#4871/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 6/30 14:54 (199)
そばにいるだけで 37−11 寺嶋公香
★内容 16/06/13 15:55 修正 第2版
「手遅れかもしれねえ。――相羽、もういいから、叩き起こすなよ」
「叩き起こすつもりは元からないけど」
唐沢に対して応じながら、相羽は迷ったまま手を浮かしていた。
「このままにしといて先生に事情を説明しても、ややこしくなるだろうな」
唐沢が難しげな顔になって言った。すぐさま相羽が疑問を呈する。
「ややこしくなるか? 別に、寝てるだけだぜ」
「何言ってんだ、ややこしくなるに決まってる。……しゃあない。相羽、おま
え、涼原さんを押し入れに隠せ。布団がないからどうにか入れるだろ」
「本気か」
相羽は押し入れをちらっと一瞥し、再び唐沢を見た。
「本気も本気。おまえが涼原さんを抱えて、一緒に隠れろ」
「僕じゃなくてもいいだろ。第一、それだと僕も部屋にいないことになってし
まう」
「いーや。おまえなら大丈夫。先生から信用されてる。ちょっとトイレにでも
行ってると言えば、簡単に見逃してもらえるさ。俺や大谷だとそうは行かない
だろ、悲しいことに」
「そうかな?」
のどかな調子で聞き返す相羽。そこへ、聞き耳を立てていた大谷が、手を大
きく振りながら「やばい、もう隣、終わりそうだ!」と鋭く叫ぶ。
唐沢も呼応して、慌ただしい雰囲気が高まった。
「ああ、もう焦れったい奴だな。ごちゃごちゃ言ってないで、急げっての!
――おまえだから任せるんだぜ」
「……分かった」
決心すると、相羽の行動は迅速だった。掛け布団を被ったままの純子を、両
手でそっと抱きかかえる。武道の鍛錬の賜物で、楽々持てた。
唐沢が襖を開ける。中にはちょうど二人分が隠れられそうなスペースができ
ていた。
「くれぐれも、妙なことはしないように」
「当たり前だ」
短く、低くやり取りをした後、相羽は純子とともに押し入れへ。身を潜める
と同時に、襖が外から閉ざされた。隙間から入り込む電灯の光が、中を細長く
照らしてくる。
暗がりの中、かすかな明かりに浮かび上がる純子の表情に、相羽はどきりと
した。胸が高鳴るのを、こんなにはっきりと意識したのは初めてかもしれない。
と、次の瞬間、部屋のドアをノックする音が。唐沢達の返事より早く、牟田
先生の声がした。
「五組男第一班、いるかあ? 開けるぞ」
「ほいほい」
唐沢と大谷は布団の上に並んで座り、とぼけた口調で返事する。
ドアが開き、牟田先生が入ってきた。片手には日誌のような物を抱えている。
もう片方の手には短くなった鉛筆。
「――お? 一人足りんな。えっと、相羽がいないのか」
「そーです。今、トイレに行ってまして。ついでに洗面所で歯を磨いて来るっ
て言ってた。な?」
ぺらぺらと喋り、大谷に振る唐沢。
大谷の方は、それに応じて喋り出そうとしたが、緊張したのか、出だしがし
ゃっくりのようになった。
「っ、そうそう。あと、時間あったら電話もするとか言ってたっけ。委員長だ
ってのに、ぐずぐずして」
「ふん。おまえらがそういうことを言えるのは、珍しいな。いっつも、注意さ
れてばかりだと言うのに」
笑いを交えて牟田先生が言った。
唐沢が調子を合わせて、「あ、ひどいなあ。でも、旅先では変わるんですよ」
云々と捲し立てる。
(あいつら、こういう演技はなかなかうまいんだよな)
押し入れの暗がりの中で、相羽は感心していた。思わず首を縦に振るほど。
そのとき、腕の中の純子が動いた。もぞもぞと寝返りを打つような動きだ。
身体ごと、相羽の方へ向く。
そして異状に気付いたらしい。
「……ん」
純子の唇から短い発声が漏れ聞こえた。
(あ)
相羽は反射的に右手を純子の顔の上にかざした。もし本格的に目を覚まし、
大きな声や物音を出すようだとまずい。口を覆うつもりになっていた。
(しかし……そんなことされたら余計に騒ぐか。今は起きないでほしい)
相羽は浮かした手をどうしようかと思案し、結局、純子の額にそっと載せた。
自分が子供の頃、こうしておでこを撫でられると気持ちよさそうに眠ったと、
母親から聞かされたことがある。閃きで、その真似をしてみたまで。
すると、純子の目尻が少し下がり、口元は逆に上がった。にっこりと音が聞
こえてきそうな笑顔になった。すやすやと静かな寝息の気配が感じられる。
(……効果あったみたい)
自分と同じ反応を目の当たりにして、嬉しくなってしまう。それ以上に、か
わいさを一層増した純子の様子に、息がこぼれそうになる。そんな息の音でも
外に聞こえてしまうのではないかと思えて、相羽はこらえた。
(さっきはああ言ったけれど、この状況はかなり……。早くしてくれないと、
妙なことをしてしまいそうな気分になるぜ)
「涼原もいなかったんだが。委員長と副委員長が定時に部屋にいないとは、我
がクラスはどうなっとるのやら」
やれやれと言いたげな口調の牟田先生は、音を立てて帳面を閉じた。
「まあ、あの二人なら問題ないだろう。相羽が戻って来たら、時間守るように
とおまえらの口から言っとけよ」
「はいはい。きつく言ってやりますんで、どうかお目こぼしを、お代官様」
「まったく、何を言っとるんだか。それから夜更かしするな。ばてるぞ」
注意を言い置いて、牟田先生は出て行った。
「よし。相羽、いいぜ」
声と同時に、襖が引き開けられた。
さすがに純子を抱えたままだと出るに出られない。外の二人に預けた。手近
の布団に横たえられる純子。
「あれれっ? まだ熟睡中か」
「うん。熟睡じゃないかもしれないけどな、よく寝てる」
相羽がそう答えた折、純子の瞼が開いた。暗い押し入れから、蛍光灯の下に
戻ったためかもしれない。唐突に覚醒し、戸惑うさまが見て取れる。しきりに
瞬きをして、状況を掴もうと努めている。
「ここ」
短くつぶやいて、布団の端を掴み、引き上げながら身体を起こす。と言って
も、まだ肘を突いた状態だ。
「おっはよー」
唐沢が陽気な口調で囁く。
「唐沢君。相羽君も、大谷君も……。ここ、どこ?」
「えっと」
男子三人、顔を見合わせる。
「とりあえず、時間的にやばいから、騒がずに聞けよ」
大谷が言って、ドアの方を見やった。
「時間?」
「もう就寝時刻なんだ」
相羽が教えると、純子は信じられないように眉を寄せた。そんなに眠ってい
た自覚はないらしい。
「ここは……みんなでトランプしてた部屋じゃないよね?」
「うん。僕らの部屋」
「え、嘘っ。何で?」
今度は信じられない思いに、驚きが加わった。完全に上半身を起こすと、純
子は辺りを見渡した。同じ動作を二度、続ける。
「私、あれから……眠くなってから、自分の部屋に戻って、布団に」
「階段を上がったかい?」
「――あっ」
大きく開いた口を手の平で隠す純子。
相羽達三人は微笑ましくなって、思わず吹き出した。瞬時にして赤らむ純子
を見て、今度はかわいそうになってきた。
「とにかく、早く部屋に戻った方がいいよ。先生の見回りが終わったあとだか
ら、こっそりとね」
相羽が言ったあとに、唐沢が付け足す。
「涼原さんがここで眠りたいって言うのなら、話は別だけどさ」
「ううん! 戻る」
一生懸命首を横に振って、純子は布団から抜け出た。温度差を感じたらしく
て、腕をさすっている。
「おやすみー」
唐沢と大谷、二人して手を振る。その横で相羽はほんのちょっと心配しなが
ら、やはり見送る。
と、純子が戸口の手前で足を止めた。髪を押さえながら振り返る。
「−−唐沢君、何か話があるって言ってなかった?」
「え?」
声を上げたのは唐沢当人だけではない。相羽と大谷が振り向く。
「ほら、昼間、言ってた……」
「ああ、あれね。今はいいよ、もう。こんな時間だし。また暇なときに」
早口で言うと、唐沢は純子を押しやるような手つきをした。
純子は納得できていない風に小首を傾げたが、続いて眠気が襲ってきたらし
くて、口を覆った。
「じゃあ――おやすみなさい」
純子を見送り終わってドアが閉じられるや、相羽と大谷は唐沢を問い詰めた。
「話って何だよ?」
「つまんねえことだよ。さあ、早く寝ようぜ」
話はここで切り上げられた。
だが、就寝までにはしばしの時間を要した。
一番奥の布団を誰が取るかで、少しだけもめたから。
* *
物陰にこそこそ隠れ、周囲を気にしながら、階段を昇り、部屋に無事戻った。
と同時に、豆球の頼りない明かりしかない室内から、白沼の声がやかましく届
いた。
「どこ行ってたのよ!」
「わ……ごめん、心配かけて」
ドアを後ろ手にぴたりと閉め、足元に注意しつつ部屋の隅っこに移動。気ま
ずさを感じる。
白沼と遠野は、布団の上に座っていた。
「……ふん。心配なんかしてないけれど、はっきり言って迷惑。先生に聞かれ
て、言い訳考えるのも結構大変だったのよ。冷や汗かいたわ。ねえ、遠野さん」
遠野の方へ視線を送る白沼。同意を強要する響きがあるようなないような。
果たして遠野はしばしの逡巡のあと、「うん」とうなずいた。
「その……とても、心配だったから。はらはらして……気分が凄く疲れた」
「……ごめんね」
遠野を見ていると、部屋を間違ったと正直に話そうかという気持ちも起こっ
たが、それ以上に白沼の存在が大きかった。
(変な風に受け取られたら困る)
「少し前に目が覚めて……喉がいがらっぽかったから起き出して、うがいに行
ってたの」
「随分時間掛かったのね」
白沼が確かめるような口ぶりで言った。
「そのまましばらくぼーっとしてたから。窓を開けて、外の空気に当たって」
この答に、やっと納得したのか、白沼はおもむろに布団に戻り込んだ。
「メモぐらい置いて行きなさいよね。明日からは、こんなことないようにして
よ。あなた、副委員長だってことを忘れてない?」
「……楽しくて、ちょっと忘れてたかも」
頭に手をやり、舌先を覗かせた純子に、白沼はため息をしてから目を閉じた。
「おやすみ。あなた達も早く寝なさいよ」
純子と遠野も従った。
三泊四日の第三日。最終日は夜行列車に揺られて帰るわけだから、実質的に
は本日が最終日と言っていい。
「酸素って、案外簡単に液体になるんだ?」
「面白いね。液体が燃えるのって不思議な感じ」
科学実験の実演を観終わり、言葉を交わす純子達のグループ。今日の一つ目
は、科学館見学だ。
先ほどの実験は、酸素の燃焼性を一風変わった形で見せるもの。液体窒素を
満たした金属製のお椀の周りにしずくがどんどん着いて行き、下に滴り落ちて
溜まる。その液体に火を着けると激しく燃えた。この液体の正体こそ、空気中
から結露した酸素、という次第。
「ちょっと早いけど、プラネタリウム、行ってみる?」
時計を見ながら言ったのは純子。上映時間まであと二十分足らずといったと
ころか。星のこととなると、気が急いてしまう。
「まだいいんじゃない?」
白沼が言った。さっきから相羽の隣を確保して歩いており、ご満悦の様子。
「こうして展示を回ってればいいわ」
「少しでもいい席に座りたいんだけれどな」
「あ、僕も」
純子のつぶやきに、相羽が同調した。
白沼が足を止めた。他の面々もストップする。
――つづく