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ヴェーゼ 第6章 前哨戦 9 リーベルG
★内容
9
まずティクラムが急報を告げるために、先に走っていった。リエとトートは、
それを見送ってからカイテルたちを案内して歩き出した。
トートは迷った末に、ようやくナイフをしまった。
「気に食わないな」うさんくさそうにカイテルの方を見ながら言う。
「そう?」リエは首を傾げた。「彼は悪い人じゃないわよ」
「いや、特使その人じゃなくて、その後ろにいる兵士のことさ」
リエは少し驚いて、数歩離れて歩いてくるカイテル一行を見た。カイテルの後
ろにアムスドルフ補佐官がいて、護衛部隊の一人と小声で何かを話している。カ
ーペンターズ中尉である。
「ただの護衛よ」
「違うね」トートは断言した。「あれは殺しに禁忌を持たない奴の目だ」
「殺し屋?」
「前ここでキキューロの野郎と会ったときのことを憶えてるだろ?」
「そりゃ、憶えてるわよ」
「そのとき、一緒にいた奴があんな目をしてた」
「あいつも地球人だったわね」リエはため息をついた。「ティクラムの言うとお
りかもしれないって思えてきたわ。私の故郷って……」
「まあ、単に腕が立つから護衛に選ばれたのかもしれないけどな」
「とにかく目を離さないようにするわ」
「それはおれにまかせときな」トートは目を光らせた。「リエには他のことに集
中しててもらいたいからな」
「他のことって?」
「これから始まる交渉……だか、外交だかしらないが、都市評議会とあいつらと
の間の話し合いだよ。殺し合いにならなきゃいいけどな」
「なんで殺し合いになるのよ」
「交渉の席で、いきなり評議会委員たちを暗殺するかもしれないじゃないか」
「まさか」リエは思わず笑ってしまった。「仮にも政府を代表する外交官が」
「おかしいか?」
「おかしいわよ。彼は人を殺すようなことはもちろん、そんな命令だって出せる
人じゃないわ」
「特使のことをよく知っているのか?」
「個人的には知らないけど……でも、本職の外交官ではないし、もちろん軍人で
もないのよ。もし、統合政府が評議会委員を殺したいなら、もう少し別の人間を
派遣したと思うわ。彼じゃ、他の兵士たちの邪魔をしかねないもの」
しかし、その言葉を聞いても、トートの表情は変わらなかった。
「となると、別の疑問が浮かぶな。なぜ、そんな素人を派遣したんだ?少なくと
も一つの世界の命運がかかっているかもしれないってのに」
評議会委員たちのほとんどが眠りの床から叩き起こされ、都市評議会館に駆け
つけることになった。
「本当に外交使節団なのかね」熱いサリューをすすりながら、最長老委員ザルパ
ニエが訊いた。
「リエの報告によれば間違いないようですよ」ミリュドフが答えた。「ティクラ
ム監視官も認めています」
「思ったより早かったですね」リーカーレ委員が応じた。「しかし、これで平和
への道が開けるといい。戦いになれば、どうあっても市民に犠牲がでますからね」
委員達はリーカーレの言葉に頷いた。
リーカーレは委員会の中ではミリュドフの次に若い。8年前ネイガーベンに現
れ、ほとんど一夜にして巨額の富を築き上げた天才的な交易商人である。昼夜を
問わず商売に精を出しているわけでもなければ、特に汚いやり方をしているわけ
ではない。リーカーレ自身は商売の秘訣を問われても、笑って運が良かっただけ
です、と答えるだけだった。もっとも、これは秘密でもなんでもなかったのだが、
大陸中に独自の情報網を持っていて、各地のあらゆる情報を蓄積していることも
一因であろう。
今回、最も強く和平を主張しているのもリーカーレだった。ガーディアックに
和平の使者を送ることを提案し、自ら準備を進めていた。結局、その準備は無駄
になってしまったが、むろんリーカーレが失望したわけではない。
「こちらを油断させた後の奇襲ということも考えられるがな」
そう言ったのは、マリガレオス委員だった。かつて、大陸北部の王国で将軍と
して軍を率いていた過去を持っている。軍務は20年以上昔に引退し、その後、
ネイガーベンにやってくると、かつての軍関係の人脈を生かして、武器やウマの
商売を始め、数年後には評議会委員の一人にまでなっていた。ネイガーベン防衛
の責任者でもある。彼がその役職を得てから、ネイガーベンは他国の侵略や、盗
賊団の略奪に屈したことがない。
「むろん、その可能性も充分に考慮しなければならない」
委員達は地球からの特使を、どのように迎えるか、という点をしばらく話し合
った。ミリュドフやリーカーレは、すぐにでも交渉のテーブルを用意することを
主張したが、夜遅くから本格的な会談を行うわけにもいかない。特使たちも少し
ばかり休養が必要であろうから、とりあえず双方の顔合わせだけを行い、明朝か
ら交渉を開始するということで意見が一致した。
「さて、みんな用意はいいかな?」今日の議長当番に当たっていたザルパニエが
訊いた。「では使節団を招き入れるとしよう」
剣を下げた二人の衛兵が、重いドアを開けた。
最初に入場したのは、魔法監視官ティクラムだった。彼女に案内される形で、
ウォン・カイテル特使が室内に足を踏み入れた。委員達の視線が集中したが、カ
イテルは気圧される様子もなく立ち止まると、微笑みながら軽く頭を下げた。
「ネイガーベン都市評議会委員のみなさま。お初にお目にかかります。私は、地
球統合政府より臨時外交官として派遣されました、ウォン・カイテルと申します。
