AWC そばにいるだけで 41−4    寺嶋公香


        
#4949/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/10/31  13:15  (200)
そばにいるだけで 41−4    寺嶋公香
★内容
 首を捻る純子の隣から、鷲宇が口を挟んだ。
「分かってない、雅美(まさみ)さん。彼女にははっきり言わないとだめだよ」
 その言葉を受けて女性スタッフは元々の笑い顔を、より一層ほころばせた。
「そうでした、そうでした。――久住淳が色んな賞の新人賞部門にノミネート
されてるの。驚いた?」
 向き直る相手に、純子は瞬きで応えた。それだけで驚き具合が分かる。
 すぐ目の前で手を振られ、やっと我を取り戻せた。
「――ふわぁ、凄いんですね」
 答がどこかとんちんかんだ。大変なことを急に告げられて、まだ理解が完全
でない。たとえ理解できても、他人事のように思えてしまう。
「君が凄いんだよ」
 再び、鷲宇。
「僕の方針もあって、全て断っているんだが、受験の年じゃなかったら、出た
かったかい?」
「そう言われても、と、唐突すぎて、よく……。あ、でも、テレビで見ていて、
一度ぐらい生で見てみたいなって思ったことはありますよ」
「――はは。観客として、か。まあ、いずれにせよ、今年は時期尚早だっただ
ろうね。司会者からコメントを求められても完璧には対応できないでしょう、
今の涼原さんは」
「はい――『僕は涼原ではなく、久住ですよ』と、これぐらいなら答えられま
すけど」
 そう言って多少得意げに微笑む純子を、鷲宇は意外そうに見返した。次に彼
も釣られたよう微笑すると、肩をすくめた。
「今のはなかなかいいね。もっと努力して、完璧にしてください」
 その後は、大人ばかりの中にいて、少し退屈しかけた純子だったが、勧めら
れて初めてビリヤードをやった。結果はもちろん芳しいものではなかったけれ
ど、スタッフの中に一級の腕前の人がいて大いに楽しませてもらう。
 最後に夜景を眺める小ドライブをして、今、純子の自宅に戻るところである。
「鷲宇さんはいつも自分で運転するんですか」
 純子は聞いてみた。深い意味はない。
 ハンドルを握る鷲宇は、目をそらすことなく真っ直ぐ前を向いたまま、口を
開く。
「そうだよ。一人のときは、これよりももう少し飛ばしてる」
「私、何となく、お抱えの運転手がいるものだと思ってました。芸能人て」
「はは、もちろんそういう人もいます。僕も、仕事前で集中する必要があると
きは、他人に運転してもらうこともある」
「ふうん。香村君はどっちになるのかしら……」
 車が信号待ちで停止した。振り返り、純子に尋ねる鷲宇。
「香村君と言うのは、香村綸のこと?」
「あ、はい。香村君は免許持てないから、いつも運転手さん付きで」
「ふむ。香村君の車に乗ったことがあるんだ?」
 おかしむ口調の鷲宇。その言葉に、純子の父が過敏に反応した。
「何? 誰の車に乗ったって?」
 呂律が怪しい。オーバーに言えば、「らに? られのくるまいろったって?」
という風に聞こえなくもない。ただし、その口調からよく思っていないのだけ
ははっきり分かる。
「お父さん、変に解釈しないでよっ」
「しかし、聞いてない――」
「言いましたよ」
 母が取りなす。こちらの方はまだ意識はしっかりしているようだ。こんこん
と諭すように説明を重ねていく。最初は「いや、しかし」と反駁していた父だ
ったが、ほどなくして静かになり、従順な子犬のように静かになってしまった。
 その間に信号は青に切り替わった。笑いをこらえていた鷲宇はその名残を頬
に残しつつ、車をゆっくりスタートさせた。
「どうやらご両親には楽しんでいただけたようで、ほっとした」
 笑いを忍ばせた声音の鷲宇は、続けて純子に聞いた。
「君自身はどうですか、涼原さん?」
「え……っと。楽しかったです」
