AWC ヴェーゼ 第6章 前哨戦 11 リーベルG


        
#4928/5495 長編
★タイトル (FJM     )  99/ 9/11   3:20  (151)
ヴェーゼ 第6章 前哨戦 11 リーベルG
★内容

                 11

 双方の感情的な議論が行き着くところまで行く前に、老練なザルパニエが昼食
と休憩を提案し、会談は一時中断した。
「正直なところどうなのだ、リエ」マリガレオスが訊いた。「彼らはどの程度の
武力を行使できるのだ?」
 それはリエがずっと考えていた問いでもあった。一個師団を遊兵を作ることな
くネイガーベンに当てられるのであれば、魔法使い協会の助けがない限り、ネイ
ガーベンに勝ち目はないだろう。だが、ガーディアックからネイガーベンまでは、
街道を通ったとしても100キロ近くある。街道の両側は山と森であり、奇襲に
は最適の地形となっている。ネイガーベンに到達するまでに、かなり兵力は減少
しているに違いない。重火器を装備した戦闘車輌ならば、剣や弓や槍など寄せ付
けないだろうが、狭い街道を一列で通れば足止めする方法はいくらでもある。一
両が街道を塞げば、かえって進軍を妨げることになってしまう。
 リエがそう言うと、委員達は顔を見合わせた。
「同じ事は、彼らの司令官も知っているはずだな?」
「もちろんです」
「となると、彼らは何を根拠に、あのような強気な発言をしたのだろうな」
「ガーディアックの戦力が3倍ならばわかりますが、この間の偵察で確認した戦
力では……」
「街道の監視は?」リーカーレが訊いた。
「12組を送り出してある」マリガレオスが答えた。「ガーディアックに接近す
ることは禁じてあるが、街道を通るものがあれば、イヌ一匹であろうと直ちに報
告が入る。昼夜を問わずだ。ガーディアックからネイガーベンに至るディオル街
道には、特に厳重な監視をおいてあるし、1000人の先発部隊を森の中に伏せ
てある」
 ミリュドフが何かを考え込むように言った。
「傭兵部隊の配置は進んでいますか?」
「まだ編制が完全ではないが、とりあえず4つの門と、その内外には4000人
を配置してある。気になることでも?」
「いえ」ミリュドフは首を横に振った。「あの特使たちは、いつの間にかネイガ
ーベンに入っていました。同じように、ひょっとして敵軍が、すでに侵入してい
るのではないかと思っただけです」
「数人ならば、目立たないように街に入ることも可能だが、1000人以上の大
軍は無理だ。それに、ネイガーベンに入る者については、リエから説明のあった
武器を持っていないかどうかを調べている。もっとも調べるといっても限度があ
るが。敵の武器は分解できるそうだから、小さな荷物に紛れ込ませてしまえば、
持ち込むことは可能だ」
「交渉再開の時間だ」ザルパニエが立ち上がった。「とりあえず巡回部隊を普段
の2倍にして、市内の警戒にあたらせよう」
「念のため、すでに敵が潜入しているという前提で、数隊を捜索にあたらせては
どうでしょう?」リーカーレが提案した。「少人数で隠れ潜むことのできる場所
はいくらでもあります。そのような場所を徹底的に洗っていくのです」
「いい考えだ。早速手配しよう。他には何かないか?」
 リエは躊躇いがちに申し出た。
「もう一度ガーディアックを偵察してきてはどうでしょう?」
「つまり、君に再度の偵察任務を与えて欲しいということかね?」
「そうです」
「なぜだ?たった数日で、戦力が大幅に変わるのか?」
「戦力は変化しなくても、何らかの動きがあるかもしれません」
「動きがあれば、監視部隊が知らせてくるだろう」マリガレオスが不審そうな顔
でリエを見た。「2000人もの軍隊が空を飛んでくる可能性でもあるというの
か?」
「それはないと思いますが……」
「では許可できない。君はあっちの世界の人間であり、我々にとって必要だ。こ
こにいてもらおう」
 その言葉は全て真実だったが、マリガレオスが言外にリエの逃亡を懸念してい
ることは明らかだった。立場が違えば、自分でも疑わざるを得ないだろうから、
特に腹が立ったわけではないが。
「では、せめてリーカーレ委員が提案した捜索部隊に、あたしを加えて下さい。
会談に参加していたところで、たいした役に立つとも思えませんし」
 マリガレオスはザルパニエらと顔を見合わせたが、特に反対する理由を見いだ
せなかったようで、肩をすくめて頷いた。
「よかろう。傭兵部隊を一部隊まわそう」
「いえ、あの。できれば、パウレンやトートたちを同行させたいのですが」
「自由魔法使いと盗賊か。何故だ?」
「あたしはまだ傭兵たちに信用されていないと思いますので。それに気心の知れ
た仲間なら、気をつかわずにすみます」
「……いいだろう。だが、君たちだけで行動させるわけにはいかない。魔法監視
官に同行してもらうが構わないだろうな」
 リエはティクラムの顔を見た。指名された魔法監視官は迷惑そうな顔をしたが、
特に反対意見を述べるでもなかった。
「わかりました。異存ありません」
「よろしい。定期的に報告だけは入れてもらおう。それに、君の力を借りること
があるかもしれないから、連絡の取れない場所には行かないように」
「了解です。では、後ほど」



