AWC 飛井田警部の事件簿:消せない音  6   永山 (訂正版)


        
#4859/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/30   2: 6  (200)
飛井田警部の事件簿:消せない音  6   永山 (訂正版)
★内容
 短い一声に、びくりとした西川。
「ど、どうしました?」
「きれいに掃除してありますねえ。こりゃあ感心だ」
「……どうも。たまに彼女が来てくれますからね」
「彼女というと、先ほど出た看護婦さん?」
「ええ。それよりも、サイレンが録音されてなかったのは」
 自分を落ち着かせようと努力するのは、今朝から何度目だろうか。西川はゆ
っくり聞き返した。
「うん、不可解と言えましょうな。赤石さんは殺される直前まで、音声入力っ
てやつをやってたのは間違いない。ならば、サイレンが少しぐらい入っててし
かるべきだと思うんですよねえ。実際に再生してみると、まるで聞き取れない」
「サイレンが鳴っているとき、録音をやめていたのでは?」
「いや。何度も言いますが、殺される直前まで吹き込んでいたのは確かです。
十時四十分が死亡推定時刻なんだから、サイレンが録音されてないとおかしい」
「集音能力が足りないんじゃないかな」
「その点も実験済みでしてね。現場での完全な再現は無理でしたが、消防車の
サイレンの大きさ、消防車と赤石さん宅のとの距離、音響効果も考慮に入れて、
充分録音されるはずなんですよ」
 言葉に詰まる西川。もはや案は尽きた。
 そこへ飛井田の決定打が飛んで来た。
「この不可解さを解消するには、十時四十分という時刻を疑えばいい。そう、
赤石さんのしていた腕時計の針、細工されてたかもしれんのですよ」
「……ですね」
 うつろな口調を意識した西川の前に、ひょいと顔を上げた飛井田。
「ありました」
「あ?」
「ボールペン。こいつめ、椅子の隙間に挟まってました。いやあ、よかったよ
かった」
 摘んだ黒のボールペンを振り、自らの頭を叩く飛井田。やけに嬉しそうに笑
っている。
「お騒がせしました。またお邪魔するときが来ると思いますが、よろしく」
 飛井田はそう言い残すと、そそくさと玄関口へ向かった。そして「遅れた遅
れた」とつぶやきながら、靴を引っかけただけで、バーゲンに急ぐ主婦のごと
く駆け出していった。
「……くそ」
 西川は虚脱感とともに、大きなため息を長く吐き出した。

 食いっぱぐれずに済むだろうか――茶本はペンの動きを停め、思った。
 赤石の死の直後はどうなることかと不安に押し潰されそうだったが、一日が
経過して見通しが立った部分もある。
 赤石の紹介による初の執筆依頼は白紙に戻されたが、赤石のアイディアを受
け継ぎ、作品化する話が進んでいるのだ。
(西川さんのおかげだな)
 コーヒーカップに手を伸ばし、空になっていると気付く。挙手して、ウェイ
トレスにお代わりを頼んだ。
 書斎代わりにファミリーレストランを重宝している。昼食や夕食の時間帯を
外せば嫌な顔をされることもなく長居でき、コーヒーのお代わりサービスもい
い。たまにやかましい客のおかげで集中できないときもあるが、それぐらいは
辛抱する。
「お客様、よろしいでしょうか」
 起伏に乏しい顔付きのウェイトレスの声に、面を起こす。下げる皿はないか
ら、何か文句を言われるのだろうか。
「あちらのお客様が」
 と、出入口の方向を示すウェイトレス。合わせて肩越しに振り返ると、中年
の男の姿が目に入った。軽く手を挙げ、振っている。
「ああ……」
 刑事だ、と出かかった台詞を飲み込み、茶本はノートを閉じた。
「相席したがってるんだろう? かまわない、呼んで」
 二十秒後、飛井田刑事が正面に座った。
「すみませんね」
 手を拭き、焼きそば定食を注文し、お冷やを飲む飛井田。
「どうしてここにいると分かったんですか」
「自宅にいないときは、資料調べで飛び回っているか、近くのファミリーレス
トランで案を練っているか、どちらかだと伺いましたんで」
「僕が旅行中だったら、どうするつもりで?」
「どうとでもなりますよ」
 目を伏せた飛井田が微苦笑を作ったように見えた。茶本は少なからず不気味
さを感じた。
「まさか、僕に四六時中見張りが着いてる……」
