AWC そばにいるだけで 37−4    寺嶋公香


        
#4864/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30  14:45  (200)
そばにいるだけで 37−4    寺嶋公香
★内容
 遠野はうつむき、普段よりも一段と小さい声になる。
「そ、そうなの。ごめんなさい」
 その姿勢のまま、人見知りする亀みたくゆっくり、おずおずと出されたカー
ドは……ワイルドドローフォー再び。
「あーん、もうやだぁ!」
 後ろにばったり倒れた純子に、遠野と唐沢が声を掛ける。前者が「大丈夫? 
本当にごめんなさい……」と心配そうな響きに溢れているのに対し、後者は冗
談ぽくまとめる。曰く――。
「はいはい、ショックなら僕の腕の中で泣いていーよ。でもその前に、カード
を取ってね」
「はあい」
 起き上がり、前に掛かった髪を戻しながら純子は言う通りにした。ふと感じ
た視線に目を向けると、相羽の苦笑する表情が捉えられた。
(トップの人は気楽よね!)
 うらやましさと癪に思う気持ちが相半ばし、心中で叫ぶ純子。
 相羽は序盤こそ低迷していたが、五回ほどゲームを重ねたところで俄然本領
を発揮し、今やトップを快走している。その調子の波は、純子とは好対照だ。
(これまでの点数から言って、もう一位は決まりだわ。こうなったら、最下位
にだけはならないようにしなくちゃ)
 固く決心した純子だが、またもや二桁に達した手札を見つめると、ため息が
こぼれてきた。
「色は……このままでいい」
 二枚になった手元のカードを見ながら、遠野が言った。
「ん? 青のまま? さっき青の0出したのに……何か策略があるな」
 考え込むのは唐沢。多少躊躇しつつも、じきに青の九を出した。
「遠野さんて、凄い攻撃を大人しく仕掛けるよなぁ」
「そうそう。見かけによらず、コワい」
「そんなつもりは……偶然、行けるのがこれしかなかっただけ」
 長瀬の論評に清水が応じて笑いが起きる中、遠野はますます身を縮こまらせ
ている。
 そこへ、相羽が長瀬に声を飛ばす。
「ほらほら。さっさと進めるように。退屈でたまりません」
 と早くカードを出すよう促す。相羽はすでに手持ちを一枚としていたが、な
かなか回ってこないでいたのだ。
 そして……ゲームの最終回も幕引きを迎えた。
「一位は相羽君。断トツね」
 点数表を片手に、前田が言った。やけに楽しげな声だ。
 その表を傍らから覗き込む白沼。途端に不服そうな表情になった。
「ビリは……涼原さんよ。お気の毒さま」
「やっぱり」
 自分の負けっぷりは自分でよく把握している。覚悟はできていたものの、明
瞭に宣告されてうなだれる純子だった。
「ではでは、お楽しみのくじ引きの袋を」
 清水と大谷が二人してグリーンのビニール袋を持って来た。中には各人が書
いた紙片がたくさん、畳まれた状態で入っている。動かす度に、かさかさと音
がする。
「ほらよ、一位どの」
 相羽の前に持ってくると、にやつきながら袋の口を広げた清水・大谷コンビ。
「気味悪いな。何か企んでる?」
 相羽の問い掛けに、清水は声を大きくして答える。
「何にもしてねえって。してたとしても、素直に言うわきゃないけどな」
 それから一転、ひそひそ話の調子に。
「認めるの悔しいけどさ……まじで縁があるよなおまえらって」
「おまえらって、誰だよ?」
 思わず自らも声量を落とす相羽。
「決まってるじゃねえか」
 清水は肩越しに親指で純子の方を示した。
 相羽は小さくため息し、ぶっきらぼうな口調で応じる。
「――さあね」
「とにかく引けっての。いい罰ゲームを引けよ」
「何のこっちゃ、いい罰ゲームって」
 袋の中に手を入れる相羽。特段、どれを選ぶというような意識はなく、最初
に触れた紙を取り出した。
 純子はその有り様をやや離れた位置から、見守っていた。知らず知らずの内
に固唾を飲んで。
「また随分固く畳んでる……」
 相羽がねじってある紙切れを、丁寧に開いていく。それでも端っこを少し破
いてしまったようだ。
「えっと……」
 紙の文字を追っていた相羽が黙りこくった。何だ?と清水や大谷、それに唐
沢達他の男子も集まってくる。
「おっ」
「いーじゃないすか、相羽クン」
「わはは、こんなの書いた奴、誰だよっ」
 やがて騒ぎが一気に湧き起こる。純子は不安を覚えるも、その不安故に確か
めに行く元気がない。
「何なに? 見せてよ」
 代わりのように、前田や白沼ら、ゲームに加わっていた女子達が駆け寄って
いく。
 純子の横には、遠野一人が残っていた。
「ごめんなさい、涼原さん。私のせいみたい……」
「え? ううん、そんなことないよ。ゲームなんだから。気にしない気にしな
い。気を遣ってたら勝てないってば」
「でも、結果的に」
 申し訳なさそうにする遠野に、純子は「いいから」と応じた。もっとも、内
心では遠野にかまっている余裕はほとんどない。
(罰ゲーム……相羽君が一位なのが不幸中の幸いとでも思わなくちゃ、やって
られないわ。ああ、一位が遠野さんだったらちょうどよかったのに)
 ため息をついていると、近藤が知らせに来た。
「涼原さん、結構凄い罰ゲームだぜ」
「どんなの……?」
「それが」
 言いかける近藤の後ろから、清水や唐沢が覆い被せるように言った。
「『一位は最下位に対して、十秒間、好きなところをさわれる』だってよ!」
「……な、何よそれ」
 呆れて口をぽかんと開けてしまった。ひょっとしたらという嫌な予感がなく
はなかったが、こういう小学生みたいな内容を書く奴――恐らく男子だ――が
本当にいるなんて。
「さささ、どーぞどーぞ」
 大谷に背中を押されて、相羽が純子の前に来た。文字通り、押し出される格
好である。
 ぼんやり目つきになる相羽に、唐沢がマイクを差し向けるポーズで近寄った。
「どーですか、一位になった感想は」
「……嬉しいような悲しいような」
「賞品、じゃない、罰ゲームについて」
「ったく。誰だよ、こんなの書いたのは」
 紙片をひらひらさせる相羽。群衆からの返答は無論なかった。
「ルールはルール。みんな納得して決めたことだぜ。なあ?」
 含み笑いとともに清水が言った。そうだそうだの声は、一〇〇パーセント男
子からのもの。
「さて、どこを希望しますか、相羽クン?」
「もし一位が女子で、最下位が男子とか、どっちも男子とかだったらどうする
気だったんだが」
 唐沢の最後の質問に、全く別の回答をよこすと相羽はきびすを返そうとした。
「ん? どうした?」
「やめた。こういうのは好みじゃない」
 次の瞬間、男子の一部からブーイング。
 唐沢はブーイングこそしなかったが、罰ゲームの提案者として、取るべき態
度は決まっている。
「だめだぜ、相羽。ルールは守れよ」
「しかし、こんな変な罰ゲームは」
「俺だって、こんな内容のがあるとは思ってなかったさ。けど、仕方ないじゃ
ないか」
 お手上げの格好をする唐沢。相羽は短い間考えると、面倒臭げに言った。
「じゃあ、権利の放棄だ。いいだろ」
「ふむ。そりゃかまわねえとしてもだ、その場合は当然、権利が二位に回るぜ」
「二位」
「ああ。もちろん、罰ゲームの内容に変更なし。くじを引く前ならともかく、
おまえ引いちまったもんな。しゃあねえだろ」
 相羽は片手で頭を抱えた。唇をきつく噛んで、何やら考えている。
 一方、「される側」の純子は、床にぺたりと座ったまま、ただ漫然とやり取
りを見上げていた。表情には、やはり拒絶したい気持ちがにじんでいた。
(触るって……好きなところって、やっぱり身体?)
 右腕で左腕をぎゅっと抱きしめる。
 何人かの女子が反対を始めていたが、男子の大半や女子の四割近くは罰ゲー
ム完遂支持派のようだった。「たかが罰ゲームじゃないの」「白ける」なんて
声も囁かれる。
「私、いいわよ」
 純子は立ち上がると、短く言い切った。
 騒ぎが大きくなると、先生が様子を見に来るかもしれない。そういう決着の
仕方はよくない。そんな意識が働いた。
「よくないって」
 反対してくれていた前田が、純子のすぐ真正面に立ち、肩に手を掛ける。最
前まで成り行きを面白がっていた彼女も、これはよくないと思ったのだろう。
「嫌なら嫌って、はっきり言わなくちゃだめ」
「誰か言ってたわ、たかが罰ゲームって。遊びよ。ここで私が拒否したら、た
だのわがままになる」
「涼原さん、あなたね、他人事みたいな口ぶりで」
 ゆっさゆっさと肩を揺さぶってくる前田。その横手から、白沼が口を挟んだ。
「いいんじゃない? 本人がOKって言ったんだから。早く済ませましょうよ。
どんどん騒がしくなって、先生が来ない内にね」
「白沼さんまで……。何考えてるの? 私、分かんないわっ」
 今度は前田と白沼の仲が険悪になりそうだ。純子は急いで割って入った。
「白沼さん。ぐずぐずしちゃって、ごめん。もうちょっとだけ待ってて」
「……はーい」
 まずは白沼に下がってもらうと、純子は前田に向き直る。
「ありがと、前田さん。気持ちだけで充分。負けた私が罰ゲームを受けるのは
当たり前だから」
「だけど、触るなんて……最低だわ」
「そういうのが嫌なら最初からUNOに加わらないか、罰ゲームを書くときに
細かいルール決めなきゃいけなかった――そう思うことにしよ」
 がやがやという周囲のざわめきを肌で感じつつ、純子は手を拝み合わせた。
 前田は眉間にしわを寄せていたが、やがて息をついた。
「どっちが罰ゲーム受ける立場だか、分かんなくなりそう。もう、どうなって
も知らないわよ。後悔したって遅いんだから」
「うん。覚悟した」
「……はぁ。まあ、相手が彼ならまだましかしら」
 前田は相羽の方へちらりと視線を送り、また戻すとあきらめた風に純子から
距離を取った。
「案外、相羽クンもやらしいかもしれないわよ。小学生のとき、着替え覗いた
ことあったけ。キスもあったし」
「あ、あれは……」
 前田の言葉は冗談だったのに、純子は不安がぶり返してきてしまった。
(見られたこと二回もあるし、胸触られたし、おんぶにだっこもされたし、抱
きしめられたし……抱きしめ以外はみんな偶然だけれど、でも)
 相羽の姿を探す。
 見つけた。
 表情は影になってよく分からなかった。見えたとしたって、何にも読み取れ
ないだろうけれど。
「いつまでやってるつもり? 消灯時間が来ちゃう」
 誰かの声を合図に、みんなが純子の周りから下がった。同時に、相羽の方も
周囲に人の姿がなくなる。大部屋のほぼ中央に、純子と相羽が三メートルほど
の間隔で向かい合い、そのぐるりをともにUNOに興じていた面々が取り囲む。
上から見れば、ラグビーボールの形状に似た人の輪ができたのが分かるだろう。
「……」
 純子は一瞬だけ相羽を見ると、あとは下を向いた。
 相羽は片手を後頭部に当て、もう片方の手は腰に。天井を見上げようとする
その姿からは、どうしたものか、今の状況になってしまったことを戸惑ってい
るのがありありと窺えた。
「どこだと思う?」
「ノーマルなところでは胸じゃねえの」
 外野で男子が――清水と大谷が囁き合っている。小さく低い声には、いささ
か下品な笑い声も混じっているようだった。
「でも、涼原は胸、あんまりねーから」
「じゃ、尻。まさか前の方には手を回せないだろ、いくら相羽でも」
「ジャージじゃないから、太股というのもありかも」
「そういや、涼原の弱点は――相羽、教えてやろうか! 涼原はへそが一番感
じるぞ!」

――つづく




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