AWC そばにいるだけで 37−10   寺嶋公香


        
#4870/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30  14:53  (200)
そばにいるだけで 37−10   寺嶋公香
★内容
 唐沢の答に、白沼は華やいだ表情になった。それでも、さすがに飛び上がっ
て喜ぶような真似はしない。
 ただ、口元がほころんで喋り方が少々おかしくなった。
「そぉなの? ふぅーん」
「もう一遍言うが、クラスの女子を対象にしただけだぜ」
 長瀬の注釈も気にしない様子の白沼。純子より上だったのが何にも増して嬉
しい――のかも。
「参考までに聞くけれど、二番目はどなた?」
「前田さん」
 少しだけ意外そうに口をすぼめた白沼。
「涼原さんの名前が出て来ないわね。モデルだから特別扱いして、最初から対
象に入れなかったなんて言うのかしら」
 険しい目つきになって、長瀬達を見やる。
「そんなばかなことしてねえって。涼原さんは次。僅差の三位」
「そ。それならいいわ」
 再び満面の笑みとなる白沼。安心と満足が入り混じり、実に気分よさそう。
(よかった)
 安心したのは純子も同じだった。前より仕事に打ち込むようになって、見目
ががた落ちしてはジョークにもならない。
(白沼さん、前田さんの次なら問題なし。でも、私、顔付きが男っぽくなった
のかなあ? そう言えば、大股で歩く癖が付いた気がするし、久住淳の格好も
ほどほどにしないと)
「さて、おばかさん達は、他にどんな部門を考えたの?」
 前田が立島を掴まえて聞いている。
 立島は助けを求める視線を相羽に送った。相羽の手にも何枚かの紙がある。
「……暇つぶしにやってたまでで、悪気のないことをお断りしておきます」
 わざとらしい真面目口調で前置きし、相羽は続けて答えた。
「スタイルと性格。あと、三つの部門を併せた総合」
「あぅ。結果は聞かない方がよさそうね」
 前田が苦笑混じりに肩をすくめる。他の女子もブーイングに悲鳴をプラスし
た反応で、やいのやいのと騒がしい。一応関係のない町田や富井といった五組
以外の女子は、多少なりとも興味を引かれているよう。
「私は知りたいわ」
 調子に乗っているらしい、白沼が言った。
 相羽達男子はしばし目で相談していたようだったが、投票結果を記した紙を
全て渡すことに。
「えーと。文句言わないでほしい」
「そんなこと誰も言わないわよ」
 にこにこ顔で受け取った白沼だったが、やがて若干曇り気味になる。三枚と
もに目を通すと、急速に興味を失ったらしく、紙を閃かせながら後ろを振り返
った。そして純子に押し付ける。
「何故かしらね」
「?」
 目で問い返した純子だが、白沼はそれ以上何も言わずに去って、他の男子や
女子とお喋りを始めた。
(何なの……)
 視線を落とす純子。
 周りに前田達が集まって覗き込む中、純子は顔を紙に近付けた。
 自分の名前が、すぐさま目に飛び込んできた。
「あれ?」
 意識せずにつぶやく。何だか知らないけれど、「涼原」の文字がリストの一
番上にあるのだ。順位と得票を表す数字以外は特に何も書かれていない。
「貸して」
 前田は他の紙を受け取ると、ふんふんとうなずいた。
「こっちはスタイル、こっちは性格。と言うことは、涼原さんの持ってる分は
全部を合わせた物ね」
「……」
 手を真っ直ぐ伸ばして、隣の誰かに紙を渡した。そうやって両手を自由にし
てから、赤らむほっぺを覆い隠した。

