AWC ヴェーゼ 第6章 前哨戦 15 リーベルG


        
#4932/5495 長編
★タイトル (FJM     )  99/ 9/11   3:38  (187)
ヴェーゼ 第6章 前哨戦 15 リーベルG
★内容

                 15

 勢いよく噴き出した血流は、会議室の広範囲に飛び散った。哀れな秘書は、ほ
ぼ瞬間的に絶命したらしく、リーカーレが無造作にその身体を床に放り出した時
には、すでにぴくりとも動かなかった。
「な、なんということを」カイテルが呻いた。
 リーカーレは、血に飢えた悪鬼のような表情を特使に向けた。頭から返り血を
浴びた凄惨な姿に、思わずカイテルがぞっとした途端、リーカーレの剣が持ち上
がった。
「危ない、特使!」
 カーペンターズ中尉の叫びで、カイテルは反射的に身をかがめた。その上を、
力任せに振り回されたリーカーレの剣が切り裂いた。
「死にやがれ!」
 へたりこんだカイテルに、リーカーレが迫った。カイテルは本能的な動作で、
手を顔の前に上げたが、剣は容赦なく振り下ろされた。カイテルの右手が手首か
ら切断され、左手の指数本とともに宙に舞った。
「やめてくれ!」
 カイテルはアメリングリッシュで絶叫した。驚愕よりも、むしろ理解不能の表
情が浮かんでいる。不完全な手を、なおも防御しようと突き出したが、リーカー
レは、それを易々と払いのけると、目と目の間に剣を突き立てた。
 二つの世界が平和共存する可能性が閉ざされた瞬間だった。



