#4860/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 6/30 2: 8 (198)
飛井田警部の事件簿:消せない音 9 永山 (訂正版)
★内容
木目調の椅子を引き、勢いよく座ると飛井田は鼻の頭をもんだ。
「基本的に殺しの話なんて、食事中にするもんじゃあ、ありませんや」
刑事の言葉に、西川はトーストをかじり取り、咀嚼してから反応した。
「言ってください。気を持たされると、かえって落ち着かない」
相手のペースに巻き込まれたくなかった。
飛井田は思い出す風な上目遣いをしたあと、ゆっくりした調子で喋り始めた。
「ああ、そうだ。ちょっとだけ無駄話、よろしいですかな。食事中にはちょう
どいい」
「……どうぞ」
「赤石さんの犯人当て、真相をご存知でしたら教えてくれませんかね」
「はあ?」
食事を中断し、西川はみっともないほどの素っ頓狂な反応をした。
「いえね、赤石さんの作品を一つぐらい読んでおくべきだろうと思い、『小説
陽光』に掲載された短編を見つけたんです」
「ああ、あれのこと」
「短いので手っ取り早く済ませようとしたのが間違いだったのか、さっぱり分
からないんです。気になって捜査に集中できんので、教えてもらおうと思いま
して。茶本さんに聞いても結末を知らない、編集者なら知ってるんじゃないか
という話でしたんで、こうしてお伺いしてる次第です」
ちょっと愉快になった。
「ふふっ、刑事さんでも分からない犯罪があるんですか。そうだなあ、無論、
私は赤石先生から解決編の原稿も読ませていただきましたが……」
刑事をちらりと見やり、間を取った。おもむろに答える。
「飛井田さん、次号発売日をお待ちください。あなただけ先に教えるのはよく
ないでしょう」
「ははあ。やっぱり、だめですか。うーん、弱ったな」
顔をしかめ、頭や首筋を掻く飛井田。西川は嫌味混じりに付け足した。
「相当、お悩みのようで。犯人当てが解けないと、現実の事件捜査に影響が出
るというのなら、善処してもいいですよ」
「ああ、いや、それなら、おおよそ目星はついたつもりでして。じゃ、本題に
入りますかな」
飛井田の口調がかすかに変化した。刃物に砥石を掛け、曇りを取り去ったよ
うな緊張感が加わる。西川もまた緊張感を覚えた。
「ええっと手始めに、ノンフィクション用の資料や原稿についてですが……茶
本さんに聞きました。答はノー、知らないとのことでしたよ」
西川にとって分かり切ったことだった。矛盾なく収めるため、考え考え喋る。
「彼も知らないのか……じゃあ、赤石先生がどこか秘密の場所に保管したんじ
ゃないでしょうか。貸金庫とか、知人に預けるとか」
「そのような可能性も考えて調べていますが、まだ結論は出ていない。前提と
して気になるのは、貸金庫に預けるようなことが今までもあったんですか?」
「いや、なかった。ただ、初めてのノンフィクションで慎重を期したんじゃな
いかと想像したまでですよ」
「ふん。いずれにしろ、これから書こうって作品のメモをそんな風に仕舞い込
んでは、不便でたまらないでしょう。手元に置いておくべきだと思いますが」
「しかし、実際にはないんだから、こうとでも考えるしかないんじゃ?」
「以前にお話ししたように、犯行の動機に関わっている説を採りますよ、私は」
「そこまで仰るからには、何か分かったんですか」
トーストを全て食べ、指先をこすり合わせた西川。胸を反らせ、聞かせても
らおうという態度を取る。
「西川さん、あなたのお兄さんの病院に行かせてもらいました」
「だそうですね。兄から電話で叱られました。いい迷惑だと」
不機嫌な口調で答えると、相手はかすかに頭を下げた。
「赤石さんがノンフィクションのテーマとして取り上げたのは、医療関係じゃ
ないんですかね」
「――馬鹿な。何を根拠にそんなことを考えたんですか」
「茶本さんが口を滑らせた……と思うんですがねえ。私の勘ですが」
得意そうに笑む飛井田。西川は一転して猫背になった。
「初めて彼と会ったとき、真っ先に聞いたんですよ。世間話のようにして、最
