授は満足げに頷く。
「十分にできていたよ。何か心配なことでもあるのかな」
「いえ、設定にはずれたことを言って水戸さんを困らせてなかったかなと」
教授は声をたてて笑った。
「今のところ、ほぼ設定通りに進んでいるよ。それと前にいったように、設定に拘ら
なくてもいいんだよ。むしろ設定から逸脱して水戸君を困らせてくれたほうが、彼の
勉強にはなるんだがね」
「いやいや、今のままでも結構手強いですよ、藤崎さんは」
水戸さんは冗談っぽく言った。私は水戸さんに笑みを送ると、レジュメを読み始め
る。それと同時に水戸さんが声をかけてきた。
「ああ、藤崎さん。あなたのお父さんって、藤崎十蔵さんなのかな」
「ええ」
「実は、あなたのお父さんの本を探したんですよ。ちゃんとうちの学校の図書館にあ
りましたよ、藤崎十蔵さんの本」
私は、レジュメから顔をあげると、水戸さんの顔を見つめる。
「へぇ、そうなんですか。実は私、父の本を読んだことないんです」
「あ、そうなんだ」
水戸さんは少し驚いた顔になる。
「父は幻想調で前衛的な手法をとりこんだ小説を、書いていたと聞いています。母は
若い頃はともかく私を育てていた時は、父の小説を一切身近に置いていませんでした。
実業家としての母はそういう小説が自分の世界にそぐわないものと感じていたのかも
しれません。私も、自然とそういう母の感性を受け継いだのか、父の作り出そうとし
ている世界に興味がもてませんでした」
「うーん」
水戸さんは、少し複雑な顔をする。
「確かに幻想的な作品だったけどねぇ。前衛的というより伝奇的というか、擬古典的
に思ったけどねぇ僕は」
「そうなんですか?」
私は驚いて水戸さんの顔を見る。
「まあ、僕の読んだ作品が偶々そういうものだったのかもしれないけどね」
「どんな内容だったか教えてくれますか」
水戸さんは、その彼の読んだ父の作品を説明してくれた。
「文体は擬古典ふうの文体だったねぇ。時代小説のようだったけど。設定は江戸時代
の初期ということだったかな。タイトルは闇の中の悦楽といってね」
その小説は、一人の武芸者が山奥にある古城に迷い着くところから始まる。その古
城は山奥にあるにしては、異様に豪華な城であった。武芸者は城に迎え入れられしば
らくその城で暮らすことになる。
偶然、その武芸者は城の奥に盲目の少女が幽閉されていることを知った。その少女
は、産まれたときから城の外の世界を全く知らずに過ごしてきたようだ。その少女は
闇の中に生きていたが、この世のものとは思われぬほどの美貌の持ち主である。
武芸者は、城で暮らしていくうちに、その城の秘密を少しずつ知ってゆく。城は山
奥の谷間の入り口に建てられており、城の背後の谷間へはその城を通り抜けてゆくし
か道が無い。そして、城の背後の谷間には無数の罌粟の花が咲いていた。その城は、
罌粟の花から阿片を作り、その阿片を各地の大名に売りつけることによって成り立っ
ているようだ。
秘密を知ったのち、武芸者は密かにその城を立ち去ろうとするが、捕らえられ幽閉
される。その時武芸者は阿片を与えられ、夢を見た。その夢の中に現れるのがあの美
しい盲目の少女であり、少女は夢の中で妖艶な娼婦として武芸者に快楽を与える。
武芸者は、やがて阿片の虜となり、命じられるまま城のために人を殺す暗殺者とな
ってゆく。武芸者は自分以外にも同じような暗殺者が多数おり、この城は阿片だけで
なく、暗殺者を貸し出すことによっても富を得ていることを知った。
やがて、城は内部の対立から崩壊することになる。燃え落ちる城から武芸者は、盲
目の少女を連れて逃げ出す。
その時、武芸者は目を醒ました。そこは、とっくの昔に滅んだ城の廃墟であり、武
芸者はその廃墟に迷い込んで眠っていたのだ。武芸者は城の奥に進み、そこに罌粟の
花が咲き乱れていることを確認する。
