AWC 僕は君だけは許せない 14   永山智也


        
#4648/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   2:15  (199)
僕は君だけは許せない 14   永山智也
★内容
 電話は文芸サークルの会長の三木からだった。
「落ち着いて聞いてくれ。黒沼さんが自殺したそうだ」
 感情を抑えた声だった。いつになく、真剣な響きのある三木の物腰。
 僕は瞬間、相手の言葉が真実を伝えているのだと認識した。冷静に認識した。
まるでコンピュータがデータとして数値を読み込むかのように。
 そのつもりだったのだが、肉体の機能はついて来れずにおかしくなってしま
ったようだ。僕の耳は調子が狂ってしまった。三木の声が異国の言葉のように
聞こえ始めたのだ。理解できない。
 僕は三木に同じ話を繰り返してもらい、機械的にメモを取った。
 電話を戻したあと、メモを見る。黒沼さんは自宅の自室で自殺していた。ど
こから手に入れたのだろう、睡眠薬を大量に飲んだらしい。三木は彼女の両親
から電話をもらったとのことだった。
「何を騒いでいるの?」
 母が叱りつけるように言ってきた。いや、驚いて気味悪がっていたのかもし
れない、僕のことを。
 僕は僕自身も意識しない内に、大声でわめいていたのだから、それも無理な
いね。はははは……。

 お葬式。それから。泣いて。過ごした。涙、枯れることはなかった。


5.倉井の日記

十一月二日(火曜日)
 今年もまた、学園祭の季節が巡って来た。忌まわしい思い出がよみがえる。
 思えば、去年の学祭で佐川ふみえが田原に妙な誘いをかけたのが、黒沼さん
がああせざるを得なくなった原因であり、全ての始まりだったのかもしれない。
それとも、夏の合宿で彼女が田原と出会ったときが、全ての始まりだったのか。
 どちらでもいい。僕にとっては、今年の学園祭、正確には十一月二日が始ま
りの日になるのだ。
 田原とふみえは何も考えていないのだろう、暢気に二人で学園祭に姿を現し
た。去年のことなんかすっぱり、忘れてしまっている様子だ。
 いや、ひょっとすると、ついこの間、黒沼さんが自ら命を絶った現実さえも、
すでに忘却しているのかもしれない。僕は彼ら二人の表情を見てそう思い、そ
れは次第に確信へと変わっていった。
 アイツラハ、黒沼サンノコトヲアタマノナカカラケシサロウトシテイル。ソ
ウニチガイナイ。
 黒沼さんがいなくなって以来、この三ヶ月というもの、僕は完全に気抜けし
た生活を続けてきていた。
 彼女――黒沼さんを責めるつもりはない。だけど、せめて一度でいいから、
僕にも相談を持ちかけてほしかった。そんな機会があれば、僕は――彼女の力
になれたかどうかは自信ないけれど、彼女に想いを打ち明けることはできたか
もしれないのに。悔やまれて仕方ない。
 田原が離れて行き、別の女と引っ付くことが、そんなに辛かったの、黒沼さ
ん? 自分の命を絶ってしまうほどに、『価値』のあることだったの? 僕に
は、どうしてもそうは思えない。
 端から見ていて、田原はいい奴とは言いかねた。黒沼さんもおぼろげながら、
田原の欠点に気付いていたに違いない……と思いたい。でも、それでも、諦め
切れなかった? そんなにいい奴だったのかい?
 難しいのかもしれないけど、頭の片隅にもなかった考えかもしれないけど、
僕にも目を向けてほしかった。僕ほど黒沼さん、あなたのことを想い、考えて
いる人間はいないはずだよ。
 ……ぐずぐずとこぼしているのは、格好悪いな。自分のことに移ろう。とり
あえず、自分の現実を、現在を見据えなくては。
 就職? ああ、そんなものもあったんだ。うまくいってるはずないよ。企業
だって、今の僕みたいな、見るからに陰気な学生を採用するはずがない。
 就職先もはっきり決まらないまま、夏から秋にかけて、陰々滅々と僕は生き
延びてきた。黒沼さんを追っての自殺さえ考えた。
