#4666/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/11/30 10:20 (200)
そばにいるだけで 30−7 寺嶋公香
★内容
「うんうん」
相づちを打ちながら考える。
(芙美ともめたって言うのなら、まだ分からなくもないんだけど……白沼さん
も唐沢君とはあんまり仲がよくないみたいだから、同じ理由かな)
「唐沢君がね、コーヒーをお茶のお手前みたいにして飲んだのが、気に障った
みたい」
「それからいきなり?」
「ううん、違うよぉ。白沼さんも、そのときはまだ眉をひそめるだけだった。
飲み終わってから、唐沢君が手伝ってくれるって」
「はあ」
説明の途中だったが、家庭科室に着いてしまった。なるほど、大騒ぎとまで
は行かないが、議論めいたやり取りが扉越しにでも聞こえてくる。
「どうしたんだ?」
中に入るなり、相羽が尋ねた。
お客さんは、唐沢が連れて来たのだろう、有村を始めとする同級生や下級生
の女子数人、それに勝馬と長瀬がいる。広い意味で「関係者」ばかりと言えそ
うだから、純子は一安心した。ただ、町田の姿がない。純子達と交代で休憩に
入ったのだ。
相羽が質問を向けた先は唐沢だったが、答えたのは白沼だった。
「ねえ、聞いてよ。賞味期限の近いのがあるのに、新しい方から開けたのよ」
「……情報不足で分からん」
相羽が苦笑混じりの不満顔で言うと、白沼はさらに張り切った。
「トッピングに使うナッツ類のパック、古いのが残っているのにも関わらず、
二枚目を気取った誰かさんがいい加減なことをしてくれたのよ」
「わざとじゃない。間違えただけだって、さっきから言ってるだろ」
両手を後頭部にやり、辟易した様子の唐沢。幸い、有村ら二年生は中立を保
っているらしいが、それでも一年生女子は全員で唐沢の応援に回っているため、
時折、「そうよそうよ」といった叫声が上がる。
「それだけか? こんなにこじれた理由があるんじゃないのかい?」
わけを聞いて力が抜けたか、呆れた表情になった相羽は、それでも真面目に
質問を重ねる。
ところが、今度は当事者二人が口をつぐんでしまった。
不思議そうにする相羽へ、席にそっくり返っていた勝馬が、わけ知り顔――
事実、経緯を見ているはずだ――で口を挟む。
「白沼さんが捲し立てて、唐沢が開き直ったんだよな。使い切りゃいいんだろ
って、残りの豆をひと口で平らげて。それがまた」
「な、なるほど……」
相羽がどもって応じたのは、笑いを我慢しようとしたため。口元に拳をあて
がいながら、肩を震わせている。
「笑い事じゃないわよ、相羽君。こいつのやることと来たら、無茶苦茶だわ」
唐沢の方を指差すと、白沼は相羽へ詰め寄った。と言うよりも、相羽へ近付
きたいから距離を狭めたのか。
「ま、白沼さんが怒るのも分かるよ。部長になって初めての大きな仕事、文化
祭。白沼さんでもさすがに責任の重さを感じるかもしれないよね。しかも調理
部と合同という試みもあるから、プレッシャーは二倍。神経がぴりぴりしてる
ときに、唐沢のお気楽な様子を見せつけられて、つい……だろ?」
「……ええ、まあね」
「でもさ、眉間にしわを作ってまで怒ることじゃないと思うんだ。違うかな」
「それは」
言って、唐沢の方をちらっと見やる白沼。
「向こうが挑発するから」
「唐沢」
相羽の呼びかけに、唐沢は肩をすくめた。
「挑発したつもりはないぜ。普段通り。これが俺の地なの」
「ろくな性格じゃないわね」
「それはそれは、悪うござんした。余計なお世話ってんだ」
戦闘再開の一歩手前で、相羽が割って入る。
純子も心配が募るあまり、唐沢の前に立った。
「唐沢君、ここは抑えて」
「……」
「お願い。喧嘩してるところなんか見たくないし、女の子相手にそんな言葉遣
い、唐沢君らしくないよ。お客さんにも迷惑――」
「分かった」
お手上げのポーズをした唐沢は目を伏せがちにして首を縦にゆっくり振った。
視線を移すと、白沼の方も相羽がうまく収めたらしい。表情にはまだ険しさ