 ティクラムと一緒に控え室に戻ると、リエの仲間たちが退屈そうに待っていた。
赤毛の自由魔法使いパウレンは、妖しい青色に光る水晶玉に向かって何事か呟い
ている。医師カダロルは何種類かの薬草を混ぜては、簡単な呪文を唱えていた。
ウサギ族のイーズは、壁に刺した木の葉を目標にナイフ投げの練習をしていた。
盗賊のトートの姿はどこにもない。
「どうした、リエ?」パウレンが訊いた。
「ちょっと手を貸してもらいたいんだけど……トートは?」
「さあな」カダロルが答えた。「ここに通されてからすぐいなくなって、戻って
こないぞ」
「どこへ行ったのかしら」
「知らないな。それより、何をすればいいのだ?」
 リエは簡単に説明した。
「まあ、ここで時間を潰しているよりマシだな」カダロルが立ち上がった。
「行こう」パウレンも水晶玉を片づけた。「ところであてはあるのか?敵が潜ん
でいるかもしれない場所の」
「一目につかない場所ね。普段は人が来ないような。そんな場所知ってる?」
 最後の問いは、この街の住人であるティクラムに向けられたものだった。魔法
監視官は肩をすくめた。
「そりゃ無数にあるわよ。あんたが燃やした通りとかね」
「南大門に近くて、一番外壁寄りの場所は?」ティクラムの皮肉は無視して訊い
た。
「そうね……」ティクラムは少し考えて答えた。「デニオン通りに、夜逃げした
肉商人の屋敷があるわ。まだ買い手がついてなかったと思うけど」
「じゃあ、そこから始めましょう」
「どうして?」
「後で説明するわ。行きましょう」
 一行は都市評議会館の外に出た。まだ昼には少し早い時刻で、通りは様々な用
事で行き交う人々でにぎわっている。建物の中で、ネイガーベンの運命を決める
かもしれない会談が行われていることなど知る由もなく、商売や娯楽など、常と
変わらぬ日常を送っている。いつもと変わっているのは、魔法使いのマントを付
けている者がほとんど目に付かず、かわりに一目で傭兵とわかる男女が、武装し
たまま歩いていることぐらいである。
「平和だな」カダロルが呟いた。「もうすぐ住む家がなくなるかもしれないって
のに。評議会が発表したら大混乱になるだろうな」
「商人たちは、ちゃんと補償さえされれば、ネイガーベンを追い出されても、ま
た別の街で店を開くだけのことだと思うわ」ティクラムが言った。
「おれが言っているのは、この街で生まれて、この街で育った市民のことだ。故
郷を失うってのは、いくら金をもらってもつらいからな」
「何を知ったような口を……」言いかけたティクラムは口をつぐんだ。カダロル
とパウレンの故郷がガーディアックであることを思い出したのだろう。「ごめん。
悪かったわ」
「いいさ。どうせあんたにはわからん」
「そういう言い方はないんじゃないの?」
 どうもティクラムは、優秀な魔法使いであっても、他人と協調する能力に欠け
ているようだった。あるいはわざとやっているのかもしれないが。リエは慌てて
割り込んだ。
「ねえ、カダロルって、ずっとガーディアックで医者をやってたの?」
「あ? いいや」空気を変えようとするリエの努力を察したのか、カダロルは口
調を和らげた。「12のときガーディアックを出て、あちこち旅したよ。そもそ
も医者になろうとは思ってなかったからな」
「へえ。じゃあ、何になりたかったの?」
「おいらは知ってるよ」イーズがにたにたしながら口をはさんだ。「最初は大魔
法使い、次は大戦士、その次は大船長だったよな」
「悪いのかよ。12歳の健全な少年だったら、誰だって一度はそういう職業に憧
れるもんなんだよ」
「実際にどれかを志したの?」
「そうだな。まあ、大魔法使い以外は一通りな」
「それで、どうして医者になったの?」
「うん、まあいろいろあってな」カダロルの声から陽気さが一瞬消えた。「結局、
故郷が一番いいってことがわかったんだよ」
 リエは思わずカダロルの顔を見直した。そこに浮かんで、すぐに消えた表情は、
苦悩とも悲しみとも言い難い複雑なものだった。
 答えを求めるようにパウレンとイーズを見たが、どちらも何も言わなかった。
パウレンは気付かないふりをしていたし、イーズは本当に知らないようだった。
リエは何となく、この話題をこれ以上追及しない方がいいのだと悟った。
 一見、のんきで酒好きの医者にしか見えないカダロルも、いろいろな重荷を背
負って生きているのだ。そして統合軍は、彼がたどり着いた安息の地を、一夜で
破壊してしまった。直接手を下した人間の一人であるリエを、カダロルは許し、
友人として助けてくれている。こういう人たちに報いるためには、どんなに力を
尽くしても足りないぐらいだ。それこそが、リエの戦う理由だった。





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