「できればいいんですがねえ。警察にそこまで人的余裕はない」
 簡単に否定すると、飛井田はこれ見よがしに手帳を取り出した。相手が犯人
であろうとなかろうと、プレッシャーを与えられる動作だ。
「質問したい点がいくつかあるんですが、よろしいか?」
「今さら断れない」
 せめてもの抵抗に、憮然として応じる。
「手始めに、事件のあった日の夜八時半から十一時半までの三時間、どちらで
何をしてたか、教えてもらえますか」
「八時半……赤石先生を車で自宅にお送りして、辞去した頃です」
「そのあとは」
「作品を書かせてもらえるかもしれないって聞かされたから、アイディア出す
ために脳みそ絞ったかな」
「と言うことは、ずっとご自宅にいたんで?」
「違いますよ。神経を興奮させるために、しばらく車を飛ばしていた。そうす
る方が気分が乗ってくるんで」
 茶本は、十時半過ぎまでドライブしていたと話した。途中ドライブインに寄
るなどしたが、証人はいない模様だった。その後はコンビニエンスストアで必
要な買い物をし、家に戻ったという。
「赤石さんが亡くなったあと、仕事の方はどんな具合ですか」
「……チャンスが一つ潰れ、別のチャンスが現れた感じですね」
 詳しい説明を求める飛井田に、茶本は細かに答えた。そして反応を窺う。や
ましいところはなくても、犯罪絡みで刑事と話しているのだと意識するだけで
変に緊張する。
 が、飛井田は手帳を脇に置き、両手の平をこすり合わせただけだった。
 定食が届き、焦げたソースの香りが一気に漂い広がる。飛井田は割り箸を二
つに割って、これまたこすり合わせた。
「初めての店で不安だったんだが、これはうまそうな」
「昼食ですか? 早いですね」
「朝昼兼用ですよ。食べられる時間帯がまちまちになるのが常で」
 やっつけ仕事で焼きそばを半分ばかり食べ終えると、飛井田はおもむろに話
し始めた。
「実は、被害者のことを知りたくて、赤石さんの作品を読もうとしたんです。
陽光堂から出ている雑誌『小説陽光』を手に取ったら、短編が載ってましたね。
こりゃ短くてありがたいと思って読み始めたら、なんと犯人当てではないです
か」
「ああ、そう言えば、ありましたね」
「当然、結末は次号。いやあ、参りましたな。犯人当ての犯人が分からないん
だから、面目丸潰れでさあ」
「へえ? 本職の刑事さんが解けないのか。じゃあ、傑作の太鼓判を押しても
らったようなもんだ」
 笑みを作る茶本。自分の作品ではなくても、嬉しくなった。
「とてもじゃないが、次の号まで待てないなあ。茶本さんはご存知ないですか、
解答編の内容を」
「犯人当て小説に関しては、僕は全くのノータッチでしたから。編集の人に聞
けばいいんじゃないんですか」
「ああ、残念だ。あとで聞いてみますよ。で……そうそう、赤石さんの完結し
た作品を読まないと意味がないと思いましてね。書店で目に着いたのを引っ張
り出して、急いで読んでみたと。いやあ、なかなか面白かった。話もそうだが、
あの圧倒的な資料があってこその素晴らしさ。取材力の賜物ですな」
「それはどうも。お世辞でも嬉しいですよ」
「いいえ、お世辞なんてとんでもない。赤石さんの筆力とあなたの取材力がが
っちり噛み合うとあのような傑作が生まれるのだと思いましたよ」
「刑事さん、大げさですよ。参ったな」
「資料集めも大変でしょうなあ。茶本さんは最近、何を調べてました? さわ
りだけでも」
「ん、まあ、医療と介護の問題点をちょっと」
 気分よく、軽い調子で答えた茶本。
「ほう。しかし、よかったですねえ。今度の件で結果的に、資料集めで培った
フットワークって言うんですか、それを存分に発揮できる場が回ってきた訳だ」
「手放しで喜べません。――あの、僕を疑ってるんですか」
「いえいえ、とんでもない。すみません、口が過ぎたようで」
 平身低頭した飛井田。やがて質問に舞い戻る。
「ここからが本題です。まず、サラさんてどんな女性ですか」
「うん? 前に言ったように、彼女が先生を殺すなんてあり得ませんよ。確か
に、何考えてるか分かんないとこもあったけれど、それは僕が外国人の表情を
読み取るのに慣れてないせいだろうし、サラさんは情熱的なまでに先生を好い
てましたからね」
「赤石さんが浮気したら、どうなるか分からないってことでしょう」
「浮気してればね。実際はなかった。僕が知る限り」
