AWC ヴェーゼ 第6章 前哨戦 12 リーベルG


        
#4929/5495 長編
★タイトル (FJM     )  99/ 9/11   3:24  (182)
ヴェーゼ 第6章 前哨戦 12 リーベルG
★内容

                 12

 ティクラムに先導されて一行が到着した屋敷は、南大門から小さな通りを2つ
挟んだ一角にあった。2階建ての大きな屋敷である。所有していた肉商人は近く
の牧場のウシを病気で残らず失ってしまった後、事業の再建のため、屋敷を担保
に入れて都市評議会から多額の借金をした。だが、結局うまくいかず、ある夜こ
っそり家族ともども逃げ出したのだという。
 かつて大勢の商人たちが出入りしたであろう玄関は、今は固く閉ざされ、都市
評議会の所有物であることを示す札が貼られている。周囲にはいくつか民家があ
るものの、大きな店は少なく、従って人通りも少ない。現にリエたちも、ここに
通りに入ってからは、誰ともすれ違わなかった。
「誰も中に入った様子はないわ」
 ドアの封印を調べていたティクラムは、リエにそう言った。封印を施したのは、
ティクラム自身である。彼女の立ち会いなしで封印が破られれば、たちどころに
魔法的な警告が届くことになっているのだ。この都市で、唯一公式に魔法を行使
できる魔法監視官には、このような業務もある。
 リエは屋敷そのものには、それほど注意を払わずに、周囲の様子を確認してい
た。そして、誰もこの一行を見ている者がいないことを確信すると、はじめてド
アの方に向かった。
「絶対に確か?」
「確かに決まってるでしょ」ティクラムは少しむっとした口調で答えた。「あた
しが封印してから、このドアに触った者はおろか、近づいた者さえいないわ」
「どうしてわかるの?」
 キッとリエを睨んだティクラムは、封印の説明をしようとドアに向き直った。
 次の瞬間、リエは誰にも予想できなかった行動に出た。後ろからティクラムの
首筋に二本そろえた指先を軽く突き刺したのだ。不意を突かれたティクラムは、
防御する間もなく地面に崩れ落ちた。おそらく何が起こったのかさえ、気づかな
かったに違いない。
「リエ!」カダロルが唖然とした表情で呻いた。「何をする!」
「心配いりません。気絶しているだけだから」
「どういうことだ?」パウレンが静かに訊いた。
「どうしても、もう一度ガーディアックの偵察が必要なの」リエはまっすぐパウ
レンの目を見つめた。「彼女に言ったら止められたでしょうから」
 パウレンは苦笑した。カダロルも、ようやくリエの意図を察した。
「こんな場所に来たのは、人目に付かずに飛び立つためか?」
「それと魔法監視官の自由を奪うためだな」パウレンが補足した。「仮にうまく
撒いたとしても、魔法監視官ならネイガーベンのどこにいようと、魔法を探知す
るだろうからな」
「そんなところ」リエは認めた。
「何がそんなに気になるんだ?」カダロルが訊いた。
「何というか、あの使節団には違和感がありすぎるわ。人柄はいいけど外交の経
験のない特使、少なすぎる護衛の数、不自然なまでに一方的な要求。一個師団も
の兵力を隠したままというのも変だと思うし。交渉を有利に進めようとするなら、
強大な軍事力があるということを明確にしてもいいはずよ。極端な話、まず戦端
を開いて、傭兵部隊の1万か2万ぐらいを打ち破って、それから外交団を送り込
んだ方がどれだけ効果的だかわからないわ」
「本当に平和を望んでいるからじゃないのか?」
「それなら、もう少し現実的な要求を出すはずでしょう」そう言ってリエはかぶ
りをふった。「もちろん、そういう可能性もないとは言えないわ。だから、ガー
ディアックの偵察が必要なの」
「偵察して何がわかる?」
「兵力がガーディアックにいるかどうかだけでもわかれば」
「なるほど。交渉を続けながら、その間にネイガーベンの近くまで軍を進めてお
いて、決裂と同時に攻撃をかけるという手か?」
「それもあるけど、もっと悪くすると、最初から会談で妥協点を見い出す意図は
全くなかったのかもしれない」
「ガーディアックに兵力が残存していたら?」
「さあ」リエは肩をすくめた。「そのときは、あの使節団の意義を改めて考え直
す必要があるわね」
 パウレンは、リエとカダロルのやりとりを聞きながら考え込んでいたが、やが
て決断した。
「よかろう。ガーディアックの上空から偵察するだけなら、それほど時間はかか
るまい。夕方には帰ってこられるだろう。カダロル、我々が戻るまで、この魔法
監視官が騒ぎ立てないようにしておいてもらえるか?」
「いいだろう。手術用の麻酔系魔法をかけておくよ。だが、あまり長い時間は無
理だぞ」
「陽が落ちても戻らなければ、起こしてやってくれ」パウレンはそう言うと、リ
エに手を差し出した。「行こう」
 リエはパウレンの手を握った。
 次の瞬間、二人の身体は空高く舞い上がった。そして、ネイガーベンで最も高
い塔をはるかに越えた高度に達したとき、パウレンは水平飛行に移った。地上で
見守るカダロルとイーズの視界から消え去るまで、ほんの一拍もかかっていない。
「鮮やかなもんだ」
「魔法を探知されたんじゃないかな」イーズが心配そうに言った。
「大丈夫だろう。魔法監視官はここでのびてるし、他に探知した者がいたとして
もわざわざ報告したりはしないだろう。それは魔法監視官の仕事なんだからな。
それに、パウレンなら、波紋を極度に狭い範囲で発して力を集中していたはずだ。
よほど近くにいない限り、探知できんさ」
 カダロルの最後の言葉は間違っていた。そのとき、通りを二つほど挟んだ建物
の中で、それを探知した者がいたのだ。