近調べたのは何についてか?と。茶本さん、その前の私の誉め言葉が効いたの
か、あっさりした調子で言いました。医療と介護だと」
「……ふん」
鼻で笑うような応対をしつつも、内心穏やかでない西川。焦りを出すまいと
腕組みをしたが、右手の人差し指と中指が、左腕をいらだたしさも露に叩いて
しまう。
(あの、おっちょこちょいが。そんなことを漏らしていたのか)
歯ぎしりをしたが、その音は刑事には届かなかったと思う。
「赤石さんがお一人で資料集めしていたとは到底信じられない。茶本さんが関
わっているに違いない。その彼が医療関係を当たっていたのだから、当然赤石
さんのノンフィクションのテーマも」
「ああ、もういいです。分かりましたよ、飛井田さんの言いたいことは。赤石
先生が何のテーマを選んだか、私は知らない。仮に医療だったとして、それが
何なんです?」
強い調子で反駁すると、西川は拳を固めた両手をテーブルに置いた。
飛井田の方はのれんに腕押しとばかり、穏やかな口ぶりで応じてくる。
「あれ、気付かない? おかしいと思いませんか」
「全然」
状況を伺うべく、返事が短くなる西川。刑事は眉間にしわを作った。
「赤石さんの心理になってみてくださいよ。医療をテーマに決めたら、その資
料集めに全力を注ぐでしょう。可能な限り、情報収集したいと思うはず。当然、
あなたにも協力を求めているはずなんです」
「……そのことなら、兄から聞きました。あなた、兄にも同じことを言ったよ
うですね。はったりでしょう?」
「いえいえ、先ほども言いましたように、茶本さんの言葉をきっかけに、探っ
てみる気になったんでさあ。そして、ある手応えを感じております」
「手応え? そんな物、ある訳がない」
「ある患者さんが小耳に挟んだことなんですがね、真夜中、善城寺病院の看護
婦達が乳幼児の臓器移植に関して、囁きを交わしていたそうです」
「……はあ?」
思わず、素っ頓狂な調子で返した西川。飛井田の方は、落ち着いた物腰のま
ま朗々と続ける。
「無論、違法ですな。まだ確証は得られていませんが、これが動機になったと
にらんでますぞ。執拗に探る赤石さんをうるさく思い、病院側の人間が始末し
たんではないかとね」
「飛井田さん、推測で物を言うのはよした方がいい。あなたが刑事ならなおさ
らだ。冤罪を生む元だ」
西川のこの台詞には、飛井田も表情を変えた。ただし、それが演技である可
能性もゼロにはできないが。
「これは大層なお言葉ですな。では、認めてくださらんと」
「認めるも何も、兄の病院がそんな違法行為に手を出しているなんて、馬鹿馬
鹿しい。あるはずないじゃないですか」
声を張り上げる西川に、飛井田は理解ある風にうなずいた。
「あなたがご存知ないだけで、病院内で密かに行われているかもしれない。兄
弟思いなのは結構だが、無闇にかばうと恥を掻きかねませんよ」
「絶対にない。あんた方警察で調べればいい。ただし、患者に迷惑を掛けるよ
うな行き過ぎは避けてくださいよっ」
人差し指を突き付けてやりたいところだが、それはやめておく。無意味に警
察を挑発しても逆効果になるばかりである。
「……大した自信ですな」
飛井田はさすがにひるんだのか、それまでの言い聞かせるような口調を改め
た。居住まいを正し、わずかばかり首を傾げる。
「他にも色々お伝えしようと考えてましたが、気が変わった。あなたの忠告に
従うとしましょう」
尻尾を巻いて退散する様子はまさに犬のようであった。
玄関まで見送りに出た西川は、ドアが閉まりきると同時にほくそ笑んだ。
「――犯人当て、頑張ってくださいな」
「漫画の話ぃ?」
古村の報告に、飛井田は我を忘れて叫んだ。部屋の他の刑事達の視線を集め
てしまい、作り笑いを浮かべて肩をすくめる。
「……看護婦連中、口を揃えてそう言ったのか?」
低めた声で尋ねる。古村は隣の席に着きながらうなずいた。
「はい。口裏を合わせた気配は、微塵も感じられませんでしたね。それはもう、
あっけらかんとしたもので」
「うーん。確かに……団さんの証言では、看護婦は楽しげに臓器移植のミスを
話題にしていたってことだからなあ。漫画の筋書きなら分かる」
