AWC そばにいるだけで 30−8   寺嶋公香


        
#4667/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/11/30  10:21  (200)
そばにいるだけで 30−8   寺嶋公香
★内容
「ほら、よく見ろ」
 相羽は子供の側頭部に両手を添え、もう一度向き直らせる。
「角が隠れてる」
「……本当だ」
 その一言に、純子は頭を押さえた。怪訝な目つきを作って、男の子に向ける。
「何言ってんの」
「これのことだよ、涼原のおねえさんっ」
 藍ちゃんが純子の髪をつんと引っ張った。
「私達ならフラッシュ・レディの髪だって分かるけれど、男子には無理。何で
もかんでも怪獣や怪人を連想するんだから。やあねえ、全く」
 おねえさんぶる藍ちゃんに、相手の男の子は地団駄を踏んだ。
 純子はひととき、苦笑いせざるを得ない感情に浸っていたが、気を取り直す
と自ら髪を右手と左手でそれぞれ掴んだ。おさげをぴくぴくと上下に振りなが
ら、叫んでみる。
「がおーっ、怪獣だぞー――こんな感じ?」
 かわいらしすぎ。

 終わった。
 今日を短く感じた生徒もいれば、長い長い一日に感じた者もいるだろう。
(終わってみればあっという間。だけど、疲れた……)
 窓ガラスのセロテープを一つ一つはがしていきながら、純子は思った。その
横顔が柿色に染まる。空から雲はすっかり姿を隠していた。
(藍ちゃん達が帰ってからも大変だった。清水達が来るし、恵ちゃんはメジャ
ーを持って来て『寸法測らせてください』って言うし。……あの子、本気でセ
ーター編む気かしら。だいたい、今からだと、とてもクリスマスに間に合わな
いんじゃあ。もしかして、凄く上手だったりして。別に、上手だったら喜んで
受け取るという意味じゃないけれど)
 あれこれ考え、悩んでいると、町田から言われた。
「おーい、ガラスに頬ずりして楽しい?」
「――違うっ」
 慌てて窓から身体を離す。テープはきれいに取り終えていた。
「誰も頬ずりなんかしてないってば」
「分かってるって。本気で否定しなさんな」
 手の平をひらひらさせて、町田が笑っている。
「そっちも済んだでしょ。そろそろ終わろうか」
 打上げはまた後日ということで、散会。
 でも、純子達はもうしばらく残った。文化祭後という約束で話が進んでいた、
グループデートのことで。
 もちろん、唐沢と長瀬と勝馬も駆けつけてきた。ただし、参加するかもしれ
ない白沼は、茶道部の方で忙しいせいもあって、不在。
「なぬ!」
 まとめ役の唐沢が、スケジュール帳片手に絶句した。
 純子は申し訳なさでいっぱいで、座ったまま身を縮こまらせた。
 唐沢は左手頭をかきむしり、大きく深く嘆息する。やっと言葉が出て来た。
「この日もだめって?」
「ごめん……」
「謝られても困る。いつならいいのさ?」
 腰を浮かし、身を乗り出した唐沢。スケジュール帳の十一月のページを開け
て、純子の方へ向けてきた。
「それが……分からないの」
「何で?」
 食い下がる唐沢。珍しく、しつこい。一介の中学生が、そんなにまで見通し
が立たないなんて、おかしいと感じているのだろう。
 不思議そうにしているのは、長瀬も同様。もの言いたげに、顎を撫でている。
 さらに言えば、町田達だって、ちょっぴり変に思っているに違いない。
 純子は困って、相羽の方を見た。
「ん。何?」
「だから、つまり……言おうかなと思って」
「口のやわらかい奴もいるけど」
 相羽の妙な言い回しに、唐沢は間髪入れず反応した。
「もしも俺のことを言ってるんなら、お門違いの大誤解。秘密にしとけとか、
他人に喋るなって言われりゃ、口にチャックどころかバリケードだってするぜ」
「――だってさ」
 相羽が肩をすくめる。
 純子は猶予をもらって、どこまで話すべきかを検討した。
「唐沢君や長瀬君には初めて話すんだけれど、私、モデルの真似事をやってて」
「モデル? 組み立て模型、じゃないよな」
 そんな反応を見せた唐沢に、勝馬から「それはプラモデル」と突っ込みが入
った。場の雰囲気のせいか、単につまらなかったのか、誰も笑わなかったけど。
「純はね、もうプロのモデルと言っていいくらいよ。これまでに何回も雑誌に
載っているんだから」
 唐沢の反応によほど呆れたのか、町田が口を挟んだ。テーブルに片手をつき、
指で表面をこつこつ叩く。静かになった家庭科室内に、乾いた音がよく響いた。
 唐沢は瞬時、わけが分からないという風に渋面を作る。整った顔立ちの目や
鼻なんかが中央に寄り集まろうとしているみたいだ。
「うーん、よく分からないんだけどな」
 長瀬の方が先に口を開いた。
 町田は一旦唇をなめ、判断に迷う視線を純子に向けてきた。「私が言ってい
いのか」という問い掛けを含んでいる。
 純子は首をゆっくり振って、自ら話し始めた。テレビコマーシャル出演やレ
コーディングの件には触れず、AR**の子供服のモデルをした点のみを強調
しておく。
「――こういう縁があって、今もモデルを続けちゃってるわけ。それでね、今
度ある撮影は天候にも左右されるから、どうなるか分からないの」
 話し終えて、ほっと一息つきたいところだったが、もちろん実際にはできな
い。代わりに思う。
(相羽君の影響かしら。私も何だか理屈を考えるのがうまくなってきたみたい。
と言っても、喜んでばかりいられないような)
「なあんだ。最初からそう言ってくれよ」
 唐沢は安心したように笑みをこぼした。
「俺、慌ててたんだぜ。いくら言ってもだめって返事だったから、涼原さんか
ら嫌われてんのかと」
「ううん、そんなことない。余計な心配させて、ごめん」
「謝んなくていいよ。それよか、みんな人が悪いぜ。知ってて、俺達には隠す
なんて」
 相羽達へと向き直る唐沢。
「知ってたってわけじゃないわよ。予想はできてたけれど」
 町田は抗弁ついでに、「特にあんたは口が軽そうだから、信用がいまいちだ
しねえ」と余計な一言を付け加えた。
 唐沢は意外と平静だった。落ち着いた口調で嘆く。
「ひでえなあ。さっきも言ったように、必要があれば黙っていられる男だぜ。
それにしても」
 相羽をじろっと見やった唐沢は小さく、早口で、「うらやましい奴」と付け
加えた。そしてその言葉を自らかき消すように、大声を張り上げる。
「さてと! 涼原さんがどうしても無理ってんなら、やむを得ない。残りのメ
ンバーがなるべく都合よくなるよう、日を考えてみるかな」

