AWC 馬鹿者の罠(2)    時 貴斗


        
#4903/5495 長編
★タイトル (VBN     )  99/ 8/12   3:24  (175)
馬鹿者の罠(2)    時 貴斗
★内容
 第二地区長

「ガーデック様が5番テーブルでお待ちです」と、レストランの給仕が
言った。
 5番テーブルとはどこだろう、ときょろきょろしていると、太った小
男が立ち上がって手をふった。
「ミスター・テンカ!」
 丸い顔にちょびひげを生やし、少ない白髪を後ろになでつけている。
 作り笑いを浮かべて歩み寄っていくと、手を差し出してきた。天下も
手を出して握手する。手がべっとりとぬれている。気色悪い。
「さあさ、どうぞおかけになって下さい」
 パンパン、と給仕の方を向いて手を叩く。
「君、ワインを持って来てくれ。とびきり上等のやつだ」
 天下は表情に威厳を保ちながら椅子に腰掛けた。相手が大統領クラス
の人間だからといって変に媚びてはならない。調査官の鉄則だ。
 地区長の横にはとびっきりの美女がすわっている。豊かな金髪を頭の
後ろでまとめ、白い首筋にルビーのネックレスをかけ、きらきらするド
レスを着飾っている。青い瞳は吸いこまれそうだ。地区長婦人なのだろ
うがどう見ても隣のぶ男とは不釣合いだ。
 テーブルの上には豪勢な料理が並んでいる。サーモンのマリネ、牛フ
ィレ肉を網焼きにしたのや、帆立貝やキャヴィアやイクラを盛り合わせ
たサラダ、そして白かびチーズ。
 ソムリエがいそいそとワインを持ってきた。
「カベルネ・ソービニヨンの70年ものでございます」
 流暢な手つきでコルクを抜く。それを小皿に入れて地区長に差し出す
と、彼は口元はにこやかなまま眉を上げて匂いをかいだ。うんうんとう
なづく。ソムリエがワイングラスにほんの少しつぐと、だんごっ鼻を近
づけくんくんと嗅ぎ、次にグラスをくるくると回して一口含んだ。再び
満足げにうんうんとうなづく。
 ソムリエは3人のグラスにワインをついで、礼をして立ち去った。天
下はわざと、ワインの香りなんぞにはこれっぽっちも興味がないという
顔をして、芳醇な赤い液をのどに流し込んだ。うまい。豊かな果実味に、
こしのあるタンニンが効いている。
「いやいや、第二地区をお選びになったのは実に賢明な選択です」と、
地区長は言った。
「そうですか。私はただ宇宙港に近い方がいいと思ったんですよ」
 調査といっても、とてもじゃないが南北両大陸の全地域を見てまわる
わけにはいかない。こういった調査はだいたい場所をサンプリングして
行われる。
「この星には何の問題もございません。なにしろみんな従順で、理性的
ですから」
「そうですか? 学者はそうかもしれませんが、芸術家はそうでもない
んじゃないですか。彼らは内に燃え上がるものを持っている。狂気が芸
術を生み出すってこともあるでしょう」
「まあ、この方もCなんですの?」夫人が口をはさんだ。
「これこれ、この方は地球から来られた方だよ。地球の方に、CもSも
ないよ」
 地区長自身はCなのかSなのか。政治家は政策を生み出すからCとも
いえるし、人民に仕えるという意味ではSともいえる。
「他の地区は知らんが、すくなくとも第二地区は大丈夫です。今まで問
題が起こったことはありません」
「では選択の失敗でしたかな。我々としては問題がない地区よりも問題
がある地区を見たい」
「いやいやいや」地区長はたるんだほほがちぎれそうなほど首をふった。
「天才となんとかは紙一重、といいますからな。我々はまさにそれを心
配しているんですよ」天下はたたみかけるように言う。
「以前に3回、調査官の方がいらっしゃっています。クフの第九地区と
第十三地区、カフラーの第二十四地区を見ていますが、全く問題ありま
せんでした」
 その報告書なら天下も見ている。確かに何も問題がなかったようで、
書くことがないためか、セトの美しい景観やうまい料理のことばかり書
いてあった。
「そうですか。それは結構。では仕事ではなく、楽しい観光になりそう
ですな」
「ええ、ええ、もちろん。第二地区の名所旧跡を案内させますよ」
「せっかくですが」天下はにらむように地区長の目をみつめた。「お供は
必要ありません。かえって足手まといになります。それに、名所旧跡に
は興味がありません。名所旧跡というのは過去の遺物ですからね。現在
の文化や、生活を見るのには参考になりません」
「ああ、はあ、そうですか。では後で詳しい地図をお渡ししましょう」


