AWC 僕は君だけは許せない 13   永山智也


        
#4647/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   2:14  (200)
僕は君だけは許せない 13   永山智也
★内容

 文芸サークルの面々が、部室にいた。
 とうの昔に春期休暇に入ったのに、この四月二日、何のために部室にいるの
かと言えば、一週間後に迫った入学式をにらんでのことである。
 集まったのは一、二回生全員と、三回生の一部。三回生で来ていないのは、
田原義男と倉井巽の二人である。
「たっちゃんはどうして来てないの?」
 黒沼えり子が、部長に聞いた。三木宏実が答える。
「早速、就職活動だってよ。昨日、電話連絡もらった」
「マメだなー」
 ほとんどの部員が声を上げた。もう動かないといけないぐらい、今年は危な
いんですか、なんていう後輩の声も飛んでいる。
 それが収まってから、黒沼が、
「ヨシ君は、やんごとなき用事があって来れないんだって」
 と、ついでに付け足すように言った。
「新入部員勧誘のビラ、どんな感じ?」
 本庄郁江が聞いた。相手はイラストが得意な黒沼。彼女は笑ってみせると、
やや大きめのバッグから原稿を取り出してみせた。半透明なプラスチックの薄
板にそれは挟まれている。
「ちゃんとここに」
「見せて見せて」
 本庄だけでなく、他に来ていた部員が集まって、覗き込む。そして沸き起こ
る、小さな歓声。
 それからまた少し間があった。
「何て言うか……」
 ようやく口を開いたのは、部長の三木。
「寒々しいって言うかな……。うん」
「そうかしら?」
 黒沼は両肘をついて、不思議そうにしている。評されたことに対して、不満
があるのではないようだ。
 問題のイラストは、まるで氷原のような大地が際限なく広がっており、それ
の真ん中よりやや左寄りに立ち枯れた風情の木が配されている。その木には一
つだけ木の実らしき物がなっており、残りの実は全て落ちてしまっている。絵
の下部に、唯一残った木の実を物欲しそうに見つめる人が小さく描かれていた。
 新入部員勧誘のビラは、このイラストを元に何部もコピーして作るのだが、
カラーコピーは高くて手が出せない。そのためにイラストは白黒で、寒々しさ
がなおのこと強調されているようだ。
「ああ、今までとは違う印象だ」
「他の部がいつでも手に取れる位置に来ても、文芸サークルは注目に値する部
だとアピールしたつもりなんだけど……。変えた方がいいかな」
 ちょっと心配そうな声になって、黒沼は皆の様子を窺う。
「ううん、ちょっと感じが暗いでもないけど、これはこれでいいんじゃないの。
シュールだし」
 と、本庄。続いて部長も、
「まあ、今までみたいな漫画絵とは目先が変わっていいとは思うね、自分個人
としては。何か意見ある奴は?」
 と言った。そして場を見渡す。
「あのぅ、いいとは思うんですけど、もう少し春らしく、明るくしてもいいん
じゃないですか?」
 手を挙げて発言したのは、例によって後輩の中では一番積極的な浦田。去年
の夏合宿で渉外をやった彼である。
「これだと、何て言うか、希望に燃えて来ている新入生の気持ちが萎えてしま
うんじゃないかと」
「そうね。言われてみたらそうかも。その程度の手直しならすぐだから、そう
する」
 こういった意見が出るとは、最初からある程度予想していたかのように、黒
沼はあっさり承知した。
 そんな彼女の絵を見て、本庄が感嘆したように漏らす。
「しっかし、びっくりしたわ。こんな絵も描けるんだ」
「そんなにおかしいかな、いくちゃん?」
「おかしいんじゃないけど、今までと全然作風が違うから。シュールはシュー
ルでも楽しいシュールだったからねえ。何か心境の変化でもあったんじゃない
の?」
「そんなことないよ。でも……」
 黒沼は、ふっと表情を曇らせた。誰の目にも明かな、彼女の陰り。
「どしたの?」
「ううん、何でもない。それより、勧誘のキャッチフレーズはみんなに任せる
んだから、一生懸命、いいのを考えてよ。ちぐはぐになったら、みんなのせい
だって、私、泣いちゃうから」
 と言って、黒沼は泣く真似をしてみせた。


4.倉井無×暗い夢×クライム

 この春、僕は留年することなく、四回生になった。
 とは言え、喜んでばかりいられない。卒論――卒業論文のテーマを決めなく
てはならないし、何よりもまず、就職活動という難関がある。今年もまた厳し
いとされ、先行き不安である。早め早めに動きたいものだが、どうなることや
ら……。
 もう一つ、僕の気にかかる事情がある。そう、黒沼さんのことだ。それに田
原、佐川ふみえの存在も。
 学園祭以来、田原と佐川ふみえは、僕の知らないどこかで会っているんじゃ
ないだろうか? 去年の暮れ、そんな疑惑を僕は持ったのだが、はっきりした
ことまでは分からなかった。
 田原と黒沼さんの仲は、さほど進展していないようだが、僕が憂慮(期待?)
していたほど後退もしなかった。僕は田原を見限ってやりたいのだが、黒沼さ
んがまだ我慢しようとしているらしく見受けられるから、何とかこらえて、チ
ェックし続けてはいるのだが。
 就職に専心したいのだけど、黒沼さんが気になってしょうがない。できれば
いつまでも、彼女を見守りたい。田原が彼女にふさわしいかどうかは、いささ
か怪しく思い始めているせいもあって、ずっと彼女を守るナイトでありたい。
僕はそう思い込み始めているのだ。
 しかし……。

