AWC ヴェーゼ 第6章 前哨戦 10 リーベルG


        
#4927/5495 長編
★タイトル (FJM     )  99/ 9/11   3:18  (177)
ヴェーゼ 第6章 前哨戦 10 リーベルG
★内容

                 10

 マシャ暦オヴァード1日。
 朝食を済ませた特別外交使節団の一行は、正式にネイガーベン都市評議会に対
して会談を申し入れた。評議会はこれを受け、かくして地球とアンストゥル・セ
ヴァルティの間で最初の会談が成立することになった。
 出席者は、ネイガーベン側が12人の評議会委員全員と、魔法監視官ティクラ
ム、そしてリエ・ナガセ。外交使節団側が、ウォン・カイテル特別臨時外交官、
ハドソン・アムスドルフ特別外交補佐官、秘書のフローレンス・フォアブッシュ、
メンタートのビル、そして2名だけ同席が許された護衛として、ジョシュア・カ
ーペンターズ中尉とマリク・デル・トロ軍曹。
 双方、共に一切の武装を持ち込まないことで、あらかじめ合意ができていた。
2名の護衛兵のチェックは、リエが念入りに行った。
 しかし、リエが相手のチェックを受けようとしたとき、カイテルが穏やかな口
調でそれを止めた。
「構わないよ、リエ・ナガセ中尉。我々は平和のためにやってきたのであって、
互いに疑いあうためにではないのだ。君が悪い人間でないことは、私にはわかっ
ている」
 リエはカイテルの人柄に深く感動したものの、外交官としての適性にますます
疑いを抱いてしまった。正確には、カイテルを外交官に任命した統合政府の意図
に、である。仮にも一つの世界を代表する者が、そんなに簡単に他人を信用して
いいものだろうか?
 もっとも、リエがカイテルらを害したところで、ネイガーベンにとっても、リ
エにとっても一片の利すらない。相手がレヴュー9侵攻軍の最高司令官であると
いうのならともかく、外交官が相手では、かえって害の方が大きいだろう。子供
でもわかることだから、あえて余裕をみせた、という考え方もできる。
 リエの考えをよそに、会談は始まった。
「我々の世界は、今、危機に瀕しています」カイテルが切り出した。「100億
以上の人間が、不安の中で毎日を過ごしているのです……」
 カイテルは完璧なクーブ語で、致死性の汚染物質に覆い尽くされた地球の様子
や、レヴューの概念を説明した。委員達は、興味と驚きを半々に表して耳を傾け
ていたが、すでに数度にわたってリエが説明をしたことばかりなので、意表を突
いたとはいえなかった。それでも、さすがに話すことで給料をもらっているだけ
のことはあって、たとえ言語が変わっても、人を引きつける表情豊かな声の魅力
は、いささかも減じてはいなかった。
 リエは耳を傾けながら、同席している外交団のメンバーの様子をこっそり観察
していた。アムスドルフ補佐官は、おもしろくもなさそうな顔でテーブルの模様
を眺めている。秘書のフローレンスは、自分が何故、ここにいなければならない
のか分からない様子で、気の毒にも緊張しすぎて微動だにしようとしない。二人
の兵士は、警戒心をすっかり緩めてしまっているらしく、いまにも居眠りしかね
なかった。メンタートのビルは、波に乗って話し続けるカイテルや、ときおり質
問を挟む委員の顔を交互に見つめている。この会談で発生するあらゆるイベント
を、光や音、嗅覚にいたるまで、脳にアドオンしたナノ・バイオ記憶素子にあま
さず記録しているのだ。
 およそ30分ほど地球の悲惨な状況を語った後、カイテルは次のように結んだ。
「この二つの世界が出会ってしまったことは、あるいはあなた方にとって、不幸
な出来事だったかもしれません。しかし、もし、立場が逆であり、あなた方が我
々の世界に助けを求めてきたのであれば、我々は全人類総力を上げて、手をさし
のべたでしょう。どうか、我々の窮状をご理解いただき、ささやかな助けを与え
ていただきたい。アンストゥル・セヴァルティの人々が、親切で寛容な心をお持
ちになっていることを信じています」
 カイテルは腰を下ろした。話し疲れたようには見えなかったが、さすがに緊張
したのか、用意されていた冷たいサリューをぐっと飲み干し、深々と息をついた。
 ザルパニエが立ち上がった。
「大変、感動的なお話でした。あなた方の世界が助けを必要としていることは、