 陶匠

 地区長の薦めもあって、天下はまず陶芸家のヴァンスという男を訪ね
ることにした。地区長から伝言が行っているはずなので、いきなり訪ね
ても大丈夫だろう。
 坂道をのぼる天下は汗だくになっていた。場所はピロッティという岬
で、断崖絶壁のすぐそばを通っていかなければならない。昨日と違って
風が出ている。岩壁に波がぶつかり、砕ける音が聞こえる。空は真っ青
で、積乱雲がもくもくとわきたち、海には白い波しぶきがいくつも現れ
ては消えている。丈高い草が断崖のすぐそばまで迫り、道は狭い。
 左手に断崖、右手に草を見ながらゆるやかにカーブを描く斜路をのぼ
っていくと、やや広い場所に出て前方に垂直に近い岩壁がたちふさがり、
今度は右へとゆっくりと降りていく下り坂となっている。しばらく下っ
ていくとようやく草と岩壁が切れて平原に出た。いくつも転がっている
大きな岩は花崗岩か。ずっと向こうに煙を上げている大きな窯が見えた。
その横には今にもくずれそうな掘っ建て小屋がある。あれがヴァンスの
家か。
「こんにちは」
 小屋に着いた頃にはへとへとになっていた。かすれた声で挨拶する。
「開いてるよ」
 低い、しわがれた声が聞こえた。木の扉を開けるときしんだ音をたて
た。
 中では男がろくろを回していた。頭にタオルを巻き、紺の、日本の作
務衣のような服を着ている。粘土で汚れている。
「お忙しいところを失礼します。私、調査官の天下という者です。地球
から着ました」
「ああ、ちょっと待ってくれ。今大事なところだ」
 男は指先に全神経を集中している。胴が丸い、口がラッパのように開
いた壷ができかけている。
「ああっ! ちくしょう」
 口がくずれた。回転しながらぐにゃぐにゃと曲がる。
「なんだ」
 立ち上がり、腰のタオルで手をぬぐう。
「ええ、少しお話をうかがいたいと思いまして」
 きっと、射るような視線が天下をにらんだ。浅黒い顔には深いしわが
刻まれている。
「ヴァンスさんは15年前にこちらに来られたそうですね。地球ではか
なり名のある陶芸家だったそうで」
「調べたのか」
 麻の手袋をはめながら歩いてくる。と思うと、天下の横を通りぬけて
庭に向かった。
「いい条件で仕事をさせてやるっていうから来たんだ。いいのは土地だ
けだ。待遇は良かあねえ」
「どうしてです。地球よりいい値で買い取ってくれるはずですよ」
「ああ、そうだな」
 個人的な事情は、突っ込んだことは聞けない。
「しかし土はいい。質のいい土が取り放題だ。釉薬も、頼めば上等なの
をいくらでもくれる」
 天下も庭の方へいく。壷や皿の類が無造作に地面に並べられている。
「素晴らしい作品ですね」
「お世辞はよせ。素人に何が分かる」
「いやあ、陶芸の天才なんでしょ? だからここに来る資格を得た」
 ヴァンスはかがみこんで、壷の一つを持ち上げた。
「陶芸の価値とは何かね。名が売れている陶匠が作った。だから価値が
あるのかね」
 青い、丸い壷をしげしげとながめている。美しくきらきらと輝き、ヴ
ァンスが傾きを変えるたびに、濃い青になったり、水色になったり、あ
るいは緑色に変わったりする。こんな壷は見たことがない。素人が見て
も、ものすごく手のこんだものであると分かる。
「いいか。これは俺が作ったんじゃない。そこいらへんの小僧が作った
のを横取りしてきたんだ。それでも価値があるかね」
「いや、そんなことはないでしょう。それは天才の作品です。そこいら
へんの小僧が作ったものではないでしょう」
「うらやましいか」
「は?」
「俺は陶芸の天才だ。何を作ってもそこそこいい値で売れる」ヴァンス
はぎらぎらと目を光らせた。「調査官の給料って、たいしたことないんだ
ってな。一つの壷にあんたの給料の3ヵ月分の値がつく。うらやましい
か」
 天下は度肝を抜かれて返す言葉が浮かばなかった。ヴァンスは天下が
何か言うのを待っている。
「……そうですね」口の中が乾く。「私のように何も才能がない人間は、
こんなお役所仕事でもやるしかありません。うらやましいですよ」
「この壷のできはどうだい? いいか。悪いか」
 ヴァンスはぐいと壷をつき出した。今度は紫色に光っている。
「ええ、素晴らしいできだと思います。こんな不思議な色を出す壷は見
たことがありません」
「そうか、素晴らしいか」
 ヴァンスはいきなり、仁王のような顔をして壷を頭上に高々と持ち上
げた。次の瞬間、天下の給料3ヵ月分のその壷は、色とりどりの破片と
化して地上を舞った。
「こいつはな、失敗作だ!!」
 ヴァンスは天下に向かって人差し指をつきつけた。
「いいか、あんた。人のことを天才、天才って言うなよ。ここじゃ、馬
鹿にしてるのと同じだぜ」
「なぜです。どうして天才って言っちゃいけないんです」
「この星は全員天才だからさ。天才ってのはプライドが高いんだよ。他
の、自分以下の人間達がほめそやしてくれないと満足できねえ。ところ
が、周りがみんな自分とたいして変わらないか、自分より上の人間ばっ
かりになってみろ。“普通の人”になっちまうんだ。“その他大勢”にな
っちまうんだよ」
「そんなことはありません。天才同士が集まれば、お互いに切磋琢磨し
あって……」
「磁石のN極とN極をたくさんつき合わせるようなもんだぜ」
 そんなことはない。調査官学校にいた時は、みんなお互いを励ましあ
ったはずだ。調査官のプロになるために、夜通し球状星団やバルジにつ
いて語り合ったものだ。今ではあまり役に立たない宇宙飛行訓練も、仲
間の励ましがなければとうてい耐えられなかった。エリート同士で切磋
琢磨し合ったのだ。
「地球じゃ、買い手は客だった。ところがここじゃ買い手は政府だ。張
り合いねえよ」
 ヴァンスは、急に肩を落としてやりきれないというふうに首をふった。
「他のやつの所に行ってみなよ。俺の考え方と違うかもしれん」




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 時 貴斗の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE