#5014/5495 長編
★タイトル (CWM ) 99/12/27 17: 5 (153)
お題>停電C つきかげ
★内容
その日、私は自分の血がざわめいているのを感じた。その日は何かが起こる予感が
した。けれども、私は平静を装って教授の部屋へ入る。
高松教授は私を迎え入れた時、何かを感じとったようだが、いつものと変わらぬ挨
拶を交わした。ただ、教授は静かに言った。
「藤崎君、はじめにいったように、君がやめたくなればいつでもやめていいんだよ」
私はくすくす笑った。
「どうして?先生、私結構このアルバイト楽しんでますよ。本業も暇だし最後までや
らせてもらいます」
高松教授はそれ以上何も言わなかった。水戸さんも、今日は言葉が少ない。ただい
つもと変わらぬ笑顔で、私を見つめていた。
私は水戸さんの笑顔になんとも言えない安らぎと、満足感を感じている。それがと
ても不思議だった。水戸さんを愛おしく思っていたといっても、いいかもしれない。
それは、不思議な感情だった。
その日、私たちはあまり言葉を交わすこともなく、私は与えられたレジュメに集中
し、ごく静かな準備時間が過ぎてゆく。私はいつものように、与えられた役の中へ入
り込んでいった。
セッション4
【水戸のノートより】
Lはその日、とても饒舌だった。何か取り憑かれたように興奮し、色々なことをま
くしたてる。それは、映画の話であったり、本の話であったり、テレビの話であった
りした。
私が興味を持たない態度を取っていると、Lは次第に静かになってゆく。そして、
言った。
「何よ、聞いているの、あんた」
「もちろん。ただ、君は一言も私の聞きたいことを話てくれていないね」
「どういうこと」
Lは、少し用心深い顔になる。
「前にもいったはずだ。私の知りたいのは真実だよ」
「ふん」
Lは鼻で笑う。
「何よ、真実って」
「私から言ってもいいかい」
Lは、仮面のように無表情になると頷く。
「あの日の話だ。君の赤ちゃんが居なくなった夜」
Lの反応は無い。
「まず、まちがいなく言えるのは君が君の赤ちゃんを殺したということだ」
Lは笑みの形に口を歪める。
「停電の時、君は子供を殺し、君の夫O氏を迎える。O氏は死体となった子供を見た
わけだ。君は子供を解体し、氷嚢を交換するふりをしながらその死体の各部分を冷凍
庫へ格納していった。夜に子供の泣声がしたのはテープレコーダーを使ったんだろう。
部屋を隔てていれば、そう判るものではない。そしてO氏が警察にいっている間に死
体を窯で焼いて始末した。そうだろう」
「よく知ってるじゃないの」
Lはあっさりと言った。
「見てた訳?あんた」
「誰だって見当のつくことを言っただけだよ。ただ、今話したことは現象に過ぎない。
言ったろう。私の知りたいのは真実だ。いいかい」
Lは無言で頷く。
「私は、君がなぜ闇の中で子供を殺したのかを知りたいんだ」
そして、その時部屋に闇が墜ちてきた。事前に打ち合わせした通りである。外に待
機しいる学生が、時間がきたらブレーカーを落とすことになっていた。
私は、許されないことをしているのだろう。賭としても危険すぎる行いだ。私は、
不安だった。そして、躊躇っている。今なら、まだ中断することもできるのでは無い
かとも思う。
しかし、ここまできてやめることはやはりできない。
Lは、いや、藤崎さんは、予想以上に落ち着いている。私の予想通り、闇の中でL
と藤崎さんの統合が行われたようだ。
私は、最後の力を振り絞るような気持ちで言った。
「藤崎さん、私の言ったことが判りますね」
闇の中なので、彼女の表情は読めない。
「真実を教えて下さい。なぜ、あなたが詩織さんを殺したのか」
藤崎さんは、ゆっくりと思ったより平静な声でいった。
「私が詩織を殺したのは」
暫く、沈黙が続いた後にゆっくりと彼女は言った。
「あの子が私の父、藤崎十蔵の子供だからです」
再び、部屋に明かりが戻る。
藤崎さんは、落ち着いた表情だった。しかし、その頬を伝う涙は暫く止まらなかっ
た。
セッション4 終了
【高松教授のノートより】
私が、精神科医の水戸氏から彼の病院にかつての私の教え子である藤崎かおりが入
院しており、その治療を手伝ってほしいという依頼を受けた時、酷く戸惑いを感じた。
それは、水戸氏のやろうとしていること、つまり幻想を構築してその中に留まって
いる患者の幻想をうち破るために、現実をロールプレイとして患者に演じさせるとい
う計画があまりに無謀と思えたからだけでは無い。確かに水戸氏のやったことは、結
果としていい方向へ事態を向かわせることができたが、どういう結果を生むにしても
常識を外れているのは間違いなかった。そんなことより、私が疑問を感じたのは、藤
崎かおりが治る必要があるかということだった。
むろん、彼女は分裂症的な妄想の中にいたのは間違いない。私が疑問に思っていた
