#4643/5495 長編
★タイトル (AZA ) 98/10/31 2: 7 (200)
僕は君だけは許せない 9 永山智也
★内容
「なるほど。それが聡美ちゃんの言葉で、方向がずれて、あなたは自分の気持
ちを言えるようになった……。その方がやはり、嬉しいんでしょうね」
「それはそうですけど、今は父が亡くなったことの方が大きくて」
「聞きにくいんですが、敢えて聞きます。あなたが心に決めた相手の名前、そ
れを話してもらえません? もちろん、他の方には秘密にしますから」
「それは……言えません」
「何故ですか。あなたが想っている人は、あなたの気持ちを感じ取っていて、
こんな犯罪は起こさないと思えませんか。少しでも容疑の枠を狭めたいんです、
私は」
鳥丸の口調は、夏子に詰め寄る様なものに変わってきていた。
「分かりますけど、鳥丸さん? そんなことで容疑を絞るのは、かえって危険
なんじゃありませんか?」
「……そうかもしれませんね。いや、若さが出てしまいました。焦っているみ
たいです。これからは気を付けないと」
照れ笑いのような笑みを口元に浮かべる鳥丸。
「じゃ、とりあえず次の質問。毒物ですが、この時森邸に青酸系の毒物は置い
てあったのですか?」
「いいえ、どんな毒もないはずです」
「では、時森家が携わる事業の関連で、毒を手に入れることは可能ですか?」
「……分かりません。父はかなり手広くやっていましたから、ひょっとしたら
どこかでそんな薬品関係とのつながりがあるかもしれません。でも、私が知っ
ている範囲ではありません」
「犯行推定時刻の頃、何か物音を聞きませんでしたか? あなたの部屋が、一
番近い訳ですが」
「さあ。ぐっすりと眠ってましたから、気付きませんでしたわね」
「そうですか。次が最後の質問です。譲さんを殺すような動機を持っている人
が、今現在、この島にいますか? もちろん、吉林、永室、朝日田の三人は除
いてです」
「いません」
夏子はきっぱりと言い放った。
「犯人は永室だぜ、刑事さん」
鳥丸が真向いに座るなり、朝日田は言い出した。左手には煙草がある。
「どうしてです? 理由を」
「理由は簡単、毒を入手できるのは、医者をやってるあいつだけさ」
「それは私も考えていました。まだ永室さんに話を伺ってはいませんが、あの
人が毒を入手できるのは間違いないものと想像しています」
「じゃあ、早いとこ、奴を逮捕したらどうだい?」
「いいえ。凶器・毒物を準備できたら犯人なんて公式はありません。少なくと
も、他の方が毒を入手できないということを証明しなければなりません」
「ふん、なるほどね! で、今、俺の番という訳だ。さあ、何でも聞きな」
時森譲が死んで、朝日田の言葉遣いはどんどん乱暴になっているようだ。
「早速ですが、あなたは毒を手に入れることができますか?」
「随分、ストレートな聞き方だ。いいねえ。そうだな、小説を書く上で、薬品
会社や薬局、メッキ工場に取材に行ったことはあるな。もちろん、そこでくす
ねるなんてことはしてないがね」
「一応、信用しておきましょう。でも、可能性は」
「あるよ。まだるっこしいんだな、警察ってのは」
「次です。犯行時刻あたりに、何か物音を聞きませんでしたか?」
「さあて。夢み心地だったからな。耳にしていない」
「お酒は飲めますよね」
「そりゃ飲めるさ」
「結構です。これで終わりますが、静かに待っていてくださいよ」
と、鳥丸が言い置いて、部屋を出て行こうとしたら、
「分かりましたって」
朝日田は芝居めいた物言いをした。
「いきなりで失礼だとは思いますが、あなたは青酸系の毒物を入手すること、
できますよね?」
「はは。そうですな、認めざるを得ないでしょうなあ。薬学系の大学にも出入
りしているし。だがね、私がもし殺人をするなら、毒を入手できる立場にある
からこそ、毒は使わないとは思わんかね?」
