AWC そばにいるだけで 37−1    寺嶋公香


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#4861/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30  14:40  (200)
そばにいるだけで 37−1    寺嶋公香
★内容                                         16/06/13 15:53 修正 第2版
 日本を知る。
 様々なよい体験をする。
 この二つが修学旅行の主な目的である。実際は観光旅行に限りなく近くても、
少なくとも建前上、そうなっている。
「肘掛けの上を渡り歩くなっての!」
「え? お堅いこと言うな」
「そうそう、どうせ貸し切り」
 相羽の注意は清水と大谷だけでなく、周りの喧騒によってかき消された。
「もうどうでもいいじゃない。相羽君、引いて」
 相羽の隣、窓際の席に座る白沼が言って、手にしたトランプをずいっと前に
押し出した。
 確かに、車輌はどこも同じような状況である。
「楽しまないと損よ。委員長の役目なんか忘れて」
「事故で急ブレーキかけられでもしたら……まあ、いいか」
 相羽は短いが深い息をつくと、吹っ切ったように白沼のカードへ手を伸ばし
た。特に選ぶ様子もなく、最初に触れた一枚を抜き取る。
「うっ」
 相羽はあからさまに顔をしかめ、白沼はかすかながら頬を緩ませた。開始し
たばかりだと言うのに、早くもジョーカーが移動したらしい。
(珍しい!)
 ゲームの輪に加わっている純子は内心で叫んでいた。
(ゲームやってるときに相羽君があんなにはっきり顔色に出すなんて! もし
かして、あれも演技? でも、白沼さんだって笑ったんだから、違うわよね。
ほんと、珍しいの)
 純子の隣――通路を挟んでの隣なのだ――で、相羽はカードをひとまとめに
すると、何度か切った。ジョーカーを手にした事実がばればれだと自覚してい
ると見える。
 いつものマジシャンの手つきに戻ると、きれいに広げる相羽。
「お待たせしましたっ」
 見事な扇を純子の方に向ける。身体を斜めにしているのは、背後の白沼に覗
かれないようにという、念のための用心だろう。
 純子は、どのカードを取ろうか迷う素振りをしながら、相羽の表情を上目遣
いに観察した。
(今の相羽君になら通用するかも……。ジョーカーに触れたら表情が明るくな
るとか)
 少しだけ期待してみたが、やっぱりだめだった。相羽は目元に微笑をたたえ、
あとは変化を見せないでいる。
 仕方ないので適当に取る。クローバーのクイーンだ。
 手元にハートのクイーンがあったので、ペアができた――というのは勘違い。
この回、数字の他に色も合わなければ認めないルールを採用しているのだ。
「あっ、間違い」
 気が付いて、出しかけたカードを引っ込める。これでは相羽に情報を与えて
しまったようなもの。先行きが思いやられる。純子は気を引き締め直し、左隣
の席に座る唐沢にカードを向けた。
 唐沢は間を置かずに一枚を引き抜くと、「お、ラッキー」と、2の黒のペア
を場に放る。
「ふむ。相性がいいんだな、これは」
 何やらご機嫌の唐沢は、正面の前田にカードを引かせたあとにも、純子へ話
し掛けてきた。
 純子が苦笑するのに合わせて、前田も完成したペアを場に出した。
「私も唐沢クンとは相性がいいみたいね?」
「およよ。でも、前田さんには彼氏がいるからなあ。立島に悪い」
「クラスが違って、残念ね」
 向こうの席から白沼が声を飛ばしてきた。前田は少々面食らった風に口をす
ぼめたが、すぐに切り返した。
「まあねえ、同じクラスでも同じ班になれるとは限らないし、自由行動だって
あるんだし」
「さっすが、できあがっちゃってるところは違うわ。自信がおありのようね」
 嫌みな響きはなく、羨ましがっているような高低を声に着けている。白沼は
言った直後に、相羽の方へ少しばかり身体を寄せた風に見えた。
「あんまり近くだと、手札が見える」
 相羽の言に首をすくめると、やや戻して座り直す白沼。それでも最初よりは
距離を狭めたのは間違いない。
 その後もできたペアを場に出す度に、白沼は腕をいちいち相羽のすぐそばを
通過させたり、上がった瞬間に肩にしなだれかかったりした。
(……いつにも増して積極的)
 気になる純子は、ゲームの成績は悪かった。
(郁江達が見てたら、大騒ぎになってただろうな。そういえば、遠野さんはど
う思ってるのかしら?)
