AWC 僕は君だけは許せない  7   永山智也


        
#4641/5495 長編
★タイトル (AZA     )  98/10/31   2: 4  (200)
僕は君だけは許せない  7   永山智也
★内容
 少し間があって、医者の永室が口を開いた。こちらは朝日田とは対照的に、
色の白い、誠実そうだが、神経質そうにも見える顔立ちである。
「私の場合、以前からお話していますように、私が医者を続けることを認めて
くだされば、という条件付きですが」
「ああ、構わんとも。病院への援助もできる限り、協力しようぞ」
「譲さん、夏子さん。自分は、何の条件もありません」
 短く、きっぱりと言ったのは、銀行員の吉林。やや面長の顔に眼鏡をし、髪
をきっちりと整えている。いかにも銀行マンっぽい。何事にもかたくなな印象
がある。
 それをちらっと見るそぶりから、朝日田が言った。
「僕は自由業みたいなもんですから、どうにでも都合はつきますね。それにし
てもそのお答では、気分はすっきりしないが……。せいぜい休暇を楽しませて
もらいますよ」
「そうしてくれ。今年は夏子が働かなくてよいよう、食事は四日分全て、取り
寄せておる。じゃから、夏子とも仲良くする時間はたっぷりとあるぞ」
 どこか皮肉っぽく、譲は言った。間髪いれず、吉林。
「それでしたら、夏子さん。早速ですが、何かしましょう」
 負けてなるものかとばかり、続いて永室が申し出る。
「やるんでしたら、ビリヤード、これに限りますよ」
「僕はブリッジでもしようかと思うんですが、夏子さんはどう?」
 朝日田も黙ってはいない。相手の意志を尊重した提案をする。
 夏子は首を傾げ、少し困った顔をしていたが、
「そうですわね。お食事前だし、少し身体を動かすのもいいでしょうから、ビ
リヤードでいかがかしら?」
 という選択をした。
「しょうがありませんね。お付き合いしましょう」
「同じく」
 作家と銀行員は、得意顔になった医者を無視するかのようなそぶりを見せた
が、それでも遊戯室に向かう。
 四人がいなくなって、初めて井沢純子が口を開いた。
「女王様気分が味わえて、夏子さんは気持ちいいでしょうね。いえ、別に皮肉
じゃありませんわ、時森さん」
 ずれた眼鏡を直しながら言った井沢は、先にも記した通り、聡美の家庭教師
役だ。元々は大手予備校の有名講師だったのを、孫思いの時森譲が引き抜いた
のである。その点を、少し鼻にかけているとこがある物言いであった。
「あ、食事の時間が来ましたら、手伝いますわ」
「私も準備、手伝わせてもらいます」
 そう言ったのは、鳥丸ひろみ。しなやかな手、肩まで伸ばした黒髪、整った
容姿と、とても刑事には見えない。
「そうしてくれるとありがたいですな。刑事さんや先生にやってもらうのはち
と、気が引けますがね」
「ねえ、先生。早く、今日の分、やっちゃおうよ」
 大人達の会話にいらいらしていたのか、とんがった口調なのは荒木聡美。割
と大人びた、きれいな顔だが、口調と同じように唇をとんがらせていて、今の
顔は男の子には見せたくないだろう。
 早くから父親が事故死したことを知らされた聡美は、見たことのない父親へ
の思いが強いのか、名前を時森とすることをなかなか承知しない。
「そうね。聡美ちゃんは集中してやるタイプだから」
 そう言うと、井沢は立ち上がり、聡美とともに勉強部屋に足を向けた。
「さて、鳥丸さん。昼間っから何じゃが、しばらくの間、年寄りの酒の相手と
話の相手を願えますかな」
「ええ、いいですとも。こう見えても私、お酒は強い方なんですから」
 時森譲の申し出に、力強く答える鳥丸だった。