 文化祭後、初めての学校。その昼休み、生徒会室の前の廊下には、人だかり
ができていた。通行する人が眉をひそめるほどだ。
 掲示板には白い大きな紙が、でかでかと張り出されている。
「出てるみたいよ」
 町田を先頭に、純子達も見に向かう。
 集まっている生徒らは皆、上気したような顔をしている。
 それもそのはず、人気投票の結果が発表されているのだ。
 図らずもこの企画のそもそもの言い出しっぺとなってしまった町田としても、
少なからず気になるものであろう。
「二年生の男は……と」
 学年別、男女別に六つの紙が啓示されている(部門別の話は立ち消えとなっ
ていた)。二年男子は真ん中の下の方だったので、見えにくい。人垣を割って、
覗き込む。
「あ――凄い」
 相羽がトップだ。思わず声をなくしそうになった。
 男子に投票できるのは女子だけだから、全校でも五百四十票ほど。まさか投
票率百パーセントであるわけないし、違う学年への投票もそう多くないと考え
られる。つまり、二年生女子の百八十票の……七割ぐらい、百二十あまりの票
を奪い合うことになると想像してもあながち誤りでないだろう。
 そして相羽の得票数は、三十三!
 二位の唐沢が二十だから、なかなかの大差を着けたと言える。
 それはさておき、思惑通りの結果に町田は歯を覗かせて、きししと笑った。
「これで現実がよく分かるでしょうよ、あいつも」
「でも、相羽君に負けないようにって、これまで以上に頑張るかもね」
 純子が笑いをこらえながら言うと、町田はしかめ面を作った。
「それも困るわ」
「芙美ったら、そんな真面目に困らなくても」
 ついにくすくすと吹き出してしまった純子の右隣では、富井と井口が手を取
り合っていた。そちらの会話もおかしくて、笑ってしまう。
「私達の目が間違っていないと証明されたのはいいんだけれど」
「ライバルがこーんなにいるのねー。頑張らなくちゃ」
 笑いのつぼにはまらない内にと、一足先に掲示板の前から離れようとしたと
き、純子は前田を見つけた。ふっと思い付いて、インタビュアー口調で尋ねる。
「前田さん。立島君のこの順位と票、どう思われますか」
 立島は三票。紙に載っている中では、下から三番目だ。
「ふふ、当然よ。一票だけならなお満足だったけれど、クラブ活動の関係もあ
るでしょうし」
 腕組みをして、しっかりうなずく前田。
 なるほど、私という決まった相手がいるのは周知の事実なのだから、敢えて
投票してくる女子は数少ないとはなから踏んでいたようだ。
「自信満々ね。そう言えば、決まった相手のいる人は、男子女子に関係なく順
位が下」
 言いながら、何気なく二年女子の貼り紙を振り返った。
「……」
「涼原さんのあの人気は、じゃあ、フリーだからかな?」
 前田が至極当然のような調子で聞いてきた。
 しかし、今初めて気付いた純子としては、パニック状態に陥らざるを得ない。
 二年女子は混戦模様だったらしく、最終的には二票差の内に三人が収まった。
 下位から順に二十一票で白沼、二十二票で飛鳥部響子(あすかべきょうこ)
という人が、そして二十三票の純子。
「この調子だと、なかなかお相手を決められそうにないわね」
「こ、これは何かの間違い! そうに決まってる」
「ご冗談を。集計ミスなんてあるはずないでしょうが」
 顔を真っ赤にして否定する純子の前で、前田は片手をひらひらと振った。
「町田さん達は何か言ってた?」
「え。ま、まだ、みんな気付いてないみたい。ああー、気が付かないまま、行
ってほしい!」
 視線を移すと、町田、富井、井口の三人が他の学年の男子の順位を見ている
のが分かった。女子の方には全く興味なく、目もくれない様子だ。
 と、そのとき、前田が三人に声を掛けようとするのを横目で捉えた純子。慌
てて飛び付くようにして食い止める。
「言っちゃだめ!」
「いたた……分かりました。でも、どうせばれるわよ」
「いいから。少しでも引き延ばしたいのっ」
「はいはい」
 肩をすくめて、おまけに首を傾げる前田。もはやこの場にいても仕方ないと
したか、さっさと歩き出した。純子も着いていく。町田らから自然に離れられ
るように。
「それにしても、あなたと言い相羽君と言い、十組は人気者揃いね。白沼さん
や唐沢君まで同じクラス」
「はあ……」
 これは返事ではなく、ため息。
「私が知らない人も投票してくれたのかなあ」
「うん? それは当然、あるんじゃないの。あなたって結構目立ってるから、
不思議でも何でもない」
「ええっ? 目立ってなんかいない」
 心当たりがなくて、ぶるぶると首を水平方向に激しく振る。
 対する前田は、「本気?」と呆れ口調で聞き返した。
「目立ってるって。ほら、たとえば、林間学校で相羽君と遭難した」
「そ、遭難じゃなくて、迷子!」
 大声で答えてみたものの、「迷子」もあまりみっともよくない。純子はくし
ゅんとうなだれた。
「とにかく、あんなことで人気が出るなんて、ありっこないわ。相羽君はとも
かく、私はずっとお荷物だったんだから」
「そうかしら。その話は置くとしても、他にもあちこちで目立ってるわよ。体
育祭や文化祭での仮装もあるわ」
「じゃ、フラッシュ・レディ人気のおかげね。あの投票結果」
 少し安心して笑顔を見せる純子。
 だが、前田は口を半開きにして、しばし絶句。ようやくつぶやいた言葉はた
め息混じりだった。
「分かってないなあ」

――『そばにいるだけで 30」おわり




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