のは、彼女が妄想の中にいるのは妄想の中にいることによって精神を安定させること
ができるからであり、通常境界症例の患者は妄想によって苦しめられ死の危険に晒さ
れるため妄想を取り除く必要があるが、もし、その妄想が精神の安定を保つものであ
れば取り去るのは危険な行為ではないかということだ。
しかし、水戸氏とディスカッションするうちに、彼の主張が正しいと感じることに
なる。妄想が危険な形で崩壊するのを防止するには、我々の提供したフィクションと
しての現実の中で妄想から離脱したほうがいいだろうということだ。
本来、彼女の妄想を取り除くには、もっと時間を要するはずだった。しかし、ロー
ルプレイ中のアクシデントに着想を得た水戸氏の作戦が成功し、私たちはより早い段
階で彼女を妄想から離脱させることができた。
4回のロールプレイを経た後、彼女は水戸氏のカウンセリングを受け始めている。
症状が安定すれば、彼女は裁判を受けることになるかもしれない。何にしても彼女に
とって現実は決して平穏なものではなく、危険に満ちたものであることは間違いなか
った。次に彼女の幻想が噴出した時に、前のように彼女を安定させるものであるとは
保証できない。いずれにせよ、彼女はもう、現実の中に足を踏み込んでしまった。
ロールプレイは予想以上に我々の意図した通りに展開していった。ただ、黒い本に
ついてだけは、我々の想像外の出来事であった。その黒い本については、ロールプレ
イ後のカウンセリングの中で、彼女が水戸氏に語っている。
その部分を以下に記す。
『私が、父である藤崎十蔵に抱かれたのは、私が12歳のころです。初潮を迎えて間
もなかった私は、父の行っている行為の意味がよく判りませんでした。それは、私と
父との間にだけ存在する秘密の儀式であり、神秘の顕現です。
父は、いつも閉ざされた部屋の中で、蝋燭だけを明かりにして私の服を脱がせまし
た。そして、まず私の体に筆を使って字を書いてゆくのです。父は、私の体にひとつ
の物語を書いていきました。
書き終えた時点で、父は私の裸体を写真にとり、そして私を抱きました。私を抱く
父はまるで司祭のように荘厳な表情をしています。私は苦痛をなるべく表にださない
よう、父に身をゆだねました。
父は、年に一度その儀式を行いました。年に一章ずつ、私の体の上に展開される物
語は進んでゆくのです。その物語は、魔物の恋を描いたものでした。そして、父と私
の秘密の儀式は、私が結婚する直前まで続くのです。
私が式をあげる直前に、父は私の元に現れました。父は私にいつもの儀式を当たり
前のように要求し、私もあたり前のようにそれに応えました。父と私の間に存在した
儀式は、日常の時間から隔離された特殊な世界でしたから、結婚式の前にそうした行
為をすることに私は何の疑問も抱けませんでした。
ただ、その日、私の体に異変が起こるのです。私は、父に筆で物語を書かれている
時に、突然強い性欲を感じました。それは、まるで私自身の中からきたものではない
ような、まるでずっと封じていたものが突然噴出したような、強い欲望でした。
私は目眩を感じるほど強烈な性的飢えに耐えながら、父が物語を書き終えるのを待
っていました。私は、父が写真を撮り終えると待ちきれず、父を抱きました。
その時私の記憶は酷く断片的になっています。とにかく嵐ように凄まじい性欲に襲
われ、父と性行為を行いました。それが終わった後、とてつもない自己嫌悪が私を襲
いました。
それまで、神秘の儀式であった父との行為が堕落したような気がしたのです。私は、
あの時の自分の性欲が理解できませんでしたが、とてつもなく汚されたような気がし
ました。そして、それから一週間後私は結婚するのですが、結婚する時に私は既に父
の子である詩織を受胎しているのを感じていました。
私は、その後父が行方不明となり、私の元へもうこなくなったので、父との行為を
忘れることにしました。それは、私を苦しめるだけのものになっていましたので。
でも、あの日、そうあの停電のあった日にあの本がきたのです。
多分、父が私に送ったのだと思います。
あの黒い表紙の本を。
その本には、私の裸体の写真が印刷されていました。
そして私の裸体には、魔物が恋した娘を思い続け、最後に娘も魔物に変えて思いを
遂げる物語が書かれていました。その本を閉じた時、私の中で何かが壊れたのです。
それでも。
それでも、あの停電がなければ。
これは言い訳でしょうか。
でも、あの停電がきっかけとなったのは間違いありません。突然墜ちてきた闇の中
で、私は狂いました。行き場の無い憎しみ、汚されたことに対する私の憎しみは、父
の子である詩織になぜか向けられてしまったのです。
黒い本はまだあります。
私の部屋に。
私の魂はあの中に閉じこめられています。
多分、今でも』