そして、記憶を辿って城の中心部へ向かう。そこには、盲目の少女が幽閉されてい
た部屋があるはずだ。そして、その部屋らしきものは残っていた。廃墟となった城と
比べると驚くほど綺麗な状態である。夢のとおり壁も扉も黒く塗られた、漆黒の箱の
ような部屋であった。
武芸者は、その黒い箱の扉をゆっくりと開く。
「それで、どうなるんですか」
「いや、そこでお終いだよ、この話は」
「ふうん」
私はなんとなく拍子抜けして、ため息をつく。
「なんか、余計な時間とっちゃいましたね、すいません水戸さん」
「いやいや、こっちが調子にのって説明したからね。資料に集中してください、藤崎
さん」
セッション2
【水戸のノートより】
部屋は、前回と同様の部屋を使用している。彼女はノックもなく、突然入ってきた。
一回目と同様、完全にLになりきった状態で彼女は現れた。彼女は、前回のような挑
発的視線を見せながらも、どこか戸惑っているかのように私を見る。
彼女は、注意深く私を観察しているようだ。それは、一度手ひどい罠にかかった野
生の獣が、今度は逆に狩人を罠にはめるため策を練っている様を思わせる。
彼女は暫く私の様子を窺った末、ようやくしゃべり始めた。
「ねえ、何見ているの」
「君の写真だよ。前に来た時に君に持ってきてもらったものだ」
「ふうん、よく見せてよ。ああ、これは私の家でとった時の写真ね」
Lは写真を見ながら、私のほうを上目で覗く。
「ねえ、この写真を見て何考えているの。何を企んでいるのよ」
「企んだりはしないさ。ただ、考えているだけだ」
「考えているって?」
Lは狡猾そうな笑みを見せる。
「何考えているのよ、言ってごらんなさい」
「つまらないことだよ」
「あんたの考えていることなんて、どうせつまらないって判ってるの。いいから、い
ってごらんなさいよ」
「君はご主人と二人暮らしだったはずだね」
「ええそうよ」
「二人暮らしにしては、結構大きな冷蔵庫を部屋に置いているんだな」
Lは失笑する。
「本当にくだらないこと考えているのね。ほかには何か考えたの?」
「そうだな、部屋の隅にあるこれ、ストーブにしては形がへんだけど」
Lはあきれ顔で私を見る。
「それはねえ、いいわ、説明してあげる。まず冷蔵庫なんだけど、私は絵を描く仕事
をしているけれど、けっこう不規則な生活で家に閉じこもって仕事がすることが多い。
主人のほうも雑誌の編集の仕事をしているんだけど、休みが何週間もとれなかったり
することが多いわけよ。そのせいで大量に買い込んで大量に貯蔵できるような冷蔵庫
が必要だったの。それともう一つ」
Lはすこしうんざりしたように、私を見る。
「部屋の隅のそれは窯よ」
「窯?」
「ええ。私の本業は絵を描くことだけれど、趣味で焼き物、つまり陶芸もやっている
の。その窯でもちろん大きなものは焼くことできないけれど、簡単な小物だったら焼
くことができるのよ。判った」
「なるほどね」
私は、Lをまっすぐ見つめる。Lの顔から冷笑が消え、再び警戒の光が瞳に灯る。
「この部屋だったんだろう」
「何がよ」
「君の赤ちゃんが消えていなくなったのは」
Lは暫く絶句していた。顔からは表情が消え、それでいて目まぐるしく考えを巡ら
せているように見える。
「違うわ。そこの隣の寝室」
「ああ、そうだったね。君のご主人が書いてくれた、君の赤ちゃんが消えた日のメモ
を読んでいたんだが」
「へえ、そんなの持ってるの」
「君からもらったんだよ?まあいい。このメモからすると、その日君のご主人は深夜
に帰宅した。その時からメモは始まっている」
以下にそのLの夫のメモを引用してみる。
『それは夏の熱い夜だった。私が帰った時、Lは酷く焦燥した顔で私を迎えた。彼女
は私を出迎えるなり子供の具合が悪いと言った。高熱が朝から続いており、解熱剤で