 だが、もうそれはおしまい。僕には目標ができたのだ。田原と佐川ふみえへ
の復讐という目標が。今年の学園祭に来た二人の幸せそうな表情を見て、復讐
の気持ちは一気に固まった。
 黒沼さんは遺書もしたためずに死んでしまった。もし、遺書があれば、そこ
には田原やふみえへの恨みごとが書き連ねてあったことと思う。
 そして、僕は黒沼さんに代わって二人へ復讐する。
 復讐を成し遂げる、その強い意志をもって、全ての始まりとする。そして、
目標が達成される栄光の日まで、日記をつけよう。
 いわば、これは殺人計画の記録。そして、あるいは、黒沼さんへの届けられ
なかったラブレター。
 復讐と言っても、でたらめに殺すんじゃない。僕自身、警察に捕まるつもり
は毛頭ないから。盲滅法に殺すだけなら簡単だが、完全犯罪にするには頭を使
う。そう、いつかの犯人当てなんかより、ずっと頭を使う作業だろう。
 警察に捕まらない第一歩は、警察に介入されないことだ。つまり、殺しを事
件として捜査されないように細工すればいいのである。
 警察に捜査されないことを前提とした計画犯罪……。推理小説の中では、他
殺を自殺や心中に見せかける、自然死・病死・事故死等に見せかけるといった
手段が取り上げられてきた。現実問題として、どれか参考になるだろうか?
 僕の場合、ターゲットは二人で、まとめて葬るつもりだから、心中に見せか
けるというのがぴたりと該当しそうだ。
 もしくは、田原が車を持っているから、二人でドライブ中に事故死というの
も想定できる。でも、僕の方に車の知識が薄いから、うまくないかもしれない。
 殺人方法なんてどうにでもなると考えている。それよりも問題なのは動機だ。
あいつらに自殺する動機があるだろうか。実際にあるかどうかは関係ない。た
だ、偽装心中を実行後、周囲の人間を納得させるに充分な心中の理由がほしい。
 二人は言うなれば、幸福の絶頂期にある。田原はLINEXに入社が決まり、
ふみえとの仲もうまくいっている。ふみえの親だって田原を青田買いするぐら
いだ、悪くは思っていないのだろう。ふみえの父親がLINEXで現在、どう
いった地位にあるかは詳細は知らないが、田原はふみえと結ばれて社内での出
世コースに乗るのではないか。そんな連中に自殺する動機があるか。僕は考え
た末に、ある理由を捻り出した。
 黒沼さんの父親は娘を失ったことは言うまでもなく、表面には出さないが、
約束を違えた田原の行為にもショックを受けていると噂に聞く。僕が考えた自
殺の動機は、そんな傷心状態を少しでも和らげるのに役立つだろう。
 田原は黒沼さんに対する申し訳なさや悔恨の念によって、ふみえと心中して
もらうとしよう。遺書の文面はそうだな、「最近になって黒沼えり子の影がち
らつき、安心して眠れない。まるで、彼女の霊がまとわりついているような気
がしてならない。彼女に謝罪したいので、この方法を選んだ」という具合いに
でもするか。佐川ふみえはその巻き添えだ。
 筆跡? そんな心配は無用。田原はパソコン・ワープロ人間だから、手書き
をするなんてあり得ない。それが遺書だとしても、ワープロで書いて何の不思
議もない人種なのだ。まあ、できればプリントアウトした紙の最後に、自筆の
署名を入れさせたいが、それはあくまで希望としておこう。
 今日はこれまで。あまり長くこのことを考えていると、神経が参ってしまう
かもしれない。ひょっとしたら、傍目から見てもおかしくなったと分かるよう
になってしまうかもしれない。そうなっては計画挫折だ。そんな事態だけは避
けたい。適当なところで殺人計画の思考を切り上げるのがいいはず。
 なに、僕の予定としては、あいつらを来年の三月末までに葬ってやるつもり
なんだ。じっくりと完璧な計画を立てればいい。そう、卒業論文だってある。
卒論を完成させてから、殺人計画を本格化できればいいのだ。それまで復讐心
を抱き続けるぐらい、たやすいこと……。


