AWC 僕は君だけは許せない 12   永山智也


        
#4646/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   2:12  (200)
僕は君だけは許せない 12   永山智也
★内容
 僕らから離れたところでは、ふみえの弟の雄治が所在なげにぽつねんと立ち
尽くしていた。
 田原とふみえの話は、五分ほどで終わった。
 だが、雰囲気の悪さはそれで解消される訳でない。ふみえが弟を連れ、帰っ
たあとも、何となく気まずさが残った。どうしてだか知らないが、田原が話の
内容を説明しなかったものだから、当然である。口止めされたのかもしれない
けれども、せめて何についての話だったかぐらいは言ってくれてもいいもんだ。
それとも、黒沼さんと二人になったときに話すつもりか。
 黒沼さんは翌日にはまたいつも通り明るくなっていたが、僕自身はずっと気
になった。学園祭後の打ち上げも、個人的にもう一つ、盛り上がれなかった。
 こうして、今年の学園祭は終わった。


3.インサート
 ――彼女をめぐって、彼をめぐって――

 佐川雄治は目を覚ますと、机の上の時計にすぐに目をやった。
 春休みに入って二日目、何のクラブにも入っていない雄治は、別に早起きす
る理由はない。だが、習慣で時間を気にしてしまうらしい。
 午前八時、にはなっていなかった。長針は向かって左にわずかに傾斜してい
る。雄治は上体を起こした。ベッドの上で、時計が八時ちょうどになるまでそ
うしていた彼は、秒針が長針から離れた途端、ベッドを飛び降りた。すぐさま、
服の着替えに取りかかる。そうしないで寝間着のままでいると、うるさく言う
家族が二人いるからだ。
 着替えを手早くすませ、階段をリズムよく降り、食卓へ向かう。
「あら、おはよう。昨日よりは早いじゃないの」
 母親が言った。予想していなかったらしく、大儀そうに立ち上がると、朝食
の仕度を始めた。
 楕円のテーブルの、母親がさっきまで座っていた席と反対の位置には、雄治
の姉のふみえがいた。つまらなさそうにテレビを眺めている。画面は男性ニュ
ースキャスターを映していた。
 雄治は姉の右隣の席に腰掛けると、
「ふみえ、いい男に見とれてんの?」
 と、からかうかのように姉を呼び捨てにした。
 それに腹を立てた風でもなく、ふみえは振り返ると、「ばーか。ちゃんと聞
いてるのよ。面白いニュースなんだから」と言った。
 ニュースはすでにローカルネタに移っており、空き地の土管の中から女子高
校の制服一式が見つかったというものだった。そのニュースが終わってから、
またふみえは口を開いた。
「ああいうことやるのって、たいていは暗い奴なのよねえ。雄治、あんたも気
をつけなさい」
「何だよ、俺は暗くない」
 雄治は反発した。そこへ母親が朝食を運んできた。ご飯とみそ汁から湯気が
立ち上がっている。
「威勢がいいの、家の中だけじゃないの。外ではどうして大人しくなっちゃう
んだろうね」
「……」
 笑っているふみえに、雄治は黙り込んでしまった。
「いい? そういうのって、『井の中の蛙、大海を知らず』って言うのよ。覚
えときなさい」
「それぐらい知ってるさ。俺は蛙なんかじゃない」
 振り絞るようにそれだけ言うと、雄治は盛大に音を立ててみそ汁をかき込ん
だ。すると、思っていたよりも熱かったのか、せき込んでしまった。
「今日はどうするつもりなの?」
 やれやれといった感じで元の場所に腰掛けた母親は、さして興味なさげに子
供達にそう聞いた。
「私は『彼』と約束があるの。昼から出かけるわ」
「それって、田原……ええっと、義男君のこと?」
 関心を多少持ち始めたらしい母親。娘のボーイフレンドの話となれば、当然
の反応かもしれない。
「そうよ」
 ふみえは素気なく、短く答えた。うるさく詮索されたくないのだろう。
「お父さんの方が入れ込んでいるだけなんだと思っていたら、ふみえ、あなた
もなの? それとも、お父さんのために田原君の気を引いているとか」
「そんなことないわよ。私が彼と付き合っているのと、田原君がお父さんの会
社に入るかどうかとは、全然関係ない」
 ふみえは、やや強い口調で否定した。そして急須を引き寄せると、自分の湯
呑みに継ぎ足し、冷めるのを待たずに唇を着ける。
「あちっ」
「もう、慌てなさんな。頭の中じゃ舞い上がってるんだから」
「そんなんじゃ……」
 途中で言葉を切ったふみえ。湯呑みに息を吹きかけているのは、どうやら弁
明をあきらめた様子だ。
「それよりも雄治の方よ。雄治、あんたは何か予定があるの?」
 ふみえは突如、話題の矛先を弟に向けさせた。母親も、思い出したかのよう
に応じる。
「そうね。雄治?」
「俺は……」
 口ごもる雄治。
「本当に、内弁慶なんだから」
 ふみえは、覚え立ての言葉を使いたがる幼児のように、同じ意味の語を繰り
返した。
「そんなんだから、ガールフレンドの一人もできないのよ。ちょっとは飛び回
って、引っかけてきたらどうかな?」
「そんなこと、したくない。俺にだっているさ、好きな人は」
「え、どんな人?」
「名前は?」
 とたんに好奇心を露にし、姉と母親は相次いで質問をする。
「名前は……言いたくない。……どんなって、きれいで、頭よくて」
「何、小学生みたいなこと言ってるの。そんなんじゃ分からないわ。もっとメ
ンタルな部分を語りなさい」
「……近くにいると、気持ちが楽になる人、かな」
「何それぇ? それって普通、女が男を評して言う台詞よ。まっ、いいか。そ
れで? 雄治が好きだってこと、その人は知ってるのかな?」
「どうだろ。恐らく、気付いてないんじゃないかな」
 少し顔を赤くした雄治は、ちらりと姉に視線を向ける様子を見せた。次いで、
母親に視線を移動させる仕種。
「あーあ。それじゃあ、あんたの全くの片想いな訳? 自分が内弁慶じゃない
ってことの証にはなんないじゃない」
「どうでもいいだろ、そんなこと。言いたくても言えないんだから。ごちそう
さん!」
 怒ったように箸を置くと、雄治は席を蹴って、洗面所へ向かった。すぐさま、
勢いよく水の流れる音が聞こえる。
 何のつもりか、彼はいきなり顔を洗っていた。何度も、何度も、何度も……。