 皿を引き寄せ、残っていたサンドイッチを口に放り込む。パンがそろそろ乾
き始めていた。飲み込みにくいので、アイスコーヒーで押し流す。
「だいたい、泥棒の仕業じゃなかったんですか?」
「難しいところです。正直言いまして……物盗りの犯行ではないと思ってます。
私も最初は物盗りの線で報告書をまとめようとしたんだが、どうもうまくない。
調べれば調べるほど、計画的な殺しだった気がしてならないんですな、これが」
 飛井田はそれから、泥棒ではなく計画殺人であると考える根拠を続けた。食
事しながらのため時間を要したものの、理にかなった内容だった。
 信じたくなかったが、茶本としても首肯せざるを得ない。
「それで、赤石さんを亡き者にして、得する輩がいないものかと、関係者の皆
さんに聞いて回っている次第なんでさあ」
「捜査状況は分かりましたが、先生を殺して利益を得る人ねえ……仲の悪い同
業者、なんてのは?」
「ああ、それについちゃあ、すでに何名か伺ってます。作家仲間とか編集者と
かね。殺すに足る動機とは思えません。馬が合わないからって殺してたら、世
の中殺人事件だらけになる」
 苦笑いが板に付いていた。この仕種をやり慣れていると見える。ただ、かす
かに覗く歯に青海苔が張り付いているのはご愛敬。
 茶本は薄くなったアイスコーヒーをすすり、首を捻った。指先に付着した水
滴を丸めたおしぼりに当てて拭きながら、考え考え喋る。
「これは、僕がそう思うという意味ではないんですが……先生とサラ=レーン
さんとは本当にうまく行ってました? 警察の力なら、僕らの知らない裏まで
調べ上げることも可能でしょう」
「ああ、レーンさん。彼女はシロ――犯人でないと思っております。さっきお
聞きしたのは確認てやつで。動機は見当たらないし、事件当日のアリバイが実
に強固なんです。店の同僚の一人が国に帰ることになって、みんなでさよなら
パーティをやっていたとかで」
(アリバイがあった? じゃあ、わざわざ俺に聞かなくていいんじゃないか?)
 刑事の言に茶本は不審を抱いたものの、表面上、物分かりよくうなずく。
「そうでしたか。となると、ううん、分かんないなあ。取材はほとんど僕が受
け持っていたから、関係ないだろうし」
「取材した相手に対して、失礼をしでかしちゃあいませんかね?」
「どういう意味ですか」
 鼻白んだ茶本。目元がひくつく。やはり自分が疑われているのか。
「たとえば、小説の中の登場人物が、取材で協力してもらった人にそっくりに
なってしまった。しかもその登場人物が悪者に描かれていたら、相手は気分を
害するでしょう。それだけならまだしも、その人の職業によっちゃあ、信用に
関わってくるかもしれない」
「そういうのもなかったと思いますよ」
 ひとまず安心し、軽快な口ぶりになる茶本。
「僕は収集した資料を先生に伝えるだけで、資料提供者の人となりまでは言及
しませんでしたからね。それに礼儀として、取材でお世話になった方々へでき
あがった本を欠かさず贈ってました」
「なるほどなるほど」
 食事を平らげた飛井田は水を含み、口中をゆすぐ風に音を立てた。さらに口
の周りをおしぼりでごしごし拭うと、食器を脇にやり、身を乗り出した。
「しかし、ある方の話では、次の作品は赤石さん初のノンフィクションの予定
だったとか。フィクションとノンフィクションの違いをわきまえず、取材相手
に対して礼を失してしまったようなことはなかったですかねえ」
「ないと思いますね。作品自体未完です。書き始められてはいたようなんです
が、誰も読んでいない。無論、僕もです。作品が存在せず、内容が分からない
のに憤慨する人もいないでしょう」
「どのようなテーマだったのか、ご存知ですよね?」
「――それが、このノンフィクションばかりは先生がお一人でやると言って、
僕は資料集めにタッチしてないんです」
 西川に言われた通り、芝居をする。自然に振る舞えているかどうか、不安が
顔を覗かせそうになる。相手の目を見た。
「どんなテーマだったかも聞いていません。秘密主義でした。資料集めは全て、
赤石先生自身がなさってました」
「うーん。こういうことは初めてでは?」

――続く




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