が残るものの、口は閉じている。
「唐沢。一つだけ聞きたいんだ。おまえ、間違いを謝っていないのか?」
「そりゃあ……わざとじゃねえのに、そっちがわめき立てるから、謝るきっか
けをなくしたっつーか」
一瞬たじろいで、唐沢は少しばかり弱々しい口調で、事情――心理状態――
を話した。
「だったら。な、唐沢」
目元で微笑して、相羽が促す。唐沢はその意味をすぐに察したらしい。だが、
いくばくかためらうように、唇を尖らせた。
数秒後、唐沢は見上げてくる純子を一瞥し、思い切ったように口を開いた。
「調子に乗って手伝うなんて言っといて、新しい物から開けてしまったのは、
俺のミスです。悪かった」
そして頭を下げる。間隔は短かったが、深々と。
相羽は白沼を見た。
さすがに白沼は心得たもので、即答する。ただし、喋り出すのにいくらかの
思い切りを必要とした様子だったと、付け加えておこう。
「――分かってくれればいいのよ。私も……責め立てるばかりで、悪かったわ」
まだぎくしゃくした雰囲気は残るものの、空気が和んで、一同は緊張から解
放された。その代わりというわけでもないが、直後から白沼は気分直しとばか
りに相羽を茶道部側に引き入れると、盛んに話しかけていた。
唐沢の方は、程なくして女子を引き連れ退室。問題は解消したものの、やは
りこの場では騒ぐ気になれないらしい。
「唐沢もはた迷惑なことしてくれるもんだな」
残っている二人の男子の内、長瀬が右手で頬杖をつきながら、白沼達のいる
方を見やった。
テーブルのそばに立つ富井が、考え考え、尋ねる。
「あのさあ、長瀬君は白沼さんと、そのー、今は何ともないのお? 昔付き合
ってて、今別れて。えっと、どう言うんだっけ。わだ、わか……」
「わだかまり?」
「そう、それそれ」
「その前に――俺、富井さん達に話した覚えがないぞ」
「ごめんなさい、私が話したの」
純子が急いで言い添える。と、長瀬は分かっていたようにうなずいた。
「やっぱりねえ。いや、別に隠してないからかまわないさ。どちらかと言えば、
フリーだって宣伝しとかなきゃな。まあ、別れてお互いのためになったと思っ
てるし、今でもこうして顔を合わせてるんだから、問題は全くない」
「中学生の台詞とは思えませんなー」
勝馬が感心した口ぶりで言葉を挟む。
「ちっとも爽やかでない。じじむさい」
「おまえは早く相手を見つけられるようになりなって。ここだけの話だが……」
不意に声を低める長瀬。勝馬だけでなく、純子や富井、井口らも興味津々に
額を集めた。
「柚木に彼女ができたらしいぜ。俺からすれば、あの柚木が、てなもんだ」
話題の提供主はこれで打ち切るつもりだったらしいが、周りが許さなかった。
「柚木君が! 相手、どこの誰?」
「いつから付き合ってるって言ってた?」
「どこまで進んでるのかなあ?」
「どうやって知ったの?」
等々、質問の集中砲火を浴びせる。
「やれやれ、物見高いなあ。だが、ノーコメント。詳しく喋ったら、あいつに
悪いもんな」
「ばらしといて、よく言うよ。あー、ちくしょ。焦るぅ」
指を鳴らす勝馬だが、景気のいい音ではなかった。天候は回復しても、部屋
の空気が湿っているのだろう。
「今の状態を如実に表してるな」
舌打ちをする勝馬に、笑いが起こった。
客足も途絶えているため、しばらくは雑談が続く。普段の学校の休み時間と
ほとんど変わらない。
そんな中、純子はあることをふと思い出し、お腹を押さえた。
「あれ? どしたの、純ちゃん?」
富井の方を見ずに、純子は小さな声で答えた。
「……お昼御飯、食べ忘れてた」
晴れてきたおかげだろう。午後からは文化祭全体が活気を増していった。
調理部の喫茶も盛況で、応対に部員総出で当たる。一年生部員の接客も板に
付いてきた感じだ。
「抹茶プリン二つに、抹茶シェイク二つ!」
「すみません、シューロールは切らしておりまして、こちらの抹茶ココアロー
ルはいかがでしょう」
「茶そば団子とオレンジジュース、以上でよろしいですね? しばらくお待ち
ください」
茶道部と共同開発したメニューも、物珍しさも手伝ってか、かなりの数がさ
ばけている。厨房では数の調整に大わらわだ。
そして純子は……子守役に徹していた。
「藍ちゃん、いっぱいお友達を連れてきてくれて、とっても嬉しいんだけど」
こういうケースも、黒山の人だかりというのだろうか。小学一年生から三年
生の子達に囲まれて、一見しただけでは純子の姿を確認できないほどである。
「迷子にならないように気を付けなくちゃ」
「私はもう三年生だからっ、大丈夫」
藍ちゃんは全身を突っ張って、大きな声で答えた。
保護者は三人来ているけれど、そのおばさん達も小さな子に付き合わされて
疲れているに違いない。只今は席に着いて、肩の荷が降りたようにお喋りに没
頭している。
「みんながね、元気よすぎて、てんでばらばらに」
純子の話は途中で遮られた。いつものことだが、髪の毛を引っ張られたため
だ。小さな子、特に男子児童にとって長い髪は、ブラインドの脇に垂れ下がる
紐のように引っ張りたくなるものらしい。
「こら。いい加減にしないと、怒るからね」
「わーい、逃げろ! ぶーん!」
初めて見る小一の男の子二人組が、飛行機のつもりか、両腕を横に伸ばしな
がら逃げていく。純子は清水や大谷を連想させられ、小学校の頃を思い出した。
「まるで保育所だね」
顔を上げると、相羽が声を押し殺して笑っていた。
そんな余裕の笑みもすぐに固まる。瞬く間に子供達の餌食とされてしまった。
「相羽君、白沼さんは?」
「茶道部の部室の方に用事ができたと言って、さっき出て行った」
相羽には、どこかしらほっとした風情が見え隠れした。たとえ今、小学生達
に背中をどんどんと叩かれ、かしましく話しかけられていても。
純子の方も肩の荷が下りたような気分を味わっていると、急に肩が重くなっ
た。本当に不意をつかれたため、前のめりに姿勢を崩し、慌てて片手で支える。
食べ物を扱う部屋だから念入りに掃除しているとは言え、あとで洗わなくては。
「勘弁してよー。今日は体力消耗しちゃってるんだからぁ」
後ろから飛び付いてきたお下げの似合う女の子に、弱々しく伝えた。すると
意外にも素直に離れてくれた。
「子守りも結構大変だ」
同じ目に遭いかけている相羽は、やはり男子と言うべきなのか、小学生に引
っ張られたり押されたりした程度では、ぐらつかない。仁王立ちのまま、楽々
と会話を続ける。
「もう少し、厳しく叱ってもいいんじゃないか。身体が保たない」
「そんなこと、できないもん。ねー」
相羽に対して答えてから、小首を傾げて藍ちゃん達に同意を求める。状況が
分からない様子の小さな子達だったが、全く同じように「ねー」と返した。
相羽は目も口も丸くして、呆気に取られている。だが、すぐに破顔一笑して、
「納得」と囁くように言った。
「相羽君。納得ばかりしてないで、大変と思うなら、手伝ってくれないかしら」
「喜んで、と言いたいけれど……すでに手伝ってる」
相羽の足元には、男の子が三、四人、まとわりついていた。押したり引いた
りをされても、身体が全然揺らいでいない。
純子は相羽を手招き――いや、指を使って「こっちこっち」と呼んだ。
相羽が顔を若干寄せてきたところで、そっと耳打ちする。
「もっと相手してあげなきゃ」
それを受けて相羽が考えるための沈黙をしていると、下から声が掛かった。
「そうだ、怪獣になれ! ギルギルガーがいい!」
小学一年生が命令口調である。相羽は含み笑いをしつつ、調子を合わせた。
「どんな姿をしてるんだ、そいつ?」
「知らないのか? だめだなあ。こげ茶色して、目玉がこーんなにでっかくて、
爪が三本あって、角はこういう風に二本」
身体いっぱいを使って表現する。身振り手振りがちょこまかと忙しない。
相羽は頬に手を当て、しばらく思案していた。そしておもむろに、「こっち
のおねえちゃんの方が近いだろ」と、純子の頭を指差す。
「な……」
言葉を失う純子を、当の男の子はじろっと見てから、「どこがだよー」と不
満たらたらに相羽を見上げた。
――つづく