 リエは、茂みに隠れてぎりぎりまで接近すると、息を潜めて防御陣地の様子を
観察した。急ごしらえらしいが、対人砲座の配置に死角はなく、兵士たちも油断
なく周囲を警戒している。4倍以上の敵を相手にしても、ガーディアックから増
援が到着するぐらいの時間は陣地を維持することができるだろう。もちろん、そ
れほど大人数が接近すれば、弓矢の射程距離に到達するまえに気づかれて、銃弾
を大量に浴びせられる結果となる。
「ドラマなら伝令か、補充兵を装って接近するのよね。こういう場合」
 リエはつぶやいた。もちろん、それは非現実すぎる。統合軍の各小隊は、定期
的に変更される独自の認識ワードを持っていて、小隊間の連絡には、双方の認識
ワードを組み合わせたものが使用される。それを知らずに接近した者は、敵とみ
なして射殺しても構わないことになっているのだ。そもそも、統合軍の制服さえ
着ていないのだから、最初の呼びかけを途中まででも言えるかどうかも怪しいし、
リエの顔や声は、統合軍の将兵全員が心に焼き付けている最重要事項の一つであ
るに決まっている。
 ため息をつきながら、リエは装備を確認した。市内の調査という名目で出てき
たので、剣しか帯びていない。
 ゆっくり作戦を練っている暇はない。リエは木陰から木陰へ、素早く移動して
防御陣地ぎりぎりまで接近した。そして、ひとつ深呼吸をすると、一気に飛び出
した。
 兵士たちがリエの姿に気づくまで、およそ2秒かかった。最初に異変に気づい
た兵士は、リエの姿を見ると大声で叫んだ。
「で、出た!」
 兵士がライフルを構えたが、セイフティを解除する前に、リエは猛然と襲いか
かった。
「失礼ね!人を化け物か何かみたいに」
 吐き捨てざまに、相手のライフルをつかみ、ぐいとひねって奪い取る。茫然と
なった兵士が対応する術を探しているうちに、銃床をみぞおちに叩き込んだ。
 同時に10以上の銃口がリエに向けられた。だが、彼らとリエの間には、悶絶
した兵士の身体がある。発砲することはできなかった。リエは別の兵士に向かっ
て、盾となった兵士の身体を突き飛ばすと、低い位置に身を投げた。ライフルを
くるりと回転させ、セミオートで銃弾を送り込む。数人が、太腿をきれいに撃ち
抜かれて倒れた。同時にようやく散発的な銃声が聞こえ始めたが、狙いは正確さ
を欠き、そもそもリエは同じ場所にじっとしてなどいなかった。
 地面を転がりながら、さらに数発ライフルを撃ち、二人の戦闘能力を奪ったが、
同時にライフルに装填されていた銃弾が品切れとなった。リエはライフルを一人
の兵士に投げつけると、剣を抜きはらって地面を蹴った。
 人間は、特に兵士という人種は、未知の兵器を恐れる。火器に慣れた統合軍兵
士にとって、ぎらぎらと殺意にも似た光を放つ剣は、未知の兵器だった。彼らは、
低い姿勢で突進してくるリエを見て、恐慌の叫び声を上げた。銃口が上がり、ト
リガーが絞られたものの、狙いはいずれも大きく外れている。
 リエは残った兵士の一人の横を駆け抜けざま、ふくらはぎを浅く切り裂いた。
野戦服は防弾繊維で、対破片/対光学兵器効果もあるが、刃物には無力だった。
苦痛の叫びとともに、ライフルが転がった。
 野戦教練に従えば、彼我の距離がこれほど接近している場合は、火器による攻
撃を破棄し、ナイフによる白兵戦に移行すべきだったが、指揮官を失った兵士た
ちはアサルトライフルを手放そうとしなかった。火器を手にしている限り、勝ち
目はある、と思いこんでいるのだ。それはもちろん間違いだった。そして、戦場
においては些細な過ちであっても、生命の危険に直結する。リエが兵士たちを殺
すつもりならば、すでに戦闘は終わっていただろう。
 兵士達は扱いにくいライフルをぐるりと回して、身体を傾けてリエに狙いをつ
けようとした。リエから見れば、襲って下さいといわんばかりに、無駄な動きが
多い。相手がCTSSレベルの特殊部隊ならば、フェイントの可能性が高いのだ
が、この場合は見た目通りの意味でしかない。リエは急迫すると、左手で銃口を
はねのけつつ、相手の鎖骨に剣を突き立てた。骨が砕ける音が、悲鳴にかき消さ
れる。
 すぐ隣にいた女性兵士が銃口を向けたが、射線は仲間の身体がふさいでいる。
躊躇した一瞬、躊躇する理由のないリエが飛び出し二の腕に切りつけた。ライフ
ルが草の上に落ち、女性兵士はうずくまった。
 残った二人の兵士は、できれば逃げ出したかったに違いないが、渋々とどまっ
ていた。仲間の兵士たちが戦死していれば、さっさと逃げていただろうが、敵前
逃亡を証言する同僚たちがいる以上、それはできない。ただ、リエの戦闘能力を
その目で見た上に、人数の点でも有利でなくなったため、少なくとも自分たちが
窮地に陥っていることだけは明確に理解しているらしく、窮鼠の表情が浮かんで
いる。これまでより、よほど注意を要するだろう。
 二人とリエを結ぶ射線の延長上には、戦闘能力を失った兵士たちが数人倒れて
いた。発砲すれば、彼らに危険を及ぼすおそれがある。兵士達は安全な射界を確
保しようと動き始めた。一人は通信装置のピックアップに向かって、必死で何か
喚いている。戦闘を連絡しているに決まっているが、リエは気にしなかった。今、
リエが望んでいるのは、隠密行動ではなく、その逆だからだ。ネイガーベンに向
かっているはずの統合軍の戦力を、いくらかでも分散させることが可能かもしれ
ない。
 リエは走りながら、剣を目の前にかざし、次の瞬間、それを前方に投げつけた。
