AWC そばにいるだけで 37−9    寺嶋公香


        
#4869/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30  14:52  (200)
そばにいるだけで 37−9    寺嶋公香
★内容
 にへら、と締まりのない笑みを浮かべた唐沢。そのまま五人に取り囲まれ、
階段を上がっていく。まるで台風の目だ。
 町田は壁際を離れ、もはや誰の姿も見えなくなった階上を見つめた。
 そしてつぶやく。噛み飽きたガムを吐き出すみたいに。
「……このっ、たこ」

           *           *

 ノックもなしにドアが開かれたかと思うと、
「あっそびに来たよー」
 と、明るい調子の声が部屋中に響いた。
 宿の部屋で純子と遠野、二人でいるところへ、富井と井口、町田の三人がや
って来た。
「おや。もう一人は?」
 見回しながら町田が尋ねる。早々と敷かれた布団が三つ、その上に白沼の姿
がないことに気付いたのだ。
「白沼さんなら、他の部屋に出かけたわ。多分、有村さん達の部屋」
「ふうん。で、あんた達は何やってたの」
「別に大したことじゃないけど、お喋り。遠野さんに、ぬいぐるみ見せてもら
ってたの。ほら」
 純子は、遠野のバッグに付いているぬいぐるみを手の平に載せた。最初の一
瞬だけバランスよく立っていたが、じきに横倒しになる。
 富井が早速手を伸ばしてきた。
「かわいい! 触らせて」
 遠野の了解を得ると同時に、両手でやわらかく包んで、次に頬ずりまでした。
「わーい、やわらかい、ふわふわ」
「ずるい。私も」
 ぬいぐるみが井口の手に移る。
 そんな有り様を見守りながら、町田が遠野に聞く。
「あれって、確か映画館でしか売ってないグッズだっけ。観に行ったの?」
「え、ええ。ゴールデンウィーク。暇だったから」
 どことなく、もじもじしながらの返答。そのわけを、純子はついさっき教え
てもらったばかりだった。昨日の時点で遠野が話すのを躊躇したのも、充分に
うなずけるいきさつだった。
(相羽君とばったり会って、買ってもらったのなら、遠野さんにとって嬉しい
はずよね。それにとっても大事な物)
 そう思うと、盛んに手でいじり回すのはよした方がいい。と言って、純子の
口から富井達に背景を話すのも気が引ける。
 理由を伏せたまま注意を促そうかと思い始めた折、遠野が不意に始めた。
「実は……映画を観に行ったときに、偶然、相羽君と会って」
「相羽君と?」
 予想もしない話に、富井と井口は声を裏返して反応した。
「う、うん。それで、観終わったあとに買ってくれて……い、一応、遠慮した
んだけれど。代わりに、文化祭のとき、調理部に行くことで」
 注目されたせいだろう、遠野の舌がうまく回らなくなってきた。顔ばかりか
耳まで赤くしている。
「わわ、いいな、いいなぁ」
 正座していたのが膝立ちし、ちょっと飛び跳ねる仕種をする富井。
 問題のぬいぐるみをちょうど握った井口は、手の中をまじまじと見つめた。
そして表情を引き締める。
「立ち入ったこと聞くけれど、遠野さん、どういういきさつでもらったの?」
「だから、一緒に観てくれたお礼だって、相羽君は言ってた」
 詳しい事情を話す遠野。
 井口と富井はいくつか質問を差し挟んだ後、ようやく納得した様子に落ち着
いた。
「家族旅行なんかよして、私も映画に行けばよかった」
 大げさにため息して、力が抜けたように両腕を後ろについた井口。富井も似
たポーズになって、天井を仰ぎ見ている。
「久仁達の場合、同じ調理部なんだから、買ってもらえないんじゃないの?」
 少々意地悪く笑いながら、町田。彼女もまた、ぬいぐるみを手に取った。観
察するかのごとく上下左右にひっくり返す。
「そんなことないわよ、きっと。相羽君、みんなに優しいから」
 遠野が強い口調で主張した。
 珍しさも手伝って、純子達は一瞬沈黙し、遠野の顔を見つめる。
 すると遠野は途端にうつむいてしまった。
「ご、ごめんなさい。勝手な推測言って」
「ううん、そんなことない。私もそう思う」
