AWC 僕は君だけは許せない 10   永山智也


        
#4644/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   2: 9  (199)
僕は君だけは許せない 10   永山智也
★内容
「では、聡美ちゃんの側に一番長く一緒にいるあなたから見て、あの子はどう
いう子ですか?」
「何か意味深ね。それはつまり……聡美ちゃんがおじいちゃんを殺すことがあ
るかってことかしら?」
「……ご自由に受け取ってください」
「そうねえ。殺しかねないかも、とは言えるかもね。それだけ意志の強いとこ
ろがある子よ、聡美ちゃんは。でも、実際に殺すなんてのは、想像もできない」
「私もです。あとになって、捜査に私情を差入れたなんて陰口を叩かれたくな
いから、確かめたまでです」
 そこまで言うと、鳥丸は大きく伸びをし、表情を崩した。
「さあ、これでおしまいです。夕食の準備を始めましょうか」
 鳥丸の提案に、時間を確認してから井沢も大きくうなずいた。
 食事は何事もなく進み、そのまま雑談になだれ込んで行った。ここまでは昨
夜と一緒だったが、やはり精神的疲労が蓄積していたのだろう。すぐに、誰も
が無口になっていた。結局、早いが床に着くことになった。
「戸締りはしっかりとしといてください。私が来たとき以外、どんなことがあ
っても――少なくとも夜の内はドアを開けないことをお願いします」
 鳥丸は命じるように全員に言った。