 折を見て様子を窺っていると、何故だか、遠野の方も純子をちらちら見やっ
てくるのが分かった。
(? 変なの……)
「涼原さん、ストップかかった」
 前回最下位の者の務めとしてカードを切っている最中なのに、ぼんやりして
しまっていた。正面に座る長瀬から言われて、急いで手を止める。
「えへへ、ごめんね。ぼーっとして」
 そんな具合にトランプゲームを重ねること十数回。さすがに飽きてきた。な
のに、最初の目的地まではまだ時間がある。みんなお菓子やジュースに口を動
かしながら、「何するー?」とだけ言って次がなかなか決まらない。
「手品やってちょうだい、手品」
 白沼が言った。もちろん相羽に対してだ。
 呼応する格好で、唐沢がおちゃらけた口調で「旅の御供にトランプ奇術」と
つぶやく。理由は分からないけれど、いつもと違い今日の唐沢と白沼は息が合
う感じだ。
「いいなあ、やってくれよ。噂の腕前ってのを、俺も見たい」
 白沼の前の席にいる近藤が相羽へ視線をやり、腕組みをした。彼は相羽のカ
ードマジックを見たことがない。
「トークしてる方が気楽なんだけどな」
 相羽は、これも珍しく、乗り気でない様子だった。自分からマジックをやる
と言い出すことはまずないが、請われれば喜んで応じるのが常だっただけに、
意外である。今もトランプに手を伸ばそうとはせず、肘掛けを指先でとんとん
鳴らしている。
「女子に言われなきゃやる気が起きねえってか」
 長瀬がからかい調で言うと、即座に白沼が「私が最初に言ったのはどうなる
わけ?」と詰問する。
「ああ、もう、やかましい。やるよ」
 相羽が言ったので、手にしていたカードを渡そうとする純子。最終回もビリ
だったのだ。一度も切らずに握りしめていたので、温もってしまっている。
 相羽は片肘を突き、空いている方の手を振って「いらない」の意志表示。
「どうしたの? 使わずにやるつもり?」
「いいから、そのまま持ってて」
 やっと笑みの戻って来た相羽。その様子にほっとした純子だが、相羽の背中
の向こうで白沼が面白くなさそうに口をつぐんでいるのを見てしまい、身を縮
こまらせる。
 相羽は気付かぬ素振りで、指示を始めた。
「裏向きのまま、扇形に広げてほしいんだ。形は適当でかまわない。そうそう」
 胸元にかまえたカードを、言われるがままに広げる純子。持ち方がたまたま
よかったらしく、なかなかきれいに半円を描けた。
「もう一人、手伝いが必要なんだ。誰か希望者はいる?」
 その目線の向いている先から言って、相羽は近藤にさせたかったようだ。初
めての相手だからだろう。
 しかし、強くアピールしたのはマジシャンの背後の人。
「やってみたいわ。いいでしょう?」
 相羽は振り返り、「もちろん、かまわないよ」と告げた。そして膝をずらし、
白沼に通路に出るよう促す。
「何をすればいいのかしら、相羽君?」
 相羽の席の肘掛けに手を突きながら、楽しげに催促する白沼。
「簡単すぎて申し訳ないぐらいだけど、カードを一枚選んで。あ、僕に見えな
いように」
 相羽は窓際の席に引っ込み、さらに両目を手の平で自ら覆った。近藤が「大
げさだぜ」と呆れた口ぶりでつぶやくのが聞こえた。
 白沼は演者の相羽が見ていない気安さからか、一番引き抜き易いであろう、
扇形の真ん中辺りのカードを選択した。それを手の平で隠しつつ、確かめる。
「私だけが見ればいいの?」
「うーん……どっちでもいいんだけど、まあ、みんなにも見せて」
 この時点になると、当初ババ抜きをやっていた面々に加え、ギャラリーが増
えていた。
 白沼は右手に一枚のカード――ダイヤの5を掲げ持ち、ぐるりとほぼ一周す
ることになった。
「みんなにも見せたわよ。これからどうすればいい?」
「ちょっと待ってて。じゅ、じゃない、涼原さんはカードの扇を閉じて、ひと
まとめにしてください」