充分に理解できたと思います。この街は商業の街であり、我々はみな商人です。
が、困っている隣人の助けを拒むほど冷酷でもなければ、恥知らずでもないつも
りです」
 カイテルが嬉しそうに何か言おうとするのを、ザルパニエは言葉を継ぐことで
押しとどめた。
「そこで、単刀直入にお伺いします。あなた方は何を望んでいらっしゃるのです
か?我々はどのような援助を提供すればよろしいのでしょう?」
 アムスドルフ補佐官が立ち上がった。カイテルの役目は、ここまでであったら
しい。おそらく、実質的な交渉を担当するのは、プロの外交官であるアムスドル
フなのだろう。
「我が政府は、何年にもわたって移住計画を進めてきました」実務一点張り、と
いった声でアムスドルフは切り出した。「第一段階として、まず1年以内に10
億人の移住を計画しています」
 ザルパニエは絶句した。
「これはあくまでも最低限の数字です。状況次第では、15億から20億の人間
を移民させる計画です」
 束の間の驚愕の後、リエの心の中で不協和音が鳴り響いた。まず数千から数万
世帯程度で実験的な移住を行い、その後、段階的に人数を増やしていく、という
のがリエの予想だったのだが、アムスドルフが口にしたのは、はるかに巨大なス
ケールの計画だった。しかも、1年以内という短い期間に、である。いくら地球
の環境が悲惨な状況に置かれているとしても、まさか1年後に破滅が予定されて
いるわけでもないだろう。
 評議会委員たちの中で、最初に口を開くことに成功したのは、リーカーレだっ
た。彼は驚愕と困惑を浮かべたまま言った。
「驚きましたね。もっとも、あなた方が移住を望んでいることは、ここにいるリ
エから聞き及んではいましたので、驚いたというのは、10億という数字に対し
てですが」
 アムスドルフはうなずいた。
「我々の調査によると、ネイガーベンの人口は5万人前後でしたな」
「10億人といえば、クーベス大陸の全人口の2倍に、ほぼ匹敵します」ミリュ
ドフが言った。「こちらの世界のことは充分に調査なさった様子なので、それぐ
らいのことはおわかりでしょうが」
「知っていますよ」アムスドルフは丁寧に答えた。「クーベス大陸の3分の2以
上が、いまだに人の住まない未開拓地であることもね」
「そのような未開拓地には、年にいくつかの探検団と開拓団を、魔法使い協会と
合同で派遣しています」ザルパニエが発言した。「また、ネイガーベン独自の調
査団も、頻繁に送り出しています。現在、6つほどの開拓が進行中ですから、い
くつかの開拓地の移住枠を、そちらの世界の移民団に割り当てることはできそう
です」
「そちらが独自の開拓団を派遣したいのであれば、情報を無償で提供してもよろ
しいですね」ミリュドフも提案した。「もしくは経験のある探検団から、道案内
として何人かを同行させるとか」
 それらの好意的な発言を聞いたはずなのに、アムスドルフは少しも嬉しそうな
顔をしなかった。彼は委員達の発言中、ゆっくりと首を横に振り続けていたが、
そこには自分の真意が相手に伝わっていないことを知った軽い失望感のみがあっ
た。
「残念ですが、どうやら少し誤解があるようです」
「どういう意味でしょう?」リーカーレが不思議そうに訊いた。
「10億から20億もの人間が生活できる土地を開拓しようとすれば、膨大な年
月がかかるでしょう。最低でも数年は必要だと思われますが、我々にそのような
時間はないのです」
「しかし、それは仕方がないことだと思われますが」ミリュドフが言った。「開
拓は時間のかかるものです。魔法使いですら、山を崩し、森を切り開くことには
慎重にならざるを得ませんからね。彼らに言わせると、大地が持つ魔法の波紋を
乱すことになるのだそうですが」
「重ねていいますが、我々には時間がないのです。たとえ、開拓が短い年月で終
わったとしても、市民がそれなりの生活基盤を築くまでには、さらに年月を費や
さねばならないでしょう。慣れない気候や風土、食物のため、死者も大勢出ると
思われます」
「どうもよく分かりませんね」リーカーレが両手を広げた。「一体、あなた方は
何を望んでいらっしゃるのですか?」
「言葉を飾っても仕方がないので、単刀直入に言いましょう。ネイガーベン、お
よび周辺の町村40を、地球からの移民団に明け渡していただきたい」