「お母さん、本当に再婚するの?」
 食事も大方終わり、めいめいが雑談に興じているときだった。声の主は聡美。
それまでは、一人、退屈そうにしていたが、思い切ったように口を開いたのだ。
「え?」
 急に静かになった食卓の中、夏子が聞き返す。
「だからぁ、私の気持ちも考えてほしいっての」
「……聡美は反対なの、お母さんが再婚することに?」
「……ううん。自分でもよく分からないんだけど、反対はしていないんだと思
う。でも、一度でも私に聞いてくれたことがあった? 私に何の相談もなしに、
どんどん話を進めちゃって……ひどいよ」
「それはね、おじいちゃんが」
 助け船を求めるかのように、自分の父親を見やる夏子。
「こんな方向に話を持って行くから」
「お母さんもおじいちゃんも、私のことは考えてくれなかったの?」
「いや、決してそんなことはなかったぞ」
 黙ってしまった夏子に代わり、時森の長老たる譲が言った。
「聡美のことも考えて、わしはおまえの母さんの相手を選んだつもりじゃ。い
や、選ぶつもりと言うべきかの」
「それなら、直接、私の口から聞いてよ。そりゃあ、おじいちゃんがお母さん
のことを思って、おじいちゃん一人の考えで決めたいのは分かるけど、それで
も聞いてほしいんだから」
 またも静寂が支配する。それを破ったのは、朝日田だった。
「聡美ちゃんの言うことももっともですよ。皆さん、そう思いませんか? こ
こは一つ、意見を聞いてあげてはいかがでしょう、時森さん?」
「うむ」
 自分に向けられた朝日田の視線を避けるかのように、譲はうつむくと、考え
込む様子になった。
「私は異論はありません。夏子さんと家族になるということは、聡美ちゃんと
も家族になるということです。聡美ちゃんともうまくやっていけないなら、意
味がない」
 医者の永室が言った。理論的だが、ややくどい言い回しが引っかかる。
「自分はそもそも、夏子さんと聡美ちゃんの双方に主たる選択権があると考え
ているのですが」
 おずおずとした調子で、吉林が切り出す。
「いえ、時森さん。あなたの意志を無視するつもりではありませんので、そこ
を誤解なきよう、お願いします。ただ、少なくともあなたと夏子さん、それに
聡美ちゃんの気持ちは全く等しい割合で尊重されるべきではないかと」
 それからさらに沈黙が続いた。今度は誰かが喋り出す状況ではない。時森家
の主が喋り出すのを待っているのだ。そして、彼はようやく口を開いた。
「ふん。難しいもんじゃな。孫や君達に説得されて、また気持ちが揺らいでき
おった。だが、わしは実際は、気持ちを変えるつもりはほとんどない」
「こうしたらいかがでしょう」
 井沢が手を挙げて提案した。
「何かね」
「とにかく、時森さんは聡美ちゃんの意見を聞いてあげるのです。いいえ、聡
美ちゃんだけでなく、夏子さんの気持ちも、です。そうすれば時森さんの考え
と合わせて、三つの名前が上がるはずです。それを多数決と見なしたらどうで
しょう。複数の名前を挙げられた方が、夏子さんのお相手ということですわ。
そして万が一、三人が三人とも、別の名前を挙げた場合のみ、時森さんの意見
を最優先とするとしては」
 他人事のせいか、面白がる様子の井沢は、言い終わると全員を見渡した。
「なるほど。いい考えかもしれん。夏子はどうじゃ」
「私は別に。元々、お父さんのお考えに従うつもりでいましたから」
「そうか。では、聡美は」
「私の気持ちを聞いてもらえれば、それで構わない」
「では、井沢さんの案を借用するとしよう。吉林君、朝日田君、永室君。君達
も異存はないな」
 譲の問いに、無言でうなずく三人の候補。その中には、こういった展開を楽
しんでいるらしい顔もあれば、困惑している様子の顔も見受けられる。
「いつ決めるかとなると、やはりこの休暇の最後の日としたい。それまでに自
分の考えを決めておくんじゃぞ」
 時森譲がそう宣言したところで、夕食後の雑談は、何となくお開きの形とな
ってしまった。