 五月、破綻は突如やって来た。
 その日、僕はゼミのため、久々に大学に出向いたのだが、教授に急用ができ
たとかで、休講になって急な暇を持て余していた。
 僕は田原や黒沼さんと同じゼミに所属している。黒沼さんは就職活動が忙し
いらしくて来れなかったみたいだが、田原とは顔を合わせた。
「どうする?」
「とりあえず、部室にでも行くか」
 ってことになって、僕と田原は文芸サークルの部室に向かった。
「黒沼さん、どうして来てないんだろ? 本当に就職活動なのかな?」
 ジュースを買ってから、部室に落ち着いた僕らは、彼女の話題を始めていた。
僕は田原に聞いた。
「彼女、親父さんがソフト会社やってるんだから、当然、そこに入るんだと思
っていたんだけど」
「知らないよ」
 田原は、意外と素気なく答える。僕は変に思って、質問を重ねた。
「ちょっと待った。田原は、黒沼さんとこの会社に入るなんて話、していなか
ったっけ?」
「それはしていたけど……」
「当然、向こうからのコンタクトだってあったんだ?」
「うん……」
 煮えきらない答ばかりの田原。いつもなら、いい意味にしろ悪い意味にしろ
陽気な喋り方をする彼だけに、どうも気になる。
「あのな。できれば黒沼さんにはまだ黙っておいてほしいんだけど」
 思い切ったように話し始めた田原。いつもと態度が違う。
 僕は、黒沼さんに黙っておく自信はなかったが、田原の話も聞きたかったの
で、何の意志表示もせずにいた。
「実は俺、LINEXに入ることになると思う」
「え? あのLINEX?」
 いつぞや話題に上った、大手のゲームソフトメーカーだ。しかし、この会社
は好景気のときでもうちの大学から採ってなかったと記憶しているが、どうい
うことなんだろう?
「彼女だよ」
 田原が意味ありげに笑った。かすかな笑みだった。
「彼女って誰のこと?」
「佐川ふみえさ。自分にとって、彼女と会えたのはラッキーだった」
 まだ意味が分からない。僕はいらいらしながら質問を続けた。
「佐川ふみえと今の話、どう関係あるのさ。きっちりと話してくれなきゃ……」
 僕の口調に、いらいらした響きがあるのを感じ取ったのだろう。田原はよう
やく、饒舌になる。
「彼女の父親が、LINEXの重役クラスに就いてるんだ。去年の合宿で俺と
知り合ってから、ふみえは俺のことを調べたみたいなんだな。当然ながら、プ
ログラミングの腕のことも知った。それで、去年の学園祭のときに、アプロー
チして来てくれたんだ、彼女の方から。あのとき、二人きりで話がしたいって
言われたろう? 彼女、父親からの手紙を渡してくれた。内容は、一度会って、
話がしてみたいというものだったのさ」
 何という! 僕の内は信じられない思いでいっぱいになった。
「それから彼女の父親と会って、こちらのプログラミングの腕を確かめられた。
その上で、熱心に誘ってくれたんだ」
「だから、黒沼さんところの会社を蹴って、LINEXに入るって? 信じら
れない!」
「そりゃあ、もちろん、黒沼さんのことは頭をよぎったよ。彼女の親父さんと
は何度も会ってるし、黒沼さんを通してだけど、うちに来てくれないかと誘わ
れてもいた。が、俺も悩んだ末の結論なんだ。黒沼さんとした約束は、所詮は
口約束さ。守る義務はないと割り切って、LINEXで自分の力を試したいと
決めた」
「それはそうだけど、君のやっていることは、心情的に許せない」
 僕は、そう言った自分の声の低さに驚いてしまった。
「どうして?」
 もう決めていたこともあるのだろう。田原は何のためらいもなく、強い調子
で言い切った。
「昔のコマーシャルにあったろう。職業選択の自由さ」
「……これからも黒沼さんと付き合うつもり、そんなことして?」
「……ここまで話すつもりはなかったし、義務もないんだが……彼女とは別れ
ようと思ってる」
「何を? 何がいけないのさ、黒沼さんの」
 僕は感情的に聞いた。自分でも、質問の意図がずれつつあると感じる。
「そうじゃなくて、だ……。やっぱり、約束を破ったあとも付き合っていくに
は、少しばかりしこりが残るっていうかさ。皆まで言わなくても、分かるだろ
う?」
「分からないよ」
「高校生みたいな議論をする気はないんだ。自分達は大人だ。割り切らないと
いけない。俺だって、ちょっと無茶をしてるなとは思う。でも、親元を離れて
一人暮らしを続けてると、打算的に動かなければならないときがあるんだって
分かってくるものなのさ」
 悟ったような口ぶりの田原だが、僕は彼を見るのも嫌になるほど、気分が悪
くなった。
「もういい」
 僕は立ち上がり、部室から出ようと思った。早く出て行きたかった。
「おい、しばらく言わないでくれよ。その内、機会を計って彼女には話をする
つもりなんだからね」
 背中に、田原の心配そうな声が降り掛かった。
「言うもんか」
 僕は吐き捨ててやった。そうだ。黒沼さんにこんな嫌な知らせを伝えられる
はずがない。
「そうか、ありがとう」
 田原はほっとしたらしい。全く、いい気なものだ。
 僕は大声を出したくなるのを抑制しながら、何とか廊下に歩み出た。廊下の
電灯が、くらくらと点滅していた。

 僕が彼女を最後に見たのは何月何日だったか。日付は覚えていないが、彼女
の姿は鮮明に覚えている。久々に学校で顔を合わせた彼女は、楽しそうに笑っ
ていた。自分の父親の会社以外に積極的にチャレンジして、内定こそもらえて
いなかったけど、やりがいがあると感じているらしかった。
 彼女はそのとき、まだ田原から話を聞いていなかったらしい。そして、その
日の内に田原から話を聞かされたらしい。僕はそれまで彼女に田原のことを何
も言っていなかったし、言えないでいたのだ。

 そして今日という日が来た。
 折しも、恋人達のための日、七月七日の七夕である。それなのに、どうして
こうなってしまったんだろう。
 彼女――黒沼えり子は死んだ。あの、身体も精神も清らかな、僕が理想とす
る女性はもう、この世から姿を隠してしまったのだ。
 悪い知らせに対して、前兆はあるものだ。夜の十時頃に鳴った電話は、僕に
嫌な予感を抱かせた。

――続く




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