いままさに発砲しようとしていた兵士たちの動きが止まり、視線がリエから剣の
方へ移動する。リエは前方に身を投げ、そこに倒れている兵士のホルスターから
ハンドガンを抜き出すと、一回転してから模範的な片膝固定姿勢で発砲した。兵
士たちは利き腕側の肩を撃ち抜かれ、苦痛の叫びとともに倒れた。
 最初の銃声から、最後の銃声まで、一分と経過していない。再び静寂が戻り、
ときおり負傷者のうめき声がそれを破っている。
 地面に斜めに突き刺さっている剣を拾い、土を拭って鞘に納めると、リエは倒
れた兵士たちを見回した。意識を失っている者もいれば、苦痛に呻いている者も
いるが、生命に関わるような重傷者はいない。それを確認して、リエは腕を押さ
えて目を閉じている女性兵士に近寄った。
 曹長の階級章をつけた女性兵士は、リエが近づいてくる足音を耳にして、怯え
た表情で後ずさりした。20代前半だろうか。ヘルメットからこぼれた髪は赤毛
だった。
「こ、来ないで」
「曹長、名前は?」リエは相手の言葉を無視して訊いた。
「え、な、なに?来ないでよ」
「名前を言え!曹長!」
 リエの鞭のような声に、兵士は反射的に答えた。
「エリン・ロイス曹長です」
 リエはエリンの横に膝をついた。
「傷を見せなさい」
 エリンの顔に困惑と恐怖が同時に走った。ハンドガンを抜いて発砲できる可能
性を検討したことは間違いないが、それはすぐに断念したようだ。賢明である。
 腕の負傷は大したことはなかった。切り口はきれいだし、出血も少ない。リエ
はエリンのポーチから、緊急医療キットを取ると、手早く傷を消毒した。
「あたしのことは知っているわね?」
「知っているわ」エリンは、リエをにらみつけた。「あんたは人類の裏切り者、
リエ・ナガセよ」
 リエは否定しなかった。
「どう思ってくれてもいいけどね。統合軍はこのトンネルを通って、ネイガーベ
ンに侵攻するつもりなのね?」
「言うもんですか」
「言った方がいいわよ」リエは声を荒げもせずに警告した。「あなたに訊かなく
ても、ここに入っていけばわかることだから。でも、もし、統合軍に身柄を拘束
されるようなことがあったら、エリン・ロイス曹長から教えてもらったって言う
わ」
 怒りが、リエに対する恐怖を凌駕したようだった。
「汚いわよ!」
「こっそり、こんなところから侵攻しようって方が汚いと思うけどね。そうなん
でしょ?」
 エリンは躊躇したが、その時間は短かった。
「そうよ」
「師団全部が動いているの?」
「ほとんど全て」
「ガーディアックの防衛はどうなっているの?」
「知らないわよ、そんなこと」
「ここに入っていったのは、どれぐらい前?」
「2時間ぐらい前よ」
 リエはトンネルを見た。
「兵員輸送車両は、一個師団2000名を一度に輸送できるほど揃ってなかった
わ。徒歩で行軍しているの?」
「まさか」
「じゃ、なに?」
「まあ、いずれ分かることだしね」エリンはそう言って自分を納得させた。「あ
れよ」
 エリンが指したのは、防御陣地の隅に積み重ねて置かれている、直径30セン
チ、長さ1メートルほどの円筒形のバッグだった。リエはそれを一つ掴むと、ジ
ッパーを開いてみた。
 中に入っていたのは、軽量金属のパイプといくつかの連結器具だった。数秒そ
れを見つめたリエは、納得したようにエリンを振り返った。
「なるほどMTBか」
 エリン軍曹は、言うまでもない、というように肩をすくめた。
 リエはもうエリンには構わず、MTBキットを取り出して、手早く組み立て始
めた。シティでは、都市機能に依存しない移動手段であり、手軽な運動にもなる
ので、モーターなしのバイクを所有する市民は少なくない。むろん、これは野戦
用に、極限まで重量を切り詰めたレヴュー9仕様なのだろう。
 MTBは数分で組み上がった。圧縮エアを解放してタイヤを展開させると、リ
エはサドルを調整した。CTSSでも軍用MTBの訓練は受けているので、運転
にとまどいはない。
「ねえ」
 エリンが躊躇いがちに声をかけてきた。リエは8段変速ギアのテストをしなが
ら顔だけをそちらに向けた。
「軍の特殊部隊が、ガーディアックの住民に何かの実験をやったって本当なの?」
「どうしてあたしに訊くの?」
「あんたが、その実験の犠牲になったっていう噂を聞いたわ。それで逃げ出した
って」
「まあ、そう言ってもいいかもね」
「本当なら、どうして軍監査部に訴えないの?逃げる必要なんかないじゃない」
「その前に抹殺されなければね」リエは気絶している兵士の予備マガジンをいく
つかポケットに入れ、ハンドガンを腰に差した。ヘッドセットもいただいて、首
にかける「それとも研究施設に閉じこめられて、モルモットにされなきゃね」
「あたしの兄は訴訟弁護士なの。なんなら、政府に保護を訴えて、軍を提訴した
らどうかしら?」
「ありがとう」リエは初めて微笑んだ。「でも、いいの。気持ちだけもらっとく
わ」
「…………」
「行くわ。何か訊かれたら、あたしに銃で脅されたと言うのよ。じゃあね」
 リエはギアをファーストに入れると、前傾姿勢になってペダルを踏み込んだ。
 トンネルの中に消えていくリエを、エリン曹長はしばらく見送っていた。





前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 リーベルGの作品 リーベルGのホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE