#4862/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 6/30 14:42 (200)
そばにいるだけで 37−2 寺嶋公香
★内容 16/10/26 18:33 修正 第2版
驚愕が賞賛を上回った。感嘆の声とまばらな拍手が起こり、続いて「種を教
えてくれ」といういつもの要求が出される。
「観察力、観察力」
相羽はそれだけで煙に巻くと、近藤からトランプ一組を受け取った。続けて
マジックを披露するのかと思いきや、ケースに仕舞う。
「ええー! もっとやって」
不満の声にも、冗談めかして、
「一日目で全部出し切ると、いざってときに困ってしまう」
と切り返した。修学旅行は始まったばかりなのだ。
純子にはちょうどいい暇つぶしの材料が見つかっていた。
(観察力があればできる手品だったかしら?)
目的地に着くという車内アナウンスは控え目だったが、その代わりに各クラ
スの担任の先生が直接足を運んで、アナウンスしていった。
「はい」
「……ありがとう」
バッグを網棚(網製ではないけれど)から下ろしてくれた相羽に、純子は戸
惑いながらもお礼を言った。手提げ部分をしっかり掴み、頭を深々と下げる。
(別にいいのに。どうしてわざわざ)
頼んでいないどころか、荷物に手が届かなくて困った素振りさえ見せていな
いのに。
「私のも取ってね」
白沼が笑顔で願うと、相羽は無言で首を縦に振り、両腕を上に伸ばした。変
わらぬ丁寧さで鞄を引っ張り、「これ? 気を付けて受け取って」と声を掛け
つつ下ろした。
「どうもありがとうっ」
白沼の分が終わると、遠野へも同じように下ろしてあげた。
(やっぱり誰彼なしに優しいだけよね。ほんと、紛らわしくてみんなに期待持
たせるんだから)
通路にぽつんと立ち、そんなことを考えた。
「はいはい、順番にね」
後方では、唐沢が他のグループの女子を相手に張り切っていた。際限ないか
ら、いつ終わるともしれずに次から次へと荷下ろし作業に従事している。
(唐沢君はやりすぎかな。あはは)
やがて車輌が動きを止めたら、プラットフォームにみんなでぞろぞろと、慎
重かつ急いで降り立つ。
「心なし、気温が高い感じ……」
肌に触れる空気が教えてくれる。湿度まで高いのは、季節柄だろう。
陸橋を上り下りし、団体専用の改札を抜けると、駅の外へ。天気は出発時と
変わりなく、よい。
一日目は観光尽くしだ。そのまま今度はバスに乗り込んで、各所を巡る。神
社仏閣、神代の伝説のある土地、そして自然のたくさん残る高原。広範囲に渡
っている故、駆け足になったのは惜しいものの、まずまず堪能。
本日最後の観光を終え、バスへ戻る道すがら、純子は遠野のバッグに目を留
めた。正しく言えば、バッグに付いている物に。
(かわいいぬいぐるみ! どこかで見たと思ったら、少し前までやってたアニ
メ映画のキャラクターグッズね)
これまでほとんどグループの先頭を歩いていたため、遠野の後ろに立つこと
もなかった。夕方になって初めて気付いた次第。
ファスナーの金具に付けられたぬいぐるみが、ぽんぽんぽんと上下左右に跳
ねる。そのぬいぐるみのきょとんとした表情がおかしくて、見ている内に楽し
くなってきた。
「ね、ね、遠野さん」
「はい」
「そのぬぐるみ、かわいいね。どうしたの?」
「これ? ……」
遠野は何か言いかけたが、やめてしまった。それでもまだ迷っているような
仕種が垣間見られる。
横に並んだ純子は不思議に感じて、重ねて聞いた。
「映画館で買ったの? それとも」
「う、うん。そう、映画館」
遠野が伏し目がちになって下を向いてしまったのを見て、純子は突っ込んで
聞くのをやめた。
(子供っぽく見られると思ったのかな? でも、今までずっと平気でぬいぐる
みやキーホールダー、付けてたのに)
不思議に感じた気持ちを引きずったまま、バス車内に戻った。
食事の席には、男女の班を合わせたグループ単位で着いた。
期待していなかった分の反動を差し引いたとしても、夕食は豪勢だと言えよ
う。コロッケや小さなハンバーグ、キャベツの千切りなどが載った皿だけで昼
食用なら充分だろう。そこへ、刺身の入った小鉢やマカロニの覗くグラタン、
さらには焼き肉の鉄板と大皿が並ぶ。季節にはかなり早い、スイカの赤い三角
が人数分盛られた皿まであった。
「まだだ、まだ」
唐沢が鍋奉行ならぬ鉄板奉行ぶりを発揮している。肉の焼き加減にうるさい
だけのことだが。
「人それぞれの好みでいいじゃない」
白沼が言った。非難すると言うよりも、呆れた口調だ。
「いやいや。生焼けはよくない。味が悪いばかりか、下手すると身体にも害に
なる」
「僕らの中に、生焼けが好きなのはいないと思うけど」
相羽が告げ、コロッケをかじる。と、中のマッシュポテトが少しだけこぼれ
て皿の上に落ちた。
「焼き過ぎもよくない。知ってるか? 焦げ目はガンの原因」
「それぐらい、誰でも知ってるわよ」
白沼は言うが早いか、隙間を縫うようにして皿に箸を延ばす。肉を取ると唐
沢を無視して焼き始めた。
唐沢の抗議――こちらも勝手と言えば勝手だが――も聞かず、おまけに、焼
けた端から相羽の小皿へと取り分けていく。
「ったく。こうなると分かってるんだよな」
唐沢がぶつぶつ言いながらあきらめた風に席に着く。
(二人とも、やっぱりそりが合わない感じ)
純子は嘆息しながら思った。
他の男子とは極普通に話せて、あまつさえちやほやされることの多い白沼が、
どうして唐沢とは反発し合うのか、よく分からない。
「いいよ、一度にこんなに食べられない」
相羽が言っている。手で小皿を押さえていた。
「一遍に食べなくても、ゆっくりでいいの。スタミナつけなくちゃ、武道で強
くなれないんじゃなくて?」
白沼はよかれと考えてやっているのだろう、にこにこし通しだ。あるいは世
話をすること自体が楽しいのか。
「相羽君、まだ続けてるの?」
純子はかねてから気になっていたせいもあって、この機会に尋ねてみた。
山盛りになった小皿を前に、げんなりした様子だった相羽は、途端に表情を
明るくした。
「柔斗のこと? やってるよ。またやめろって言うの、涼原さん?」
台詞の内容とは裏腹に、頬を緩める相羽。
この成り行きに、白沼ばかりか遠野や唐沢、大谷までも聞き耳を立てた。
「やあね。今さらそんなこと言うはずないでしょっ」
急いで手の平を横に振った純子。
「私、相羽君が試合してるのをまだ観てない。だから、やめるならそのあとに
してねって言おうと思ったの!」
「私は観たことあるわよ。飛び抜けて格好よかったんだから。相手がどうしよ
うもなくなって反則に出さえしなければ、間違いなくきれいに勝ってたわ。ね
え、相羽君?」
白沼が嬉々として口を挟む。相羽は一瞬迷ったみたいに上目遣いで天井を見
やったが、やがて大きな瞬きとともに首肯した。
「次の試合、いつなん? また応援行ってやるけど」
口をもぐもぐさせながら、大谷。
「あることはあるけど、自分は出る予定ないからな」
「何で? もったいない」
「ん……言いたかないが、受験あるし」
答えてからぼそぼそとご飯を口に運ぶ相羽。
「もう受験勉強してるの?」
遠野が囁くような調子で聞いた。次いで男女を問わず、同じような主旨の声
が飛ぶ。
「さっすが、勉強家。俺なんて志望校も決められないってのに」
唐沢に至っては、茶化すような台詞をつぶやく始末。
相羽は困った風に眉をしかめた。この話題に振ったことを、少しだけ後悔し
ている様子が窺える。
「そういうわけじゃないさ。何て言うか……将来のこと考えて備えようと思っ
ただけ。武道は試合に出なくても、練習だけ積めばいいだろ」
「そんなもんかね」
「そうそう。――こんな話、似合わないな。料理がまずくなるよ」
自嘲気味に笑い、相羽は声のトーンを変えた。
「昼間観たとこで、何かいい土産あった?」
「おかしなことを。そう言われてもな、ほとんど一緒に回ってたぜ」
「あ、そうか」
話題の方も無理矢理変えたようだった。
「あれ、よかったよな。あれ」
「あれって」
「織物のできる過程。初めてだったから、興味深くて」
「そうかあ?」
飯をかき込みながらも、露骨に異を唱える唐沢と大谷。
「少なくとも俺達には縁がないよなー。女ならともかく」
「自分の場合、小説のアイディアに使えるかもしれないから、何でも興味ある」
相羽が理由を述べたそのとき、鉄板で水が跳ねた。白沼が相羽にお茶を注い
でやろうとした際、大きなやかんに結露していた水分が、滴り落ちたのだ。
「――び。びっくりした」
もわもわと湯気が立ち昇る中、ちょうど箸を伸ばしていた純子は表情を瞬時
に固くする。立ち上がっていたのが幸いし、油跳ねの方はどこにも被害がなか
ったよう。
「純子ちゃん、大丈夫かっ? 怪我は?」
相羽が真っ先に鋭く叫んで、次に唐沢と大谷。さらには近くの他の班の男子
までが続く。
「は、はい。何ともない。平気、ほらほら」
大ごとになりそうな雰囲気に純子は箸と小鉢を置いて、両手の表裏を示した。
「座ってたみんなの方こそ、何ともなかった?」
「それは大丈夫だったけど」
そう応じた唐沢が、白沼の方をちらと見やる。
白沼は一瞬、気まずそうに目を伏せたが、すぐに起こすと、純子へ向かって
小さく頭を下げた。
「涼原さん、ごめんなさいね。こんなに水滴がこぼれるなんて、予想できなか
ったから。それに、話に夢中になっていて……許してくれる?」
「いいよ、もう。無事だったんだから、気にしない。さ、なくならない内に食
べなくちゃ」
旅行が始まったばかりなのに、つまらないことで気分を害したくないという
気持ちも確かにあった。それ以上に、白沼との間にわだかまりを作りたくない。
(最初の関門、クリアってとこかしら)
純子が再び箸を手に、鉄板上を物色しようとすると、相羽の様子が視界に入
った。
自分が使ったおしぼりで、やかんの水滴を丁寧に拭っていた。
初日の宿の浴室はそこそこ大きくて、一クラス分の女子(もしくは男子)全
員が一度に入るのに充分対応できる広さがあった。
洗い終わった長い髪をタオルでまとめようとしていたとき、純子は隣の子か
ら話し掛けられた。が、濡れた髪が耳に蓋をする形になっていた上、浴室特有
の反響もあって、はっきり聞き取れない。しかも水しぶきのせいで、目もちゃ
んと開けていなかった。
「はい?」
探るように聞き返しながら、目を拭う。きれいな白い肌が視界に飛び込んで
きた。白沼だった。
「涼原さん。背中を流してあげる。こっちに座って」
「え」
聞き間違えたと思った。
(「背中を流してくれ」って言ったのかな? それも変な気がするけど)
きちんと髪をまとめ上げて、改めて聞き返す。
お喋りの声や水音、それにタイルに洗面器の当たる音が響く中、白沼は同じ
台詞を繰り返した。
「白沼さんが? 私の背中を?」
「そうよ。何かおかしい? さっき迷惑掛けたそのお詫びを兼ねてのことよ。
早くこっちに座って」
白沼は茶道部で身に着けた流れるような動作で、自らの前にスペースを作っ
た。そこにはちゃんと腰掛けが用意してさえある。
「こういう機会でもないと、あなたとじっくり話せないし」
躊躇する純子の腕を持ち、半ば強引に導く白沼。純子はタオルやブラシなど
を慌てて持つと、指定された場所に移った。
「――さすが、滑らかな肌してるわね」
――つづく