 眠気に襲われていた純子は、皆から離れて壁にもたれかかっていた。
「涼原さん、起きてる?」
 七並べを上がった前田が、そばに寄ってきて声を掛ける。反応は、しばらく
なかった。前田が肩に手を伸ばそうとしたところで、ぱちっと音が聞こえそう
な速さで目を開けた純子。
「ん? 何?」
「眠ってたみたいだったわよ」
「そう? 寝てないつもりだけど……」
 言った途端、あくびが出そうになった。手の平を口に当てる。
「ほら。もう休んだ方がいいんじゃない?」
「……みたいね。実は昨日の夜、あんまり眠れてなかったの」
 瞼がとろんと下がってくるのを自覚した。純子は壁に手を突き、それでも左
右に揺れながら立ち上がった。
「大丈夫? 着いて行こうか?」
 前田が手を貸しながら言ってくれたが、純子は頭をゆっくり横に振った。
「平気。みんなによろしく……って言うのはおかしいかしら」
 目を半分閉じた状態で、口元だけで笑った。
 戸口の方へ向かうと、気付いたみんなから「どこへ行くの?」「もう寝るの
か」という声が飛んで来た。
 ドアを目前にして、くるりと向きを換える。
「うん。お先に失礼して、寝ます。おやすみなさい」
 純子はそう言って、深々とお辞儀した。