急な来訪にもかかわらず、こうしてお集まりいただけたことに、政府を代表して
お礼を申し上げます。お互いの世界のため、よき道を見い出すことができるよう
祈っております」
完璧なクーブ語での挨拶に委員達は驚きの視線を交わし合った。ザルパニエが
立ち上がり口を開いた。
「ようこそネイガーベンへ、カイテル殿。都市評議会はあなた方を歓迎します。
ここでの滞在が、あなたにとって実り多きものになりますように。そしてお互い
が敵意や憎悪ではなく、誇らしい友情と心からの尊敬を見いだせるように」
それは都市評議会が外部の者を歓迎するときの伝統的な言葉だった。カイテル
は、うやうやしく答えた。
「ありがとう。友情と尊敬はすでに私たちの前にあります。間違った手がそれを
掴まぬように。そして砂のように崩れ去らぬように」
またしても委員達は驚き、かすかにざわめいた。カイテルは伝統的な答えを、
一語一句違えずに返したのだ。委員達は感動するよりも、むしろ、ネイガーベン
に関する調査が、秘かに、しかも詳しく行われていたことを、さりげなく告げら
れたような気分になった。もっとも、カイテルの人好きのする笑顔と、少しも高
圧的ではない態度に、ほとんどの委員達は好感を抱かずにはいられなかったが。
ティクラムがカイテルを賓客用の席に案内し、ついで熱いサリューのカップを
前においた。カイテルは礼を言うと、嬉しそうにカップを持ち上げて口をつけた。
「これはおいしい」カイテルはにっこり笑った。「サリューですね。ぜひ、お土
産にしたいものです」
「あとで、最高級のサリュー葉を宿舎の方に手配しましょう」ザルパニエが楽し
そうに言った。
「それはありがたい。感謝します」
続いてリエが、アムスドルフ特別外交補佐官とメンタートのビルを伴って入っ
てきた。アムスドルフは小さな箱を大事そうに抱えていた。
「これは我が政府から友好の贈り物です」カイテルがそう言って、箱をテーブル
の中央に置いた。「ささやかなものですが」
ミリュドフがちらりとリエの方を見た。リエは小さくうなずき、事前に箱の中
身を調べたことを告げた。
箱を開いたザルパニエは、思わず驚きの言葉を発した。
それは地球のシティの模型だった。円形の金属製台座の上に、クリスタル・セ
ラミックスの細かなビルが無数に生えている。髪の毛よりも細いファイバーが、
ビルとビルの間をきらきらと輝きながら縫っており、パークエリア、アリーナ、
レクリエーションセンターなどの施設が、極限まで無駄を省いた設計のもとに配
置されていた。
模型は透明のドームに覆われていたが、一部がレンズ状に盛り上がっている。
ザルパニエは魅入られたように顔を近づけると、レンズ部を覗き込んで、細部を
観察した。ビルの一つひとつには窓があり、光学的な3D効果によって内部の空
間までが見える。さらに、その中には無数の市民が無数の生活を送っている姿ま
で再現されているのだった。台座にはレンズ部分を自由に移動させるコントロー
ラーがあり、ザルパニエはすぐに操作方法を飲み込むと、子供のような熱狂を浮
かべて、極微の美しさをじっくりと鑑賞した。
地球の精微工学の粋を集めた芸術品だった。ナノマシン技術のみが可能にした
新しい芸術である。この模型を作り上げるには、並列接続された数台のMIによ
るコントロールと、分子レベルまでのフィルタリングが可能なクリーンルームが
必要となることを、リエは知っている。もちろん個人が手を出せるような代物で
はないし、この大きさにするまでには90日以上かかっているだろう。
「これは大変美しい」ザルパニエは素直な感嘆を露わにした。「私が知っている
どんな細工師でも、これほどのものは作ることができないでしょう」
「地球の街の模型です。一つの街には数千万人が住んでいます」
「このような街はどれぐらいあるのですか?」模型を見つめながらミリュドフが
訊いた。
「547個です」
「いつか本物を目にしたいものですな」ザルパニエが言った。
「そのときは、私が自らご案内しましょう」カイテルは約束した。
両者の間にあった緊張がわずかに緩んだのを感じて、リエは秘かに安堵した。
カイテルが地球の科学力を背景に高圧的な態度に出ていたら、笑みの代わりに怒
りが沸き起こっていたかもしれない。
「本来であれば贈り物をお返ししなければならないのですが」ザルパニエは残念
そうな顔をした。「あいにく急なことで用意ができていません。会談が終わった
とき、それにふさわしい品を贈りたいと思いますので、お許し下さい」
「楽しみにしております」
「お疲れでしょうから、これ以上お引き留めしますまい。カイテルどのと同僚の
方々のお泊まりになる館をご用意しました。明日の朝、使いの者を迎えにやりま
すので、ごゆっくりお休みください」
「感謝します。それでは明日」
衛兵たちに案内されて、カイテル一行が出ていくと、委員達は笑みを浮かべた。
「いや、なかなか礼儀を心得た方でしたね」リーカーレが言った。
「単なる見せかけかも知れない」ザルパニエは慎重だった。「もっとも、カイテ
ルどのが悪い人間ではないことは確かなようだが」
「しかし彼の本職が、外交使節であるとは思えませんね」ミリュドフが首を傾け
た。「必要な……その、ある種の冷酷さを備えてはいないようです」
「うむ。それは確かにそうだ」
「だが、それは、向こうが戦争を望んでいない、ということを意味するのでは?」
「それならいいのだがな」
こうして、地球とアンストゥル・セヴァルティの最初の公式な接触は、短い時
間だったが友好的な空気を残して終わった。