十一月十三日(土曜日)
 土曜日、卒論もようやく目鼻が付きそうで、少し息抜きできる。
 卒論の話から始めたが、大学へはほとんど顔を出していない。
 理由は、あの田原の顔を見る危険性があるからだ。あいつの顔を写真で見る
だけでも、吐き気を催す。もし、あいつを眼前にすると、僕の脳は常軌を逸し、
灼熱の砂漠と極寒の地を行き来するような不安定な感覚を得てしまうだろう。
 僕は就職先も決まらず、卒論に時間を割いている。が、無論、例の計画のこ
とは片時たりとも心の中心から去っていない。去るはずがない。
 具体的にどうやって殺すか、全く決まっていない。だが、その様をあれこれ
と想像するだけで、気分が乗ってくるのが分かる。つい、にやにやと笑みをこ
ぼしてしまっている。その顔を鏡で見て、ややもすると、自分でも恐くなるほ
どに。
 とにかく、今の時点で漠然と考えている計画を、文章にしてみよう。
 たとえば……僕は薄明かりだけの部屋で、椅子に深々と腰掛け、待っている。
 何を? 決まっている、田原の奴だ。やがて扉ががちゃりと動く。あいつが
姿を現す合図だ。
 僕は軽く笑みを浮かべ、立ち上がる。挨拶の言葉でも交わしながら、あいつ
へ近付くとしようか。
 そして死んでもらおう。本心では、僕自身の恨みごとや黒沼さんの気持ちを
代弁した上で、鋭い刃物か何かで滅多刺しにした挙げ句、頭にライフルの弾を
撃ち込み、吹き飛ばしてやりたい。
 しかし、それでは自殺に見せかけられなくなる。
 しょうがない。毒を用意できたとしよう。うちは総合大学だから、キャンパ
ス中を探せば毒を手に入れることは充分に可能だ。そう、可能だと信じるのだ。
 毒を溶かした飲み物をあいつに手渡し、自分は普通の飲み物を手に取る。乾
杯をし、相手が苦しむのを待つ。
 しばらくすると、田原はうめき始めるだろう。そしてその死が目前に迫った
ところで、僕はあいつを心の底から罵倒してやる。最低野郎が!ってね。殺害
の場所が第三者から完全隔離された空間なら、本当に声に出して、罵倒してや
ってもいいな。
 さて、佐川ふみえはどうしてやるか。この女の方がよほど始末しにくそうだ。
呼び出しに応じるかどうかさえ、怪しい。まあ、田原の名前を使って何とか呼
び出すしかない。そして同じように毒殺してやる。うんと汚く死ぬのがいい。
 これで死体が揃った。僕はそのとき、二人を滅茶苦茶に壊してやりたくなる
かもしれない。衝動を抑えられるかどうか、今から心配してしまう。だが、ど
うしても抑えなくては。自殺または心中に見せかけるために。
 こいつらを車――ふみえが乗ってきた車にでも運び込もう。死体には死斑と
かいう物が出るそうだから、そいつに気をつけて運ばないといけないな。
 僕は運転席に乗り込み、いかにも心中にふさわしい場所に車を移動させる。
砂浜がきれいな海岸か、立ち枯れの木々でにぎわう山奥がいいだろう。三月な
ら新芽が出ているんだったかな? まあ、それはどうでもいい。帰りの足の便
を考えると、海岸の方を選択しようか。
 僕は田原の懐に、用意しておいた遺書を入れ、何の痕跡も残さぬよう細心の
注意を払いながら、車を出る。ああっと、二つの死体の位置関係は、二人の関
係を暗示させるような形に整えておくのを忘れずに。そんなことせずとも、警
察が調べてくれたら、こいつらの関係は瞬く間に白日の下にさらされるだろう
けどね。
 そして僕は海岸から少し歩き、適当に離れた地点でタクシーでも拾う。もし
危険であれば、最初から自分の足を用意しておいてもいい。
 今日のところは単なる妄想にするつもりだったのが、思わず具体的になりつ
つあるね。まあ、今、記した計画でも悪くはない。これなら事件が発覚しても
心中に見せかけられるだろう。万が一、警察が介入してきても、僕があいつら
を殺す動機を持っているとは、誰も知らないはずなのだ。黒沼さんへのこの想
い、今までに誰にも打ち明けていないのだから……。
 だけど……何か物足りない。こんな計画を実行し、成功したにしても僕の気
分が晴れるだろうか。疑わしくなる。
 僕が田原義男と佐川ふみえを殺す動機は、表面的にはない。ならばいっそ、
通り魔か何かに見せかけて、二人を殺してやろうか。思い切り、むごたらしく
殺してやろうか。そんな誘惑に駆られる自分を見つける。誘惑は日に日に強く
なっている。
 小細工なしにあいつら二人を殺したら、動機の有無に関わらず、僕のところ
にも刑事が話を聞きに来るだろう。それだけでブルってしまうほど、自分の精
神は脆くはないと信じているのだが、何かの幸運な偶然で警察の連中は僕を殺
人犯だとする端緒を握るかもしれない。
 可能性ゼロとは言えまい。たとえば、通り魔殺人に見せかけたとして、たっ
た一人の目撃者によって、僕が犯人ではないかという疑念が持たれることだっ
てあり得る。そうなると、やはり、警察の介入は最小限に抑えなければならな
い。
 それでも僕は、二人を凄惨なやり方で葬ってやりたい。その気持ちを意識下
に押し込めていられるだろうか。計画が完成し、決行の日が訪れるまでに……。


十一月二十日(土曜日)
 この日記帳に向かうのは、一週間ぶりである。
 そして、卒業論文の提出期限が、一ヶ月後に迫っていた。
 この一週間、僕は悶々としていた。
 殺人計画のことを思い出しては消し、思い出しては消して、卒論に取り組ん
できたのだ。ともすると、卒論の文章をワープロで打ち込んでいる際に、殺人
計画を考えている自分に気付き、慌てて頭を振る。
 これではおかしくなってしまいそうだ。僕はひとまず気持ちに一区切りをつ
けるため、この日記の中断を決めた。卒論完成まで、封印するとしよう。心の
中心には黒い幕でもかぶせるとしよう。
 だが、あいつら二人――田原義男と佐川ふみえの二人は、絶対に殺してやる。
絶対にコロス!



――続く




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