 純子は微笑み混じりにそう言って、しきりにうなずいた。
 異を唱えたのは井口。
「確かに、みんなに優しいかもしれないけれどさあ、特に優しくする相手がい
るのよね」
「うんうん。純ちゃんに特別優しい」
 同調する富井。普段から感じていることなのか、うなずく様子にも力が妙に
こもっている。
「どこが? みんなと変わんないわよ」
 純子が一言疑義を呈すると、何倍にもなって返ってくる。
「何てことを。純ちゃんが麻痺してるのっ。近すぎて分かんないんだよぉ」
「そうそう! しょっちゅう一緒にいると、有難味がなくなるのよね」
 富井と井口のよく動く口にたじろぎつつ、純子は控え目に応じた。
「そう、かな。でも、一緒にいることが多いのは、仕方ないわよ。同じクラス
委員だし、モデル、タレントの仕事で連絡してくれるんだし」
「それは……認める。でも、その幸せに感謝しなさいよー」
「はいはい、分かったわよ」
 手の平を上に向けて、肩をすくめた純子。その態度がよくなかったのか、ず
いっと近寄ってきた富井に肩を揺さぶられた。
「気持ちがこもってないよぉ。親しくなりすぎて、慣れちゃってるんだわ、や
っぱり」
「そんなこと言われても……」
「一回、距離を置いてみれば分かるって」
「そうそう! 純ちゃん、そうしてみてよ」
 富井に命令めいたお願いをされて、純子はひとまずうなずいた。
「でも、距離を置こうとしても、さっき言ったみたいに話す機会がたくさんあ
るのはどうすればいいの」
「それはしょうがないけれど、とにかくっ、必要最小限にしてみて。だいたい、
純ちゃんは恋する乙女心を分かってくれてないよぉ」
「そ、それは」
 富井の言いように吹き出しそうになりながらも、純子は認めた。
「ごめん。郁江にも久仁香にも、悪いことしてると思う」
「やむを得ないんだから、謝ることないけれど」
 井口が口を挟んだ。少し救われた気持ちになれる。その余勢をかって、純子
は言った。
「私、もうこれ以上は相羽君と親しくならない」
「――おぃおぃ、そこまで宣言しなくても」
 壁にもたれかかって座っていた町田が、転がる風に前屈みになった。まるで、
背を突き飛ばされたあとみたいだ。
「純子、ちょっと」
 町田に促され、二人して隅っこに行く。ひそひそ話の開始。
「よく聞いて。いい?」
 真正面に来て、両手を取る町田。純子は気圧されつつもこくりとうなずいた。
「う、うん。改まって、どうしたの?」
「近すぎて見えないこともあるんだよ」
「……間違い探しみたいなこと言ってる」
「近すぎて、気が付かないことがあるのよ。ちょっと離れてみるのはいいの。
離れてみて、気付くかもしれない。だから、気付く前の時点で、変なこと言わ
なくていいの。分かる、純子?」
 真顔の町田に見つめられ、純子は口ごもった。
「……」
「聞いてる?」
「うん。芙美、何か変」
「どこが」
「芙美から『純子』って呼ばれたの、凄く久しぶりで、びっくりしちゃった」
 純子が苦笑を交えて答えると、町田は脱力したようになで肩になった。そし
て次の瞬間、口調を強くする。
「そんなこと言ってるんじゃないっ」
「怒らないで、謝るから。それで、要するに、芙美も同じこと言ってるんでし
ょ。有難味が分かるようにって」
「……何だ、分かってるじゃない」
 肩越しに富井らのいる方を振り返った町田。ほんの短い間だけそうして、ま
た戻す。
「すこーし違うけれど、大まかに言えばそうなるわね」
「相羽君が優しくしてくれるのも、ちゃんと感じてるわ。でもさ、私がこれ以
上出しゃばったら、郁江達に悪いよ。前からずっと、何でもないって言ってき
たんだし。今になって厚顔無恥なことできない」
「そうかな。あんまり堅苦しく考えないほうがいいと思うな、私は」
「うんうん。芙美も気にしないように」
 早く切り上げたい気持ちもあって、純子は町田の背を後押しするポーズを取
った。
 まだ何か言いたげに口を動かしかけた町田だったが、直後に、富井と井口か
らの「長いこと何してんのー?」という声に肩をすくめるにとどまった。
「相羽君達の部屋に行ってみようか」