 その部屋はいかがわしさに満ちていた。少なくとも、趣味の悪さという点にお
いては、ネイガーベンのいかなる娼館も勝ち目はないだろう。キキューロはひそ
かに感心しながら、壁にかかっている絵画や、床に置かれている彫刻を眺めた。
その全てが、何らかの形で性行為を表現していた。
 ネイガーベンは、性行為を禁忌としてはいなかったから、室内の調度として裸
の男女の絵や彫刻が存在すること自体は珍しくない。しかし、太った女が、同じ
く太った男の顔の上にしゃがみこみ、嬉々として排泄している絵や、どうみても
幼児の域を脱していない少年たちが、一人の女に群がっている彫刻などは、あま
り一般受けするとはいえないだろう。キキューロは、こういう趣味を持った男が、
どうやってネイガーベンの裏社会の支配者となり得たのだろうと首をひねった。
 ドアが開き、数人の男女が入ってきた。正確には一人の男を、大勢の女が取り
囲んでいる。男は長身のキキューロを遙かに越える大男だった。「イヌ男のドー
ガレン」という呼び名の通り、イヌ族の血が混じっているらしい。
「お待たせして申し訳ない」ドーガレンは、そう言うとテーブルを挟んだ椅子に
座った。鈍重な動きではなく、巨体を持て余しているようには見えない。「魔法
使い協会の方と会うのは初めてでね」
「それは光栄だ」キキューロは軽く頭を下げてやった。「白の塔のキキューロだ。
こちらは見習いのブルー」
「ほう。そちらも魔法使いかね?」
「に、なろうとしているところだ。それが何か?」
「いや、失礼。魔法的ではない暴力の職人に見えたので」
「あんたの推測は正しいよ。ところで、そちらの女たちは何なんだ?」
 キキューロの言葉に、女たちは一斉に視線を集めてきた。みな、標準以上の美
人ばかりで、薄く扇情的な着衣だった。
「これらは、私の身の回りの世話をしてくれる者たちだよ。気にしないでもらい
たい」
「そう言われても、気になるんだがね」苦笑したキキューロは、次の瞬間、ある
ことに思い当たった。「そうか、魔法封じ結界の人間か」
 いくつかの呪文を組み合わせて、対象の人間そのものを、対魔法の結界とする
術である。魔法使い協会が公式に販売している魔法商品ではないが、闇では高額
で売買されている。ある程度の数を集めれば、魔法使いでない者でも十分な強さ
の結界を張ることができる。
 ドーガレンはにんまり笑った。
「そのとおり。もちろん、魔法使い協会の魔法使いどのにしてみれば、おもちゃ
みたいなものだろうが、私は臆病でね。気休めでも、こうしていないと、安心し
て話もできない」
「よく言うぜ」キキューロは口の中でつぶやいた。
「さて、ご用の向きを伺おう」
 キキューロは簡単に自分の望むものを口にした。
「なるほど」ドーガレンは、話を聞き終わると頷いた。「確かに、リエという魔
女のことは知っている。というより、評議会は何も隠していないからな」
「結構。では、どこで寝起きしているかも知っているんだな?」
「もちろん」
「どこだ?」
「その情報は有料だ……」狡猾な笑みが、ドーガレンの口元に現れた。「といい
たいところだが、教えてやろう。セレランティム・コーンだ」