「時間通り、ぴったりだ」
 コートの袖を引き上げ、右腕の時計で時刻を確かめながら、田原義男は言っ
た。そして、目の前に小走りでかけてくる相手に、微笑んで見せた。彼女の明
るいオレンジを基調としたファッションが、彼の視界に鮮やかに映ずる。
「駅のプラットフォームでやること、言うことじゃないわ。あまりにも作りも
のめいている感じ」
 田原の正面、五十センチほど手前のところで立ち止まった相手――黒沼えり
子は自分たちのしたことを恥ずかしがるように言って、笑みを返してきた。こ
の笑みを見ると、田原は少し……。
 それを隠して、田原は言葉をつなぐ。
「ならば徹底して芝居がかってやろうか。さて、お姫様、これからどちらに参
りましょう?」
 調子よく言うと、田原は右手を大きく振りかぶり、自分の胸の前に持ってき
た。そして頭を下げる。
「もう、何やってるの。今日の予定はもう決まっているでしょうが。こら」
 田原の頭を叩く真似をする黒沼。文芸サークルにいるせいか、芝居じみた振
る舞いに満更でもなさそうではある。
「本日のご予定は、まずはお定まりの映画――ご希望のアニメ――をご観覧、
続いて昼食、ウィンドウショッピングに繰り出した後、自由行動となっており
ますが」
 言い終えてから、田原は首を左右に傾げた。
「うー、肩が凝るな、こんな喋り方。この辺でやめとくか」
「それがいいわ。さ、行こう」
 二人は歩き出した。