 突然のことに、ありのままの気持ちを最も単純な形で言い表した。そして逆
に聞き返す。
「鷲宇さんはどうしてお祝いしてくれたんですか」
「うん? それについてはすでに答えたはずだが、記憶違いかな。約束してい
たからだと」
「そうじゃないんです。こんなに豪華な感じにしてもらえるなんて、夢みたい
で、信じられない」
「気味が悪いかい?」
「そこまでは言いませんよー。けど、裏があるような気がして」
 軽快な調子でやり取りする。鷲宇は間を取り、首を横に振った。ルームミラ
ーを通じて純子を見る眼差しは優しかった。
「――そうね、最初に断っておきますか。これから言うことはお世辞じゃない」
「は?」
 鷲宇の奇妙な切り出し方に、純子は声を高くした。次の瞬間、思わず口を押
さえ、両親の方を向く。幸い、気付かれていない様子。
「僕は君に感心しているし、感謝しているし、これからも色々と一緒にやって
いきたいなと思っていましてね。無論、涼原さんが嫌なら別だが」
「嫌じゃありません」
 顔をぶるぶると振る。それが見えていたのか、鷲宇がまた苦笑した。
「それならよかった。つまり、大事な友人の一人である涼原さんの誕生日を気
の利いた形で祝うのは、当然だと思っています、僕は」
「それだと、私も何かしないと」
「と言うと?」
「鷲宇さんの誕生日、教えてください。いつですか。大したことできませんが、
精一杯……」
「なるほどね! これは僕の言い方が悪かった。謝ります」
 ハンドルを握ったまま、軽く会釈した鷲宇。
「言い方を変えなければいけないな。――先輩からのプレゼントだと思ってく
れればいい。これでどう?」
「はぁ、はい。それなら後輩の私は安心できますね」
 純子も冗談ぽく切り返した。
「それにしても、いつもあんな豪華にしてるんですか?」
「ふふふ。残念ながら、ノーです。たいていは簡単なアメリカンスタイル……
去年の君の誕生パーティを想像してください」
「ああ、私、去年の方が気楽でいいな」
 笑みをこぼす純子。
(あのときは相羽君もいたのよね。パーティのきっかけ作ってくれたのも相羽
君だった。おかげでスタッフのみんなとすぐ打ち解けることができて)
 そんな思い出を心に映しながら。
 やがて車は純子の家の前に滑り込んだ。時刻は夜九時を少し回ったところ。
目立たぬよう、近所迷惑にならぬよう、静かにこの日の別れの挨拶を交わす。
「突然のお誘い、失礼をしました」
「いいえ、とんでもない。何と言えばいいのかしら。そう、至れり尽くせりで、
純子ばかりか私達まで楽しませてもらいましたわ」
「何はともあれ、うちの娘を今後ともよろしくお願いします」
「もう、お父さんっ、そんな堅苦しい!」
 ……結局、にぎやかになってしまったけどね。
 家の中に入ると、母が父の酔い覚ましの準備にかかる。純子は自然と電話へ
意識を向けた。留守中の伝言の有無を確かめるため。
 電話があったことをランプが示していたので、再生してみる。
 びっくりしてしまった。
 いきなり相羽の声が流れてきた。
『相羽です。またあとで電話します』
『相羽です。あとで電話します』
『毎度、相羽です。あとで電話します。十時までならOKですか?』
 都合三度、ほぼ同じ時間を置いて入っていた。最初の二回が真面目な、いく
らか緊張を含んだ口調だったのに対し、三度目はリラックスした様子が窺える。
(こんな頻繁に掛けてくるなんて、何かあったのかしら。仕事のことならおば
さまが掛けてくるだろうし)
「電話、あったの?」
 母の問いに、やや大きめの声で応える。
「うん、相羽君から! 今から電話するね」
 送受器を持とうとした瞬間、呼び出し音がなった。普段は耳に心地よく聞こ
えるのに、このときばかりはびくりとしてしまう。
 胸に片手をあてがい、落ち着いてから改めて送受器を取った。
「はい、涼原です」
「――あぁ、よかった。いた」
 表情のほころぶさまが容易に想像できる。そんな安堵の声だ。