「それは、私が判断します。今回、医療道具を持って来ていますか?」
「いや。そりゃ、簡単な胃薬・風邪薬程度なら持って来ているし、聴診器もあ
る。何せ、ここは離れ小島だから」
「いい心がけですね。その薬ですが、盗まれたなんてことはないですか?」
「ない。薬の管理はしっかりしている。だいたいね、医者が持つ薬というのは
刑事さん、外側に風邪薬だの胃薬だの、明記されてないもんだよ。素人には何
の薬品か分かるはずがない」
「そうですか。勉強になります」
相手のことを立てて真相を引き出すつもりか、下手に出る鳥丸。
「犯行推定時刻を割り出した訳ですが、その頃、物音を聞きませんでした?」
「聞いてないなあ。ここは結構、防音がいいしね。毒を盛るたって、そんな音
をたてるもんでなし」
「お酒は?」
「いける口ですがね。医者として節制に努めてますよ」
「どうもありがとうございました」
そう言いおいて、鳥丸は永室の部屋をあとにした。
「休み中とは言え、こんな事件に巻き込まれたとなると、上への印象が悪くな
らないかと、心配でたまりません」
弱々しい笑みを浮かべ、吉林は言った。眼鏡の奥に、疲れたような目がある。
「犯行推定時刻の午前0時からの二時間、何か物音を聞きませんでしたか?」
「いや、何も気付かなかったです。壁が厚いせいでしょうかね」
「お酒は飲めますよね? あまり飲まれるのを見たことがありませんけど」
「飲めと言われりゃ、飲めます。まあ、すぐに顔に出るタイプですが」
「酔いが残る訳ですか?」
「残りますね」
「それでは吉林さん。あなたは青酸カリといった毒物を、手に入れることがで
きますか?」
「どうしても手に入れろって言われりゃあ、やるかもしれません。泥棒でも何
でもしてね。ですが、今度の事件の場合、そこまでしやしません。ああ、余計
なことを言ってしまったな」
「仲々正直で、よろしいですよ。じゃあ、これで」
鳥丸刑事は部屋を出ると、今までのことをメモに記した。
「井沢先生、誰がおじいちゃんにあんなことをしたと思う?」
荒木聡美は、回転椅子を半回転させ、後ろにいた井沢純子の方を向いた。鳥
丸の訪問はまだない。
「……やっぱり、勉強できるもんじゃないわね」
質問に答えない井沢を、聡美はちょっとにらんだ。
「答えて! いつもは先生、質問してくるくせに」
「そういうきわどい問題は、口にしたくないなー、先生。……何て言っても、
しょうがないか。私はね……永室さんが一番怪しいと思っているわ。毒を入手
し易いのは彼が一番だし。これ、秘密よ」
井沢の答をそしゃくするように、聡美は首を振った。
「ふうん。私はね、朝日田さんが怪しい感じだなって、思ってるの」
「どうしてかしら?」
「勘だけなの。でも、推理作家だから、毒だって手に入るかもしんないし、殺
人を計画するのもお手の物でしょ」
「かなり偏見が入ってるわね。聡美ちゃん、お母さんの再婚相手、少なくとも
朝日田じゃなければいいと思っているでしょう? 違うかしら?」
「やっぱり分かった?」
舌をちらっと出す聡美。内心では祖父の死で混乱しているのだが、努めて明
るく振舞おうとしているのだ。
「思うに、夏子さんは朝日田なんかは選びはしないわよ。あの人の好きなタイ
プは、三人の中にはいない気もするんだけど、強いて選べば、永室さんかしら」
「やだぁ、それじゃ、先生が考えた犯人になっちゃう」
「あら、そうね」
そうして二人でひとしきり笑ってから、急に静寂が訪れた。聡美は何気なく、
窓から景色を眺めた。景色と言っても、同じ建物の部屋が見えるだけだ。傾い
た太陽の光を浴びて、向かいの部屋の窓は鏡のようになっている。確か、あそ
こは推理作家の部屋。
「何時かしら」
景色を見ている内に、ふっと気になったので、聡美は時計を見た。
「六時前ね。そろそろ夕食の準備しなくちゃね」
聡美の声を聞いて腕時計を見たのか、井沢が答えた。