 相羽はここだけ丁寧口調になって言った。純子を下の名前で呼びそうになっ
たので、多少慌てたのかもしれない。
「白沼さんは選んだカードを裏向きにして、カードの山の一番上に置いて」
「――置いたわ」
「じゃ、好きなところでカットしていいよ」
 カットと言うだけで通じる。もはや説明不要になったのは、何度か相羽のカ
ードマジックに付き合ってきた成果だ。
 純子はカードの山を右手に乗せて、白沼が取りやすいようにと腕の位置を心
持ち高くした。
 白沼はカードを選ぶときと同じく適当な箇所で山を分け、上下を入れ替えた。
「カットは一回だけ?」
「――お望みとあらば、何度でも」
 うつむき気味に目を覆う姿勢に疲れたか、首をそらして屋根を見上げながら、
相羽。
 それならとばかり、我も我もと手が伸びる。おかげで純子はパーティ会場の
ウェイターよろしく、トランプの山をトレイのようにあちこち移動させる羽目
になる。
(落とさないようにしなきゃ)
 そう思った。相羽から注意されたわけではないが、落としてはいけないこと
は直感で分かる。
 数名の手によるカットが終わり、席に無事戻った純子。
「カット終了!だぜ、相羽」
 長瀬が景気よく言った。この台詞、まるで陽気な美容師である。
 相羽はようやく目を開けたためなのか忙しなく瞬きしつつも、通路側へ向き
直った。白沼を座らせてから続きに取りかかる。
「これから僕は一枚のカードになって、白沼さんの選んだカードを探す――こ
ういうのでいいかな」
「ほー、何のカードになる?」
 タイミングよく合いの手を入れる唐沢。
「当然、ジョーカー」
 相羽は気障な調子で応じた。
 そうしてマジシャンは席を離れると、純子の席の傍らに立った。持たせたま
まのカードの山に、重ねた両手をかざす。
「――これ、演出だからね。超能力だなんて勘違いしないよーに」
 相羽の軽い物腰に、笑いが起きる。周りのみんなが咳き一つせず、固唾を飲
んで見守っているのに気付き、空気を緩和させたのだ。
 やがて相羽は両手を握りしめると同時に、「よっし」と短く叫んだ。
 間近にいた純子は、全身をびくりとさせてしまったほど。見上げると、相羽
の微笑が窺えた。
「これでジョーカーになれた。ジョーカーは優秀な探偵だから、ほら、もう見
つけた」
 あたかもお約束のように見事なまでに湧き起こるざわめき。
 相羽はカードの山を指差し、きっぱり言い切った。
「白沼さんが選んだカードはジョーカーにつかまったよ。つまり隣り合わせに
なったってことさ」
「……まさか」
 相羽が失敗しそうにないのは分かっていても、信じられない気持ちの方が上
回る。
(一度もカードに触れないで当てる気?)
 純子は手元の山と相羽の顔とを交互に見た。
「じゃあ……最後は近藤、おまえがカードを調べてくれる?」
「あ、ああ。かまわないけど、いくら何でも無理だろ。当てられっこないぜ」
 席を立つと、近藤は純子の方へ向かいつつも、半信半疑、いや、もはや怪訝
と言ってもいい目線を相羽に投げかける。
「いいから。マジックだってことをお忘れなきよう」
 今度はまだ首を捻り、ようやくカードの山を手に取った。それから、この場
の全員に見やすいよう、通路にしゃがみ込んでから顔の高さでカードを表向き
にすると、徐々にずらし、明らかにしていく。
「――ほら、ジョーカー!」
 外野から声が飛んだ。隅にJokerの文字の入ったカードが、ちらと見え
ていた。
 近藤は慎重な手つきでジョーカーを前後二枚とともに引っ張り出す。
「あ……すげぇ」
 ジョーカーの次にあったカードが、ダイヤの5だった。
「当たってたみたいだね」
 白沼を横目で見やった相羽は満足そうに、そして安心したようにうなずいた。

――つづく





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