「ごめんなさーい! 待ったぁ?」
 甘えたような声が、田原の耳に届いた。腕時計から目を外し、声がした方へ
向くと、佐川ふみえがゆっくりと歩きながら、片手を上げて振っているのが確
認できた。
「遅いぞ。四十分の遅刻だ」
「えー? そんなに遅れてないはずよ」
 田原が言うことに反発するふみえ。
 田原は、自分の腕時計を彼女に見せて、今が何時か分からせてやろうかとも
考えたが、思いとどまった。そんなことしたら、相手は一発で機嫌を悪くして
しまう。
「分かったよ。うるさく言ってごめん」
 本心からとは言い難かったが、表面上は素直に謝った田原。
 すると効果てき面。さっきまでむくれていたふみえの表情は、ころりと笑顔
に転じる。
「分かればよろしい。さっ、えーっと今日は、最初は『ディノ・ワールド』だ
ったよね、確か」
 ふみえは、古生代の地球をメインに据えたテーマパークの名を口にした。
「恐竜ブームなんて、いつまで続くか分かんないのにね。この不景気に、よく
建てたと思うわ」
「建てた方だって必死だろう。まあ、恐竜は小学校低学年を中心として、根強
い人気があるからなあ。そう簡単には廃れないさ」
「あら、妙なことに詳しいのね」
「ゲーム作りを仕事にするつもりなんだから、メインのユーザーたり得るお子
様相手のリサーチは当然のこと」
 田原の茶化した物言いに、二人の間に笑いが生まれた。

 それは雄治の不意をついた質問であった。
「おまえの姉さんは?」
 佐川雄治のあまり多くはない友人の一人・真壁が言った。
「出かけてる」
 雄治は短く答えた。二人は廊下を通って、雄治の部屋に向かう。約束してい
た訳じゃないが、一緒にゲームでもしようぜという運びになったのだ。
「何だあ、いないのか。残念だな。折角、美人が拝めると思って来たのに」
「よせよ、そんな言い方」
 部屋に入ると、雄治は怒ったように扉を閉めた。真壁の方は、それに気付い
たかどうか、そそくさとテレビの前に座り込んだ。ゲームと言えば、テレビゲ
ームであるご時世。
 当然のごとく、真壁は勝手にお気に入りのゲームソフトを選び、対戦型を選
んでゲームスタートのボタンを押した。慌てたように隣に雄治が座る。
「きれいな人には違いあるまい?」
 小馬鹿にしたような真壁の台詞に、雄治はますます気を悪くしていったと見
える。始まったばかりのゲームで、いきなり致命的な一撃を食らった。どうし
ようもなく、そのままずるずると後退し、敗北してしまった。
「何だ、調子悪いんじゃねえの?」
「うるさい。二本目を見とけ」
 威勢よく言ってはみたものの、その二本目でも、それからあとのゲームでも、
雄治は本領発揮できず、やられ続けてしまった。
「だめだ。頭冷やす。ジュース、飲むか?」
「ごちそうさん。ビールならなおいいんだけどな」
「馬鹿野郎、親がいるんだからな」
 友人のくだらない冗談に軽く罵声を浴びせてから立ち上がると、雄治は部屋
を出た。台所でごそごそやって、足早に部屋に戻る。
「遅い」
 戻ってくるなり、真壁が言った。
「あのなあ、客にしても態度でかいぞ」
「いいじゃないの。甘そうなジュースだ。せめてコーラが」
「文句言うな。うちはふみえがコーラとかサイダーとかの炭酸系、だめだから
買わないんだ。欲しけりゃ自分で買え」
「ふーん、そうなのか。それよりおまえ、姉貴を呼び捨てか」
「……姉と弟だからって、女にいばらせておくことないからな」
「そりゃま、そうかな。でも、そこまで言うなら、本人を目の前にしても、呼
び捨てにしろよ。文化祭のとき、おまえの姉さん来てたよな。おまえ、あの人
の前じゃ全然、大人しかったじゃないか」
「構わないだろう、他人がどうしようと。それより勝負再開といこうぜ。早く
飲んじまえって」
 雄治はほとんど空にしたグラスを置くと、コントローラーを手に取った。真
壁は面倒臭そうに、雄治に続いた。
 雄治は頭が冷やせたのか、それからは互角に戦うことができた。

――続く




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