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「鳥丸です。いいですか?」
「はい」
返事の声が届かなかったのではと思われるくらいに、すぐに鳥丸が入って来
た。
「あ、井沢さんがいらしたんですか」
「いけませんか?」
「ん、他の方も一人ずつ聞きましたから。できればしばらくの間、お部屋に戻
っていてもらいたいのです」
「分かったわ」
井沢は短く応答すると、テキストを持って出て行った。
その姿を見送ってから、おもむろに聡美が口を開いた。
「ねえ、鳥丸さん。お願いがあるんだけど、私」
「何?」
「今夜、お母さんと一緒に寝たいの。駄目かな?」
「そんな。いいに決まってます」
「よかった。勝手な行動はいけないっていうから、確認したかったの」
ほっとする聡美。心細かったのだ。
「そこまで考えていたんですか。私も罪なことを言いましたね。ごめんなさい」
「いいのいいの。鳥丸さんはそれが仕事だから」
頭を下げた刑事に対し、聡美は慌てて言った。
「じゃあ、質問を。昨日眠ってから、何か物音を聞かなかった?」
「物音って?」
「誰かが夜中に動き回っているみたいな音って言えばいいかな」
「うーん。聞こえなかったわ」
「そう……。えーっと、聡美ちゃんは、お母さんに再婚してほしくないんだっ
たよね。この前も言っていたように」
「うん」
「でも、もし選ぶとしたら、誰がいいの? 誰がお父さんになってほしい?」
「今は誰も嫌よ」
聡美自身、声が高く、大きくなるのが分かった。過敏に反応してしまう。
「じゃあさ、聡美ちゃんが二十歳になってからならいいんだったよね。その場
合、どうなの?」
「井沢先生にも言ったんだけど、朝日田さんは嫌い。とにかく、お母さんを悲
しませない人がいいわ」
「あの三人は、財産目当ての人ばかりだって言いたいのかしら?」
「そう……かも」
「こんな質問したら怒られるかもしれないけど、聞いて。夏子お母さんは、お
金に困ってる様子があった?」
「全然」
「それならいいんだけど」
「まさか、鳥丸さんはお母さんまで疑ってたの?」
「……そう」
刑事の答を聞いて、聡美は急に咽が痛くなった。それに続いて、胸が痛くな
るのを感じ始めた。
「……しょうがないもんね。それが仕事なんだから、鳥丸さんは」
「ごめんなさい」
「二回も続けて謝るもんじゃないわ。刑事はもっと威厳がないと。性別も年齢
も見かけも関係なしにね」
「ありがとう。聡美ちゃんも元気出してね。きっと犯人、見つけてみせるから」
そう言うと、鳥丸は聡美の部屋を退出して行った。
「あなたが最後になります」
鳥丸は、井沢の部屋に入るなり、そう切り出した。この部屋の主は、毅然と
した態度を保っているように見える。
「犯行時刻の頃に、何か物音を聞きませんでしたか?」
「何も。熟睡しちゃってたから」
「そうですか。井沢さん、毒物には縁がありませんよね?」
「私が塾講師だったから? それは甘いというものよ。いい? 私は某国立大
学の出身なの。当然、総合大学で、薬学部もあったわ。その線で行けば、毒を
入手するのも絶対に無理とは言えないんじゃなくて?」
「考えも付きませんでした。……でも、疑ってほしいんですか? そんなこと
を言うなんて」
「とんでもない。ただ、隠しごとをしているとロクなことがないって、知って
いるからよ。ドラマでよくあるじゃない。隠していたがために、嘘がばれ、無
実の人間が取調べを受けるっての」
「それはドラマによる警察の誇大宣伝ですけども、まあいいです。ついでに動
機も伺いましょう。時森さんのあなたに対する扱いに、あなた自身は満足して
いましたか?」
「満足していたわ。これは事実よ。講師時代より高額の給料を払ってくれてい
たの。それが条件で、聡美ちゃんの家庭教師を引き受けたんだけどね」
――続く