「もう一つ、あります。室崎をやっとキャッチできまして……」
言い淀む古村を、飛井田は目で促した。
「警部の推理を覆すことばかり出て来て申し訳ないんですが」
「何を気にしてるんだ」
「彼の外国行きの目的は、警部の考えたような臓器のルート確保なんかではな
く、やばめの映像物を入手することでした。あの、お咎めなしを条件に口を割
らせたんで、その辺りはよしなに」
「おまえさんのやりたいように任せるが、奥歯に物挟んだ言い方はやめようや。
説明ははっきりとな」
「はあ、では言います。要するに室崎はロリコンを相手に商売してた」
「そういうことかい。子供は子供でも、臓器じゃなかったって訳だ」
やけ気味に苦笑を浮かべる。その表情は直後に苦虫を噛み潰したものへ一変
した。頭をごりごりと掻いて、失敗に終わった見込みをどう修正していくか、
脳細胞を刺激する。
「犯人は、場所を告げない内に駆けつけた西川か、普段身近にいた茶本のどち
らかだと思うんだが、動機がまた分からなくなっちまったな」
「茶本だとしたら、動機は明らかでは? 被害者のネタを盗むっていう」
「事件の夜の直前に、一人立ちのチャンスをもらってんだ。それをものにでき
るかどうか分からない内に、“師匠”を殺すかね? チャンスがだめになって、
赤石を殺そうとするならまだ辻褄が合うがな。それに……茶本がアリバイ工作
してないのも気になる」
目で問い返してくる古村に、飛井田は考えを披露する。
「犯人は時計をいじっていただろ」
「ええ、その可能性が高い、といった程度ですが」
「普通、こういう小細工はアリバイ作りのためにするもんだ。それなのに茶本
は問題の時刻――午後十時四十分頃のアリバイが全くない」
「じゃあ、警部は西川が最も怪しいと」
「思い込みは禁物だ。今のところ、結果待ちの状態だな」
飛井田の言う結果は、同じ日の夕刻にもたらされた。
「何ですか、これ」
書面を横から覗き込む古村。
飛井田は紙を叩いて、「これを待っていたんだ」と低い口調でつぶやいた。
「客間から微細な破片が見つかったんだとよ」
「またですか」
「度々すみません。これが仕事なもんで」
出先から戻った途端、飛井田と古村の訪問を知り、西川はしかめ面になった。
その顔付きのまま刑事二人と対面した。場所は以前と同じ、一階のロビーだ。
席が一つ足りないので、一脚引っ張ってくる。
「刑事さんの仕事だってことは理解できますがね、私もぼちぼち普段の仕事に
復帰してきたところなんです。いい加減、解決してくれないと身が入らない。
会社にも迷惑だし、上司だっていい顔をしない」
「出世に響くと? そりゃあ申し訳ない。では早速始めますかね」
余裕たっぷりに言った飛井田。口や頬は笑っているが、目つきが鋭い。
西川は唇を固く結び、唾を飲み込んだ。
(何か掴んだのか?)
頭の中で悪い想像が一気に広がり、爆風のように吹き抜ける。一瞬、この場
から逃げ出したい衝動に駆られたが、冷静さを取り戻すと西川は足を組んだ。
「その口ぶりから判断すると、犯人が分かったんですか?」
「まあ、目星はだいたい。証拠はこれからです。西川さん、まずはこれを見て
ください」
飛井田は左に座る古村へ目線を送った。その合図より先んじるほど、古村は
素早く動いた。懐から一葉の写真を取り出す。青いシート状の物がいっぱいに
映っていた。
「これは?」
受け取り、視線を写真と飛井田の顔とに行き来させる西川。
飛井田の太い指が写真の一点を押さえた。
「真ん中に、小さく光る物が映っている。お分かりですか?」
目を凝らした。水晶の粒のような物が視認できた。嫌な予感が走る。
「……見えました」
「それ、何だと思います?」
「もったいぶられるほど私は暇じゃない」
写真を突き返す。飛井田は表情をにやりと歪めた。
「――ガラスです。腕時計のカバーの」
「と言うと」
西川は反応が早すぎないよう、注意しながら口を開いた。唇を嘗めてさらに
続ける。
「赤石先生が着けていた腕時計の?」
「もちろん。この欠片、書斎ではなく客間で見つかりました。ちょっと不思議
でしょう?」
「……つまり、先生が殺されたのとは別の場所で見つかったという意味ですか」
――続く