「なんだ、それは?」
「知らないかね?ミリュドフ委員の館だよ」
「ああ、あの高級娼館か。夜の鳥たちの。なんでそんなところにいるんだ?」
「自由魔法使いパウレンと、ミリュドフ委員は旧知の仲なんだそうだ。旧友を頼
ったんだろうな」
「そうか。まあ、どうでもいいが。ならば、リエを拉致するのは、あんたの力を
借りるほどのことでもなさそうだな」
「そう思うかね?」
 キキューロは、探るようにドーガレンの顔を見た。イヌ男はにやにやしながら、
一人の美女の乳房をもてあそんでいたが、その目は笑っていなかった。
「どういう意味だ?」
「私なら、セレランティム・コーンに潜入するような真似はしない、ということ
だよ」
「たかが娼館だろう?」
「わかっていないようだ。そう思いたければ、行ったらどうだね。私は止めはし
ないよ」
「わかった。何があるんだ?」
「50000だ」
「何だと?」
「その情報は50000ノーンだよ」ドーガレンは楽しそうに言った。「マシャ
の信用書き付けはダメだ。現金でいただこう」
「街で誰かに訊ねれば、銅貨1枚ですむような情報が50000だと?」
「安くあげたければ、止めはしないよ。別に私が頼んで来てもらったわけではな
いからな。だが、この首にかけて保証してもいいが、あの館の警備を詳しく知っ
ているのは、ミリュドフ委員を除けば、私だけだよ。街のけちな情報屋を探すの
はいいが、結局のところ金と時間を浪費するだけだ」
 キキューロは、いくつかの適当な呪文を唱えて、このイヌ男を、ニヤニヤ笑い
ごと壁に叩きつけてやったら、どんなに気分が晴れるかを想像してみた。だが、
理性では、そんなことをしても一時的に気分がよくなる以外の利益が、全くない
ことを知っていた。ドーガレンを殺せば、ネイガーベンの裏社会全てが、キキュ
ーロを追い始めるだろう。そんな奴らは恐るに足らないが、その動きは間違いな
く都市評議会の耳に入るに違いない。結果的にリエに警報が届くことになり、そ
れは、キキューロが何としても避けたいことだった。
「いいだろう」
 キキューロはそう言うと、チュニックの裏から1万ノーン金貨を5枚取り出し
て相手の目の前に滑らせた。一人の女がそれをすくい上げると、1枚を口の中に
放りこんだ。金貨を味わうように舌で、もごもごやった後、ぬるりと吐き出し、
そのままドーガレンに渡した。
「本物のようだ。別に疑っていたわけではないがね」
「話してもらおうか」
「いいだろう。図面を持ってこさせよう」
 ドーガレンが、一人の女に合図したとき、キキューロは不意に魔法の波紋を探
知して、身をこわばらせた。
「パウレンの波紋だ」いぶかしげな呟きが漏れた。
「何か言ったかね?」
 キキューロは、はっと注意を元に戻した。
「いや、何でもない」
「そうかね。まあ、いい。サリューでもどうだね?」
「もう少し毒性の強い飲み物がいいね」
 答えながら、キキューロは、パウレンがどこに向かって飛び去っていったのか
を考えていた。





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