 相羽らの部屋は空っぽだったので、じゃあきっと一番大きな部屋に集まって
いるのだろうと足を運んでみると、他の女子大勢と鉢合わせ。プラス唐沢も混
じっていた。
 どうやら考えることは皆同じらしい。その場の雰囲気に乗って、驚かせよう
ということで皆で示し合わせ、静かに部屋の前に立つ。そして、
「みんな、いる?」
 と、いきなりドアを開けた。ほんの一拍ほど遅れてどたばたと室内が騒がし
くなるのが分かった。
 前田が先頭切って乗り込み、睥睨するかのようなポーズをして、にやりと笑
う。
「怪しい。何してたのか白状すること」
 彼女の言を待つまでもなく、そこにいた七、八名の男子達の様子は怪しかっ
た。畳の上にへたり込んだまま、みんなして背中の後ろに何か隠している。
「何でもない」
 立ち上がって否定したのは、六組から来ていた立島だった。前田の相手なら
自分がと踏んだに違いない。
 だが、実際は逆効果。
「何でもないことないでしょ。どう見たって不自然よ。ねえ?」
 背後の純子達に同意を求める前田。当然、女子全員でうなずいた。
「嘘をつくならもっとうまくつきなさいな。全部を打ち消したら台無しよ」
「と……突然入ってきといてえらそーな」
 簡単にやり込められ、立島はかくんと膝を折って座った。顎に肘打ちを食ら
ってダウンするキックボクサーみたいだ。
「教えてやってもいいけどなあ」
 入れ代わりに出て来たのは清水。何だか得意そうな顔をして、鼻息も荒い。
「聞いたらおまえ達の大半、ショックを受けるんじゃねえかな?」
 横合いに大谷も来て、一層勢いを得た。
「もったい付けずに、早く言えば。どうせくだらないことなんだから」
 町田が一歩前に出て、切って捨てる。腕組みをして、見下ろすような態度だ。
 対照的に後退する清水と大谷。たじっ。そんな音が聞こえそう。
 でも、この期に及んでまだ明かそうとしない。ガードは堅いかも。
 と思ったら。
 峰岸や有村らが長瀬を掴まえて、「教えてよ〜」と甘い声で誘いを掛けると、
砂の城よりも簡単に陥落した。
「僭越ながら」
 開口一番、何故か演説口調になった長瀬。しかしそれは冒頭だけ。
「俺達でランキング作ろうとしてたとこだったんだ」
「何のランキング?」
「もち」
 短い返答のあと、他の男子と目を見合わせる長瀬。そして改めて女性陣に眼
差しを送ってきた。
「もしかすると、私達を対象に」
 前田が勘よく言う。男子達が否定しなかったので、続けて「あっきれた!」
と声を高くする。
 その間に、女子側に立っていた唐沢が「そんな面白いことやってたのか」と、
そそくさとした足取りで男子側へ移動。結果の書いてあるらしい紙を覗き込む。
「対象にしたのは五組の女子だけだから」
「不愉快だわ。帰る」
 過敏に反応したのは白沼。かつての文化祭での投票結果を思い出したのかも
しれない。身体の向きを百八十度換え、足早に去ろうとする。
 その動きを停める台詞が飛んだ。
「あっれー? 白沼さん、部門トップになってんだけどなあ」
 唐沢が白い紙をひらひらさせて笑っていた。
 少なからず興味をひかれたか、再びきびすを返した白沼。五秒ほどの間を取
って、しょうがないから聞いてあげるといった風に口を開いた。
「何の部門?」
「えっと、美人顔部門」

――つづく




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