 時森譲の遺体が発見されたのは、翌早朝のことだった。
「では、七時に起きられて、いつも早起きの譲さんの姿が見えないので不思議
に思い、すぐに部屋に行ってみた。鍵はかかってなく、ドアを開けたところで
発見されたという訳ですね?」
 鳥丸ひろみが夏子に聞いている。二人の髪は、共に寝癖で乱れていたが、そ
んなことを気にしていられる状況ではないと言えた。特に鳥丸は、刑事として
の職務を感じて、それどころではないのだろう。
「はい」
 力なく答える夏子。ソファに深く腰掛けている彼女の身体は、今にもそのま
ま沈み込んでしまいそうだった。
「とにかく、本土へ連絡をとらないと。この家に電話はなかったんでしたね?」
「はい。父が浮世を離れるためには電話もテレビもいらないと……」
「じゃあ、直接、船で戻るしかありませんね。ここにある船を動かせるのは夏
子さん、あなただけ?」
「多分、そうだと思います。あの、皆さん……」
 夏子が振り向いて、井沢や三人の男を見やる。四人ともが、首を横に振った。
「仕方がないですね。私も船舶免許は持っていません。夏子さん、気持ちが落
ち着いて、お身体が大丈夫になったらで結構ですから、行っていただけます?」
 優しい口調で、鳥丸が言った。うなずく夏子。
「一応、一時間もすれば大丈夫になると思います」
「そうですか。あ、それと聡美ちゃんはどこに?」
「聡美には、おじいちゃんが亡くなったとだけ伝えました。今は、部屋に閉じ
込もっています」
「かわいそうに……。井沢さん、すみませんけど、あの子についてあげていて
くれませんか」
「え、ええ」
 不意に名前を呼ばれた井沢は、どきっとした様な顔を見せたが、すぐに気丈
な態度になって返事をした。そしてすぐに聡美の部屋に行く。
 彼女の姿が消えたところで、鳥丸はきびきびした口調で言った。
「皆さん。大変失礼ですが、刑事の私から言わせてもらいますと、皆さんは容
疑者です。もちろん、井沢さんも」
 三人の男達は互いの顔を見合わせ、ついで鳥丸の方に顔を向ける。
「結構だねえ。もちろん、心得てますよ、刑事さん」
 口笛まじりに言ったのは、朝日田である。ふざけているのか強がっているの
か、それとも動揺を隠しているのかは分からない。よくも悪くも推理作家的な
のだろう。
「推理作家にとっちゃあ、至極当たり前の事態だ」
「協力的な態度で、喜ばしいですね。しかし、私は一時間後には、夏子さんと
一緒に本土へ向かわなければなりません。その間の現場の保存等については、
あなた方を信頼するしかないのです。幸いにもカメラがありましたから、念の
ため、現場の写真を撮っておきましたが」
「あなた以外の全員が共犯なんてことがない限り、その考え方は間違ってはい
ませんよ。我々は互いを牽制する格好になる訳だ。こりゃいい」
 朝日田がまた言った。
「永室さんも吉林さんも、異論ないですか?」
「ないとも。それどころか、できることがあれば、喜んで捜査に協力しようじ
ゃないか」
 と永室。
「自分は何もしていないのだから、何のやましいところもなく、刑事さんの提
案に従います」
 吉林の方は、硬い調子でこう言った。
「ありがとうございます。それからもう一つ。まだ時間がありますので、少し
時森さんの身体を調べてみたいのです。私も捜査一課の刑事ですから、多少は
法医学の知識もあります。ですが、心許ないものです。そこで医者である永室
さんに、お力を貸してもらいたいのですが」
「いいですとも。先ほども言ったように、できることがあれば、喜んで協力し
よう。正規の道具がないのが残念だが」
「そいつはどうかな」
 朝日田が横槍を入れてきた。
「刑事さん、あんたは言った。我々は容疑者だって。ならば、この医師が犯人
だという可能性もある。こいつが時森さんの遺体を見て、自分に都合のいい診
断をしたら、どうなるんだね?」
「何を言うか、失敬な!」
「どうだかね」
 もみ合いになりそうだったので、鳥丸は慌てて止めに入った。
「やめてください! 今からそんなことじゃあ、安心して現場保存を任せられ
ませんよ。確かに、朝日田さんの言うことも一理あります。でも、遺体を調べ
るのは早ければ早いほどいいんです。分かりますでしょう? どうしてもご不
満があるのでしたら、先に私が調べ、次に永室さんに診てもらいましょう。調
べた結果も、私のと永室さんとのを併記する形で文書にすればよいでしょう」
「いいですな」
「……そこらが妥協点かな」
 二人とも、ようやく納得した様子だ。
 銀行員の吉林を夏子の介抱役に残し(これには朝日田、永室の二人から若干
の文句が出たが)、鳥丸を加えた三人で、時森譲の部屋に入った。
 部屋の造りはどこも同じで、十畳ほどの広さ。ドアから入って真正面に、白
いカーテンの付いた窓。向かって左手には簡単な机や鏡が、右手の壁際にはベ
ッドがあり、ベッドの頭側の横には、小さな台があり、ウィスキーのボトルが
載っている。中身は半分程度まで減っていた。
 譲はそのベッドの上で死んでいた。

――続く




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