 今度の驚愕は、先ほどの比ではなかった。委員たちは、しばらくの間怒りに身
を任せることさえ忘れていた。アムスドルフの言葉は、交渉とか外交といった分
野を超越した、身勝手な要求でしかなかった。仮にも外交官を名乗る者が語ると
は想像さえできない。
 リエは思わずアムスドルフの顔を見つめ、その後、カイテルに視線を移した。
だが、そこに浮かんだ表情から、カイテルがリエや評議会委員たちに劣らず驚い
ていることがわかった。
「どういうことかね、アムスドルフ君」カイテルはクーブ語を忘れて、アメリン
グリッシュで補佐官に問いかけた。「そんな話は聞いていないぞ。私が移民局か
ら受けた命令は、友好的に移民への協力を取り付ける、というものだった。一方
的に街を明け渡せとは、どういうことだね」
「ここは本職に任せておいていただきたい」アムスドルフは苛立たしそうな顔で
答えた。「全ては地球のためです」
「しかし……」
「内輪話はやめにしていただきたい」かろうじて礼儀を維持した、ザルパニエの
言葉が、二人の地球人の会話を遮った。「私の聞き間違いでなければ、そちらは
今、互いにとって重要な要求を発したようですな。もう少し詳しく窺いたいのだ
が」
 カイテルが何か言おうとしたが、アムスドルフは素早くそれを制した。
「我が種族は、早急に移住先を探しています。のんびり開拓などしている時間は
ないし、その技術もない。となると選択の道は限られてきます。すでにある程度
の居住環境を備えた場所に植民するのが、お互いにとって一番穏やかな方法だと
思われます」
「そんな、しかし……」混乱した表情のリーカーレ委員が口を挟んだ。「ネイガ
ーベンや、村から追い出された人々はどうなるのです?」
「それらの人々に対する補償は充分にさせていただきます」
「金銭の問題ではありません。住む場所を失うということは、仕事やよき隣人な
ど金では買えない多くのものを失うということでもあります」
「それに別の問題も発生します」ミリュドフも発言した。「多くの人々が難民と
なって、大陸中をさまようことになるでしょう。周辺の街や王国に彼らがなだれ
こめば、食糧や水、飼料などが不足します。略奪は避けられないでしょうし、病
気や怪我で死ぬ者も出てきます」
「だいたい、ネイガーベンを放棄することからして問題だ」別の委員が噴火の一
歩手前の口調で行った。「クーベス大陸の経済と流通は、ネイガーベンが今の機
能を停止すれば、一夜にして麻痺してしまうだろう。そうなれば、このロキステ
ィ地方のみではなく、クーベス大陸全土が大混乱に陥る。あなた方は、そういう
ことを少しでも考えたのかね」
「ばかばかしい!」
 テーブルを平手で叩いて立ち上がったのは、防衛責任者マリガレオス委員だっ
た。その鋭い眼光で、一同を見渡しながら太い声で怒鳴るように言う。
「どうして、こんな侮辱を我慢しておるのか、わしにはわからん。こいつらは、
勝手に人の家にやってきては、この家には自分が住みたいから出て行け、と言っ
ているのだ。さっさと追い返してはどうなのだ?」
 何人かの委員が、同意するように頷いた。
「個人的には私もそう思うよ、マリガレオス」ザルパニエが、軽く笑った。「だ
が、都市評議会委員としては、そうはいかない。ここは話し合いの場所だ」
「ほう、では、その話し合いとやらをしようではないか」マリガレオスは、ザル
パニエから、アムスドルフに視線を移した。「評議会がそちらの要求をはねのけ
たとしたらどうするのだ?」
「我々は絶対に目的を達成します。たとえ力を行使することになっても」
「ようやく本音が出たな。異世界からの使者どの」マリガレオスはむしろ満足そ
うにアムスドルフを見つめた。「ガーディアックを滅ぼしたように、ネイガーベ
ンも滅ぼすつもりか」
「必要とあれば」アムスドルフは平然と答えた。「それが必要とならないことを
願ってはいますがね。我々は平和的な種族です。不必要な流血を望んではいませ
ん」





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