「どうして開けたの……」
 言葉が途切れた。鳥丸刑事の頭の中は、忙しく回転していた。
 朝、目を覚ますと、新たな犠牲者が出ていたのだ。しかも、二人も。
 死んでいたのは吉林と永室。吉林は首を絞められ、永室は刺され、各々の自
室で殺されていた。吉林殺しの凶器は洗濯紐で、洗面所にあった物だと思われ
た。永室殺しの凶器は刺身包丁で、台所から一本なくなっているのが発見され
た。
 第一発見者は、共に鳥丸自身だった。朝食の時間になっても現れない二人を
呼びに行ったところ、死んでいるのを発見したのである。時刻は午前八時頃。
「永室さんが亡くなってしまい、私だけで死亡推定時刻を見立てなければなら
なくなりました」
 あまりのこと呆然としている夏子と聡美、それに井沢を休ませ、鳥丸は朝日
田に話しかけた。
「念のため、付き合いましょう。さすがに飯も咽を通らないしな」
 さすがに衝撃を受けたらしく、朝日田もこれまでのように威勢がいいとはい
かないらしい。
「まず、吉林さんから調べます。一緒に来てください、朝日田さん」
 吉林の部屋は、朝日田の部屋の左隣にある。室内の様子は、割に整然として
いる。犯人の来訪を受け入れ、背中を見せた隙に締め殺されたのだろう。
「分かりにくいですが、死んでから六時間は経ってますね。ですから、午前一
時から二時半までに殺されたと思います」
「言われても分からないよ。ただの推理作家なんだから」
「いえ、あなたの証言が重要になるんです。両隣で殺人があったんですから、
何か物音を聞いたでしょう?」
「それが……。何も聞いていないんだ。昨夜はやけに眠くって。何か盛られた
みたいなんだ」
「え? じゃ、じゃあ、食事か何かに睡眠薬でも入っていたと?」
「恐らく、そうだと思うね。いや、食後に雑談した折、酒を回したでしょう。
あれに入っていたことも考えられるんじゃないかな。うーっ、頭が重い」
「それじゃあ、誰にでも薬を入れられたことになりますよね。しかし、この家
で薬となると、もう一人の被害者である永室さんの手元ぐらいしか思い浮かば
ないんですが。あっ、睡眠薬程度なら、常備薬として元からあったかもしれま
せんね」
「あとで、夏子さんに聞けばいい」
 頭が痛いのか、吐き出すように答える朝日田。
「覚えときます。薬を飲まされたとしたら、こういう現場はよくないのではな
いですか。気分の悪さに拍車が」
「いいから。もう一つの、医者の方も早く済ませてくれ」
「そうですか」
 永室の部屋は、朝日田の右隣にあたる。吉林、朝日田、永室の三人の部屋で、
四角形の一辺を作っていたのだ。
「こちらも似たような感じですね。部屋の温度で変わりますけど、やはり午前
一時から二時半が妥当なとこです」
 永室の部屋も、あまり荒れていなかった。ただし、吉林が布団を抜け出して
殺されているのとは対照的に、永室は布団を被った上から腹部を数度、刺され
ていた。
「こちらはちょっと、変だな」
 頭を振りつつ、朝日田が漏らした。
「永室さん、眠ったまんまの格好で殺されてやがる。じゃあ、鍵を開けたのは
誰だったんだ?」
「そうですよね。永室さんが起きて犯人を招き入れたのなら、犯人がいる目の
前で、再び布団にもぐり込むはずがないし。まさか、犯人が鍵を持っているな
んてこともおかしい……」
 呟きながら、鳥丸は部屋の入口に向かった。そしてドアに触れ、子細に調べ
ている様子である。
「あ、これを見てください、朝日田さん」
 刑事が指さした箇所――ドアの錠の部分。ノブのボタンを押し込んでから閉
じると、壁側の穴に棒がはまって施錠するタイプだが、その棒がガムテープで
飛び出さないようにされている。
「これか」
「そうみたいです。犯人は気付かれない内にこれを張り、部屋に鍵がかからな
いようにしておいた。そうとは知らない永室さんは、鍵は施錠されたものだと
安心して眠ってしまう。寝静まった時間を見計らって、犯人はこの部屋に侵入
し、台所から持ち出してきた包丁で刺し殺した……」
「そうだろうな。ああ、だめだ。もう気分が悪くて、いかん。戻りませんかね」
 朝日田はとうとう、ギブアップの意志表示をした。
 広間に戻ったところで、鳥丸ひろみは三人の女性にも、状況を説明した。
「そういう訳で、今夜からは鍵自体にも注意しておいてください。それからま
だ、問題があります。もう一人の犠牲者となってしまった吉林さんに、犯人は
どうやって鍵を開けさせたかです」
「吉林さんの方は、鍵に細工されていなかったの?」
 比較的顔色のよい井沢が言った。
「見たところはそうでした。ひょっとしたら、犯人は永室さんの部屋と同じ細
工をし、犯行後にテープを取り去ったのかもしれませんが、糊の感触はなかっ
たです。そもそも、さっきも話しましたように、吉林さんの部屋の状況は、吉
林さん自身が犯人を招き入れたことを示しているのです」
「こう考えてはどうかしら。犯人はとにかく吉林さんを起こし、中にいる彼に
向かって、『時森譲さんの遺した封書が出てきました。いつの間にか私のベッ
ドの下に投げ込まれてあったのです』と囁いた……」
「僕なら、開けてしまうだろうな」
 夏子の意見に対し、新たに殺された二人と似た境遇とも言える朝日田は、そ
う感想を言った。弱気になっているのだろうか、一人称に『僕』を使っている
のが、どこか不似合いだった。
「なるほどと言いたいですが、では、どうして犯人は同じ手を永室さんに用い
なかったのでしょうか? 逆に言えば、ガムテープの細工を吉林さんの場合に
も使えばいいものを、どうして?」
「それは……どちらともガムテープの細工をしたら、犯行をする前に発覚する
可能性が高いからじゃないか。同じように、声をかけるという手も、二度続け
て使わなければならないのは、非常に危険だ。いくら夜中で、僕を薬で眠らせ
ていても、気付かれる可能性が大きくなってくる」
「そっかぁ! 凄いですよ、朝日田さん。推理作家ならではの発想ですね」
 大きな声になった鳥丸。必要以上に場を盛り上げようとしている感じだ。犯
人逮捕に一歩ずつ近付いてるんだということを示し、落ち込んでいるみんなを
助けている気なのかもしれない。
「それでは、一応、皆さんのアリバイを伺いたいと思います」
 鳥丸が言った。
 しかし、アリバイ調べは予想通り、無駄に終わった。時森譲殺しと同じく、
こんな時間にアリバイを持つ者はいなかったのだ。だが、確かなアリバイを持
っている者がいたとしたら、かえって怪しまれるだろう。
 このあと、鳥丸は時森邸の常備薬から、大量の風邪薬が盗まれていることを
確認した。薬箱は誰の手にも届く場所にあったため、犯人特定の手がかりとは
ならない。そうして、三日目は食事も咽を通らない状況となっていった。
 が、それで殺人犯が待ってくれるはずもない。四番目の犠牲者が、その日の
内に出たのである。時間にして午後六時。せめて一食だけでも食べようと、食
事の準備を始めたところだった。
「夏子さん、ちょっと」
 食事の準備をしている夏子は、鳥丸に呼ばれた。そばでは聡美も手伝ってい
る。
 朝日田は頭痛のため自室で眠っており、また井沢も気分がすぐれないので自
室にいるはずである。
「何か?」
「今、聡美ちゃんの部屋の再捜査をやらせてもらっていたんですが、ふっと窓
の外を見ると、向かいの部屋の様子がおかしいんです。朝日田さんが血を流し
て倒れているみたいなんです」
「え?」
「それで行ってみたんですが、鍵がかかって入れないんです。窓ガラスを破ろ
うかとも考えましたが、合鍵を夏子さんが持っているんじゃないかなと思い直
して」
 鳥丸の息遣いは荒かった。そのきれいな顔立ちとはそぐわない。
「あ、あの、合鍵なんてありません。皆さんにお渡しした鍵だけですから」
「では、窓を破って構いませんか?」
「ええ。聡美、ここ、お願いね」
 そう言い置くと、心配そうな娘を残し、夏子は鳥丸と共に、朝日田の部屋に
向かった。
 中庭に出た二人は、朝日田の部屋の窓までやって来た。鳥丸が手近の石を拾
い上げ、思いきり投げつけた。音を立て、ガラスが割れる。
「開きました。夏子さんは、廊下に回ってください。中から開けますから」
 鳥丸は窓を引き開け、一番に飛び込んで行く。そして一直線に、部屋のドア
に向かい、鍵を開けた。
「あ、朝日田さんは……?」
「やはり、死んでいるようです」
 首を振りながら、鳥丸は言った。
 朝日田は、後頭部を鈍器で殴られ、死んでいた。何度か殴られたためか、出
血がひどい。凶器はすぐそばに転がる、ブロンズ像のようだ。廊下の角に置か
れていた物で、誰にでも手に取れる。
 が、彼は死ぬときまで推理作家だったのだ。必死に書いたらしい血文字が、
右手の先にあった。
「こ、これは……。夏子さん、初めての有力な手がかりとなるかもしれません。
気持ち悪いでしょうけど、よく見て、しっかりと脳裏に焼き付けておいてくだ
さい」
 鳥丸はそう夏子を促した。
 被害者が遺したメッセージは、「↑」のように見えた。被害者の位置から見
て、上向きの矢印である。
「矢印? この方向に何かがある……?」
 鳥丸と夏子は一緒になって、矢印の示す方を見た。
 矢印の示す物は、中庭を横切った形で、時森譲の部屋の位置のようであった。