「あっ、相羽君」
「こんばんは」
「挨拶はいいの。そんなことより、なぁに、あの電話は。何遍も録音しちゃっ
て、よっぽど大事な話?」
「うん、大事」
 相羽の即答に、純子は送受器を肩と顎とで挟むと、メモ用紙を手元に引き寄
せ、「ちょっと待って」と言いつつペンを握った。
「何を待つって?」
 相羽の怪訝さいっぱいの声が聞こえる。
「いいわ。言って」
「あの――誕生日、おめでとう」
「え?」
 指先からペンが離れ、転がっていく。慌てて行き先を遮り、止まったペンを
持ち直す。
「今日は誕生日でしょ」
「え、ええ。あ、ありがとう」
 突然の祝辞に狼狽しながらも礼を述べる。と、瞬間的に学校での記憶が蘇っ
てきた。
「ああっ、だから聞いてきたのね? 今日家にいるかどうかって」
「そうだよ」
「それってつまり……電話するだけじゃなく……私の家にやって来てた、とか
言うんじゃあないわよね?」
 肯定の返事を期待し、送受器を握りしめる純子。
 逡巡しているらしい間のあと、相羽が答えた。
「いや。実は行ったんだ」
「ええーっ、何で? 来るなら来るって言ってくれれば、待っていたのに!」
「うーん……言うのは恥ずかしいし、ちょっと驚かせたい気持ちもありまして」
「そんな。――ごめんね」
 見えない相手に向かって頭を下げた。
「謝らないでよ。僕もあとになって、鷲宇さんが君の家に行って誘ったってこ
とを聞いたんだ。早めに確認しとけばよかったんだけど、後の祭り」
「あ、おばさまも知ってるの、鷲宇さんが来てること?」
「うん。鷲宇さん、今度は広告作りにも乗り出すのかな。美生堂が来年からの
宣伝にも純子ちゃんを使うだろ。それに対して口出ししたいことがあるって、
わざわざ連絡してきたらしい」
「ふうん……」
 他人事みたいな生返事をしたのには、わけがある。今夜、鷲宇からそんな話
は聞かされなかった。歌手としての久住淳の、今後の展望のようなものは教え
てもらったけれど。
「それでさ、今から行っていい?」
「はい? 私はかまわないけれど、遅いから、お父さんお母さんがだめって言
うかも。あなたの方だって、おばさまに心配かけちゃうんじゃない? だいた
い、何のために……」
「プレゼントを渡したいんだ。夕方、置いて行こうかと考えたんだけれどね。
たとえば門のところに置いとけないし、郵便受けに入れるのも無理があるし。
庭に入り込むわけにも行かず、はは」
「……」
「どうかした?」
「ううん、何でもない。ただ、嬉しくって」
 どうしてこんなに一生懸命にしてくれるんだろう――不思議にさえ感じる。
「だけど、今日はやっぱり無理よ」
「そうか……そうだね。じゃ、仕方ない」
 普段に比べてあきらめよく言うと、相羽は何気ない調子を装って付け足した。
「今の季節、よく見える星は何だろう?」
「な、何よ、いきなり」
「教えてもらおうと思って」
「……秋は一等星がほとんどなくて、淋しいかもしれない。私は生まれた季節
だから好きなんだけれど」
「それだと、夜空を見上げて物思いに耽ることもある?」
「も、もちろんあるわよ。でも、今は勉強で忙しくって、あんまり」
「もったいない。今夜は特によく見えてるよ。誕生日ぐらいはね」
「……変なの」
 吹き出してしまった。話自体もおかしかったが、相羽が窓辺で頬杖を突いて
夜空を見上げる様子を想像し、純子の内から笑いがこみ上げる。
(あはは、間違えたわ。男子はこんな風に空を見上げたりしないよね。窓際に
足を投げ出すように座って、斜に……)
 イメージを修正して、やっと落ち着けた。
「――そうよね。相羽君なら星空眺める時間を取れる。余裕のある人がうらや
ましい!」
「そういう意味じゃないんだけどな」
「分かってる。今夜ぐらい、見てみるわ」
 電話を終えて、純子は自分の部屋に入った。

――つづく




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