も下がらないらしい。午前中に医者につれていったが、原因は判らないので暫く様子
を見るようにという指示だったようだ。
子供は寝室に置いてあるベビーベッドに寝かされていた。今は多少薬が効いたらし
く、よく眠っているようだ。Lは子供の寝ている寝室に私が入ることを禁じた。子供
は家にあまりいない私には懐かず、一緒にいるとすぐに泣き出したので、しかたのな
いことだと思った。私は居間のソファに寝ることにしたが、なかなか寝付くことはで
きなかった。Lは子供につききっきりだったが、となりの寝室から時折ドアごしに子
供の弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
Lは時折居間に入ってきて、冷蔵庫で氷嚢を交換していたようだ。私は、明け方に
は眠ってしまったが、Lは一晩中起きていたらしい。夜明けと同時に、酷く蒼ざめた
Lに起こされた。彼女は、静かに言った。子供がいなくなったと。
寝室への出入り口は、居間に面したドアが一つあるだけだった。そのドアは内側か
ら鍵がかかる。Lは私を信用しておらず、私が突然部屋へ入ってくるのを恐れて内側
から鍵を掛けていたようだ。窓は外に面しているが、マンションの6階であり、鍵が
かかっていること以前に、そこから人が出入りてきるとは思えない。しかし、可能性
としてはその窓から侵入者があり、子供をさらったくらいにしか思えない。
私はLを家に残し、近所にある警察署へ向かった。歩いて1分ほどのところなので、
電話をするより速いと思ったためだ。
私が警察から戻った時に、Lは呆然とした顔で窯の前に座っていた。部屋の様子か
らすると、焼き物を造っていたらしい。彼女はその時から正気を失っていた。
警察の調査でも結局、子供の行方は判らなかった。私は妻と子供を同時に失ったよ
うなものだ』
私が彼女の夫のメモを読み終えると、冷たい笑みをLは見せた。
「つくづく馬鹿ね、Oは」
Oというのは、私たちが彼女の夫に対してあたえた記号である。
「で、それがどうしたの?」
私はLを見つめる。Lは嘲笑の仮面をつけていた。彼女の心の底は読むことができ
ない。しかし、私は直感的に彼女の心の深いところで激しい動きがあることを感じと
っていた。
「私は、本当のことが知りたい」
「本当のこと?」
「真実だよ。この日いったい何が起こったのか。この時起こったことは一体なんだっ
たのか。現象ではなく、真実が知りたい」
Lはくつくつと喉の奥で笑う。
「真実を知りたいですって。いいことばね。あんたにしちゃ、上出来よ」
ふっと、Lが真顔になる。
「いいわ、教えてあげる」
その時、雷が鳴った。窓が無い部屋のためよく判らないが、結構近いところに落ち
たようだ。彼女の表情は凍り付いている。
「あの時ね、闇が落ちてきたの」
「闇が落ちる?」
「そう、闇の司祭が私の前に降臨した。あの夜。黒い魔法の夜。魔物たちが吹き出し
て、世界を支配したあの夜。私は、闇に、呑まれた」
Lの言葉から、抑揚が失われた。まるで機械で合成されたような、少し甲高い声で
Lは語る。
「落ちてきた闇に呼応して、私の内側からも闇が吹き出した。魔物はどこかから来た
訳では無くて、私の中から現れる」
雷が再度鳴る。Lの体が震えた。私は少し不安を感じたが、彼女の深層が表出し始
めている今、中断するわけにはいかない。
「闇が落ちてきたといっているのは、事件のおきた日の夜、君のご主人のOが帰って
くる前におきた停電のことを言っているのかい?」
Lが答えようとしたその瞬間、激しい雷鳴とともに部屋が闇につつまれた。それは
Lが言ったように闇が落ちてきたという表現が相応しい出来事だ。
闇の中で、Lが悲痛な叫び声をあげる。私はドアを開け、Lを、いや、藤崎さんを
部屋の外へ出した。
その日は、結局そのままロールプレイを中断するしか無かった。
セッション2 終了