――問題編.終わり

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 読み終えたらしく、黒沼さんは頬に左人差し指を当て、考える仕種をしなが
ら、僕に言ってきた。
「これで犯人が分かるの?」
「まあ、そうなるはずなんだけど」
 僕は急いで言い添えた。
「さあさあ、考えるのは学園祭に突入してから! 早く、誤字のチェックをし
て、掲載順序を決めないとね」
 ということで、僕らは自分が持ってきた原稿を二読、三読する作業に没頭。
だけども、これだけやっても、割と見落としが多い。やはり、自分が書いた物
だから、ついつい斜め読みしてしまうのかもしれない。だから、最後には他の
メンバーに読んでもらって、最終チェックをやってもらうんだけど。
 さて、会誌の印刷だが、普段はコピーに頼っている。活動が認められて、正
式な部に昇格すれば補助費がもらえるから、オフセット印刷で製本する回数も
増やせるんだろうけど、今のサークルのままでは、それははかない夢。オフセ
ットは、年に一度がせいぜいなのだ。そしてそれは、この学園祭用にあてがわ
れる。
 コピー誌の場合、まず原稿をワープロに打ち込み(僕みたいに最初からワー
プロで入力する者も半数はいる)、適当な紙に二段組に印字する。これを縮小
コピーにかける。何故縮小するのかと言えば、文字の縁のギザギザが取れ、き
れいに見えるから。プリンターが旧タイプだと苦労が多い。
 で、大量にコピーした物を一枚ずつ二つ折にしていき、それを順序通りにな
るように机の上にずらりと並べ、端からみんなで輪になりながら一枚ずつ取っ
ていく。それをとんとんと揃え、ぷっつんぷっつんと大きめのホッチキスで綴
じるのだ。これでようやくできあがり。意外と疲れる作業で、夏、狭い部屋で
やれば、額から汗が滴るほど。今回は、これらの苦労から解放されるって訳だ。
 そうそう、表紙とか挿絵は絵心のある黒沼さんが、ちょっとシュールな絵を
描いてくれる。かわいらしい絵も描けるんだけど、彼女自身はシュールな方が
好きだと言う。

――続く




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