           *           *

 決められた就寝時刻が近付いてきたので、ゲームはお開きとなった。
 相羽は自分達の部屋に戻ろうと、唐沢と大谷の二人に声を掛けた。
「あ、俺、もうちょっと話あるんだ。時間までに戻るから」
 唐沢はそう言って女子の輪の中に入る。明日の相談をしている様子が窺えた。
「遅れたときは知らないぜ」
 笑って言い置くと、相羽は大谷、そして清水と一緒に部屋を出た。
「あーあ、他の学校と巡り会わねえかなあ」
 後頭部で腕を組み、足を投げ出すようにして歩きながら、清水がぼやく。
「何で?」
「よその女子と知り合えるだろ。かわいい子がいるかもしれない」
「別によそじゃなくても」
 相羽は唇を尖らせた。
 清水は大谷と目を見合わせ、ため息を軽くつく。
「おまえにゃ分からんぜ。俺達なんか同じ学校の中じゃ、これまで自分をさら
け出しすぎて、格好もつけられん。よその子なら気取れる」
「……しばらくの間だけ、な。出会いも一瞬、別れもすぐ」
 相羽が冗談混じりにくさすと、清水と大谷は「ああ、そうだとも。どうせ」
と開き直った。
 軽く笑い声を立てながら部屋の前に着いて、清水と別れる。
 鍵は掛けていない。施錠するように言われてはいるが、学校でフロアを貸し
切りにしてあるので、守っている班はあったとしても極わずかであろう。
「あれ? 豆球、点けっぱなしだったっけ」
 扉を開けた相羽は、オレンジ色の薄明かりを訝しみつつも、壁のスイッチに
手をやった。電球とは別の蛍光灯が光り始める。
「……」
 相羽は息を飲んだ。あらかじめ横並びに三つ敷いておいた布団。その一番奥
に人の姿を見つけた。顎先まで布団をすっぽり被り、戸口とは反対方向へ顔を
傾けて静かに寝入っている。
「電気なんか、俺は知らないぞ」
 遅れて入ってきた大谷が言っている。濡れ衣を着せられてはたまらない、そ
んな口ぶりだ。
「ここを最後に出たの、おまえじゃなかったか? なあ、相羽?」
 追い付いた大谷が、反応のない相羽の肩に手を掛けた。
 そして大谷もまた気が付く。
「誰か寝てる……ぞ」
「うん。涼原さんだ」
「ぬ? まじ?」
 相羽の断定口調に、大谷は目を丸くし、奥の布団へ一歩近付いた。腰を折っ
て、しげしげと見やるポーズ。
(そんなことしなくても、分かるだろ?)
 相羽には不思議でならなかった。この位置から一瞥するだけで、すぐに純子
だと分かった彼にとって。
 大谷は「女子なのは分かったけど」とつぶやきつつ、さらに数歩進み、結局
ほとんど枕元に立っていた。
「わぃ、本当に涼原さんだ。でも何でここにいるんだか……?」
「さあ」
 さすがに分からない。相羽もそばに立って、しばらくしてから跪いた。
「……」
 相羽の視線の先に、影の掛かった純子の横顔。無意識の内に見入ってしまう。
 気が付くと、大谷もまたしゃがみ込んで、同じようにしていた。思わず見合
って、ともに苦笑いをかすかに浮かべる。
「起こさないと」
「だよな。しかし、もう少し」
 話しているところへ、もう一人のメンバーが帰ってきた。
「な、間に合っただろ。俺を信じなさいって」
 一人でにぎやかに言いながら、スキップするような軽い足取りで入ってきた
唐沢だったが、すぐに異変を感じ取ったらしく、静かになる。
 奥で額を寄せる二人に、唐沢も加わった。膝を抱えるような格好で爪先立ち
して、覗き込む。
「何してんだ?」
「見たら分かるよ」
 相羽が指差す。唐沢はそれより先に目に入っていた様子で、盛んに瞬きをし
ていた。しばらくして驚きが去ったのか、
「おお……これはこれは」
 とドラマの台詞めいた口ぶりになる。
「眠れる森の美女の鑑賞会か」
「何てこと言うんだ、このっ」
「おわ」
 相羽が額をちょんと押すと、唐沢はボールよろしく後ろへ半回転し、布団に
背中を着いたところで停まった。
「で、どうしてこんなところに寝てるわけなん? 自分らの部屋に行ったんじ
ゃなかったっけか」
 素早く立ち直ると、本質的な問い掛けをしてきた唐沢。大谷が首を傾げるの
に対し、相羽は「多分……」と切り出した。
「フロアを勘違いしたのかな。女子は一つ上の階だろ? 確か、涼原さん達の
部屋の位置はここと同じのはず」
 脳裏に平面図を描きながら、言葉をつなぐ。
「大部屋に集まって遊んでる内に、どっちの階の大部屋だったのか忘れてしま
ったんだよ、きっと。部屋のサイズは全く同じだろうし、鍵は掛かってないか
ら、出入り自由だしね」
「しかし、部屋に入ったら、中の様子とか荷物とかで気付くんじゃないか」
 唐沢の反論にも、相羽は即座に応じる。
「同じように布団が敷いてあったら? よっぽど注意していないと、そのまま
布団に潜り込んでしまうんじゃないかな」
「ふむ。涼原さん、眠そうだったしな」
 納得行ったか、片手で頭を掻く唐沢。
 会話が途切れると、三人の目は純子へと注がれた。
「やっぱ、かわいいよなぁ」
「……ああ」
「同感」
 一人がつぶやき、残りが賛同する。
「昨日、風呂上がりの直後を見かけたけど、あのときはどきってしたな」
「ああ、俺も見た。火照った感じで、頬が赤くなって、特にかわいかった」
「髪もまだ濡れててさ。かき上げる仕種、色っぽく見える」
「こりゃあ、総合一位も当然」
「スタイルいいし、性格もめちゃいい」
「ちょっと鈍いところあるけど」
 みんなで失笑する。
 さらに唐沢が冗談混じりに言った。
「うむ、寝顔もかわいくて色っぽい。くー、ずっと眺めていたいぜ」
 確かに冗談混じりではあるが、本心でもあろう。恐らく、三人とも気持ちは
同じであるはず。
 でも、今は、いつまでもひそひそと喋っている状況にない。踏ん切りを付け
たのは相羽だった。
「とりあえず、起こさないといけない」
「そうだな。大谷、先生が来るのを見張っててくれ」
「よっしゃ」
 唐沢の頼みを受けて、大谷が部屋のドアから顔を覗かせる。
 相羽が純子の肩に手を伸ばし、名前を呼ぼうとしたその刹那。
「おっ、やべぇ。もう来たぞ!」
 緊迫感を帯びた大谷の高い声が、室内に静かに広まる。
「まじ?」
「ああ。牟田先生、隣の部屋に来てる。点呼が終わったらこっちへ来るぞ」

――つづく




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